8. 暗潮の渦
透明な障壁の向こうに広がる光景は、全員を圧倒した。それは現代の技術では説明できない巨大で複雑な地下施設だった。空中に浮かぶ光球が三次元の映像を投影し、無数の金属部品が精密なリズムで動いている。それは、無音の天体運行を模倣しているかのようだった。
「ここは、まるで宇宙人の技術センターみたいだな。」林凡は不安げな声でつぶやいた。なぜこのような施設が放棄された地下道の奥深くに存在するのか、その意図を彼は想像することすらできなかった。
ロスは障壁の前に立ち、眉をひそめた。「この場所、聞いたことがある……」
林凡が彼を見つめる。「どういうことだ?」
「軍の上層部がかつて、『深淵計画』と呼ばれるプロジェクトについて話しているのを聞いたことがある。」ロスは低い声で言い、指で障壁の縁に触れると、微弱なエネルギーの波動を感じ取った。「だが、その内容は最高機密に分類され、俺たち巡回隊員ですらアクセスできない。」
寒風は一言も発さず、障壁の向こうにある赤い光を放つ中枢装置を鋭い目で見つめていた。ロスの言葉にはまるで興味を示さず、その全身からはいつでも敵を貫ける剣のような鋭利さが漂っていた。
「もし軍がこの場所を知っているなら、なぜ放棄を許したんだ?」林凡が疑念を抱いた口調で問いかける。
ロスは冷笑を浮かべた。「許した?そんなわけがない。もしこの施設が本当に『深淵計画』の一部なら、その存在自体が許可なんて必要としない。軍がこんなプロジェクトに対して取る姿勢はただ一つだ――痕跡を完全に消し、真実を知る者を全て始末することだ。」
林凡の背筋を冷たい汗が伝った。彼は無意識のうちに寒風に近寄り、小声で尋ねた。「俺たち、ここに来たのは大きな間違いだったんじゃないか?」
寒風は冷笑を浮かべ、目に冷たい光を宿した。「いや、むしろ今が絶好のタイミングだ。」
林凡がさらに質問しようとした瞬間、障壁の向こうから低い機械音が響き渡った。障壁がゆっくりと上昇し、施設内部への通路が露わになった。
「なんだこれ?」ロスは素早く武器を構え、一歩後退した。
寒風は彼を一瞥し、淡々と言った。「ここには感応システムがある。この障壁は身元情報を自動的に認証する仕組みだ。門が開いたということは、俺たちは招かれているということだ。」
「招かれているだと?」ロスの声には疑念が満ちていた。「こんな場所が、なぜ見知らぬ者の侵入を許すんだ?」
寒風は答えず、通路へと足を踏み入れた。冷たい青い光が彼の背中を照らし、その孤独な背影はまるでこの未知の領域と一体化しているかのようだった。
通路の先には巨大な円形のホールが広がっていた。天井に浮かぶ光球が空間全体を昼間のように明るく照らしている。ホールの中心には赤いエネルギーコアが浮かんでおり、小さな恒星のように熱い輝きを放ちながら圧倒的な存在感を示していた。
寒風の背後に立つ林凡は低い声で尋ねた。「あれは、一体なんだ?」
寒風は足を止めて振り返らずに答えた。その声は冷たく、静かだった。「真実への扉だ。」
ロスはコアに近づき、試しに手を伸ばしてみたが、目に見えないエネルギーの壁に阻まれた。彼はさらに眉をひそめる。「この技術は、現在の理解を超えている。もしこれが軍の実験の産物だとしたら、この計画は一線を越えている。」
「一線を越えている?」寒風は初めて振り返り、唇に冷ややかな笑みを浮かべた。「現実世界に越えてはならない一線など、残されていると本気で思っているのか?」
ロスは彼の言葉に苛立ちを覚えた。「お前は何者だ?なぜこの場所についてそこまで詳しい?」
寒風の目が鋭く冷たい光を宿した。彼はゆっくりとロスに近づき、その目をじっと見つめながら低く力強い声で言った。「今は俺を疑う時ではない。ここを生きて出たいなら黙って指示に従え。」
ロスはその気迫に押され、言葉を失った。
緊張感の高まる空気を感じた林凡が、慌てて話題を変えようとした。「とにかく、目の前の問題に集中しよう。このコアは施設全体の制御装置みたいだ。たぶん、これを通じて答えを見つけられるかもしれない。」
寒風は頷くと、コアの近くに進んだ。彼は携行していた工具袋から円盤状の装置を取り出し、エネルギー壁に接触させた。円盤が微かな振動を発し始め、それはコアの構造を解析しようとしているようだった。
「それは何だ?」林凡が興味津々で尋ねた。
「解読モジュールだ。」寒風は淡々と答えた。「コアのエネルギーパターンを模倣し、一時的なデータ接続を構築する。」
ロスは嘲笑を漏らした。「用意周到だな。」
寒風は彼の皮肉を無視し、モジュールのパラメータを調整することに集中した。やがて、コアの赤い光がますます強まり、ホール内の温度もわずかに上昇してきた。
「エネルギー反応が高まってるぞ!」林凡は不安げに言った。「これ以上は危険なんじゃないか?」
寒風は振り向かず、短く答えた。「俺を信じろ。」
その瞬間、コアから低い振動音が響き渡り、中心から赤い光の柱が天井へと放たれた。光柱は空中で渦を巻き、無数のデータの流れがその中を駆け巡っていた。それは複雑な構造を構築しているように見えた。
ロスは一歩後退し、武器を構えながら叫んだ。「なんだこれは?」
寒風の唇に微かな笑みが浮かび、彼の声には抑えきれない興奮が滲んでいた。「真実が、すぐそこだ。」
渦が次第に安定すると、それは巨大なホログラム投影となった。投影されたのは広大な宇宙図だった。無数の銀河と惑星が漂い、すべての星に不明な記号とデータが付されていた。
林凡はその光景を見上げながら、圧倒されつつも困惑した声を漏らした。「これらの惑星と俺たちに何の関係があるんだ?」
寒風は投影の中の一つの輝点を指し、冷たく、しかし確信に満ちた声で答えた。「ここが俺たちの終点だ。」
ロスは眉
をひそめた。「終点?何を言おうとしている?」
寒風の瞳はさらに深く鋭くなり、彼はゆっくりと言葉を紡いだ。「真実が明らかになれば、お前たちは自分がただの駒に過ぎないことを思い知る。そして俺は、この盤を動かす者となる。」
ホールに沈黙が広がる。林凡とロスは目を合わせた。その目には、寒風の言葉に隠された無数の謎を感じ取っていた。
しかし、答えが何であれ、この冒険がもはや後戻りできないことも、彼らは理解していた。