面白い見た目のやつ
鈴木が店を出ると、3区画ほど先にぼろぼろの浴衣に草履に外套姿の人物が目に映った。
(俺と同じ格好じゃねぇか。流行ってんのか)
流行っているわけがない。流行りだとしても、草履も外套も買った時期も別々であるし、
すべてずいぶん前のものなので今手に入れようとしても手に入らない。
色合いと形状が似てるとかそういうことではなく、厳密な意味で全く同じ格好だった。
その鈴木フォロアーは、鈴木のほうを認識するでもなく通りを横切って路地に入っていった。
(今日は外れどころか大当たりじゃねぇか)
鈴木フォロアーをフォローする鈴木。速足で鈴木フォロアーの入っていった路地にたどり着くと、
通路もドアもない行き止まりだった。そこには誰もいなかった。だが、覗いたほんの瞬間、
何者かの気配とも、温度差とも、光の加減とも形容できる、かすかな違和感を持った。
確実に何かいた。
(確実に何かここにいた。映像でも幻覚でもない何かが)
絶対にいたんだ。信じてくれ。と、心の中の隣人に訴えた。
そうやって鈴木が主人公感と中二感に酔っている頃、杉田は死にかけていた。
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謎の声に向かう杉田。スラスターを噴射し続け、どんどん加速していく。
そろそろ逆噴射のための姿勢変更をかけようとしたが、そもそもの進路とずれているし、おかしな回転がかかっている。
作業着をマニュアル操作で扱っているため、スラスターの自動方向補正は行われていない。
つまり、計算機やセンサーの故障で進路がずれることはありえなかった。
爆発から少し時間を置いたことで、意識上での現状の認識が進み、恐怖と緊張が心を支配し始める。
様々な感覚が普段以上に鋭敏になって、分からなかったことが分かっていく。
息苦しい。腹を誰かに押されているようにも感じる。恐怖からくる息苦しさかと思ったが、そうではなかった。
作業着の腹部が裂け、与圧シールが機能していなかった。
(裂けてる…)
与圧が正しく行われていなければ計算機が警告を送ってくるはずだが、それがなかった。
脇につけられた小さな計算機は、爆発による破片を受け、クラックが入って使い物にならなくなっていたのだ。
(やっぱり機械は信用できないな)
とにかく、与圧機能のバッファーが底をつく前に穴をふさがなければならない。
しかし作業服の布はおあつらえ向きに塞ぎやすい形には破れてくれていなかった。
(無理だ。ふさげない。…まあ行けるだろう。抜け切る前に到着すればいい)
スラスターの出力は低い。そのため加速にも減速にも時間がかかる。
今減速を始めなければ、声の主の船をそれて彼方に飛んでいくか、質量兵器として船を破壊することになる。
そうなればもちろん無事では済まない。だが杉田は加速を続ける。今度は腹部の破れによる変移を丁寧に補正しながら。
そして、工具をパージしていく。大質量のハンマーもパージの軽い衝撃で軌道上から外れる。
「おいどうした!減速しないと間に合わないぞ!」
船から通信で警告が聞こえる。
「与圧システムが壊れました。このまま加速しないとたどり着けません。大丈夫です。ハッチをこちらに向けて待っていてください」
杉田は落ち着いた声ではっきりと告げる。心は恐怖と緊張に満ちていたが、理性は完ぺきに理想的な行動を支持してくれた。
(10…9…8…)
心の中でカウントを始める。作業服のヘルメットには船との相対速度が表示されている。
(6…5…4…)
船のサイズが大きく、目視ではわかりにくいが、確実に生き残れない速度で船のハッチは目前に迫っていた。
(2…1…よし!!!!ああああああああああああああああああああああああ)
瞬間、杉田の腰から巨大な火炎が噴射される。破壊撤去、簡易溶接用のバーナーの炎だ。
「ああああああああああああああああああああああああああああ」
息を吐くことで無理な力を抜く。そして声を出すことで自分を鼓舞する。肩とひじを固めて、指と手首は柔らかく、
固くバーナーを腰に保持し、正確にコントロールする。
バーナーの噴射を止めた時、ハッチとの相対速度は5センチメートル毎秒。
減圧室のハッチが開き、肩をハッチにぶつけながら転がり込んだ。
ねえ。秒速5センチなんだって。桜の花の落ちるスピード、秒速5センチメートル。
「はあ…はあ…ンあ…はあ…」
「大丈夫か!!!」
減圧室は瞬時に適切に与圧され、声の主が入ってくる。
「ケガはないか!つかまってくれ。」
声の主は力強く杉田を引っ張り上げ、操縦室まで引きずっていく。
「ありがとうございます…助かりました…」
「まだだ。」
まだである。杉田初見の浮遊物体は依然としてそこにあった。
船外の映像を表示するモニターを見た時、杉田は目が合った気がした。
もちろん気がしただけだ。モニターに映るということは船のカメラがみられているのだから。
そもそも浮遊物体に目はないのでそれも適切ではない。だが目があった気がしたのだ。
「どうも、鈴木工務店の杉田と申します。この度は危ないところお助けいただきありがとうございました。」
作業服を少しはだけ、胸ポケットから名刺入れを取り出し、両手で名刺を差し出す。
「あ、どうもご丁寧に。私はクリスです。って今はそんな場合じゃないだろ!」
クリスの外見を改めて杉田は確認する。髪は赤色、瞳は黄色、調査会社の制服に身を包み、そして耳は大きく、とがっていた。
(まあ趣味とかは人それぞれだし、いろんな事情もあるだろうし触れないでおこう…)
「ああ、気になるよね。実は…」
「話はあとです。あれから離れましょう」
「そうだね。オーケー。そっちのコンソールの前に座って。」
なんでか知らないけど突然秒速5センチメートルを見たくなりました。