ヒロイン、仲間を得る
次に目が覚めた時には、やっぱり真っ暗だった。
また死んだの?と声を出そうにも、ヒューと空気だけが抜けた。
周囲に視線を投げる前にベッドの片側が沈み、誰かが覗き込んでいるのがわかった。
温かい手が私の額を撫でた。
「みんなは……無事?」
もちろんだと安心させるみたいに手のひらで顔を包み込み、ゆっくりと親指で頬を撫でられた。懐かしい感触に涙が出そうだ。
それは村で私を育ててくれた”母さん”の癖だった。
血の繋がった母では無かったらしいが、私を育ててくれたのは母さんだった。忘れるわけがない。忘れたりなんてしない。
でも母さんは村にいて、私は今、男爵家にいるのだから。だからこれは夢なのだと思い至り寂しくなる。
まあでも夢でもいいや。私、がんばったもん。自分に都合の良い夢を見るぐらいいいじゃないか。
あぁ、でも危なかったんだ。母さんは蛇が苦手だから気を付けて。しかもただの蛇じゃないんだから。私知ってるよ。あいつ、見たことあるもん。
いつ見たんだっけ。そう、ずっと前に見た。
「あのね、母さん。蛇がいたの……”魔王の使い”が、地下道にいたよ……」
その指がピタリと動きを止めた。心配させたのかもしれない。
「でもね、大丈夫、今のうちに国家魔術師が来れば、大丈夫だから……村長さんに伝えて……」
戸惑いがちに手が離れ、優しい手が額ごと瞼を覆い、また眠りにつく。
存在を確かめるように、その手は輪郭を撫でた。
まるで愛されているかのようだと夢のなかで呟いた。
***
さて、今回の顛末はこうだ。
我々”アンネリーゼ守り隊”は、親睦のために向かった真冬のピクニックへと向かった。
そこには未確認生命体や未知の空間があり、度重なる苦難に立ち向かった我々”アンネリーゼ守り隊”は力を合わせ、見事乗り越えてきたというわけだ。
「……えっと、おチビさん。もう一度聞くよ?なぜ真冬に、池に落ちてたのかな。しかも全員で」
ベンお父さまは困惑気味に、ゆっくりと聞き直した。
アリアお母さまに至っては、あの凍える雪の世界を統べる女王のような視線を刺してきている。
「みんなで遊びに行きました。つい遊びすぎちゃって、雪が強くなって寒かったから、隠れていました。それで、帰る時に釣りをして……」
嘘は言っていない。必要なことを言っていないだけだ。
私の不十分な説明を聞きながら、ベンお父さまはこめかみをトントンと指で叩いた。そしてじっと私を見た。
圧を感じる。
つい、うっと布団の中に顔を半分埋める。嘘はついてないったら!!
そして、ベンお父さまの大きなてがニュッと伸びて、ピンッとおでこを軽く弾かれる。
アダッ!
「心配したんだぞ。危ないことをしてはダメだ」
「はい……ごめんなさい……」
「いいや、許さないぞ」
なんだって!?まさかの最初で最後の冒険があれ!?とガバリと布団から顔を出せば、ベンお父さまはわざとらしく怒っているぞという顔をして腕を組んだ。
「早く元気になって、仲直りのハグをしよう。それまでゆっくり寝ていなさい」
「ベンお父さま……!」
はわわわと口に手を当てる私と部屋にいたメイドが声も無く叫んだ。気がした。
ちょっとうっかりときめいてしまったじゃない!!
同意を求めるようにアリアお母さまの方を見ればすぐに興奮は納まったのだけれど。
そんなに睨まないでほしい。我、病人かつ娘ぞ。
「ベン、お客様が来る準備をしなくてはならないわ。アンネリーゼ、ゆっくり休んでいるのよ。お部屋から出てはダメですからね」
アリアお母さまの心配するような声色の奥に脅しが見えたが、きっと気のせいだろう。熱が下がったらお部屋から出ていいんですよね……?
「アリアは随分と君を心配していたんだよ。元気になったらごめんなさいのハグを目いっぱいしなくてはね」
ベンお父さまにウインク交じりにアドバイスをいただいたが、私の謝罪ハグで許してもらえるとは到底思えない。
どうやら王都から重要なお客様が来るらしく、ベンお父さまとアリアお母さまは留守にするとのことだった。ベンお父さまは私も紹介したそうにしていたが、さすがに病人を出すわけにはいかないとのことだった。
今回、魔力が回復しては消費を繰り返すという限界強行軍かのような無謀っぷりが祟ったのか、なかなか熱は下がらなかった。
どうやら魔力は体力のようなもので、魔力が枯渇すると身体を守る機能が弱くなるようだった。前世は魔力が枯渇したことなんてなかったので知らなかったなぁ。
ふぅふぅと言いながら寝ていると、ジニーが様子を見に来てくれた。
そしてやっと”アンネリーゼ守り隊”の面々の様子を知れたのだ。
「アンネリーゼ様ぁあ!!!」
もう泣き始めているアニーの後ろからいつもの面子がひょこりと顔を出す。
「おお、顔がリンゴみてえに真っ赤」
「毛布のかけすぎなんじゃないっすか?」
「みんな!無事だった……のね?無事だったのよね?」
アニーはいつも通りだが、ジョンとアッシュはなぜか顔が倍に腫れている。川に飛び込んだ後に何かあったのだろうか。
二人はそろりと目を逸らしたので真相は闇の中だ。ただジニーに今回の旅の功労賞は彼等四人であると絶賛したのは感謝された。これだけで済んだから、と不穏なことまで聞こえた気がした。ジニー……?
「ユ、ユーリはどう?痛いところない?」
遠い目をする二人の後ろ、いまだ扉の前にムスッとした顔で立つユーリに話を向ければ何か言っているようだった。
「いつまでそこにいるんすか」
「遠すぎて聞こえねぇってよ」
「ほら、近くでちゃんと言いなさい。私たちは聞かないから」
ほらほらと押し出されたユーリはベッドのそばに立っても、ムスッとしたまま私を見下ろしている。でも近くで見れば、ユーリの青い瞳が揺れて見えた。
「ユーリもジニーに叱られたの?」
「……げんこつもらった」
後ろから「お前、言うなよ!」「その後、潰されるかってぐらい抱きしめられて気絶してたっすよ」とガヤが入ったが、聞かないんじゃなかったのか。
「ふふふ。心配かけちゃったもんね。身体は平気?痛いところはない?」
「…………ちょっと怠いけど、平気。アンネリーゼお嬢様は」
口を開いては閉じてを繰り返すユーリの瞳の揺れがどんどん大きくなっていく。どうやら心配してくれているらしい。言葉をかけたいのに上手くいかないもどかしい様子を見ていると、なんだか胸がポカポカとしてくるようだった。
ユーリの瞳が落ちてしまう前に、たまらなくなって手を伸ばす。
腕が短くてユーリには届かなかったが、その分ユーリの手が私の手を迎えに来てくれた。
ピクニックの間中、ずっと繋がれた手はとてもあたたかかった。
「ユーリ、こうして手を繋いでくれていたわね。とても心強かった。ユーリが手を繋いでくれていたから、なんでも出来そうな気がしたの。できない、無理、怖いって何回も思ったけど、必ずユーリがこうやって手をギュッとしてくれたから。ユーリは私の心を守ってくれてたのね」
本当に、ユーリがいたから川に飛び込むなんて暴挙が出来たのかもしれない。本当は対岸に行くつもりだったんだけどね。
いつも生意気な顔をしているくせに、今日のユーリは目がまん丸になっている。
「ありがとう」
そう伝えると、繋がれた手がぐっと熱くなった気がした。
「アニーには色んな心配をかけたわ。アニーが言ってくれた中には厳しいこともあったけど、期待してくれてるんだなって思えて嬉しかったわ。まだまだ心配させちゃうかもしれないけど、期待に応えられるように頑張るわ。だからまた春にもピクニックに行ってくれる?」
アニーはもう涙を拭くこと諦めたようで、また行くんですか?と困ったように笑っていた。
「アッシュはとってもよく周りを見ているわね。私が考えなしにしたいって言ったことを、頭ごなしにダメだって言わないで、どうしたら出来るかって考えてくれて嬉しかったわ。次は熊も鷹も蛇もいないところがいいな」
アッシュは照れくさそうに、人使いが荒いとぼやいた。
「ジョンはとっても力持ちだね。いつも運んでくれてありがとう。今度はジョンが倒れたら私がおんぶしてあげるね!!」
「俺だけ雑だな」
ジョンの鋭いツッコミに、皆が弾けるように笑う。
肩を寄せ合う皆の顔を見て、もう心がムズムズする。これはなんだろう。あれだな、これがいわゆる”青春”ってやつなんじゃないか!?仲間、友情、青春なんじゃないか!?
「あぁ、死んでもいい……」
ぷしゅーと音が聞こえるんじゃないかというぐらい身体が熱い。熱か?熱だな。
「お、おい、死ぬな!春のピクニックに行くんだろ!」
「熱が上がったのかしら?」
ペタリとおでこにユーリの手が乗る。その上におろおろとした様子のアニーが。ニヤニヤした顔でアッシュが。最後につられたジョンが。ペチペチと重ねられていく。これってもしかして、もしかして!
「か、かたまりだ~!」
塊で皆のことが見えないが、どうやら笑っているらしいことは伝わってくる。あと、重みで頭がベッドにめり込みそうなんですが……?
────ヒロインは求心力がある。そういうものなのだ。




