第三章
葛城優が引き取られた三田村太一郎の家には、彼と同学年の娘がいた。
三田村古乃美。うす茶色の髪とそばかすがチャーミングな女の子だ。二人はそれから七年、
友として、時には熾烈な喧嘩相手として、頼れる相談相手として兄妹のように育った。
優にとって、古乃美は最も近しい少女だった。しかし最近どうも彼女の様子がおかしい。
いつも出入り自由だった彼女の部屋は突然鍵がかけられるようになり、優の部屋にも古乃美
は滅多に顔を出さなくなった。一時期、お風呂も一緒だったのに、今はちょっとした着替えさ
え彼の前ではしない。
「古乃美、気付いたちゃったのよ」
それについて美音子はそうウインクしたが、優には良く分からない。
そんな微妙な二人だったから、今朝の彼の行動について、古乃美は酷く腹を立てていた。
「全く優君……信じられないよ、女の子の寝ている部屋に」
憤懣に満ちた呟きを、彼女は通学時のバスの中で何度も連呼する。
「女の子が寝ているんだよ!」
「はいはい」優が聞き流すと古乃美は、二房の三つ編みを跳ね上げて振り返り、ぐっと握った
両こぶしを胸元に上げる。
「何それっ、反省していないよね? 私の傷ついた乙女心に対して、済まないという気持ちが
欠片もないよね! 裁判でも私の勝ちだよ! 裁判員は私を思って涙にくれるんだからっ」
「だって古乃美ちゃんが起きないから……また深夜アニメ観てたの?」
「ううう……それは……プライバシーと言う名の乙女の神聖なる秘密なの」
「こないだダウンロードしたゲームの事、美音子さん何て言うかな、試してみようか……」
「はわっ」今まで攻勢だった古乃美の顔色が、すうっと変わる。
「そそそ、そんなこと、し、したら、だめなんだからね」
「でも、成績落ちてるし」
ここぞとばかりに責め立てる優の前で、古乃美がしゅんとした。
「判っているもん、優秀な優君とは違うもん、どうせ私なんか……」
一転古乃美は落ち込み、ぶつぶつと自虐的に「どうせ」と繰り返し出し、優を拒絶した。
そんな遣り取りをしている内にバスは停留所に着き、学校が近づいて来る。象徴である高い
時計塔が、他の家々の屋根の上から見え出した。
二人が通う、私立時計塔高校。
時計塔高校は昨今珍しいマンモス校で歴史も古い、大正時代からなんちゃら、時計塔の由来
がなんちゃらと、入学式の時に理事長が長々語っていたようだが、優が覚えている訳がない。
ただ由緒がある、と言うのは本当らしく、時計塔も含めた校舎は全て煉瓦造りで、正面から
見た外見は大きな聖堂のようだ。
最も数十年前までは動いていたシンボルの大時計は今は止まっている。珍しいものとして建
築系雑誌にも載っている機械仕掛けの鐘も、定刻に鳴ることはない。
時々、それが真夜中でも狂ったように打ち鳴らされることもあるが、壊れた機械の悲鳴のよ
うなものだ。
まだ自虐ぶつぶつを続ける古乃美と門をくぐると、校庭で運動部がせわしなく動いていた。