第一章
葛城優の朝は早い。
冬場は朝の五時前、夏場は四時には起きている。目覚まし時計など不要だ、体が自然と覚醒
するようになっているからだ。
だから起きてすぐ、彼は考える。自分に相応しい、夜と朝、闇と光が漂う中で。
しばらくそうしていると、三田村美音子が、いつも通り七時きっかり
に規則正しいノックをする。
「おーい、優くーん、朝だよ、起きなさーい」
優は硬く結んでいた唇を、ふっと綻ばせた。
「……はい、今起きます」
とっくの昔に睡眠を打ち切っているのだが、それを教える必要はない。だから優は、たった
今起きたような顔で、三田村太一郎のいる居間へと降りた。
「おはようございます」
優が挨拶すると、太一郎は大きく頷く。
「やあ、おはよう」そして左腕を上げ、煌めく時計を確認する。
「君はいつもどおりだね」
「はい、美音子さんに起こして貰っていますから」
優が自分の椅子に座ると、テーブルにパンとサラダ、スープが置かれた。
「ありがとうございます」
謝辞を受けた美音子は、頬に片手を当てる。
「あら、いいのよ、……もうっ、優君は他人行儀なんだから」
「そうだよ」ごほん、と新聞から目を離さず太一郎が咳払いをする。
「君はどうもいい子すぎる。私は昔から男の子が欲しかったから、張り合いがない」
「そんなことないです」勿論、いい子すぎる、という部分を否定したのだ。
「僕は太一郎さんと美音子さんを困らせる度胸が、ないんです」
「あら~残念、多少グレても私たち大丈夫なのに、一緒に草でも決めてまどろむのに」
にこにこ微笑む美音子がどこまで本音なのか判らないから、優は無言で目礼を返した。
「……しかし、遅いな」
太一郎がばさりと新聞をたたんだ。視線が空いている席へ向いている。
「ホントね、あの子ったら……少しは優君を見習って欲しいわ」
美音子はがっくりと大げさに肩を落とした。
「……ねえ、優君、頼んでも良いかしら?」
「はい?」
「古乃美」
悪戯っぽい美音子の目に何か言おうとしたが、優は結局引き受けた。