9.買い出しを終えましょう
「あの……本当に良かったんですか? あんなにたくさん服を買っていただいて……」
服選びを終えて店から出ると、レイナが恐縮しきった様子で言ってくる。
レイナもやはり女の子だ。
服選びの最中はとても楽しそうに試着をしていたが、購入する段階になって遠慮が勝ってしまったのだろう。
クラエルが何着かの服を買ってあげると、途端に申し訳なさそうに縮こまってしまった。
「構いませんよ。どれもレイナさんに似合っていましたからね」
「でも、でも、下着まで買っていただくなんて……別に見える場所ではありませんし、それはなくても……」
「買わせてください。お願いですから」
同居している女の子がノーパンとか普通に気を遣う。
幼女だから良いと済ませられる問題ではなかった。
「それに……店主さんが良心的な方でしたからね。予算的には全然問題ありませんよ」
筋肉でヒゲのオカマ店主……名前はオラトリオという名前らしいのだが、かなり割引をしてくれた。
『未来ある可愛い子ちゃんにはサービスしてあげないとね♡』
などとウィンクをしてきた姿にはゾッとさせられたが……外見はともかくとして、本当に善良な人間なのだろう。
近所からの評判も良好なようだし、これからも何かあったらあの店を利用しようとクラエルは決めた。
「えーと、次は生活雑貨の買い出しですね」
食器やタオルなどは神殿にすでにあるものを使ってもらうとして、歯ブラシやハンカチ、鞄、筆記用具などは必要だろう。
「あちらに雑貨屋さんがありますから行きましょう」
「はい……」
レイナを連れて、通りに面した大きめの雑貨屋を訪れる。
クラエルがこの町に赴任してきた際にも生活用品を買った場所である。
「らっしゃいませー」
やる気のなさそうな店員に会釈をして店に入る。
「それじゃあ、必要な物を買っていきましょう。何か欲しいものがあったら言ってください」
「わ、わかりました……」
などと言いつつも、レイナは特に自分から何かを買って欲しいなどとは言わなかった。
仕方がないので……クラエルが必要な物を買い物かごに入れていく。
「あ……」
「ん?」
しかし、ふとレイナが声を漏らした。
か細い声に振り返ると……レイナが棚に置かれていたぬいぐるみを見つめていた。
それは黒い猫のぬいぐるみである。
子供が抱えるほどの大きさがあり、黒い毛の中に浮かんでいる満月のような黄金色の瞳が目を引いてきた。
「…………」
レイナはジッと、物欲しそうにぬいぐるみを見つめていた。
クラエルは無言でぬいぐるみを掴んで、買い物かごに入れる。
「あ……」
「これも買っておきましょう」
「そ、そんな……大丈夫です! その、私、欲しがったりしてませんから……!」
「遠慮しないでください。必要だから買うだけです」
クラエルは素早く頭を回転させて、適当な言い訳を考える。
「ぬいぐるみというのは子供の守り神なんです。悪いことがあると身代わりになってくれたり、悪い夢を食べてくれたりするんです。だから、子供がいる家は護身のために人形を買わなくてはいけないんですよ?」
「そ、そうなんですか……そういえば、お母さんも生きていた頃にお人形を買ってくれました……」
その人形もあの毒親に捨てられてしまったのだろう。
クラエルはレイナの頭を軽く撫でてから、買い物かごを店員のところに持っていく。
「あ……」
「他に欲しい物はないですか?」
「は、はい……大丈夫です……」
「では、早く買って帰りましょう。ロッテル夫人を待たせていますからね」
「…………はい」
申し訳なさそうな……それでいて嬉しそうなレイナの顔を見て、クラエルは自分の行動が正しかったことを確信したのであった。
〇 〇 〇
服に雑貨、ぬいぐるみ……色々と物を購入したことで、それなりの大荷物となってしまった。
しかし、クラエルは神官のくせに腕力には自信がある。
神聖魔法には筋力や体力を一時的に上昇させるものもあるため、問題なく荷物を神殿まで運搬することができた。
「あら、お帰りなさい」
「お待たせしてしまいましたか。ロッテル夫人」
神殿に戻る途中、ロッテル夫人が家の前の道に立っていた。
「いえいえ、ちょうど家の前を掃いていたところですよ。良ければ、今から散髪をしましょうか?」
「お願いできますか? レイナさん?」
「あ、はい。よろしくお願いします……」
「はい。それじゃあ、こっちにどうぞ」
ロッテル夫人に連れられて、レイナが夫人の家の中に入っていく。
クラエルはレイナから荷物を受けとり、そのまま神殿に運び入れようとする。
「よお、不良司祭。買い物の帰りか?」
「ん……?」
神殿の扉を開けたところで、後ろから声をかけられた。
振り返ると……町の憲兵らしき鎧を着た若い男が立っている。
「……出たな」
「出たとは失礼だな。旧友に向かってよ」
現れたのはこの町の憲兵をしている友人……ロイウッド・ベレンである。
ベレン伯爵家の三男であり、王都にある学園に一緒に通っていた同級生だった。
ロイウッドは学園卒業後に軍に就職しており、この町に憲兵として派遣されている。
貴族で学園卒業のキャリア組ということもあって、配属されたばかりなのに部隊長に任命されていた。
「何か用かよ。見ての通り、こっちはこれから荷物の整理があるんだが?」
クラエルが聖職者らしからぬ乱暴な口調で言った。
ロイウッドは親しい友人であり、遠慮することのない間柄である。
「大した用事じゃないさ。お前がガキを連れて歩いているって噂を聞いたからな。まさかロリコンに目覚めたんじゃないかと思って、様子を見に来てやったんじゃねえか」
「余計なお世話だな。訳あって、毒親に虐待されていた女の子を保護しただけだ」
「虐待だと?」
ロイウッドが顔をしかめた。
不穏な言葉を聞いて、不愉快そうに吐き捨てる。
「そりゃあ、穏やかじゃねえ話だな。子供を苛める親とかぶん殴ってやりたくなるぜ」
ロイウッドは伯爵家の人間だったが……三男ということもあって、かなり雑な扱いを受けていた。
子供を虐げる親に対しては思うところがあるようで、憎々しそうな顔をしている。
そんな友人の顔を見つつ、クラエルは小さくつぶやいた。
「……ちょうど良かったかもしれないな」
「あ? 何がだよ」
「いや……その子のことで、ちょっと調べてもらいたいことがあるんだ」
ここでロイウッドに会ったのは予想外のことだったが……ある意味では都合が良い。
クラエルはかねてから調べなくてはいけないと思っていたことについて、ロイウッドに押しつけることにした。
「アウスター商会について調査して欲しい。あの商会は……違法薬物の売買を行っている可能性がある」
「…………!」
クラエルの言葉に、ロイウッドが大きく目を見開く。
アウスター商会……レイナを虐げていた毒親に裁きの刃が向けられようとしていた。