書籍発売記念SS レイナとピクニック
5月30日 スニーカー文庫より書籍1巻が発売いたします!
イラストレーターは「ひきこまり吸血姫の悶々」「剣士を目指して入学したのに魔法適性9999なんですけど!?」のりいちゅ先生です!
これも皆様の応援のおかげです。心から感謝を申し上げます!
それはレイナがクラエルの神殿に住むようになり、一年が経った頃。
クラエルはレイナを連れて、近くの山にピクニックにやってきていた。
「わあ、クラエル様! 自然がいっぱいです!」
「そうですねえ。暖かくて、風が気持ち良いですね」
新緑の季節。
暑くも寒くもないちょうど良い気温。爽やかな風が緑を揺らしながら吹いている。
「そういえば……レイナとピクニックなんて初めてですね」
「はいっ! とても楽しみですっ!」
レイナが華やいだ声を弾ませる。
この世界において、ピクニックや山登りはメジャーなアクティビティではない。
魔物という危険な生物の存在があるからだ。
一般人にとって、町の外に護衛無しで出るのはそれだけで命がけ。山になんて登ろうものなら、魔物の恰好の標的である。
(とはいえ……俺達が襲われることはないだろうな。流石に)
「くまくま」
「ニャー」
「ワンワンッ!」
クラエルが足元を見下ろすと、そこにはクマやネコ、イヌなどぬいぐるみが歩いている。
レイナの奇跡によって召喚された聖霊入りのぬいぐるみである。
ぬいぐるみ一体一体が騎士と同等以上の戦闘能力を持っており、決してレイナに魔物を近づけさせることはしないだろう。
「クラエル様、見てください! お花が咲いていますよっ!」
ウキウキとスキップするように歩いているレイナであったが、今日は珍しくパンツルックである。
ショートパンツにニ―ハイソックス、半袖のシャツを着ていた。背中にはリュックサックを背負っており、まんま遠足中の子供だった。
(随分と健康的になったものだな……出会ったばかりの頃は、あんなにガリガリだったのに)
かつては骨が浮き彫りになるほど痩せていたレイナであるが、現在はふっくらと健康的な体型になっている。
ほっぺたもプクプクであり、指で突いたらさぞや柔らかい感触がすることだろう。
(まだ同年代の子供よりも小柄だけど……この様子なら、すぐに追いつくだろうな。おかげで色々と心配になってきたけど)
「レイナ、転ばないように気をつけてくださいね」
「はいっ!」
レイナが輝くような笑顔で挙手をする。
可愛い。とても愛らしい。
小さな身体を跳ねさせて森の中を歩いている姿は、まさに妖精のようである。
欠食状態が改善したことにより、レイナは生来の美貌を取り戻していた。
まだまだ女らしさは足りないものの……それでも、ロリコンの気がある人間であれば道を踏み外してしまいかねない美少女っぷりである。
(ぬいぐるみが付いていてくれるから大丈夫だとは思うけど……魔物だけじゃなくて、悪い人間にも気をつけないとな)
「クラエル様、沢がありますよ。水が流れています」
「おや、本当ですね?」
少し山道を外して斜面を下っていくと、そこにはそよそよと静かに流れる渓流があった。
覗き込むと、澄んだ水の中を魚が泳いでいるのが見える。
「ちょっと水遊びをしても良いですか?」
「もちろんですよ」
「やったあ!」
レイナが手早く靴とソックスを脱ぐ。
白い脚がまぶしい日差しの下で無防備にさらされた。
「う……」
クラエルは謎の罪悪感に襲われて目を逸らした。
何故だか、いけない物を目にしてしまったような気持ちになったのである。
(い、いや……俺はロリコンなんかじゃないし、今さら、レイナの太腿でおかしな気分になったりしないけど……)
レイナとはいまだに風呂を一緒に入るような仲なのだ。
父親代わりとして、娘に対して不埒な感情を抱いて堪るものか。
(だけど、もしも五年後、十年後は。レイナが成長して美貌が完成してしまったら……)
どうなってしまうか、自分でもわからない。
クラエルは心の底から戦慄する。
「い、いや……大丈夫だ。その頃にはレイナは独り立ちしているし、攻略キャラと結ばれているから俺と一緒に暮らすことなんてないし……」
「クラエル様ー! お水、冷たくて気持ち良いですよー?」
レイナがブンブンと手を振ってくる。
「クラエル様も一緒にどうですか? 遊びましょうよ!」
「え、ええ……そうですね。それじゃあ、ちょっと入りましょうか」
クラエルも靴を脱いで、水の中に入った。
「オオッ……本当に気持ちが良いですね。川遊びなんて久しぶりですよ」
「あ、すごい! 魚が跳ねていますよー!」
水の中から鮎によく似た魚が大きく跳ねている。
宙に舞った魚の鱗、舞い上がる水滴が宝石のようにキラキラと陽光を反射していた。
「お弁当は持ってきていますけど……魚もちょっと食べてみたいですね。釣竿とか持ってきたら良かったかな?」
クラエルが残念そうに肩を落とす。
前世、小学生の頃にキャンプで魚を獲って焼いて食べたことを思い出した。
子供の頃からゲーム好きでアウトドアは苦手だったが、アレは楽しい思い出として残っている。
(レイナにも経験して欲しかったんだけど……仕方が無いな)
「それじゃあ、そろそろ上がって……」
「あれ? クラエル様、地面に魚が落ちていますよ?」
水遊びを楽しんで岸に上がる二人であったが、小石が並んだ地面に大きな魚が転がっていた。
すでに息絶えているのだろうか……魚は跳ねて抵抗することもなくジッとしている。
「おや、本当ですね。もしかして地面に打ち上げられて…………あ?」
すると……次々と沢から魚が跳ねてきて、地面に身を投げ出したのだ。
魚はレイナのことを丸い目で見つめており、まるで「食べて食べて」と催促しているようだった。
「わあ、クラエル様! お魚がいっぱいですよ!」
「ほ、本当ですね……」
クラエルが顔を引きつらせた。
これは食べても良い物なのだろうか……と迷うが、ふと鼻をくすぐる煤と煙の臭い。
横に視線をスライドさせると、三匹のぬいぐるみが火起こしをしていた。
「くまっ!」
クマのぬいぐるみがサムズアップをしてきた。
その様子を見るに、食べても良い物であるらしい。
「そういえば……昔話にもあったな。聖女に身を捧げた魚の話が……」
クラエルが聖典に書かれていた物語の一つを思い出す。
飢えた聖女を救うため、川から魚が飛び出して自ら焚火に飛び込むという話だ。
聖女に食べられた魚の魂は天に召されて、人間に転生。徳の高い神官になったのだという。
「食べてあげた方が良いんだろうな……きっと、うん」
「クラエル様、そろそろお昼の時間ですよ?」
「そう、ですね……せっかくだからいただきましょうか……」
「はい! お弁当出しますねー?」
レイナがリュックサックを下ろして、レジャーシートを沢のほとりに広げる。
クラエルは気まずいような、切ないような、悲しいような、不思議な気持ちでナイフを取り出し、魚を捌き出したのであった。