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 カークワース王国の議会は、第二王女エマ・オリヴィア・シャーロットの婚姻に関して、目下、頭を悩ませている。


 御年十六歳のエマ王女は、先日社交界デビューをしたばかりで、来年の夏には王立学院を卒業なさる。そういうタイミングも相まって、国内外でも、そろそろ婚約発表があるのではないかと話題に挙がっているようだ。



 王族の婚姻と言えば、大抵は政治的な思惑の絡むものだけれども、カークワースの王族はここ何代か恋愛結婚が続いているので、エマ王女のロマンスはどんなものだろうと期待する声も多い。


 たとえば、王女の祖父にあたる前王は、国内の中流貴族の令嬢と密かに愛を育んで、それなりに苦労しながら結婚まで漕ぎつけた。

 父にあたる現王は、遠国の大貴族の令嬢に一目惚れをかまして、猛アタックとすったもんだの末になんとか穏便に結婚に至った。

 それから、姉にあたる第一王女も、近国の王太子と意気投合して、ぜひにと望まれて嫁いでいった。

 次兄にあたる第二王子は、昨年隣国の上流貴族の令嬢と婚約を発表したが、これも王子が何年かかけて令嬢を口説き落としたことで有名である。

 長兄にあたる第一王子は、いまだ結婚どころか婚約の気配もないが、若いころから流した浮名は数知れないので、そのうちにどれかひとつくらいは結婚に発展するのではないかというのがもっぱらの噂だ。


 エマ王女の祖父君にしても、父君にしても、兄君がたにしても、姉君にしても、そろいもそろって容姿端麗・才色兼備・眉目秀麗のオンパレードなので、王族として華があるし、国政だの外交だのに関わる才があるものだから、国内の貴族がたや周辺諸国の王族やら貴族がたとの交流が深い。その関係のなかから、自然と恋愛だの婚姻だのという話になっていったわけなのだが、そういう意味で言うと、エマ王女は王族のなかでは少々異色である。



 ──極めて平凡、というのが、エマ王女を示すいちばん適切な表現だった。それは、自他共に認めるところだ。


 彼女は、容姿にしても、王立学院での成績にしても、大変に平均的だ。人見知りが激しいとまでは言わないが、決して社交的とは言えない性格は、国政だの外交だのに関わるには向かない。かと言って、目立った欠点らしい欠点もなく、むしろ品行方正であることに関しては兄君姉君がたをしのぐところもある。

 否応なく家族と比べられる立場にありながら、それほどひねくれてもおられないのは美点と言っていい。優秀ではないにしても、ご自身が平凡であることを自覚しておられるという点においては、愚かとは言い難い。

 幼いころは泣き虫で癇癪持ちで、乳母や侍女を手こずらせておられたけれども、王立学院に入学されてからは、ずいぶんと落ち着いた、穏やかな性質になっておられた。ひかえめな性格と嗜好は、派手好きよりは好ましいけれども、おとなしすぎるところは、王族としては玉に瑕かもしれない。



 優秀であれば、政略的な婚姻も可能だったかもしれないが、極めて平凡な彼女には、外国の王族や大貴族に嫁ぐのは荷が重いだろうというのが、諸侯の一致した考えだ。タイミングの悪いことに、と言おうか、良いことに、と言おうか、王女の身分さえあれば政治的な婚姻に役に立てるような外交先も、今のカークワースにはない。


 そうなると、なんの思惑も絡んでいない婚姻をしてほしいと思うのは、諸侯の親心である。王族としての華が無くても、国政だの外交だのに関する能力が無くても、純真無垢、温厚篤実、精金良玉と称される性格と性質をもつ、幼少のみぎりから成長を見守ってきたかわいいかわいい姫君に、しあわせな結婚をしてほしいのは当然だった。



 ところが、王女自身の意見はと言うと、「婚姻相手にはこだわらないが、自分の結婚で相手が不幸にならないことを望む」という、ひどく現実的だが、同時にひどく曖昧なものなのだった。

 これならまだ、「だれそれと結婚したい」と、多少身分違いの相手であっても、駄々をこねられたほうがよっぽど簡単である。それこそ、王命で片づく話だからだ。王命で片づけられない無理難題などほとんどないのだが、「自分はエマ王女と結婚することで幸福になれる」と堂々と名乗り出るような人物は、そうそう見つかるものでもなく、真偽の見極めも大変に困難だ。第一、「諸侯のなかにそういうかたはいらっしゃいませんか~?」と呼びかけるのも、なんとも間抜けな話である。


 諸侯としては、王女に物分かりがよさそうな物言いをされたことで、成長を感じて物悲しいようでもあり、反面、夢見る乙女のような、ちょっと頭の悪そうな、彼女らしい提言をされたことが、気の抜けるようでもあり、なんとも言えない気分になったのだが。



 さらには、五人の御子たちのなかでも特に彼女を溺愛する彼女の父、カークワース国王たるニコラス・チャールズ・アレクサンダーが、なるべく娘に恋愛結婚をしてほしいと望んでいることが、少しばかり厄介だった。自身もそうだったからか、恋愛結婚こそ幸福、と考えているらしい。

 ここ数年、事あるごとに「気になるひとはいないのか」だの「恋人はいないのか」だのと娘に探りを入れて、父親として嫌われそうな道を一心不乱に走っては、テーブルの下で王妃に蹴っ飛ばされていると聞く。


 諸侯にとっては、国王が娘に嫌われたとてどうでもよいことだが、恋愛だの結婚だのに忌避を持たれたらどうするつもりなのか、と、冷めた目で見ている。

 本人の意思を尊重したいのか、自分の思う結婚を娘にしてほしいのか、はっきりしてもらいたいものである。



 彼女の婚姻が、まったく政治的な思惑が絡みようがないかと言うと、そうでもないのもまた、厄介だった。対外的な政治において、王女の婚姻でバランスを取るような案件はないにせよ、国内においては絶妙なバランスが存在することも、彼女の婚姻相手選びが難しい理由のひとつだ。


 というのも、彼女の長兄たる第一王子、マーカス・ニコラス・アルフレッドが、自身の婚姻相手選びをのらりくらりとかわしているからである。学院時代から、王子の身分を除いてもたいそう人気のあった彼は、浮名を流す相手には事欠かなかったはずだが、まだまだ独り身を謳歌したいのか、そもそも婚姻の意思が無いのか、妹君や弟君に先を越されてもまったく焦った様子が無い。


 すでに父王の右腕として国政にも関わっているマーカス王子は、あとは妃が定まれば──次代の王位継承者をもうける意思が示せれば──すぐにでも立太子の儀が執り行われるだろう。諸侯としては、国が安定しているうちに早く、と思っているが、ご本人は、いざとなれば弟君がたに譲れるものだと思っていそうでさえある。

 その態度は、プレッシャーをかけはしないものの期待はしているだろう父王からも、第一王子の才を買っている者たちからも、第二王子ネイサン・チャールズ・ライアンからも、少々胡乱げに見られている。

 皆、願わくはマーカス王子に王位に就いてほしいのだ。


 特にネイサン王子は、外交の腕を買われ、またご自身も好んで一端を担っていることもあって、その職務を離れて王位に就くことは固辞しておられるところがある。なかなか婚姻相手を決めようとしない第一王子よりも、すでに婚約者のいる第二王子を王太子に推す派閥がちらほらいることも、ネイサン王子にとってはうっとうしいことこの上ないだろう。


 ちなみに、第三王子オリヴァー・アレクサンダー・ハロルドは、今年で御年十歳になられた、末の王子である。容姿も愛らしく、利発だが、立太子できるまで十年近くかかることを考えると、歳を重ねて気が短くなってきた議会の面々には、少しばかり待つのが酷かもしれなかった。



 そういうわけで、もしエマ王女の提示した条件通りの人物が現れたとしても、たとえば、ネイサン王子を王太子に推す派閥に属しているならば、今の時点では婚約を確定させることが難しいだろう。彼らの側近たちも、派閥やら権力のバランスやらを考えると、婚約したくてもできないのが現状だった。ネイサン王子の婚約は、相手が隣国の貴族令嬢で、国内の派閥や権力バランスには影響が無かったから成り立った、特殊例だ。

 マーカス王子が立太子したあとであれば、その辺りのことは解決するので、時間の問題ではある。けれど、もし、彼があと何年も今のように婚姻の意思を見せられないのであれば、エマ王女の婚姻も同じように延びていくことになるのだ。



 そういった、様々な繊細な事情を汲んでくれて、何年先になるかもわからない婚姻に是と言ってくれて、エマ王女との婚姻を幸福だと示してくれて、できれば、エマ王女と恋をしてくれる人物、となると──。


 ……まだまだ、エマ王女の婚姻相手探しは、難航しそうなのだった。




前置き長すぎん?

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