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袖をひくこの子は誰

作者: 九文里

 「しまった。」と朝子は思った。

目の前には、電線に届くほどの女の頭が、月明かりに黒くそびえ立ち、髪を風になびかせていた。


 遠海朝子(とうみあさこ)は、高校2年生、今日は金曜日、学校の帰りに友達の此野代千鶴子(このしろちづこ)の家に寄っているのだった。千鶴子の両親は、今夜は出掛けているので二人ともちょっとウキウキしていた。

 もちろん勉強をしていたのだが、気づけばゲームに夢中になっていた。

 だが、楽しい時間は一瞬で破られる。フト時計を見ると、10時を過ぎていた。鬼のような形相の母の顔が頭に浮かんだ。母に電話をしようと思ったが、怒られるのが分かっていたので、メールで、すぐ帰りますと送った。


 朝子は、自転車にとびのって、千鶴子に別れを告げると急いで家に向かった。

 焦って、たまに立ちこぎをしていた。すると、急にペダルを踏む足に手応えがなくなった。チェーンがはずれていた。

 「なんで。よりによってこんな時に。」朝子は、泣きそうになった。

 自転車を、押してみるとなんとか動いた。しかし、早く押すとチェーンがギアに引っ掛かかって動かなくなつた。恐る恐る押していくしかなかった。

 ある四つ角に出た。その角を右にいくと近道だ、でも朝子は、その道に入るか迷った。実は、この道の中頃には、柳の木が立っていて、最近「出る」と、噂のある木だったのだ。朝子は、気味が悪いので、ここしばらくはこの道を避けていた。

 でも、早く帰らなければいけないと焦っていたあまり、この道に入ってしまった。


 道の中頃に行ったとき、朝子はギョッとして立ち止まった。目の前に巨大な女の頭が立っていたのだ。

 やめとけばよかった、と一瞬思ったが、よく見ると、それは暗闇に黒く浮かびあがった柳の木であった。夜風にそよぐ枝は、あたかも、そよ風にそよぐ髪の毛の様だった。

 不気味であったが、朝子は、意を決して自転車を押し始めた。できるだけ木から離れて、柳を見ない様に、顔をそむけて通りすぎようとした。

 しかし、いかんせん道の幅は車一台しか通れないような狭さで、そのうえ自転車はゆっくりとしか動かせない。なので柳の正面を抜ける時は、背中が寒々として、生きた心地がしなかった。

 柳の正面を抜けて、あとは離れるだけだと思ったとき。後ろから声がした。

 「やめろう、やめろう」

 ドキン。体が揺さぶられた様なショックを受けた。

 後ろを振り向いた。だがそこには誰もいなかった。

 朝子は、気を取り直して、前を向いてまた歩きだした。するとまた、声がした。

 「やめろう、やめろう」

 朝子は、振り向いた。後ろに老婆がいた。

 髪はバサバサでボロボロの着物をきた老婆だった。

 朝子は、ビックリして、慌てて逃げようとした。しかし、急に自転車を動かしたので、チェーンがギアに噛んでしまい自転車が動かなくなってしまった。

 老婆は、地面を滑る様に朝子に近づいて来た。

 朝子は、必死で自転車の後輪を持ち上げる様にして進もうとしたが、重たくて結局、後輪を引きずった。

 思い通りに進まなくて、老婆に自転車を捕まれそうになった。その時、けたたましい音で音楽が鳴った。

 朝子は、心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。携帯電話が、鳴ったのだった。

 それで、老婆もビックリしたようで動きが止まった。

 朝子は、アニメのテーマソングの鳴るなかを、必死で自転車を引きずって逃げた。

 角を曲がってもう、老婆の姿は見えなくなった。もう追ってこないなみたいと息を着いた時、携帯の着信音が既に止んでいるのに気がついた。

 その時また、騒がしい音楽が鳴り響いた。携帯電話をみてみると、母からだった。もう12時近かった。怒られると思い電話に出ると、母は、朝子が無事だったことに、安堵したようだった。

 その後、なんとか家にたどり着いた。やっぱり、母に頭ごなしに、思いっきり叱られた。


 その晩は、なかなか寝付けなかった。部屋の中が寒々として、何か片隅に居るような気がした。

 やっとのことで寝付くと、夢に柳の老婆が出てきた。

 鬼気迫る様子で、「やめろう、やめろう。」と訴えていた。

 「出たよ」朝子は、うっすらと目を開けた。「やめろう、やめろう」って何?そう言えば、昨日もそんなこと言ってたな。

 その日一日、肩が重くて、背中が突っ張る様だった。

 そして、その夜も夢を見た。また老婆が出てきた。上半身を前後に折り曲げたと思ったら、折り曲げたままグルグル回転して、遂には腹から千切れてしまった。

 目を覚ました朝子は、しばらく呆然としていた。わけがわからなかった。

 その日も、ずっと体の調子は悪かった。


 次の日は月曜日、朝子は学校にくると、真っ先に捷啓のところに行った。

 麦間木捷啓(むぎまきしょうけい)は、朝子のクラスメートであり、小学校から同じ学校で、度々同じクラスになった幼なじみである。

 「捷啓、オバケが出た。自転車のチェーンがはずれてね、逃げたの。電話が鳴って、お母さんに凄い怒られた。」

 「オバケが、自転車のチェーンをはずして逃げたら、電話でお母さんに怒られた?」

 「ちがう。」

 朝子は、金曜日の夜、柳に老婆のオバケが出たこと。老婆が「やめろう、やめろう、」と訴えてたこと、夢で老婆の体が半分に千切れたこと、ずっと肩が重くて、体が不調なことを切々と説いた。

 「なるほど。」捷啓は、朝子の顔をじっと見た。

 「大丈夫だ、朝子。何もついてないから。」

 「肩が重いのは、筋肉痛だね。ずっと無理やり自転車を引きずってたからな。」

 「わかるの?」

 「なら、今日の帰りに、その木の所に行ってみよう。」

 朝子は、少し躊躇したが、捷啓が一緒なので行くことにした。

 「それより朝子、朝はまずおはようございますを言わないと。」と捷啓は、付け加えた。


 放課後、朝子と捷啓は、柳の木の所にやってきた。 

 朝子は、木を見て驚いた。

 柳の木が無くなっていた。根元から

バッサリ伐られていた。そのうえ、腐らすために薬を入れられたと思われる跡があった。

 朝子は、はっとした。「やめろう、やめろう。」は「やめろ、やめろ。」

って言ってたのか、木を切るのを止めろと。夢で体が半分に千切たときは、

もう、伐られてたんだ。


 「これなら、大丈夫だよ。」「まだ。」と隣で切り株を見ていた捷啓が言った。

 確かに、もうオバケは出ないかもしれないと朝子は思った。ん、最後の「まだ」って何だ?捷啓の言葉がひっかっかった。

 朝子は、ジット無惨に伐られた切り跡を見てて、「でもなんか、かわいそう」とつぶやいた。

 

 「酷いでしょ。」二人の後ろから大きな声がした。振り向くと、おばちゃんが片手にホウキ、片手にちり取りを持って立っていた。

 「車が通りにくいって、市に苦情があって、土曜日に業者が来て伐ったのよ。」

 「どこのどいつが苦情を言ってたのか、だいたいわかるけどね。」

 「風情のある木だったのに。市に苦情言ってやるわ。」

 近所に住むおばちゃんだった。

 その後わかったのだが、長年親しまれてきた柳を一部のドライバーの文句で伐採したことで、市役所に苦情が殺到したのだった。


 それから後の日々は、捷啓の言った通り、老婆が夢に出てくることもなくなり、肩の重みもなくなり体も元に戻った。やっぱり、筋肉痛だった。

 そして、1ヶ月も過ぎた頃、朝子がコンビニでレジ待ちをしてる時、後ろでひそひそ話てるのが聞こえた。

 「また、柳に出るらしいわよ。」

 「昨日、うちの息子が柳のとこで見たらしいのよ。」

 えっ、柳ってあの老婆が出た柳の事だろうか?朝子は聞き耳をたてた。が、レジの順番がきたので、それ以上はわからなかった。

 そんなある夜、朝子は夢を見た。あの柳の切り株の側に朝子は立っている。すると袖がひっぱられるので、見てみると四、五歳の女の子が朝子を見上げている。

 「かわいい」と朝子はその子に見とれてしまった。

 そこで目が覚めたのだが、しばらく、かわいかったと感慨にふけっていたら、何か気になった。見たことがあるような気がした。

 学校に行って、真っ先に捷啓に夢の話をした。すると捷啓は、「じゃあ、放課後、柳の切り株の所に行こう。」と誘ってきた。


 学校の帰り、朝子と捷啓は、柳の切り株の所に向かった。

 朝子は、切り株に近づくにつれて様子が変なのに気がついた。そして、側にきて「あっ」と思った。切り株が綺麗な緑で覆われていた。切り株から新しい枝が伸びていて、輝くような若葉を繁らせていた。

 「死んでなかったんだ。」朝子は、若葉に見とれた。

 「柳は、箸になっても、土にさせば芽が出る、と言われるほど生命力の強い木だからな。」捷啓が新芽を見て言った。

 ハッと朝子は気がついた。あの女の子の着物の色、あの老婆の着物の色と同じだ。あの娘は、あの老婆!最近また「出る」というのはあの女の子の事か!

 恐らく、前の伐採で市役所に苦情が殺到したから、もう伐られる事はないだろう、と捷啓は話した。

 それにしても、と朝子は捷啓を見た。こいつ、前、伐採された木を見に来た時、まだ木は死んでないって、はっきり分かってたんじゃないんだろうか? 

 それに、柳のオバケが私に取り付いてない事も、すぐに見破ったし。

 もしかしたら、何か見えてる?

 と思うのだった。

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