第八十話 入寮
第八十話 入寮
サイド 大川 京太朗
「でかくね?」
寮の一階にあるラウンジ。そこに熊井君、魚山君、相原君と集まり、角の方の席で机を囲む。
「でかい」
「正直びっくりした」
「同じく」
四人そろって頷く。
「個室もらえるって話は事前説明であったけど、まさか1LDKとは」
「キッチンは小さめだったけどな。そこは少しだけ不満だ」
「奇遇だな、好敵手。俺もそう思ったぜ」
「君ら絶対にキッチンの用途違うじゃん」
「「料理だが?」」
「わざとかな?」
どうせマッスル飯とふくよか飯だろ。布教用も兼ねた。
それはそれとして、軽く周囲を見回す。このラウンジも体育館の半分ぐらいのサイズがあるし、内装も複数の椅子やテーブルが綺麗に並べられていてどこか落ち着く内装だ。同じサイズの食堂も別にあるのだから、余計に驚きである。
本来五百人を入学させる事を想定して建てられた『冒険者専門学校』は、寮も相応の大きさをしている。ただし、今回入学……というか転校してきたのは百人ほどだ。栃木の方でも二百人ほどだとか。
静岡校の内訳は男子三割女子七割ってところ。男子寮と女子寮で別の建物なのもあり、かなり空きスペースが目立つ。そのおかげか、入る部屋を好きに選んでいいと言われたのは幸いだったが。寮でのご近所づきあいに困らずに済む。
コネを得なければという理性に反し、感情の部分ではあんまりプライベートで知らない人と関わりたくない……我ながら根が陰の者である。
ちなみにそれぞれの個室も普通にでかい。普通に夫婦と子供一人なら暮らせるんじゃないかってぐらいだ。
「これと同じのが他に四校あんだろ?そりゃ抗議デモも起きるわ」
「まあな。けど冒険者専門学校の予算って、半分は有川大臣が私的に持ち込んだらしいぜ」
「え、マジで?」
有川琉璃雄ダンジョン対策大臣。
黒髪をオールバックになでつけ、いつも胡散臭い笑みを絶やさない細身の男。四十を過ぎているはずなのに若々しい顔立ちと芝居がっかた立ち振る舞いは、二十代後半でも通じそうなエネルギーを感じる。
そんな胡散臭いの代名詞と昨今は言われる人物が、まさかそんな事をしていたとは。
「なんでも、学校を作るって時に最初は要塞か監獄じみた物が建てられそうだったのを、あの人が方々を回って金と人員を引っ張ってきて、更に私費も出したとか」
「それは凄いけど、法律的に大臣のポケットマネーを公共の施設どうこうっていいの?」
「寄付って形だからセーフだってよ。見返りは求めないって名言してたぜ。ホームページでだけどな」
魚山君の問いに答え、相原君が軽く肩をすくめる。
「自腹切ったつっても、どうやってここまでの物を短期間で作ったのかは知らないけどな。その交渉術を是非ご教授願いたいもんだよ」
「はえー」
「毎回ながら、どっからそういう情報もってくんだよ」
「前にも言ったろ?覚醒者同士のコミュニティは『賢者の会』以外にも色々あんだよ」
そう言えばそんな事を言っていた気がする。
「そもそもこの学校を建てようって言いだしたのは有川大臣だから批判の声もあるが、大半の国内の覚醒者。特に冒険者はあの人のファンだぜ。臨時じゃなくって今度こそ正式に総理大臣になってくれってぐらいにはな」
「まあ、確かに。僕も誰になってほしいって言ったらあの人だしなぁ」
極論、『懐を潤してくれるリーダーが最高のリーダー』である。少なくとも下につく者にとっては。
他の政治家さんって、どうにも覚醒者を『危険物』か『都合のいい壁』程度にしか考えてなさそうってか……信用も信頼もできない。そもそも、ダンジョンやモンスターへの理解が足りているのかって人も結構いるし。
この前も野党の議員さんが『覚醒者は全員ダンジョンの前に住ませるべきだ』と発言し、多少の批判を浴びていた。そのニュースはすぐに報道されなくなったけど、偶に見かける覚醒者のネット掲示板で脅しめいた言葉が出るぐらいには不満をもたれている。
更にその少し前には与党の議員さんが冗談のつもりで『ダンジョンの被害なんて大した事ない』と発言したのが一カ月ぐらい話題になっていたし。
……どうしよう。マジで外国の子になってやろうかって思えてきた。まあ海外も海外でデモやらテロやら大変らしいが。
その点、有川大臣は冒険者に少しでも利益が出る様に頑張ってくれているし、ダンジョンの氾濫に対しても本気で対応しようという姿が見える。
「胡散臭いけど」
「胡散臭いけどな」
「胡散臭いよね」
「胡散臭くはあるな、物凄く」
『はっはっはっは』
脳内に胡散臭いほどに爽やかな笑い声を出す有川大臣が浮かぶ。うーん、胡散臭い。
そもそもちょいちょい糸目になるんだよなあの人。糸目でイケメンで『ですます』口調でスーツ姿でお偉いさんって、お前どんだけ胡散臭い要素重ねるんだよ。怪しさの過積載か。
「ま、ともかく寮自体は問題なく住めそうだな。食堂の料理はまだ食べてないが、この分なら結構期待できるだろ」
「それより、皆ゴミ捨ての日と洗濯物を出す時間覚えた?正直、今から不安なんだけど」
「それな。普段親に頼っていたツケがきたよな……」
「ふっ、嫁のいない奴らは大変だな」
「あんだとぅ」
ドヤ顔で長い脚を組む相原君。
「おめぇアレかぁ?男女差別かぁ?」
「昨今は奥さんだから家事をやって当然という考えは旧世代の考えとして排斥される事を教えてやる」
「無論俺も手伝うが、ぶっちゃけ雪女相手に家事で勝てる奴の方が少ないし、基本的に献身的だから強引に手伝うと嫌がられるんだよ。なあ、同志」
「同志じゃないないけど、うん」
そうなのだ。うちの雪音も料理洗濯掃除と、本当に隙が無い。手伝おうと思った時にはもう終わっている。
雪女の伝説は、結婚した後は良妻賢母として描かれる事が多い。その伝承はどうも本当だったらしい。
「くっ、マッスルな雪女がいれば……いや、俺には車谷さんが……!」
「くっ、触手が生えた雪女がいれば……いや、僕にはハーレムが……」
「どっちもニッチ過ぎるんだよなぁ」
せめて見せ筋がどうのって拘りさえ無ければ熊井君は普通に契約できるだろうに。魚山君はもうそれ雪女じゃねぇよ。
「ただ、洗濯物は寮母さんに出すなって釘を刺されたけどね。自分が洗うからって」
「俺もだな。雪女共通らしい」
「あん?なんでだよ」
「……なにか疑っている?けど洗濯物だけ警戒するの?」
疑問符を浮かべる熊井君と魚山君。
当然の疑問である。ちなみに寮母さんは覚醒者ながら七十代のお婆さんがやっており、その補助に何人か働いているそうな。ぶっちゃけ詳しくは知らない。
「それがさぁ」
『お義母様は仕方がありません。ですが!ワタクシ以外の女に旦那様の下着を握られれば何が起きるかわからないではないですか!!卑猥な事をされるかもしれません!!』
「って言われて」
「杞憂だな」
「杞憂だね」
「そうだけど断言すんのはやめない?」
傷つくからね?いや僕だってそんな事されるとは思っていないけどさぁ。
「まあ、不本意だがそこの相原ぐらい顔が良ければ警戒するのもわかるが」
「ただの独占欲だね。雪女は側室こそ認めるけど、本音では契約者の近くに自分以外の異性が近付くだけで本能的に嫌がるから」
そうなの?僕東京から帰った後情報共有も兼ねて赤城さんとその仲間たちの事話したら。
『ワタクシは旦那様の事を信じております……』
って何故か慈しみと哀れみと愛情の混ざった視線を向けられるだけで、全然怒った様子はなかったが。
あれか?僕の一途さをってこと?けど嫁が雪音含めて三人いるから、むしろ疑われそうだが……実は釘を刺されたのかもしれない。
「まあ実際に似た様な経験あるけどな、俺の場合」
「え?」
「小学校の頃プールの授業があってな。使った水着を教室に置いていったら、担任の女が俺の海パンを被って深呼吸していたんだよ」
「……はぁ!?」
なに、その、なに!?
咄嗟に周囲を見回す。それぞれのテーブルは離れているし、そもそもまだ荷解きが終わっていない生徒も多いのか、人影はまばらだ。こっちを見ている奴もいない。
え、これ気軽に聞いていい話?
「安心しろよ京太朗。もしもトラウマになってんならこんな簡単に話さねえよ」
「そ、そう、なんだ?」
「その後普通に通報して終わったしな。本当は隣のクラスのわがままボディな女教師が釣れねぇかなって罠だったんだが……上手くいかないもんだ」
「僕は君が怖いよ……」
恐怖体験して大変だったねって言おうとしたら相原君の脳みその方がホラーだった。なんだこいつ。
「けど、女教師かぁ……確かに憧れるよなぁ」
「だがな同志。これだけは言っておくぞ」
同志じゃないです。
「お前が考える様な『生徒とのエッチに興味津々な美人女教師』なんてこの世に存在しないんだ。ちなみに俺の海パンを吸っていた奴のあだ名は『ガリ鼠』だったと言っておく」
「……わかっているさ、そんな事」
患者にスケベな治療をするナースや女医も。
生徒に保健体育を実技で教えてくれる美人教師も。
オタクに優しいスケベボディなギャルも。
自分に恋心を抱いている血のつながっていない妹も。
全ては妄想の産物だ。現実にいるわけがない。もしもいたとしても、自分には届かぬ空の星だ。
それでも求め、しかし蠟の翼を失い堕ちた者達が犯罪者として豚箱に押し込められる。その怨嗟の声を舞台に変えて、輝かしい願いの『偶像』は天上にて瞬いているのだ。それが、幻だとしても。
「だが僕にはレイラ達がいる。アイアム勝ち組」
「うっっっぜ」
すまんな熊井君。この中で清い体なのは君だけだ。
レイラ達にナースも女医も女教師もギャルもコスプレだがやってもらったし。そのうち義妹な感じのもやってもらう予定である。
かっー、これが持つ者と持たざる者の違いというものだよ。早く車谷さんとやらにアタックしてきたまえ。そして玉砕しろ。
「まあ、うん……お前がそれでいいならいいや」
「逆に尊敬の念を抱いてきた自分がいる」
なんだ残念イケメンと眼鏡。その奥歯に物が挟まった様な言い方は。
そんな風に友人達と過ごしていれば、残り数日の夏休みなどあっという間に過ぎ去ってしまう。
始まった新生活。慣れない環境、真新しい教室。各学年に一つしかないクラスには、知らない顔ばかり。
そして――転入初日から、『冒険者』として働く事になった。
本当に存在した学校の地下にあるダンジョン。そんな中学生の妄想じみた物に、足を踏み入れたのである。
……もうちょっとこう、ガイダンスとかないの?
冒険者専門学校。既に冒険者免許持ちばかりの生徒達は、思わず遠い目をするのだった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.赤城達の接近を雪音はどうとも思わないの?
A.雪音
「ワタクシは旦那様を信じています……人間では相当な変わり者でもなければ、異性としてあの方に懸想するものはいないと。それはそれとして、下着に触れるのは駄目でございます」
Q.静岡県って女性が東京に流れているって話じゃないっけ?
A.東京が人気減+女性の覚醒者は『他より冒険者専門学校のが安全』と思ったからですね。覚醒者と性交すると覚醒できるというデータが……。ぶっちゃけ海外だと色々修羅場。
Q.これ親御さんキレない?
A.カウントダウンスタート。
※作者が素で『編入』と『転入』をごっちゃにしていました。混乱させてしまい申し訳ありませんが、リアルが今忙しいので修正が出来ていない部分があります。どうか『転入』の方で脳内変換をお願いします。




