第七十五話 赤城萌恵
第七十五話 赤城萌恵
サイド 大川 京太朗
矢島さんから念願の桜井自動車部長の連絡先を貰えた後、査定やら何やらも終わって一応父さんへのお土産も買って帰宅した。
そして自室に戻ったわけだが……やばい。緊張してきた。吐きそう。
「れ、レイラ。どうしよう。どういう風に電話したらいい?」
「普通に礼節をもって接すればいいと思いますよ?」
とりあえず一人だと不安なので出てきてもらったレイラに尋ねれば、彼女は少し困った様な笑みで答えた。
「別に、ここでの会話が今後の全てを決めるわけではありません。それに桜井自動車とは縁がなかったとしても、主様の能力なら欲しがる所は必ずあります」
「そ、そうかなぁ。けどもしも桜井自動車なんて大企業の部長さんに嫌われたら、他の会社に就職する時も変な根回しとか……」
「流石に相手もそれほど暇ではないでしょう。それでも万が一主様の懸念する様な事になったら、海外の企業か自衛隊に跳び込んでしまえばよろしいのです」
「………自衛隊はやだなぁ」
「それは確かに。守護精霊としてもお勧めできませんね」
互いに苦笑を浮かべあう。矢島さんや山崎さんには申し訳ないが、ブラック通り越して漆黒とか言われそうな今の公務員系はちょっと……他に良い選択肢があるならそっち行くわ。
だが、おかげで少し気が楽になった。深呼吸を一回。鼻から吸って、腹で留めた後に口から出す。ダンジョンに入る前にいつもやっている事だ。大丈夫。死にはしない。
教えてもらった電話番号を入力し、スマホを耳につけた。
コール音は二回。それで向こうと繋がった。
「もしもし。大川京太朗と申します。矢島部長から連絡先を頂いてお電話させて頂いたのですが、赤城萌恵様のお電話で合っていますでしょうか?」
『うん、私が赤城萌恵だよ。話は矢島さんから聞いている』
電話から返ってきた声が思ったよりも若い事に驚きながら、その声音が優し気である事に少し安心する。
「お忙しいところすみません。今お時間ありますでしょうか?」
『少しだけならあるけど、落ち着いて話すのは無理かな』
「そ、そうでしたか。それは本当に失礼を……」
『いや、気にしないでくれ。そうだな……明後日なら丸一日時間を作れる。彼からは君に工場見学させてあげてほしいと言われているけど、その時でも大丈夫かい?かなり急な日程になってしまうから、また別の日でも大丈夫だけど』
「あ、いえ。明後日で大丈夫です。お願いします。けど、本当にいいんですか?」
『お得意様で、個人的にも友人である矢島さんのお願いだからね。それに若者がうちの商品に興味を持ってくれるのは大歓迎さ』
明るい口調で語る赤城さんに、恐い人ではないのだなと内心で胸を撫で下ろした。
よかった。これで滅茶苦茶恐い人だったり、忙しすぎて怒られたりしたらどうしようかと。
『なら、明後日東京駅まで来てくれるかな?今は夏休み中と矢島さんから聞いたけど、泊まれそうかい?だったら宿も用意するけど』
「い、いえ!そこまでして頂くわけには!」
『ははっ。友人から紹介された未成年を夜の東京に放置する方が問題だよ。助けると思って、それぐらいはさせてくれないかい?ああ、勿論変な場所は紹介しないから安心してね』
「は、はぁ……なら、すみません。よろしくお願いします」
『任された。出来る範囲のおもてなしはするとも。それじゃあ、この辺りで失礼するよ』
「はい。お忙しい中ありがとうございました」
『構わないよ。詳しい時間とかは、新幹線のチケットをとれてからメールで教えてほしいな。ではまた明後日に、じゃあね』
「し、失礼しました」
通話を終え、大きなため息を一つ。ベッドに座っていたのをいいことに、体を後ろに投げ出した。
「どうでしたか、主様」
「明後日東京駅に来てくれって。なんか優しそうな人でよかったよ……」
覗き込んでくるレイラに寝転んだままサムズアップする。
あ゛~、マジで緊張した。
「僕変な口調だったりしなかった?特に最後とかアレで合っていたのかな……もっと、こう。『お話しできて嬉しかったです』とか言っておいた方がよかったかも」
「気にし過ぎですよ、主様。貴方はまだ高校生ですし、相手もそれをわかってくれていると思います」
「そうかなぁ……大丈夫かなぁ……」
時間を巻き戻してぇ……どうして僕は帰ってすぐ電話したんだ。事前にネットで『目上の人との電話の仕方』とか調べてからやるべきじゃなかったのか。なんなら会話内容を事前にメモして纏めておくとか。
どうしよう。考えれば考える程に自分がやらかした様に思えてならない。
「主様はよくやっていらっしゃいましたよ。ほら、そうお悩みにならないで。異界でお休みしましょう」
「うん……」
レイラに立ち上がらせてもらい、そのまま体を押し付けられた。
こちらの胸板に彼女の巨乳が押し当てられる。マーチングバンドの服みたいな改造軍服ごしに、もっちりと柔らかい感触が伝わってきた。
これは……ノーブラ!部分的に解除していたのか!いつの間に……!
「悩んでも仕方がない事はございます。今日一日考える事ばかりでお疲れでしょう。どうぞ私達に甘えてください」
「うん!!」
元気が出てきた。変な意味ではなく。
本当です。信じて!!
* * *
そんなこんなで、約束の日に。
両親も大企業の部長さんと会うって事で安心して送り出して――くれなかった。直前まで『やっぱり制服で会いに行った方がいいんじゃ』『いやスーツ貸すからそれを』『美容院で髪の毛セットしてもらった方が』とか、まあ色々あった。
うん。そりゃ高校生の息子をビジネスマナー的な面で信用できないのはわかるのだが、それでも落ち着いてほしい。なんで僕より緊張しているんだ。
なお、余談であるが僕の髪はレイラや雪音に切ってもらっている。覚醒者って近接型は髪の毛まで頑丈なのだ。普通の鋏では切れない。
なんか都会では覚醒者の美容師さんとかもいるらしく、相原君やそのお母さんはそういう所に通っているとか。
え?友人二人?魚山君は普通の床屋さんでも髪の毛切れるし、熊井君は自分で切っている。ぶっちゃけどうでもいい情報だ。
何はともあれ、無事に東京駅に到着する。だが、そこからが大変だった。
「人が、多い……!!」
出来るだけ身ぎれいな格好で来たわけだが、人混みからはじき出される様に駅の壁際で縮こまっていた。
なに、この、なに。『今日はお祭りですか』なんて田舎者丸出しな質問はしたくないが、しかしあえて言わせてもらおう。なんのお祭り?
わかっている。これが東京の……それも夏休みシーズンの日常だと言うのは。だがそれはそれとしてなぁにこれぇ。
もはや自分が駅のどの辺にいるのかもわからない。というかなんで駅がこんな広いんだよ。おかしいじゃん。半分ぐらいにしろよせめて。それでもうちから一番近い駅の五十倍ぐらいはあるから絶対。
人間恐い……人、恐い……おうち帰る……。
これから人に会いに行くわけだし、守護精霊や使い魔であるレイラや雪音、リーンフォースは出していない。というか駅で突然出したら不自然だ。つまり僕一人でどうにかするしかない。
こ、こんな事ならどうにかして親同伴って事にしてもらうんだった……!迂闊、まさか東京駅がこんなにも魔境だったとは!!
冷や汗が止まらない。やべぇよ、どうにか駅員さんに道を聞こうにも、そもそもそれらしい人が視えねぇ。魔眼持ちの視界でもっても捉えきれない。なんだこの人の壁は。
既に合流予定時刻に時計の針は迫っている。まさか三十分もここで足止め食らうとは思っていなかった。先方にとんだ失礼を……お、お腹痛い。
―――チャラチャラチャララン。
「ふぃぁ!?」
やっべ変な声が出た。咄嗟に周囲を見回すが、誰もこちらを見ていない。それに安堵しつつも、ポケットからスマホを取り出す。
「は、はい大川です」
『やあ、大川君。赤城だけど、今どの辺かな?合流場所にいるんだけど、中々見つけられなくって』
「す、すみません。駅の中で迷ってしまいまして……」
『なるほど。ごめん、慣れない場所だったんだね。今迎えに行くよ。一番近くに見える看板を教えてもらえるかな?』
「すみません本当に……え、えっと」
赤城さんとの通話を終え、一息。
……うん、やらかしたわ。もうこれマジでやべぇわ。
高校生にもなって駅で迷子とか、絶対ダメな奴って思われたもん。というか冒険者的に『方向音痴』って致命傷じゃん。雇ってもらえねぇよそんなポンコツ。
あ~、もう失礼のない様に会話して、見学を終えたらそのまま帰ろう。赤城さんと矢島さんには後日きちんとお礼を言うとして、桜井自動車の事はもうすぱっと忘れて……。
ざわりと、周囲の気配が変化した事に気づく。
すぐさま重心を落としつつ警戒体勢へ。いつでも魔装を展開できる様にしながら視線を巡らせれば、一部の通行人たちが何かを見て道を開ける様に歩く向きを変えている事が見て取れた。
……モンスターが出たにしては落ち着きすぎている。非覚醒者が目視できるほど魔力濃度が上がった感じもしない。なら、誰か有名人でも通っているとか?
警戒を解き、代わりに更に縮こまる。東京って芸能人が普通に歩き回っているって聞いたけど、本当なのか。
え、もしもなんかの取材だったら僕もカメラに映っちゃったりしない?なんかこちらに来ている気がする。
こんな迷子の姿を撮られるのは嫌だ。だが赤城さんに探してもらっているのに、この場から離れるわけには……。
迷っているうちに、人の波が割れて一人の女性が姿を現す。
それは、とても綺麗な人だった。
燃える様な深紅の髪は後ろで結いあげられ、黒い髪留めで彩っている。日本人離れして白い肌がそれを映えさせており、整った目鼻立ちと落ち着いた笑みは大人の色気というものが感じ取れた。たぶん二十代前半ぐらいだろうに、その立ち振る舞いは洗練されている。
パンツスーツ姿もかなり様になっており、低めのヒールを鳴らして歩く姿も一部の隙もなく凛としていた。出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んだメリハリのある体つきや、長くそれでいて均整の取れた手足もまるで雑誌やテレビの中から飛び出してきたみたいだ。
そんな美しい大人の女性なのだが、しかし薄緑色の両目は爛々と輝き、まるで子供の様な印象を受ける。それが、ギャップをうんで彼女の美しさを際立たせていた。
――どうしてだろう。
そんな美女にリアルで遭遇すれば、基本的に自分は全力で目を逸らす。もしも失礼な態度をしてしまい、睨まれたら恐いから。驚いて一瞬凝視する事はあっても、トラブルを避けようと努力はする。
だというのに目が離せない。その一挙手一投足から注意を逸らす事が出来ず、何よりも。
いつでも抜剣できるように、魔装を纏った直後柄がくる位置へ腕が動いていた。この場ではツヴァイヘンダーではなくダガーの方がいいかなどと、頭の片隅で考えながら。
明らかに不審な自分に、しかし女性はニッコリと笑みを向けてきた。それにようやく意識が現実に戻り、自分の非礼に恥じ入る。己の顔がみるみる青くなっていくのが自覚できた。
何をしているんだ、自分は!?まるで『うっかり道端で怪物にでもあってしまった』とばかりに、無言無表情で戦闘態勢に入ろうとするなど!
どう見てもミノタウロスやファイアードレイクの様な化け物ではない。人間の女性だ。なのになんでこんな事を。
僕の人生終わったかもしれん。不審者として訴えられ……い、いいや。まだワンチャン相手も見なかった事にしてくれる可能性がある。というかまだ魔装出してないし?セーフでは?
……はい無理ですお相手こっちに一直線です本当にありがとうございましたゲームセットですよ畜生!
「大川京太朗君、かな?」
「ごめん、父さん、かあさ……はい?」
これから社会的集団リンチが始まるのか都会はなんて恐い所なんだと思っていたら、件の女性が笑顔のままこちらの名前を呼んできた。
というかこの声、聞き覚えが。
「私が桜井自動車魔導機器部門部長、赤城萌恵だ。よろしく。会えて嬉しいよ、本当に……ね」
そう言って握手を求められ、一瞬呆けるも慌てて手汗を拭ってから応える。
……どういう事?
感じ取れる魔力量も合わさって困惑するなか、彼女は朗らかな笑みを浮かべ強く握手をしてくるだけだった。
読んで頂きありがとうございます。
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Q.ついに人間のヒロインが!?
A.この人の攻略難易度ルナティック超えているがよろしいか?




