第七十三話 処刑街のダンジョン
第七十三話 処刑街のダンジョン
サイド 大川 京太朗
随分と物騒なあだ名をつけられたこのダンジョン。だがそれこそが相応しいとばかりに、ゲートを潜った先にはあまりにも凄惨な光景が広がっていた。
車が……あえて言わせてもらえば、馬車が二台三台通れただろう大きな道には散乱した荷車の残骸や血痕。そして左右に隙間なく並ぶ家々にも多くのヒビが入り、枯れ果てた花が植わっている鉢植えも窓際に放置されている。
転がる壊れたぬいぐるみが物語っている様だ。ここにあったかもしれない日常を。ここで起きたかもしれない惨状を。
……全てまやかしだ。ここは二年前に出来たばかりの仮初の地。
『ぎゃあああああ!?』
『い、いやだ。死にたくない、死にたくっ』
『お゛がぁざぁぁぁぁんん!!』
『腕ぇ!私の、わたしの、うで、がぁぁぁあ!?』
嫌な事を思い出させてくれるものだ。
ある意味、当然と言えるかもしれない。ダンジョンは人の負の感情やイメージに影響された物となる。だからこういった光景になるのは、不思議な事ではない。
「主様」
「問題ないよ。それより事前に決めた通りに」
「はい」
不要な感傷を斬り捨て、リーンフォースと並び前衛で進む。帰ったらレイラ達に慰めてもらおっと。
このダンジョンもまた不人気とされている場所だ。我ながらそういう所ばっかり回っている気がするが、比較的家から近い場所にそんな物があったら間引いておかないと安心できない。
血で汚れたレンガの敷き詰められた地面を、自分達が進む音以外なにも聞こえないダンジョン。
だが、その静寂はすぐに消え失せる事になる。
『マイスター。十時の方向に動体反応が三つ。高速でこちらに近づいてきています。距離、八十、六十……』
『アオオオオオオ――――ンンッ!!』
リーンフォースの声を遮り、響き渡る狼の遠吠え。それが聞こえてきたのは、自分達よりも上の位置から。
「雪音!」
「『氷牙』!」
遠吠えの位置目掛けて放たれる氷の槍。それが木と石でできた壁と屋根を破壊し、粉塵と氷の破片を散らばせる中。二つの影が数メートル先の眼前に降り立った。
ぎょろりとした金色の瞳。薄汚れた灰色の体毛。むき出しの牙の隙間か唸り声をあげるその頭部は、間違いなく狼のものだった。
だが、その首から下はどうか。
筋骨隆々の上半身に、獣の逆関節をした足。ボロボロの衣服を身に纏ったそれは獣と人の混ざった異形のそれ。
『ライカンスロープ』
狼男と言った方が、日本では通りがいいかもしれない。覚醒者の獣人とは明らかに異なり、人から大きく外れた姿の怪物がこちらを睨みつけている。
『グルルル……!』
唸り声をあげる二体のライカンスロープ……長いし、ライカンと呼ぼう。それに対し自分が最初に切り込んだ。
「『もう一体』は任せた!」
そう彼女らに叫んで、左のライカンへと剣を振りかぶる。
縦一閃の斬撃は軽やかに後ろへ避けられ、地面を砕く。だが、それで止まる事はなく隣の個体目掛けて斜め下から刀身を跳ね上げた。
『ギャン!?』
避けそびれた隣のライカンの右腕が斬り飛ばされた直後、後方でも戦闘が始まる。
『目標捕捉。迎撃します』
『ガアアアア!?』
前の二体を囮とし、背後から奇襲を仕掛けようとしたもう一体にリーンフォースが攻撃を仕掛けたのだろう。生憎とそちらにまで視線をやれないが、肉を切った音とライカンの悲鳴が聞こえた。問題ないだろう。
初撃を避けた個体が、逆関節の足と両腕を使い四足獣の様な動きをしたかと思えばかなりの俊敏性でもってこちらに襲いかかって来た。
左右にフェイントを入れてからの、左。そして腕を斬られた個体もまた、右斜め後ろへと回り込んで跳びかかってきていた。
だが視えている。自分から左前に踏み込んで噛みつきを躱し、そのまま相手の首に左腕を回して拘束。そうしている間に、隻腕の個体には氷の槍が突き立っていた。
『ガ、アア……!』
当然暴れようとするヘッドロックされた個体だが、それよりも早く『魔力開放』を一瞬だけ発動。首の骨をへし折った。
痙攣して静かになったその個体を地面に落とすなり頭蓋を踏み砕き、氷の槍が脇腹に刺さって倒れ伏したライカンの頭部に追加で氷の槍が直撃するのを見届ける。
そして視線を後方にやれば、ちょうど赤熱する鎖で動きを封じられ、首を剣で跳ねられるライカンスロープの姿があった。
三体とも粒子に変わるのを見ながら、兜の下で小さくため息をつく。
「三人ともお疲れ。無事?」
「はい」
「同じくです!」
『問題ありません』
「わかった。探索を続行する。もしも噛まれたらすぐに言って。特に雪音」
「はい!」
雪音の元気な返事を聞きながら、周囲を軽く見まわしてからまた歩き出した。
ライカンスロープ。このダンジョンに出現する『Cランクモンスター』。特徴は三体以上の群れで行動する事。仲間を囮にして奇襲する知能がある事。遠吠えで意思疎通をとる事。そして『噛んだ相手を呪う事』の四つ。
最後のが特に面倒くさい。
狼男に噛まれた人間は狼男になる、なんて伝承が存在するが、それを肯定する様に現代に現れたこいつらも似た力を持つ。
非覚醒者が噛まれて生き延びた場合、呪詛に脳が侵され獣の様に暴れ狂うのだ。そして覚醒者の場合でも、個人差はあるが強い虚脱感が見られるそうな。なんでも、血中に入り込んだ呪詛に魔力が吸われているらしい。
自分達なら『抵抗』の値的に噛まれてもレジストできるし、そもそも雪音以外の面子はそういうのが効かない。だが、念には念をだ。
このダンジョンは比較的儲けやすいダンジョンだが、それでなお不人気と呼ばれる『理由の一つ』である。
更に進んでいけば、再度リーンフォースが反応した。
『左右から反応有り。右に四、左に三。急速に近づいています。推定、ライカンスロープ』
「それぞれで迎撃準備。右は僕と雪音が!」
「では左は私達が」
レイラ達に片方を任せて、聞こえてきた遠吠えに剣を構える。
直後、こちら目掛けて降ってくる四つの影。
「『氷牙・槍衾』!」
雪音が空中目掛けて放った数十の氷の槍。その迎撃に中央の一体がハリネズミとなり、更に一体が右腕に深手を負う。
『魔力開放』
更に、自分目掛けて爪を振りかぶりながら降りてきたライカンの胴体へとカウンターで一閃。上下に泣き別れした体を背後に、残る二体へと駆けた。
負傷した一体は着地を失敗し、もう一体は自分を無視して雪音へと襲い掛かっている。そこに魔力で加速したタックルを叩き込んだ。
「『氷牢』!」
負傷した個体を囲う六本の氷柱。あちらは問題ないと判断し、視線を今しがた吹き飛ばした個体に。
タックルで吹き飛ばされたライカンが、壁を壊し建ち並ぶ民家の一つに跳び込む。土煙が舞う中、倒れ込んだ個体の身に血の様に真っ赤な腕がいくつも掴みかかってきた。
『ギャアアアア!?』
運が悪いな、あの狼男も。
そう思いながら、氷に囚われた個体の首を刎ねる。纏わりつく血の腕を振り払おうとする先の個体には、雪音が氷の槍を撃ち込んで止めをさした。
レイラ達の方に視線を向ければ、あちらも終わる所らしい。火だるまになって暴れ、悲鳴を上げていた個体が心臓を貫かれた。
敵の全滅を確認してから、静かに剣を構えつつ壊れた民家に近づく。そこの床には血で書いたかの様に真っ赤な魔法陣があった。
既に例の腕はなくなっているのを確認し、魔法陣に二度、三度と剣を突き立て破壊する。
これこそがこのダンジョンが不人気な理由の二つ目。
通りを歩いていてはライカンに群がられると建物の中を進もうものなら、多種多様に張り巡らされた魔法の罠が待ち構えているのだ。
このダンジョンには三種のモンスターが出現するとされる。一体はライカンだが、残り二つ。そのうちの片方がこれを仕掛けたのだろう。
「レイラ、リーンフォース。この魔法陣から仕掛けた奴の場所を追えない?」
「はい、試してみます」
『了解』
レイラが魔法陣にステッキの先端を押し当て瞳を閉じ、その横でリーンフォースが兜を小さく明滅させながら沈黙した。
二人を守る様に雪音と一分ほど周囲を警戒していると、レイラが目を開ける。
「追えました。ここから近いです。およそ三十メートル北東の位置かと。更に近づけばリーンフォースが探知するはずです」
「わかった。ありがとう」
「いえいえ」
ニッコリとほほ笑むレイラに頷いて返し、言われた通りの方向に進む。
『魔力反応を探知しました。この家です』
そして、やはりというか三十メートル先でリーンフォースが発見してくれた。
その民家は他と見分けがつかない見た目をしているが、彼女が言うのだから間違いない。ゆっくりとドアに近づいて、軽く頷いた。
『突入します』
ドアノブを剣の柄頭で壊した直後、リーンフォースが踏み入る。黒魔法の罠が起動し骨の槍が彼女へ迫るが、レジストで打ち消された。
そのままずんずんと進んでいく彼女について行く。家の中もまるで少し前まで人が住んでいたかの様に木製の椅子と机が置かれ、その上に中身のない皿がいくつか並べられている。
だが、それらをどかせば床に地下へ続く階段があるのを目視できた。
魔眼がその階段を隠す様に張り巡らされた結界を看破する。通常であれば、覚醒者でも騙しかねない幻影が張り付けてあるのだ。
リーンフォースの背丈では入りづらいそこに、自分が先頭になっておりていく。ツヴァイヘンダーは槍の様にリカッソを掴み、重心を低めにしながら階段を下った。
階段が終わりひらけた空間にでたと思った瞬間、魔眼が発動。それで見た未来への迎撃として、すぐさま後ろに一歩引いてから剣を突き出した。
『ギャア!?』
地下室の天井から奇襲を仕掛けてきた人影を、背中から刃が貫く。
軽い感触と、薄い肉と骨を断った感覚。中世の町人が着ていそうな服を着た老婆が、壊れたブリキ人形の様に首だけこちらを振り返ってきた。
その顔は、常人のそれとは大きく異なる。拳大の捻じれて大きく突き出た鷲鼻に、鋭くのびた犬歯。だが、それらよりも白目の部分もなく真っ赤に染まった両目にこそ視線がいく。
『ハッグ』
ヨーロッパに伝わる魔女の一種。日本で言えば『鬼婆』が一番近いかもしれない。悪魔と契約し、子供を食い殺してはその骨や皮を弄ぶ怪物。
そいつが赤く鋭い爪を伸ばしてくるより先に、剣を捻り斜めに切り上げた。
引き裂かれた老婆の様な怪物は倒れ伏し、粒子となって消えていく。それを目視で確認して、大きなため息をついた。
「心臓に悪い……」
なまじ、後ろ姿だけなら『やたら髪の毛がぐちゃぐちゃな老婆』で通じてしまうだけに、殺すのに結構躊躇いがでる。
このモンスターこそ、このダンジョンが嫌われている理由の一つである。
多種多様な魔法の罠に、人間そっくりな見た目。精神的にかなりきつい。こうして粒子に変わっていく様を見なければ、もしや人殺しをしたかもと心配になり冷静になれない。
「ご無事ですか、主様」
「大丈夫。地下室の中は頼んだ」
「お任せください」
脇にどきレイラ達を地下室にいれる。上の入口はリーンフォースに守ってもらい、雪音とレイラが地下室を物色していくのを余所に自分も罠の類がないかと視線を巡らせる。
この地下室は結構広い。二十畳ほどのスペースに木製の棚や机、そして大釜が置かれている。天井からは乾燥した薬草と思しき物が吊るされ、ボロボロの棚には割れたガラス瓶に紛れて無事な薬品もある。
「これと……これはまだ使えそうですね」
「レイラ様。こちらの薬はポーションでしょうか?」
「……毒消し系のポーションですね。それも持って帰りましょう」
次々と『戦利品』を確保していく彼女らに、小さく頷く。
ここは宝の山だ。なんせ、『加工済みのマンドレイク』や『ポーション』が置かれているのだから。
不人気ダンジョンだが、儲けられるダンジョンでもある。ハッグの工房はこうして罠に使うための物が多数置かれているとされ、一部屋漁るだけ平均八十万円もの稼ぎになるとか。
いやー。正直通いたいとは思わないが、この金額は魅力的過ぎるわ。またそのうちこのダンジョンに来るかもしれんな。
絵面がどう見ても押し込み強盗のそれだって?……人間相手にやったら犯罪だけど、ダンジョンのモンスター相手なら合法だから……なんなら政府が推奨しているまであるし。
そっと自分に言い聞かせて、アイテム袋にレイラ達が薬草や薬を入れて行くのを見守る。
「ひーっひっひ……二十万円……十五万円……三十万円……!」
「旦那様。笑い声が魔女みたいになってますよ」
「え、マジ?」
素で気づかんかった。お金って怖いね。
獲れるもんは獲れたっぽいので、階段をのぼり地上に。再度警戒しながら大通りに出る。
……正直もう帰りたいが、ゲートを見つけないとどうしようもない。それに、間引きもしておきたい。またここに来るのは、たぶん一カ月以上は先だ。
緩んでしまった気を引き締め直し、ツヴァイヘンダーの柄を握り直す。
「行こう。たぶん戦闘回数も増えるだろうから、気を付けて」
「「はい!」」
『了解』
彼女らの声を聞きながら、兜のスリットから周囲を見回す。
このダンジョンはいくら稼ぎが良かろうと、不人気ダンジョン。内包しているモンスターの数はこんなものではない。確実に、遭遇も多くなるだろう。
なにより一番厄介なこのダンジョンの『C+モンスター』とまだ接敵していない。
ここに冒険者が碌に近寄らない最大の理由を思い浮かべ、眉間へと皺をよせる。遭遇しないのが一番だが……まあ、無理だろうなぁ。
進行方向上に広場が視えてきて、小さく肩をすくめるのだった。
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