第七話 冒険者制度
第七話 冒険者制度
サイド 大川 京太朗
ダンジョンの氾濫から一晩たち、月曜日。しかし学校は休みとなった。曰く、例の映像で気分を悪くした生徒や教師が多数いるため、だとか。
自室のベッドに座りながら、スマホで昨日の出来事について探っていく。
ああいった被害が発生したのは東京だけではなく、北海道と大阪でもあったらしい。アメリカや中国、その他多数の国々でも同様の被害が発生している。
いずれも人口の密集地で起きた事らしく、死者行方不明者の数は計り知れない。
更に悪い事に……渋谷での一件。総理や官房長官を始め、十二人の大臣達が飲み込まれた可能性がある。警察や自衛隊の覚醒者が内部に取り残された人々の救出活動をしているが、被害者たちの生存を絶望視する声も多い。
……不幸中の幸い、と言っていいのかわからないが。日本各地のダンジョンの拡大は止まっているらしい。それでも、新宿は駅を中心に土地の半分が飲み込まれた。
あの黒い膜のような物。あれがドームの様に覆い隠した空間は、ダンジョンの一部となるらしい。地面につく前の段階。完全に覆われる前の内部が、ああしてカメラに映っていたわけか。
……そう言えば。ダンジョン内の魔力濃度?とやらがかなり高いと聞く。カメラに映ったのはもしかしてそれが原因か?思い出せば、テキサス州のダンジョンに初めて入ったという男性も映像を持ち帰ったらしいし。
……ダメだ。思考があっちこっちぐちゃぐちゃしている。考えが纏まらないし集中もできない。
「レイラ……」
「はい!お呼びでしょうか?」
相変わらずの笑顔で、彼女がベッドに座る自分の隣に出現する。
けれど今はそんな気分になれない。頭の中には昨日テレビで見た光景と、今この場所もああなるのではという不安感で一杯だ。
「昨日の一件、記憶は共有されてる?」
「大まかにですが。ダンジョンの氾濫についてですよね?」
こくりと、力なく頷く。
「なんで、あんな事に……」
「恐らくですが、ダンジョン内の魔力が溜まり過ぎた事が原因かと」
「どういう事?」
「ダンジョンは魔力で構成された異空間です。それが、必要分以上に溜まってしまい、溢れて来てしまった。コップに水を注ぎ過ぎた様に」
「それで、コップ自体が大きくなったって?」
「氷のコップだったようですね。溢れた水も凍って器として大きくなってしまった様です」
上手い事言ったとばかりに笑う彼女に、しかし自分はまともに反応できない。
「じゃあ、その。この辺でも起きるかもって、こと?」
「可能性はゼロではありません。ただ、大まかにですがこの家から一キロ圏内はそういった龍脈はないかと。隠蔽されていればわかりませんが」
ごくりと、唾を飲み込む。
とりあえずは、大丈夫なのかもしれない。昨夜は両親が『いざという時に』と災害鞄を用意していて、自分も部屋の扉にそれっぽいのを置いておいたけど。
「……興味本位で聞くけど、ああいう事態を防ぐ手立てって、ある?」
「そうですねー。私も専門ではないのですが……予防策としては、まずダンジョンを発生させない事。そしてダンジョンが出来てしまった場合は『間引き』を定期的に行い、拡大が始まったらダンジョンの魔力を消費させる。ぐらいでしょうか?」
「間引き?」
「はい。モンスターも、無から生まれているわけではありません。基本的にはダンジョンから供給される魔力が主です。ですので、逆を言えばダンジョンのモンスターを倒し続ければ内部の魔力を使わせる事が可能です」
「……拡大が始まった場合の対処も、それ?」
「ですね。まあ、空間魔法の使い手なら封印などの手段もあると思いますが」
間引き、かぁ。
「ダンジョンの内部なら、モンスターを常人でも目視できますし、カメラも撮影できます。しかし攻撃はできません。ですので――」
ニッコリと、いつものと変わらぬ様子で彼女は続けた。
「間引きには覚醒者が有効かと。むしろ、それ以外では現状不可能に近いと考えます」
「………」
半年前。ダンジョンの存在が認知されたばかりの頃。友人達と話していた事を思い出す。
『なんかあったらさ。覚醒者がどうにかしろって言われるのかな。徴兵、とか』
「勘弁してほしいなぁ……」
打ち込みの練習。まだ続けた方がいいかもしれない。
* * *
それから、世界は凄まじい勢いで姿を変えていく。
表面上はそこまでのものではなくとも、しかし人々や社会の在り方は大きく確実に動いていた。
まず、渋谷の一件で飲み込まれた総理を含めた十二名の大臣達。政治的空白を避けるため、法務大臣である『有川琉璃雄』氏が臨時総理として就任。
四十代という異例の若さである彼が、臨時とは言え総理となった事に反対意見も多かった。しかし、有川臨時総理の動きは良くも悪くも早かった。
新たに『ダンジョン対策大臣』という役職とその部署を作る事を表明。同時に、各地のダンジョンの捜索強化と見つけた場合の禁止区域指定。一般人の覚醒者は届け出を義務化など、様々な事を一気にやりはじめた。
更に……というか、これが一番大ごとなのだが。
『冒険者制度の設立』
マジかと。テレビで聞いた瞬間咄嗟に呟いたのは僕だけではないと思う。
冒険者。テレビの向こう側でしか聞かない言葉だし、リアルなら基本的に登山家とかが使うものである。それを、漫画とかの意味として……ダンジョンに潜りモンスターを倒す職業として出してきたのである。
これは民間……つまり一般人の覚醒者が、ダンジョンで戦うという事であった。他の性急すぎる改革もあって、当然ながら有山臨時総理への批判は凄まじいものとなったのを覚えている。
だが――彼は、半年でこれら全てを形にした。
どういう手段を使ったのかは知らないが、ある時からテレビやネットの大きな所は『冒険者制度の必要性』を説くようになり、世間もいつの間にか流される様にして肯定。
正直ありえない光景である。何がどうなったのか、全然わからない。それでも、事実は一つ。
冒険者という職業が、現実のものとなったのだ。
世界が『神代回帰』により形を変えて、一年。日本はどの国よりも早く、民間でダンジョンに対応する政策を形にした。
これが吉と出るか凶と出るか。世界中から注目を浴びている。
* * *
それはそれとして受験である。
中三になった自分としては、それが最優先である。しかし学校では、ダンジョンや覚醒者。そして『冒険者』についてもちきりだった。
特にこの冒険者。その響きだけで若者を引き寄せるには十分なインパクトを持っていた。教室でも、どうにかして覚醒して冒険者になると言いだしている者達もいる。
……それと。『覚醒者と性行為すると覚醒者になれる』という噂が何故か流れていた。
ニヤニヤと笑い女子を侍らせる佐藤を遠目にチラッとだけ見て、いつもの三人、教室の隅っこでボソボソと話し合う。
「あの噂ってさ、マジ?」
「まあ、ありえなくはない。というかテレビで偶に紹介する下手な修行方法よりはよっぽど効果的とは思うよ」
「マジか」
熊井君の問いかけに、魚山君が眼鏡の位置を直しながら答える。
「うん。ただまあ、これって女性の覚醒者からしたらたまったもんじゃないと思うけど」
「いや、男も気を付けた方がいいと思う」
「………え、冗談だよね?」
チラリと、佐藤を見る男子生徒達を見回した。
大半は『嫉妬』か『無関心』。だが、中には悲壮めいたものがある。こう、嫌だけどしょうがない的な。
確かあの男子、どうにかして覚醒者になるとか言っていた奴だよな……?
「さ、流石に無理やりとかは犯罪だろう」
「そうだよなー」
ないないと三人で頷き、それはそれとしてより強く自分達が覚醒者な事は隠す事にしようと決めた。
けどなー。そっかー。女子がなー。けどなー。
いや、落ち着け京太朗!僕にはレイラがいるだろう!あんな美人で優しくてスタイルのいい彼女がいるんだぞ!他の女性に目移りしてどうする!!
……まあ。煩悩がよぎるのはしょうがないと思いたい。問題なのは実行するかどうかである。思想の自由って言葉が世の中には存在するから。つまり妄想はセーフ。
……こんなだから浮気って言葉が社会から消えないんやなって。
「それよりさ。冒険者ってどう思う?」
「なる!」
「声がでけぇ」
熊井君の脇腹を肘でどつく。幸い、誰も僕らを気にしていないし、なんなら冒険者になりたいどうこうは珍しくないから目立つ事もないが。
「すまん。けどやはりマッスル美女との出会いが……」
「わかる。僕も触手との運命を感じざるを得ない。水瓶座に産まれた事を感謝するよ」
「言っとくけど水瓶座って蛸壺とは一切関係ないからな?」
「!?」
「君らさぁ……」
思わず呆れた視線を向ける。なんなら正気を問いたい。
「あの映像、忘れたのかよ。ダンジョンってあんなのが出るんだぞ」
半年も経つのに、あの新宿の光景を思い出す。どうしても記憶は風化するものだが、完全に忘れられるにはもう少し時間が必要そうだ。
逃げ惑う人々を無慈悲に蹂躙するモンスターの波。もはやあれは災害だ。あんな中に飛び込んだら、人間なんてすぐに死んでしまう。
「他の冒険者になるとか言っている人達も、おかしいって。危なすぎるだろ、あんなところに行ったら」
小声で、決して他のクラスメイト達には聞こえない様に呟く。前に似た様な事を言って、総スカンをくらった奴がいた。Aグループのお調子者枠だった奴だ。
彼は今、佐藤から離れて委員長とか真面目な奴らのグループに混ざっている。元々要領のいい奴だったからアレで済んでいるが、自分だったら浴びせられる非難の声は比ではない。
世間でも、冒険者制度に思う所はあっても必要な職業という認識が定着してきている。
それについていけない自分の方が、おかしいのだろうか……。
「まあ、馬鹿な事を言っている自覚はあるけどさ」
「正直、あの映像に現実感を覚えられないってのと。ついでにこのまま高校大学って進学して、普通に就職するっていう人生よりも冒険者な方が惹かれるというか……」
「それは、まあ……」
二人の気持ちもわからないでもない。
恐怖はある。だが、その恐怖に自分はきちんとした骨や肉をつけられているだろうか。ただ漠然とした恐怖心だけで、理解までは出来ているのだろうか。
そんな物よりも、『冒険者として生きる』という将来に心が惹かれているのも、事実だった。
……受験勉強を続けながらも、あの公園での打ち込みは頻度こそ減ったものの続けている。
それは、自衛の為か。それとも――。
「第一理由は筋肉美女戦士との出会いを求めてだがな」
「僕の触手ドリームはダンジョンでしか果たせない……!」
「頼むからシリアスに考えさせてくれ。あと熊井君はスポーツジムにでも行ってろ」
世界は変わった。けれど、自分やその周りはなんだかんだ大きく変わらない。そう思っていた。
我ながら、やはり危機感というものが足りていなかったのだと思う。
* * *
端的に言おう。父さんが職を失った。
年が明け高校受験もいよいよ大詰め。そんな時の事。
切っ掛けは、小規模なダンジョンの氾濫である。あの世界中で起きたアレ以降にも、偶にこういう事が世界中で起きていた。
そして、父さんの働いている所が物理的に潰れたのである。職場の近くに地下室がダンジョン化したのを隠していた店があったらしく、そこを中心にダンジョンの拡大現象が発生した。
不幸中の幸いな事に、その日は休日だったので職場に人はいなかったらしい。父さんも家にいたので、被害を免れる事ができた。
が、職は失ってしまった。命あっての物種だと喜びはしたものの、これは大きい。
高校への進学を止めて、自分も働くと両親には言った。しかし二人とも反対。今の世の中中卒では未来が暗すぎると。大学を卒業するまではどうにかしてみせると。
両親の言葉には感謝する。しかし父さんの再就職は上手くいっていない様だ。
なんせ、ダンジョン問題でどこも不景気になっている。東京は新宿を中心に大惨事で『遷都』を叫ぶ人までいるぐらい。それほどに、日本の社会中枢である都市がガタガタなのだ。
ダンジョンが発見された場所は政府が押さえ、半径二キロを立ち入り禁止にすると有川臨時総理が言っているニュースも見た。それもあって、『ダンジョンを見つけたのに言い出さない』という人も出て来てしまっている。それによる弊害の一つが、今回のこれだ。
有川臨時総理は確かに最速でダンジョン周りの法を作っていった。が、それが完璧なわけは当然ないわけで。『急ぎ過ぎたあまり穴だらけとなっている』というのが政治評論家たちの言葉である。
……つまり、何が言いたいかというと、だ。特に凄い技能や免許を持っていない、四十代の父さんが再就職をするのは厳しい社会という事である。
母さんもパートを始めるというけども、最近その不景気の影響か若者のバイトも増えて枠が減っているという。
ならば、二人の言う通り高校に通うとして自分も働かなければと思うのだ。
そんなわけで、受験勉強の傍らコンビニやらネットでバイトを探そうと思ったのだが……。
どこを探しても、でかでかと『来たれ、冒険者!!』という文字。
……正直、冒険者っていい噂が全然ない。危険だし儲からないし、何より必要と言うくせに世間からの眼は厳しいとか。
ただ、とある噂も同時に聞いた事があるのだ。
国営で作られた『冒険者組合』。これに一般人の覚醒者が登録し依頼を受ける事で冒険者となるわけだが……この組合の事務員。『登録した冒険者の肉親はコネで簡単になれる』という、噂。
……信じるべきか、否か。
冒険者組合の方の募集要項やらなんやら読んで、そっと市役所のホームページから電話番号を表示する。
深呼吸を一回。
色んな感情がないまぜだ。ダンジョンへの恐怖と、冒険者という単語への憧れ。
きちんと考える賢者ならば、きっと冒険者になんてならない。父さんの就職とか、僕のバイトとか。もっと他に手段があるはずだ。それにこんな事をして、両親が納得するだろうか。
冒険者。響きこそ浪漫あふれるものだが、しかしその危険度はよくわかっていない。まだこの制度ができて一年ながら、数名だが死者行方不明者が出ていると聞く。
けれど―――僕は、自分で思っていた以上に愚者だったらしい。
たった一回のコール音。そして、繋がった先に向けて口を開いた。
「すみません、冒険者登録について相談したい事があるんですが……」
読んで頂きありがとうございます。
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この少し後に、閑話を一つ投稿したいと思っています。そちらも見て頂けたら幸いです。




