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第六十二話 視点

今話は少し長めになってしまいました。


第六十二話 視点


サイド 魚山 健吾



 屋内での遭遇戦は魔法使いにとって死地になりえる。というわけで外に出たわけだが……。


「うわぁ……」


 思わずそう声が出るのも無理からぬことだった。


「ど、どけ!どけよ!俺は先輩だぞ!」


「やだ、押さないでよ!いや、待って!」


「おい、梯子揺らす奴誰だよ、離れろよ!!」


「いいから降りろよ、お前だけずるいぞ!」


 グラウンドで……というか校門前でごった返す生徒や教師たちの姿に、ズレてしまった伊達メガネを直す。


 なんというか、そりゃこうなるかとしか言いようがない。校庭は広いが、基本的に学校というやつは塀で覆われている。それほど高い物じゃないから脚立とか使えば登れるが、それでもまともな出入り口は校門ぐらい。


 で、そこに一気に人が密集すれば、こうもなる。人間ドミノになっていないだけ、マシか。


 校門から少し距離をとった場所で、他人事のようにそんな事を考えていた。いいや、実際他人事だが。


「お、おいお前!!」


「はい?」


 突然誰か話しかけてきた。ネクタイの色から二年生だろうか?面識はないはずだが……。


 その男子生徒はこちらのローブを掴んで、激しく揺らしてくる。眼鏡がずれた。


「お、俺の彼女がまだ中にいるんだよ!助けに行けよ、お前覚醒者だろ!?」


 あー、そういう感じか。


 こいつの声に釣られてか、他の生徒や教員の視線まで向けられる。煩わしい。


「それはお受けできません」


「なっ」


 とりあえず男子生徒の腕を掴み、引きはがす。


 覚醒者としては身体能力が比較的低い部類だが、それでもオリンピック選手なみかそれ以上の膂力はある。ただの高校生に力負けするはずがない。


「僕は校門から避難する皆さんを守るためにここにいます。この場にいる人達を見捨てて、他の場所で救助活動なんてできません!」


 わざと大声で告げる。どうせこいつのせいで注目を集めているんだ。向けられる視線の数は大して変わらない。


「ふ、ふざけんなよこの臆病者!いいから助けに行けよ!」


「……お前が助けに行けよ」


「あぁ!?」


 なおも食い下がってくる生徒に苦言を呈したのは、また別の生徒だった。


「そ、そいつが別の所に行ったら俺らが危ないんだろ!?お前の彼女なら、お前がどうにかしろよ!」


「そ、そうよ!他人に押し付けるんじゃないわよ!」


「早く行けよ、この薄情者!」


 よし、矛先は変えられたな。


 勝手に口論を始めた奴らを無視して、更に移動する。なんで僕が触手も生えていない知らん奴の為に不利なフィールドへ行かなければならないのか。それがわからない。


「そぉれ!『氷風壁』!!」


 なにやら、生徒の波の向こう側で相原の雪女が戦っているらしい。恐らく、こっち側にもそろそろ敵が来るだろう。なんせこれだけ人がいて、そのうえ騒がしくしているのだ。来ない方がおかしい。


 むしろまだ来ていない事に驚きだが……よほど中で京太朗達が暴れているらしいな。よくもまあ、他人の為にそこまで頑張れるものだ。


 本音を言うと、この場にいる人間は京太朗達以外どうでもいい。心の底から、こいつらが生きたまま食われようとなんとも思わない。



――覚醒してから、視点が変わってしまった自覚はある。



 伊達メガネ越しに見える世界。それに、いつも違和感を覚えていた。


 第六感、と言えばいいのか。『神代回帰』前に怪しいサイトで見る様な単語だが、奇しくもそれが一番当てはまる。五感とは別に、魔力を捉えるもう一つの感覚。


 魔法使い系の覚醒者は特にこれが鋭敏だ。視覚よりも顕著に、周囲の状況を教えてくる。


 人間の感覚において、『視覚』というのは何よりも強いものだ。五感の中でも人間はこれに頼り切っている。その視覚すら上回る感覚が、新たに目覚めたらどうなるか。それは、僕の『視点』を変えてしまうには十分すぎた。


 人の『視点』という奴は情報で変わる。その情報源が魔力に変わってしまうのだ。文字通り、視えているものが違う。


 極端な例だが……『猿と非覚醒者の区別がつかない』なんて魔法使いも、いる。


 これは視覚でその者の姿を認識するよりも先に、そして正確に、魔力の規模や流れを把握してしまうから。


 無論、人と猿では魔力の質や流れは異なるのだが、それでも覚醒者と非覚醒者よりは近い。つまり、何が言いたいかといえば……『非覚醒者を自分達と同じ人間に思えない』。


 これは全ての魔法使いに当てはまる事ではない。むしろ、少数派だ。一割にも満たないと思う。


 なんせ『神代回帰』から二年と少し。それまで生きてきた価値観と比べて、あまりにも短く浅い時間だ。


 事実、相原の様に魔法使いでありながら非覚醒者の異性を恋愛対象として見る者もいるし、伴侶として生活しているものもいるはずだ。時折、ネットやテレビでそういう者を見る。


 だが、これが十年、二十年先になったらどうなるのか。そこまではわからないけど、碌な事になっていないだろうなというのは、想像がつく。


 たしか、『賢者の会』が覚醒者にあらずんば人にあらずとか、そんな事を言って炎上していたな。


 これは、正直僕みたいな魔法使いからしたら、わりと共感できてしまう。口には出さないけど。


 元々触手以外の関心が薄い人間だったが、ここまでとは。既に両親にさえもかつてと同じような眼は向けられない。


 ……今、自分を人の社会に繋ぎとめているのは、友人達のみである。もしも彼らが覚醒していなかったら、僕はどうなっていたかわからない。


 猿ばかりの世界だと、非覚醒者を実験動物として扱っていたのか。間違っているのは自分だと、自害でもしていたのか。


 そんな無駄な思考をしている間に、複数の魔力が近付いてきていた。


 あちらこちらから悲鳴が増す。それを五月蠅いと思いながら、準備にとりかかった。


「アイナ、ツァレ」


 具現化するのは、京太朗に契約を手伝ってもらった二体のシーモンク。


 僕の愛玩動物でありハーレムメンバーである、彼女ら。ああ、今日もなんとセクシーな触手なのか……。


 なにやら更に周囲の悲鳴が増した気がするが、どうでもいい。更なるメンバーを実体化させる。


「ドーラ、フィアナ、フルン、ゼス、ズィーナ、アトラ、ノイン、エンシ」


 続けて呼び出したのは、熊井に協力してもらい契約した八体のローパー。二メートルはある樹木と蟻塚を混ぜた様な胴体に、多数の触手を生やした触手界ではスタンダードな存在。だからこそ、そのエロスは保証されている。


 ああ……こんな状況ではあるが、今すぐ彼女らと戯れたい衝動に駆られる。いけない、なんて魅惑的なトラップなんだ。


 だが、今は友人達の思いに応えるとしよう。


 熊井は、『技量』を磨く事で京太朗に追いつこうとした。では自分はどうするか。



 奇しくも――自分もまた、技でもってどうにかする。ただ、方向性は違うけども。



「き、来たぞ!来たぞぉ!」


「おい眼鏡!はやく戦えよ!」


「ど、どけぇ!逃げろ、逃げるんだぁ!」


「お、おさないでよ!前が詰まって……!」


 さて、モンスターとは、どういう存在か?


 ものすごく大雑把に言うのなら、魔力の塊である。実体を持っていようが本質は不可視不干渉の存在であり、形などただの枠組みに過ぎない。


 であれば……『変える』事も『混ぜる』事も可能ではないか?


「さあ、我が妻たちよ。この部屋に入りなさい」


 両腕を広げる。イメージするのは、己が肉体を門として、内側の世界に彼女らを引き入れる光景。


 瞬間、命に従いシーモンクとローパー達がうじゅりと動き、ローブの隙間からその触手を殺到させる。


 ああ、なんと甘美……!入ってくる!穴からではない、霊体となって僕の精神に入ってくるぅ!!



 ――『人魔一体の儀』



 魔法使い達が知識としてはもっていても、禁忌として扱いを拒否する技法。海外ではこれを非覚醒者相手にやらかして、捕まった者の多いこと。自分とて、実際に使うのはまだ二度目だ。


 これが禁忌とされる所以は、精神の凌辱に他ならない。肉体と魂を繋げる精神。その領域にまで使い魔が侵入してくるのだ。ただ格納するのとはわけが違う。溶け合うのだ。


 溶け合い、混ざり合うこの感覚。自己が何者なのか、まどろむ様に曖昧となり、潜り込んできたモンスターと同一存在になったようにすら錯覚する。


 すなわち……『どちゃくそエロい』



『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛―――ッ!!』



 通常一体でも精神の崩壊を危険視されるらしいが、自分からすればそれは相性が悪いだけとしか思えない。


 だってこんなにも気持ちいぃのだから!!京太朗が肉体の性交で満足しているらしいのが、本気で理解できない!!魂の、精神の混合に勝るものがこの世にあると思うてか!!


 自分を中心に、妻たちが形を変えていく。


 太い触手は骨子となり、細い触手は筋肉となる。一つの生命体へと僕を核として変わるのだ。


 合一までかかった時間は、十秒。十数体のドラウグルがこの場に到達する姿を『見下ろして』、快楽の海で心を躍らせた。


「ば、化け物……!!」


「ひ、あ、ぁぁあ……!?」


「そんな、そんな!こんなのがいるなんて!!」


 何やら悲鳴が増した気がする。ドラウグルどもがそんなにも恐いか。まあ、当たり前だな。僕だって、覚醒していなかったら恐怖に失禁していただろうし。


 だが、今はなんと矮小な存在か……。


『さあ、楽しんでくれ、妻たちよ。この体を、存分に……!』


 随分と大きくなった口でそう囁きながら、長く巨大な体をくねらせた。



*   *   *



サイド 大川 京太朗



「っぁ……!」


 天井を削りながらの振り下ろしで、槍もろとも眼前のドラウグルを両断。斧で切りかかってきたもう一体には、炎の槍が直撃した。


 燃え盛り動きが鈍った所に、横一閃。首を刎ねる。


「大丈夫ですか!?」


「ひ、ひぃ……!」


「はぁ……はぁ……」


 処理したドラウグルの向こう側。廊下で立ち往生していた生徒達の救助をしていた。


 蹲る二人の女子生徒。片方は無傷なようだが、もう片方は呼吸がおかしい。ドラウグルの呼気でも浴びてしまったか、あるいは上昇した魔力濃度の影響か。


 どちらにせよ、一刻も早くこの場から避難させる必要がある。


「レイラ」


「はい!」


 彼女が窓をあけてタクトを振るうのを見ながら、女子生徒達を肩にかつぐ。


「な、なにを……」


「舌をかまない様に注意してください。地上についたら校庭までお友達をつれて走ってくださいね」


「え、待って本当に待って!!」


 ずんずんと窓に近づき、片方ずつ女子生徒を放り捨てた。


「いやああああああああ!?」


「あ、ぁぁ……」


「『エアクッション』『アクアバルーン』」


 だがその落下速度は見る間に低下していき、空気の減った風船が落ちるみたいな緩やかさで下にできた巨大な水球に女子生徒達は受け止められた。


 やけに遠い地面で二人が無事に動き出したのを見届け、窓から離れる。


「……やっぱり、階層が増えているな」


「はい。恐らくダンジョン化の影響かと」


 氾濫からもうどれだけ経ったか。未だ校舎からの避難は完了していない。


 その一因となっているのが、校舎の拡大である。いつからかはわからないが、本来三階までしかないのに自分達は五階にいるのだ。上の方からも人の悲鳴や破壊音が聞こえてくる。嫌でもその異常さがわかるというものだ。


 これではまともに階段を使って避難していてはどうなるかわからないと、こうして窓から放り投げる事にしていた。


「ん……?」


 剣を肩に担ぎ走っていると、角を曲がった辺りで異様な物体を目にした。


「なんだよ、あれ……」


 それは、巨大な『蛭』に似た生物だった。


 全長十数メートルはあり、太さは大型トラックに匹敵する。大小様々な触手が絡み合って構成されたそいつは、口の様な器官で地面ごと何かを捕食していた。


 馬鹿な、あんなモンスター聞いた事がない。まさか野槌?あるいはサンドワーム?何にせよ、どうしてドラウグルと同じダンジョンに?


 いいや、あれの正体よりも場所が問題だ。あっちは校門の近く。避難中の生徒に加え、魚山君もいるはずだ。彼の援護に……。


「……触手?」


 床を踏み砕いて加速しようとした足が、止まる。


 あの怪物の体をもう一度まじまじと観察した。


 いくつもの触手が絡み合い、一個の生命体の様になっているが……僕の魔眼が、あれの魔力の流れを薄っすらだが教えてくれた。そういうのが下手糞な自分でも、この眼に意識をこらせばどうにかわかる。それぐらいに、見慣れた魔力が流れていた。


「レイラ。もしかしてだけどさ」


「はい。魚山様かと」


 レイラが笑顔で答えてくる。


 兜の下で自分の顔が青くなるのがわかった。まさか、『人魔一体』とかいう儀式をしたのか?


 海外で問題になっている邪法。禁忌とまでされるそれを、生徒達を守るために使っているのか。いったい何がアイツをそこまでさせる。


 ……自分との、友情のためとでも言うのか。


「あの、馬鹿……!」


「主様。止めない方がいいかと」


「わかっている……!」


 これ以上、熊井君や魚山君の覚悟を侮辱できない。あの技の危険性は、彼の方が知っていたはずだ。それでもなお、使ったのはそういう事だろう。


 自分がやるべきは、一刻も早く事態を収拾する事である。


『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛―――ッ!!』


 苦しんでいるのか、彼の絶叫が窓ガラスを揺らす。兜の下で歯を食いしばりながら、蛭のような巨体から目を逸らした。


 切り替えろ。今は、迷うな……!


 この状況。不幸中の幸いは、この校舎に魔力が集中している事か。天蓋の拡大は思ったより遅い。校舎内に未だ多数のドラウグルがいるはずだ。


 そんな事を考えていると、またべちゃべちゃという足音が聞こえてくる。


「レイラ」


「はい!」


 剣を構えなおし、音のした方向に駆ける。


 教室の壊れた扉を踏みつけながら現れたのは、五体のドラウグル。斧を持った個体がこちらを向き、得物を振りかぶってくる。


 遅い。更に加速して間合いを詰め、壁を無視して剣を横薙ぎに振るった。


 ダンジョン化の影響が薄いせいか、建物の強度はそこまで上がっていない。刀身が触れようが、剣速に大した影響はなかった。


 コンクリの壁ともどもドラウグルの頭を吹っ飛ばし、残された胴体を教室の内側へと蹴り飛ばす。後続のモンスターが押し込まれた所に、レイラが杖を向けた。


「『エアハンマー』」


 風の槌が一体の頭を吹き飛ばし、踏み込んだ自分が袈裟懸けにもう一体を斬り捨てる。


 残り二体。左右から同時に斬りかかられ、槍の柄を籠手で、剣の方をツヴァイヘンダーの鍔で受けた。


 ギシリと金属同士が軋みをあげ、次の瞬間には『魔力開放』でもって両方弾き飛ばす。片や机を引き倒しながら黒板に衝突し、もう一体はロッカーに当たってけたたましい音をたてた。


 黒板に叩きつけられた方が体勢を立て直す前に、その頭蓋を剣で貫く。捻りながら腹を蹴って刀身を引き抜き、素早くもう一体に振り返った。


 だが、その警戒は杞憂だったらしい。


「『フレイムチェイン』」


 赤熱した鎖に縛られた動く死体は、藻掻くほどに焼き切られて遂にはバラバラに刻まれて床に転がったのだから。


 ……そう、床を目にしてしまう。そこに転がる死体も、飛び散った血の跡も。


 吐き気がする。やはり人の死体には慣れないし、慣れたくない。自分の中でメンタルがゴリゴリ削れるのがわかる。こんな時でなかったら、今すぐ胃の中身をぶちまけているほどだ。


 倒したもの等が粒子化していくのを見届け、落ちていたボロボロの剣を拾い上げた。


「レイラ、使う?」


「いえ。今回は援護に専念しようかと」


「わかった」


 何かに使えるかとドロップ品を袋にねじ込んでいると、そう遠くない位置から人の悲鳴が聞こえてきた。


 これは……二つ隣の教室か?


 両足から魔力をまき散らしながら、黒板に突貫。突き破り道中の机や椅子を蹴散らして、更にもう一枚をぶち抜いた。


「く、くるなぁ!くるなぁあああ!」


 ツナギ姿の中年男性が散乱した筆箱や鞄を投げつけているが、ドラウグルに効くわけもなく。その凶刃はあとほんの少しの所にまできていた。


 だが、その怪物の視線は自分に向けられる。壁を砕いた音に反応したのだろうが、既にこちらの間合いだ。


 相手がそれ以上反応するよりも速く、首を刎ねる。


「大丈夫ですか?」


「ひ、ひあ?な、なんだ、いったい……」


 呆然とする男性を立ち上がらせ、軽く状態を見る。擦り傷がいくつかあるぐらいで、目立った外傷はない。服は本人以外の血で汚れているが……理由はあえて聞かない。なんせこんな状況だ。


 というか誰だこの人……あ、名札首から吊るしてる。用務員さんらしい。


「お、お前覚醒者か?」


「……ええ、まあ」


 有事という事もあり、もはや誤魔化しはしない。


 眼の前で人に死なれるよりはマシだが、今から既に今後が憂鬱だ。確実に面倒な事になる。以前の様に暮らすのは、もう……。


「お、お前らのせいだ!!」


 突然男性が怒鳴り声をあげ、唾が兜に飛んでくる。


「お前らがもっとちゃんと戦っていたら、こんな事にならなかったんだ!死んだ奴らはお前らが殺したんだ!!」


 ……錯乱しているな、この人。


 唐突過ぎる罵声に、血走った目。こういう言葉を投げつけてくる人もいるだろうと想像はしていたが、結構心にくる。


「この人殺し!人殺しぃ!」


「……いいから、避難しますよ。ここは危ない」


「わ、こら!もっと丁寧に運べ、この化け物!そっちの女に運ばせろ!」


 魔力濃度でレイラが視えている様だが、二重の意味であんたを抱えるのは僕の役目だよ。


 クッションを魔法で作れるのは彼女だけだし、こいつみたいなのを彼女に近づけたくない。


「この、俺が怪我したら訴えるからな!お前の人生滅茶苦茶にしてやるぞ!」


「はいはい舌をかまない様にしてくださいねー」


「え、おい、待て!待ってくれ!やめろ!謝るから!や、やめっ」


「そぉい」


「あああああああああああ!?」


 窓から放り捨てれば、風と水のクッションで減速し、無事に地面へ。彼は一度何事かこちらに怒鳴った後、一目散に走って逃げて行った。


 ……あー、しんど。


「大丈夫ですか、主様」


「問題ないよ。まあ、こんな状況だから誰かに当たりたいって気持ちもわかるし。迷惑極まりないけど」


 心配そうに寄り添ってくれるレイラに頷いて返し、窓にあったカーテンで兜を拭く。行儀が悪いが、状況がコレなので許してほしい。


 すると、ガシャガシャという音が聞こえてきた。


 警戒して剣を構えるが、ドラウグルの足音とは違う。自分達以外にも覚醒者がいて移動しているのか?


 この学校の生徒数は、たしか五百人前後。もう一人か二人いても、確率の偏りって事で済みそうだが……。


 足音の数は、どう考えても十を超えている。警戒心を更に強めるが、レイラはスタスタと扉の方に向かってしまった。


「ちょっ」


「大丈夫です主様。味方です」


「……?」


 やけに確信を持って言う彼女に、疑問符を浮かべながら廊下に顔を覗かせた。


「おぉぅ……」


 思わずうめき声がもれる。


 そこにいたのは、二列で整然と行進する『西洋甲冑に身をつつんだオーク達』であった。


 白銀の見栄えのいい鎧を身に纏った彼……彼女?らは、本物の軍隊もかくやと歩調を乱さない。


 先頭や教室側などは盾と短槍を持った者達が進み、それらが『コ』の字型に守るクロスボウ持ち達がそれぞれ矢をつがえている。


 オークは『Dランク』だが、数と武器の性能で多少の性能差ならどうとでもなるだろう。


 けどそんな大量の武器個人で持っていて大丈夫なのかと、こいつらを出したであろう人物にツッコミたかった。


『ぶぎゃ』


「あ、どうも」


 誰が呼び出したモンスターか明白過ぎたので警戒もせず見ていたら、先頭の一体が何かの紙を渡してきた。


 これは、ノートの切れ端?


『魔力の流れから屋上にゲートがあるっぽい。俺はその周辺で結界をはる。間引きは任せた』


 相原君の伝言に、はてと首を傾げた。


「え、この学校屋上ってあったっけ?」


「あります。といっても、生徒は立ち入り禁止ですので主様が知らなくてもしょうがないかと」


「あ、そうなの」


 三階とか三年生の教室ばっかでよく知らんし、立ち寄った事もないから知らなかった。レイラが覚えていたあたり、入学式かなんかで注意事項として教師が言っていたのかな?


 ……待て。生徒が立ち入りを禁止されている場所に、ゲートが出てきてそんな簡単に隠せるものか?


 普段鍵とかかけられているだろうし、大人がちょくちょく確認に行くはずだ。遮蔽物も碌にないだろうし、魔道具を設置する前にばれるのでは?


 疑問と、それに対するふんわりとした答えも浮かぶ。だが、今は犯人の特定など後回しでいい、か。


『ぶひっ』


「え、あ、ご、ご武運を……?」


 なんか敬礼してきたオークにぎこちない返礼をしながら、また淀みない歩調で歩いていく彼女らを見送る。


 後ろから見たらハートマークが描かれたマントを羽織っている様だ。頼むからこの状況でふざけた事をしないでほしい。いや、責められる事じゃないんだけどさぁ……。


 とにかく切り替えよう。やらかしやがった馬鹿の特定より間引き。これは絶対だ。


 どういうわけか敵の数はそれほど多くない。それでも常に複数体で行動しているから面倒だが、それでもあともう少しで――。


「……ん?」


「主様?」



 待て。なんで、こんなに数が少ない?



 ここまで斬り捨てたのは、およそ八十。あまりにも少なすぎる。これが『Bランクダンジョン』であったのなら、それだけ一体ごとに魔力が必要なためおかしくはない。


 だが、氾濫を起こす程に魔力が溜まった『Cランクダンジョン』で……なんでこの程度の数しかでていない?


 そもそも、アンデッドには大した思考能力はないはず。なのに集団行動を心掛けるなんて……。


――自分は、知っているはずだ。これに似た事を。


 人型の存在とも戦闘慣れするために。躊躇わず武器を振るえるようになるために。一度だけ行ったあのダンジョンで視た事を。


 ゾンビを、アンデッドを操るモンスターを。


「リッチ……いいや、まさか……!」


 このままではまずい。背筋に冷や汗が伝う。


 自分の予想が正しければ、『時間は僕らの敵だ』。戦力を集める時間も、誰かにこの事を教える時間も惜しい。


「レイラ、この学校、地下は!」


「たしか、体育館の用具入れが地下と言えなくもない位置だったかと」


「すぐにそこへ向かう!来てくれ!」


「はい!」


 彼女の腰に手を回し、走る。『魔力開放』まで使い廊下を踏み砕きながら、窓のある壁へ。


 まともに駆けおりる間もないと、空中に身を躍らせた。





読んで頂きありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
魚山くんはゲーム中盤で出てくるマッド枠ですよね、きっと。 味方にいるとなんかカッコいいの不思議です。
[気になる点] 魚山くんの最初の2体の名前ってヌーノとネアじゃありませんでしたっけ? どっかで改名してましたっけ?
[一言] あらすじより >※作者の欲望がだだ洩れです。 なるほど・・・・・・
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