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第二章 エピローグ 後

第二章 エピローグ 後


サイド 東郷 美代吉――西園寺 康夫



「ふぅー……」


 今日もまた、借りたホテルの一室で煙草をふかす。


 全国七カ所で発生したダンジョンの氾濫。あれから三日が経過したが、ここまでまともに眠れないまま仕事が続き流石に疲れた。明日もこれを機に動く『お客様』の相手に、各地の連絡調整などで忙しい。


 ……紫煙を燻ぶらせながら、頭の中で情報の整理を行う。


 今回の失態で警察をはじめ政府機関は大きく信用を失った。野党とマスコミ、そしてネットの掲示板など。普段から批判の声は多いが、この三日間は倍以上に跳ね上がっている。


 失われた命と財産を考えればそうなるのも無理はない。


 だが、違和感がある。批判の声そのものではなく、そもそも『どうしてこの様な事態が発生したのか』。


 いくら人手不足が叫ばれている警察や自治体組織でも、七カ所も危険ダンジョンを見逃すだろうか?


 こちらとて、ダンジョンを探す事に向いている異能を持った覚醒者を確保している。『クレタのダンジョン』の様な事が起きない様、定期的に各地を巡回していのだ。それでもミスが無いなどと言う事は人間のやる事なのでゼロではない。


 だが、それにしても七つも。というのは妙な話だ。


 まるでそう。『誰かが隠していた』かの様にさえ思える。


 ……疑心暗鬼とも、警察の失態に対する現実逃避とも言われるかもしれない。だが、それでも違和感を覚えてしまうのだ。


 もしも自分のこの『違和感』が正しいとして、では『誰が』という話になる。


 日本各地でのダンジョンの氾濫。それで得する奴なんて……。



「多すぎて絞れないねぇ」



 思わず笑ってしまった。


 とりあえず日本の国力を削りたい外国勢力。国内にいるテロ組織予備軍。選挙のために他人の失態が欲しい政治屋さん。今巷で話題の宗教団体。エトセトラエトセトラ……。


 正直、普段の業務が忙し過ぎてそっちにまで手が回せない。だが万が一という可能性もある。


 ……上司に一応話を通してから、どうにか時間を捻出するしかない、か。ベッドが遠のくな。


 携帯灰皿に煙草をねじ込んで、苦笑を一つ。いやぁ、中々にきついねぇ。氾濫に巻き込まれた覚醒者のケアも考えないといけないのに。


 ああ、京太朗君へのフォローと、花園加恋への探りもしなくては。


 どうにか用意できた評判のいい精神科医に彼の診察をしてもらっているが、軽度のPTSDは見られるものの既に快方に向かっているらしい。思ったより、タフなメンタルをしているようだ。


 京太朗君には折を見て労いの言葉もかけないといけない。彼の行動によって、数千単位の人命が救われたのだ。それが誰にも認められないというのは、いただけない。


 ネットを見れば彼の話題が碌にないのがわかる。強いて言うなら、守護精霊と使い魔の目撃情報が多いぐらい。


 無理もない話だ。彼に直接助けられた者もいるだろうが、そもそもその者達がネットへの書き込みをしているとは限らない。更には少数の言葉よりも多数の言葉が耳に届きやすく、広まるのはどこでも同じ事。


 ネットの。それも災害直後のそれなんて信用性の欠片もないが、人は誰しも認められたいものだ。


 命を懸けて、誰かを助けた。それを認めてくれる人が誰もいない。いても身内だけなんて、駄目だろう。


 具体的に彼に対して何かをしてあげる事はできない。今は言葉しか自分の一存で渡せる物はないが、言葉の有る無しは大きいはず。


 感謝の言葉というのは大切だ。人の心はそれがなければどんどん腐っていく。


 今度会ったら、絶対に言葉にして伝えよう。彼が腐ってしまうのは避けたい。『東郷美代吉』としても、『西園寺康夫』としても。


 ……もっとも。やはり言葉だけというのも、なぁ。何かしてやれる事を探さないと。


 それに、花園加恋についても聞きたい事がある。


 自衛隊からの要請により、秘密裏に『Aランクダンジョンの間引き作業』を行っていた彼女が帰り際に行方をくらませたかと思えば、まさか京太朗君の所に現れるとは。


 また連絡が取れなくなっているし、彼の方に何故彼女が出現したのかを尋ねないと……。


「ん?」


 その時、仕事用のスマホに着信がある。だが、画面を見れば非通知だった。


 思考を切り替えながら、画面を操作して公安が独自開発した対ハッキング用のアプリを起動。ついで、ドアと窓を目視で確認。両方とも鍵がしめられ、カーテンもかかっている。


 もっとも、覚醒者あたりが本気で殺しにきたらこの程度意味をなさないが……。


 警戒しながらも、通話表示をスライドした。


「はい、もしもし」


『やあ、久しぶりだね。今はたしか……東郷と名乗っているんだったか?』


 聞き覚えのあるその声に、目を見開く。


「まさか、有川か」


『ああ。こうして話すのは高校以来だな』


 有川琉璃雄。現ダンジョン対策大臣であり、自分の旧友。


 あの胡散臭い笑顔がトレードマークの彼から、まさかこうして電話があるとは思ってもみなかった。


「どうしてこの番号を?」


『おいおい。これでも現職の大臣だよ。公務員が使っている備品の番号を知っていてもおかしくはないだろう。私用のスマホならともかく、ね』


「……そういう事にしておこう」


『ああ。その方がお互いのためさ』


 なんともまあ、心臓に悪い事を言ってくれるものだ。


 こいつはどうにも空気を読むのが下手な所があったのを思い出す。政治家を名乗るならそういうのは治した方がいいのではと、学生の頃から思っていたものだ。


「それで、わざわざこんな時間にどうしたんだい。同窓会のお誘いかな?」


『それも魅力的な話だが、今回は別件でね。少し頼まれてほしい』


「ほう……現役の大臣が一公務員に頼み事とは」


『揶揄わないでくれ。大臣とて一公務員さ』


 電話越しに小さく笑い声が聞こえた後、調子の変わらぬ声で続きが告げられた。


『『賢者の会』について探ってほしい』


「あの宗教団体を?」


『そうだ』


 ………なるほど。


「今回の氾濫騒ぎについてか」


『察しがよくて助かるよ。私の仲のいい議員から面白い世間話を聞いてね。今回の騒ぎで、どこが一番利益を得たかという話さ』


「お願いと言いながら、こっちにとってはありがたい話を回すじゃないか。見返りに何を望むのかな?」


『国家の安寧……その為に、私の地位でも保証してもらおうかな?具体的には対立する議員の汚職情報を上手い事マスコミあたりにリークしてほしい』


「悪い政治家だな」


『はっはっは!悪くない政治家なんていないさ。それに、私がこの椅子を退けば日本は終わるよ。もしも他の椅子に座るとしたら、総理の椅子以外にはないね』


 随分と自信満々に言う。


 学生時代そのままの言動に、少し安心した。ここ数年の有川は遠目ながらどこか焦っている空気があったが、こうして話すとあの頃から変わっていない様に思えるのだ。


 ……ふと、妙な違和感を覚えた。言語化するには難しい。ほんの些細なものだったが。


「まあ、考えておきますよ、お代官様」


『よきにはからえ、越後屋よ』


「それはそうと。学生の頃から変わっていないな、お前は」


『おや、そうかな?だとしたら嬉しいな。若々しいと思われるのは、私の様な政治家にはプラスだよ』


「そうかい。こっちとしてはもう少し落ち着きを持ってもらいたいがね」


『止まったら死んでしまうよ。私もこの国も、ね』


「違いない。昔、『あいつ』も同じ事を言っていたな。お前ら二人そろって落ち着きがないったらありゃしない」


『――おや、それは耳が痛いな』


 また、違和感。


「なあ……そう言えば煙草は吸う様になったか?学生時代、大人になったら絶対吸おうと約束していただろう。お勧めの銘柄とかあるか?」


『いいや。イメージが売りの仕事だからね。喫煙は控えているよ。持っていた煙草も捨ててしまった』


「もったいないな。どうせならタダでくれればいいのに。最近高いんだぞ?」


『おいおい。警官に政治家がプレゼントは少し怖いぞ?マスコミに知られたら何を書かれるやら』


「それを言ったらこっちの方が仕事柄困るよ。じゃあライターはどうだ。こっちも消費が激しくてね」


『それも持たなくなったよ。あっても邪魔なだけだ』


「そうか……残念だよ」


 スマホを握る手。発する声音。


 それらに力が入らない様に全神経を集中する。


「さて。そろそろ電話を切るよ。誰かさんが持ち込んだ仕事を片付けないと」


『ああ。頼むよお巡りさん。日本の平和は君にかかっている』


「そちらこそ頼んだよ政治家先生。お互いこの国の為に頑張ろうじゃないか」


『無論だとも。私はこの国を変える男だよ』


 昔から、彼が言っている言葉。


 それを耳にして、昔と同じように別れの挨拶を口にしてから通話を終える。


「……ふぅー」


 暗めの色合いをした天井を見上げ、ため息を一つ。



『あっても邪魔なだけだ』



 思い出なんて、風化するものだ。いつまでも大事にしまっている自分の方が女々しいだけかもしれない。


 それでも、この違和感は拭えない。


 間違いなく声も、喋り方も、自分の記憶にある有川琉璃雄の……友人のそれだった。こんな考え、ただの妄想に過ぎない。あるいは職業病か。


 ただでさえ忙しいのにこんな考えに取り付かれている暇はない。だから、己の職務に集中しよう。


――そんな逃避は許さないとばかりに。


 自分の指は、その考えとは別の所に連絡を入れようとしている。


 どうか自分の覚えたこの違和感が、ただの考えすぎでありますように。



* *  *



サイド なし



 とある山間部にある施設。その広い一室で、数人の男達が集まり会議を行っていた。


「今回の一件、上手くいきましたな」


「ええ。これもアカツキ様のお導き通り」


「信者とお布施の数も想定の1.5倍増えております」


 宗教団体『賢者の会』。だが、その幹部である男達の表情を見て聖職者と思う者は誰一人としていないだろう。


 上座に座る小山耕助――アカツキ様と呼ばれる男もまた、同じような笑みを浮かべていた。


「これでようやく無知蒙昧な『劣等種』どもも気づく事でしょう。自分達がいかに無力で、飼われるべき生命である事が」


「まったくその通りですなぁ」


「アカツキ様のおっしゃる通り」


 小山耕助が口に出した『劣等種』という言葉を誰も否定せずに、追従するばかり。そして、その蔑称がなにを指すかと言えば。


「非覚醒者の猿どもなど、『神代回帰』で覚醒できなかった出来損ない」


「後から覚醒できるのならまだしも、そうでなければ我らに従属する以外に生きる価値などありますまい」


「覚醒者にあらずんば人にあらず!これからの世界は我々が動かしていかなくては!」


 当然ながら、ここにいるのは覚醒者のみである。それも全員『Bランク』以上の高位覚醒者だけだ。


 覚醒者の中でも『D以下』の下位覚醒者。『D+からC+』の中位覚醒者。そして『B以上』の高位覚醒者にわけられる。


 ここ、『賢者の会』では組織の運営能力や経済力ではなく、覚醒者としての能力のみで地位が決まっていた。


「それで。『残弾』はどれほど残っていますか」


「はい!関東圏に残り三カ所。東北、中国四国、九州に四つづつとなっております。氾濫まであと三カ月ほどかと」


 もしもこの場に政府の……いいや。真っ当な倫理観を持つ者がいれば目を剥き彼らの正気を疑う事だろう。


 なんせ、日本各地で発生したダンジョンの氾濫。それは彼らの企みによって引き起こされた事であり、その上まだ同じ事をやろうとしているのだから。


「よろしい。公僕どももこれまでより一層力をいれて嗅ぎまわるでしょうから、各地の信徒たちに注意するよう呼びかけなさい」


「はっ!!」


「アカツキ様。『例のルート』も出来上がっております。流通も滞りなく……」


「ええ。そちらの件も任せましたよ」


 下卑た笑いを隠しもしない彼らの顔を見回し、小山耕助はゆっくりと頷いた。


「各自、新たなる世を受け入れられない公僕どもに警戒を怠らぬ様に。ですが気負い過ぎてもいけません。法など、いくらでも抜け道はありますから」


 聖職者とは程遠い彼らの中で、教祖は誰よりも欲深い笑みを浮かべる。


「なんせこの国では――信仰は、自由ですから」



*   *   *



サイド 小山 耕助



 人気のない廊下を一人歩く。


 今頃幹部達は自室でそれぞれの愛人たちを抱いている頃合いだろう。まったく、馬鹿な奴らだ。


 金と力。そして女に釣られただけの俗物ども。私とは違い、俗世の毒に溺れた亡者ども。


 だがまあ、それでもまだまだ働いてもらわないと困る。せいぜい利用してやるさ。


 カードキーを通し、科学的、魔術的にいくつものセキュリティをかけた扉を通っていく。七つの扉を超えた先、純白の扉の前に立てるのは私だけだ。


 そう。この私だけが、『あのお方』との拝謁を許される。その高揚感に荒くなりそうな息を抑え、軽く身だしなみを整えた。


 失礼があってはいけない。来たる『終末』が過ぎれば、私はあのお方の夫になるのだ。今から嫌われては、その後の夫婦生活に……そして『世界の運営』にまで悪影響が出てしまう。


 手鏡を取り出して眉毛などを確認した後、ノックをしてから声をかける。


「主上。私です。耕助です。入ってもよろしいでしょうか」


『――どうぞ』


 厚い扉のはずなのに、互いの声がハッキリと聞こえる。鈴を転がした様な甘い声に、まるで思春期の様に心臓がはねた。


「し、失礼します!」


 扉を慎重に開ければ、そこには劣等種どもから集めた財でもって最上の物を取りそろえた一室が視界に入る。


 だが、真に見るべきはその部屋の中央に立つ『我が女神』。


「計画のご報告に参りました、主上」


「ええ。貴方の話を楽しみに待っていましたよ、耕助」


 ニッコリとほほ笑む彼女の姿に、頬がだらしなく緩む。


 ああ、なんと美しいんだ。世間では雪女だのなんだのと騒がれているが、そんなものはただの端女だ。このお方を前にしたら、泥人形と変わらない。


 砂金を集めた様な金髪はシルクの様に滑らかで、足元まで伸びている。だが魔力によって軽く宙にただようそれは一切汚れる事はなく、その輝きが陰る事はない。


 新雪が一面に積もった大地よりも美しい肌に、それに映える紅い唇。十代半ばほどの容姿に反し、それは人間ではありえない色気を放つ。


 黄金比とはこれこの事と言うべき完成された顔立ち。古代の神々を彷彿とさせる白い衣装を着こなし、彼女は両手を広げて迎え入れてくれた。


 片目を眼帯で覆っていてもなお、女神の美しさはこの世の全てを凌駕する。


「主上。御身の探す『神の果実』……世界樹と共にある彼の果実を持つかもしれない少女を見つけました。これまでの候補よりも、遥かに可能性が高い存在です」


 私の――選ばれし者の言葉に、女神はほほ笑む。


 ああ。私の運命。私を退屈な世界から救ってくださったお方。


 貴女の為なら――今の世界など、いくらでも燃やし尽くしてみせましょう。




読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
やはり賢者の会の仕業か。 しかしどうやってこんなに高レベルのダンジョンを封印してスタンピードを起させたんだろうか? あと警察への批判の  今回の失態で警察をはじめ政府機関は大きく信用を失った。野党…
ここでTSを回収してくるとは さすが【虹色の性癖】たろっぺさんやでぇ
[一言] 結局のところこの作品は上位存在がなんだかの目的で地球で陣取り合戦してるって印象 上位存在=神に振り回されて大損害被る人類というのもまた神話っぽいですね
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