第四十三話 炎龍
第四十三話 炎龍
サイド 大川 京太朗
「あ、あああああああ!?」
避難民の誰かが、狂ったように悲鳴を上げる。
それにつられる様に、まるで枯れ木の山に火をつけた如く混乱が広まっていくのが手に取る様にわかった。
ギリギリで統制を取れていた集団が、もはや烏合の衆未満のそれへと変貌する。
「くそ、どけよ!」
「や、やめて!子供が!」
「散らばって逃げるんだ!固まってたらあの光に焼かれるぞ!」
『落ち着いてください!冷静に!れいせ――』
そして、魔眼が発動する。
「っ!」
拡声器を持つ警官に突っ込んできたワイバーンに、横合いから首目掛けて斬りかかる。浅いが、それでも軌道はそらせた。鱗に包まれた巨体は服屋へと突っ込み、ショーウインドーを破壊する。
散らばったガラスを踏みしめ獰猛な唸り声をあげながらこちらを睨むその個体に、水と氷の槍が突き立つ。
『ギャァ!?』
両の前脚が凍り付いたところへ踏み込み、逆鱗から心臓にかけて貫いた。
きっちりと捻って肉と血管を潰してから、引き抜いて後退。口から吐血しながら脱力して消えていくその飛竜から視線をはずし、呆然とした様子で尻もちをついていた警官の腕を掴んで立ち上がらせる。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。大丈夫……」
「引き続き避難する人達の誘導をお願いします」
「わ、わかった。君は……」
「……ちょっと、自分でもわかりません」
剣を肩に担いで、ファイアードレイク共がいた場所に視線を向ける。
既にそれぞれが単独行動に移ったようで、好き勝手に街中で暴れていた。怪獣映画の様なその光景に、正直現実味を感じられないでいる自分がいる。
先ほど、確かに奴らの内一体と視線がかち合った。見逃された?いいや、違う。
あの目はミノタウロスと同じだった。明確に、濃密に。吐き気を通り越して強烈な眩暈がやってくるほどの『殺意』があった。
アレは確実に自分を殺しにくる。その確信があった。
……お願いだから勘違いであってほしいけど。今からでも神社の賽銭箱に財布の中身全ブッパしたら助からない?無理?
いやだぁ……あんなのと戦いたくないぃ。死にたくないよぼかぁ。
「はぁぁぁぁ……」
「だ、大丈夫か、君」
大丈夫じゃないです。この一分一秒が惜しい緊急事態で立ち止まってでっかい溜息ついちゃうぐらいには、動揺しています。
だが、ここで棒立ちしていたらそれこそ死ぬ。それは嫌だ。絶対に嫌だ。
逆に考えよう。『おかげで余計な事を考える余裕も消えた』と。
「僕は、少し離れた所で戦います。どうなろうと派手な事になるので、近づかないでください」
「は、はあ?」
「避難する人達の事、本当にお願いします。それでは、失礼します」
「ま、待ちなさい!まさか囮になるつもりじゃ」
「いえ。いや……どうなんだろう。とりあえず、これで」
「ちょ、君ぃ!」
警官に軽く会釈して、駆け出す。そう言えばと一度だけ振り返れば、あの坊主頭の人と他数人は僕とは別方向に……真っすぐと天蓋の外を目指して移動している様だ。
そんな動きをしたらワイバーンに群がられるのは明白だが、囮のつもりだろうか。それともそれを突破できる自信があるのか?
なんにせよ、全ての覚醒者が避難民の集団から離脱したわけではない。どうにか飛竜の襲撃があっても迎撃できる……と、信じよう。あいにくと、そちらを心配する余裕は消し飛んでしまった。
「主様」
自分に続いて集団から離れたレイラと雪音。三人でその辺の物陰に身をひそめる。ここのモンスターどもに隠れても大した効果はないが、雨を防ぐぐらいは普通の建物でもできるのだから。
「あそこにいた覚醒者達と共闘。ないし避難民を囮に使わないのですか?我々だけで行動するよりも生存率は」
「買いかぶり過ぎだよ、レイラ」
兜を一時的に解除し、顔を彼女に向ける。
この表情を、知ってもらうために。
「僕がそんな決断できると思うなよ?」
視るがいい、この涙と汗でぐちゃぐちゃになったモブ顔をなぁ!
「無理だよ?あそこで戦ったらたくさん死ぬじゃん。そうなったら僕、メンタル死ぬよ?マジで自殺しかねないよ。ムリムリムリ」
「そ、そこまでですか」
雪音も驚いた様子だが、君らには僕がそんな強メンタルの『戦士』に思えたのか。
だとしたら錯覚だ。眼科をお勧めする。
人が目の前で死んだら動揺するんだよ。こっちは日本の高校生だぞ?氾濫に巻き込まれるのはまだ二回目。人死に慣れるわけないだろう。
割り切れない。兵器にも正義の味方にもなれないのが、僕だ。
「というか動き鈍るよ絶対。中途半端に助けようとして、けど無理で盾にしちゃって、結果追い込まれて。冷静な判断ができると思うなよ?パニックを起こす自信が、僕にはある!」
ほとんど八つ当たりだ。その自覚があるけど、口が止まらない。
こっちだって、避難民の中に留まってそこにいた他の覚醒者達と戦う方が生存率は高いと一瞬考えた。
けどそれは『僕から見た理屈』であり、あの場にいた覚醒者達の感情を考えない場合の話。
「それに、僕はあの場にいる覚醒者達がそんな上手く連携できると思えない。ファイアードレイク相手に、統率をとるなんて無理だろう。たぶん、ここの住民なんだよ彼らは」
「……たしかに」
この期に及んで避難民の傍から離れず、護衛を続ける覚醒者達。それは何故かと言えば、『知っている』からだ。逃げ遅れた彼らの事を。
ただのご近所さんか、友人か、家族か。なんにせよ見捨てられない間柄の人がいるから、未だ守っていると考えるのが道理。善性だけで武器を手にしている人も、いるにはいるかもしれないけど。
「もしもファイアードレイクが突っ込んで来たら、間違いなくあの場の覚醒者達は自分の守りたい人を優先する。目的がばらける以上、即席の連携なんて無理だ」
「なるほど……」
「……それと、ごめん。これは僕の我が儘だけど、ここから方針を変えるのは無理。余計に迷う」
剣の柄を強く握り、周囲を警戒する。未だ敵影はなし。遠くをワイバーンが飛んでいるぐらいだ。
「一度捻じ曲げて、また切り替える事ができるほど器用な人間じゃないんだ。『できる範囲で助けて逃げる』。そこは、今更変えられない」
「……かしこまりました。主様に従います」
納得してくれたのか、ニッコリとレイラが笑みを浮かべて一礼する。
「旦那様。ワタクシはどちらの方針でも構いませんが、ワイバーン達の動きが妙です。少なすぎます」
「あー……やっぱり?」
そんな気はしていた。
ファイアードレイクの出現に避難する集団がああも騒がしく悲鳴をあげたのに、寄ってくる飛竜の数は極端に減っていた。精々自分が斬り殺した一体ぐらい。
それが、さっきまで自分達がいた方角を見ればまた彼らに群がっている様に思える。つまり……。
「親分が狙っている獲物を横取りしない。そんな理性もあるのかな、あいつらにも」
やっぱり、ファイアードレイクに目を付けられたのは気のせいではないらしい。
「……いつあの化け物がくるかわからない。けど、あの射程距離と威力を持った奴から背中を向けて逃げるのは自殺行為だ」
遠くの空が燃えているのを見ながら、己にも言い聞かせるつもりで言葉にする。
「あのクソトカゲを叩き潰す。その作戦を考えよう」
「はい!」
「かしこまりました」
そう言ってから、レイラを見つめた。
「というわけで良い感じのをお願い」
「えっ」
「緊張と恐怖で吐きそうだから、知恵は頼んだ……」
兜を再展開し、口を引き結んで吐き気に耐える。ここで吐いたら隙だらけになってしまうから。
困った様な笑顔のレイラに背中を向け、周囲の警戒に移る。さてはて。いい加減、自衛隊なりなんなり外からの助けに来てほしいもんだけど。
『―――オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!』
響き渡る咆哮が、視界どころか空間を揺さぶってくる。
もう、そう遠くない位置にまで奴がきている証拠だった。
* * *
五分に満たない準備時間。たったそれだけの猶予しか与えてくれない、ケチな王者が現れる。
まるでその威容を示すかの様にゆっくりと、かの龍は地面を踏みしめながらやってきた。
その深紅の鱗を濡らす前に雨水は蒸発し、足元のコンクリートは溶解して形を失っていく。強靭な四肢を動かす歩みに、一切の乱れはなく。己の国を見回るかの様に臆した様子もありはしない。
炎龍、ファイアードレイク。おとぎ話から抜け出してきたそのドラゴンを前に――。
「よお、クソトカゲ」
自分は、真正面から立ちふさがった。
国道ほどではなくとも、しかし十分に広い道路のど真ん中。遠くで見た時よりも、ファイアードレイクの姿は小さく見えた。
これは他より弱い個体だから?いいや、違う。あふれ出る熱気と魔力が、その姿を大きく見せていただけだ。実際のこいつらは、体高およそ六メートル半。
十分に巨大ではあるが……不死身でもなければ災害の権化でもない。伝承においても、『人に倒されたドラゴン』である。
ツヴァイヘンダーを八双に構え、黄金の瞳を睨みつけた。
本音を言えば今すぐ命乞いの一つでもしたいところだ。ランクという点ではこいつと自分は互角。共に『B+』の存在である。
されど、この威圧感はどうだ。
酷く単純な話。でかいは、強い。同じランクであろうとも、その体格差は大きければ大きいほど、戦力差に響いてくる。
ミノタウロスともランク上は同格だろうが、あちらは迷宮の変異が真骨頂。ただひたすらに『力』へ割り振った上に、でかすぎるこの龍とは比べ物にならない。
「こいよ」
ただ短くそう声をかけるだけでも、心臓が破裂してしまいそうだ。
人の言葉がわかるのかは不明だが、はたして。獲物として見た相手に不遜な態度をとられた龍は如何にする。
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛―――ッ!!』
咆哮。天地に轟くそれは音を武器に変え、周囲の建物からガラスを剝ぎ取っていく。
ザラザラとガラス片が地面に落ちる大きな音が響くも、奴の雄叫びの余韻にほぼかき消された。巨大な口から牙をむき出しにして、炎龍はこちらを睨みつける。
一瞬、本気で自分の呼吸が止まった。それほどの殺意。燃える様に輝く黄金の瞳を受け、剣を握り直す。
開幕のゴングは、奴の足元から聞こえてきた。
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