第四話 ダンジョンより大事なこと
第四話 ダンジョンより大事なこと
サイド 大川 京太朗
翌日、少しぼうっとしたまま中学に向かう。
世間はダンジョンの話でもちきりだが、自分の頭の中にはレイラの事で一杯だった。正確には彼女の発言と体の事で、であるが。
マジでいいのかな……そんな事お願いして軽蔑されないかな……け、けどワンチャンあるのかな……。
昨日は結局、なんとなく気まずくって彼女を再召喚する事はなかった。林檎は、とりあえず余っていた紙袋にいれて机の上にある。折を見てどこかで処分するつもりだ。
母さんや帰って来た父さん。そして友人達がダンジョンについて色々話しかけてきたけども、どれも適当にしか返せなった。
頭に浮かぶ、レイラの笑顔や完璧なスタイル。あれを、好きにしていいと?
あ、やべ。顔が緩むのを感じる。通学路で変な事になるのはまずい。社会的に死ぬ。
体が生理現象を起こす前に、頭の中で今朝のニュースで引退表明していたプロレスラーのおっちゃんを思い浮かべる。よし、おさまった。
そうこうしているうちに、中学につく。やはりというか、廊下を歩いていて聞こえてくるのはダンジョンについて。
ようやく思考がそっちにいく。
『ダンジョン』
昨日魚山君から色々聞いた感じ、どうにもあそこは『覚醒者以外は入ったら死ぬらしい』。
と、いうのもだ。ダンジョン内は『魔力濃度』とやらが高すぎるとか。
覚醒者だったら、消費した魔力の回復速度が上がったり魔法の威力が上がったりと恩恵があるのがダンジョン。しかし、これは酸素濃度が高いみたいなものだとか。魔力に適応できない人にとっては、毒であるとの事。
次に、『モンスターは魔力を帯びた攻撃でないとダメージを与えられない』。
アレらは実質的に魔力の塊。肉体がない故に、通常の武器ではすり抜けてしまうそうだ。それが、テキサス州の男性が銃で撃ってもダメージを与えられなかった理由である。
だから、覚醒者以外がダンジョンに入った場合、無抵抗にモンスターから襲われながら、時間経過で体調が悪化。最終的に動けなくなってしまう。
というか、体力どころか命が……。
そんな事を考えていると、教室に到着する。
「だからさ、ダンジョンは魔法使い以外が入ったらダメなのさ。あそこは選ばれた人間だけの領域だからね」
サッカー部の佐藤がそんな事を言っている。今日も小鼻がピクピクとしていた。
選ばれた人間だけの領域、ねぇ……。
否定はしないけど、言い方がアレすぎる。興味深そうにダンジョンの説明を受ける他の生徒達も、何人か眉をひそめていた。
「おはよう」
「おっす」
「はよう」
既にいた熊井君と魚山君に声をかける。
「昨日からなんか新しい情報あった?」
「いや、特に目ぼしいのはなかったな」
一応レイラから聞いた情報も二人と共有している。
……流石に、『お手伝い』どうこうは言っていないが。
「覚醒者ってさ、何人ぐらいいるんだろうな」
熊井君がチラリと佐藤達を見る。
「ダンジョンって覚醒者しか入れないんだろ?じゃあダンジョンで何かあったら、どうするんだろうな」
「どうって……そもそもダンジョンで何かってなんだよ」
「いや、なんとなくそう思ってさ。漫画とかアニメとかだと、大抵そういう場所で何かしら起きるじゃん?」
「それは、まあ。けど漫画とかの話でしょ?」
「だからもしもだって」
三人そろって首を捻る。まあ、現状も十分漫画やアニメみたいな状況だしなぁ。
覚醒者の人数は、正直まだよくわかっていないらしい。日本にいたってはまだ調査すらしていないのが現状だ。今日も国会は紛糾しているとか。
アメリカや中国では、覚醒者は役所に覚醒者である事を届け出る必要があるという法案を通している最中だという。今はまだ、任意でのという事らしいけど。それでもかなり動きが早い。
「それにさ。第二次世界大戦で色んなお寺とか神社壊れたって言うじゃん?そこんとこどうなんだろうな」
「あー……」
確かに、それは思った。
古くから続く神社仏閣が龍脈とやらを制御しているのだから、それが壊れた場所は当然危ない。
当然、壊された後に再建した所もあるだろう。しかし、その時の住職さんや神主さんが神通力的なもので龍脈をどうこうできたかと言うと……。
「あれ、もしかして日本ってやばい?」
「いやわからん。どうなんだろう」
チラリと、視線を未だ熱弁している佐藤に向ける。
あいつも、ただ『自分は凄い奴なんだ』と自慢したいだけなのだと思う。露骨に周囲を見下した視線を向けながら、魔法の素晴らしさを語っていた。
けど、気づいているのだろうか。あいつを見る生徒達の目が、段々と剣呑なものになっているのを。
「……なんかあったらさ。覚醒者がどうにかしろって言われるのかな。徴兵、とか」
「……さあ。警察や自衛隊にだって覚醒者はいるだろうし、なんとかなるんじゃないか」
魚山君に熊井君がそう答えるが、その声音はどこか空虚なものに思えた。
* * *
なんか意味深げな話を学校でしたものの、その次の日は土曜日である。
覚醒者になって初めての休日なわけだが。今日と言う日は、自分にとって非常に重要な一日となるだろう。
ここ数日の間、世間では『覚醒者の身体能力やべぇ』とか『魔法の悪用について』とか『ダンジョンに入ってしまったのではないかという行方不明者について』とか、色々と騒がれているけども!
なんなら実は覚醒者の一部が『エルフ』とか『ドワーフ』とか、漫画やラノベで聞く『亜人』となっているというニュースすら出ていたりするけども!
それよりも大事な事だ。テレビの向こう側ではなく、僕は今、重要な局面にいる。
まず、両親が今日は出かけている。父さんは会社の付き合いとかで釣りに行ったし、母さんは高校以来の友達と食事だそうだ。
二人とも、午前中に出かけて帰ってくるのは午後四時を過ぎるだろう。
耳の奥でバクバクと心臓の音が響き、視線は我ながら挙動不審なものへとなっていた。
シーツ、新しいの出してきた。シャワーと歯磨き、さっきやった。下着、これも新しいのにした。部屋、できるだけ片付けた。
「よ、よし」
指さし確認をそれぞれにやっていき、深呼吸。
……や、やっぱ別の日にしようかな?
い、いやダメだ!チャンスが!チャンスがようやく来たのだ!こんな所で日和見してどうする!
ネットでさんざん見た、『守護精霊は主に対して非常に好意的かつ従順』という書き込み。更に、この前きいた彼女の言葉。
中学二年生のパトスは、限界までぶちあがっている。
もしも今自分の姿を第三者が見たら、『キモイ』『生理的に無理』『どうみても犯罪者』と言うかもしれない。
それでも、男には踏み出さなければならない一歩がある!!!
「れ、レイラ、さん!」
「はい。お呼びでしょうか、主様」
今日も笑顔でレイラが現れる。
ふわりと揺れる幻想的な白銀の髪。人間離れした美しい顔立ちに、輝かしい蒼と金の瞳。男の妄想を詰め込んだ様な、グラビアアイドル顔負けのスタイル。
ごくりと、喉が鳴る。
「童貞を、捨てさせてください……!」
床に、伏してお願いする。
たぶん、人生で最も綺麗にできた土下座であると思う。いや片手で数えるぐらいしかやった事ないけども。それも親にゲーム機買ってとか小学校の頃の記憶だけども。
それでも。心からの願い。届くか。届いてくれるのか……!
ここで『え、キモ』とか『あれは冗談で言っただけですから……』とか、軽蔑する様な視線や、ドン引きした顔をされたら一生引きずる確信がある!!
彼女の反応は―――。
「はい!お任せください!」
ニッコリと笑みを浮かべての、了承だった。
* * *
今日という日を、僕は忘れない。
人生って、素晴らしい。世界はこんなにも輝いている。
* * *
『僕は大人の階段をのぼったどぉおおおおおお!』
『うぜぇ』
『文章だけなのに声がでかい』
あれから三時間後。色々と片付けたり証拠隠滅したりして、一息ついてから友人達にスマホでメッセージを送る。
やっべ。顔のニヤニヤが止まらん。
『わるいな……一人だけ、別の領域に行ってしまって』
『おい。京太朗ってここまでアレなやつだっけ?』
『童貞を捨てた直後に自慢して回る系男子。実在していたとは。これはモテない』
『黙れ童貞ども。僕は非童貞であるぞ』
凄かった。なんか、もう。凄かった。
柔らかかったし、いい匂いがしたし、温かかったし、それでいて、こう……むふふ。
『なんだろう。顔が見えていないはずなのに顔面がキモイって言いたくなる』
『言い過ぎじゃない?顔面がキモイは言い過ぎじゃない?』
『というか、守護精霊といたしたのって童貞卒業に入るの?』
「へ?」
魚山君の書いた内容に疑問符を浮かべる。
『姿や人格を独自のものとして実体化させたとしても、ようは自分の一部じゃない?』
『いや、けどレイラさんと京太朗は似ても似つかないだろう。どう見ても別人じゃね?』
『そうだそうだ』
熊井君の書き込みに首を上下に振る。
『まあ、本人がそれでいいならいいか』
え、なに魚山君その含みがある言い方。
くっ、それでも僕はリア充の仲間入りしたんだ!そう思わせてくださいお願いします!つうか気持ちよかったんだからそれでいいじゃないか!
『それはそと、ダンジョンってどう重い』
『文面に動揺でてんぞ』
『誤字乙。まあのってやるから感謝しろ』
『違う。別に同様して誤字ったんじゃない。本当』
『わざとか?いやガチでやってんなこれ』
『ダンジョンには無限の可能性がある。僕はそう思う』
「うん?」
自分の書いたメッセージの誤字に顔を引きつらせていたら、魚山君が奇妙な事を言いだした。
無限の可能性?
『なに、新エネルギーとかあんの?』
『まあ、魔力って実際不思議エネルギーだし』
『モンスターには、触手があるはずだ』
「 」
え?
………え?
『モンスターは基本的に人間と友好関係を築けない。しかし、場合によってはテイム可能なはず。そして、モンスターならばいるはずだ。人間に対して有効な触手持ちが』
『お、おう。せやな』
どうにかそう返信する。これ以外にどう返せと?
『僕は必ずや最高の触手と出会い、我が物にし、そして全身をにゅちょにゅちょにしてもらう。絶対だ。必ずや、この夢を叶えてみせる……!』
『が、頑張れ?』
『待てよ。もしも一般人がダンジョンに入る様になったらさ、鍛える人も増えるよな』
今度は熊井君がなんか言い出した。
待ってくれ。もうなんか嫌な予感がする。これ以上変なもんぶっこんでくるんじゃねえ。
『つまり、マッスル系女子が増えるんじゃないか?』
『もうボディビルダーでも口説いてこい』
『いや。芸術やスポーツとして己を磨いている彼女たちを邪な目で見るのは失礼だろ?』
『なんかごめん』
わからない。僕は君がわからないよ熊井君……!
魚山君にいたってはわかりたくないよ……!脳が理解を拒んでるんだよ……!
『もしもダンジョンが一般人でも入っていいって言われるようになったら、僕は絶対に行く。そして、運命の触手に出会うんだ!』
『始まるか……ダンジョンに挑む筋肉美女たちの争奪戦が……!』
君ら昨日までダンジョンがどうたらで不安がってないっけ?なんでそんなやる気に満ち溢れてんの?もう怖いんだけど?
僕が……僕が童貞捨てたアピールをしたからこうなってしまったのか?だとしたら、なんて罪深い事を……。
「主様ー。ココア入れましたよー」
「あ、ありがとー」
それはそれとしてレイラとイチャイチャするわ。
頑張ってくれ二人とも!僕はたぶんダンジョンとかいう危ない所には近づかんと思うわ!
ダンジョンドリームとかどうでもいいぐらいの幸せが見つかったから、な!!
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【悲報】はてしなくでかいフラグがたつ。もう、逃げられないぞ!
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