第三話 変わり始めた世界
第三話 変わり始めた世界
サイド 大川 京太朗
結局あの後、特に続報もなく番組はまた専門家さん達がああでもないこうでもないと、素人から見てと毒にも薬にもならない話しをするだけで終わる。
母さんと二人『あれはなんだったんだろう』と話しながら、夕食を終えた。とりあえず食器を流しに運んで、自分はおかずの残りにラップをかけていく。
すぐにラップをかけ終えて冷蔵庫にしまったので、母さんが食器を洗う音を背景にテレビのチャンネルを変えていった。
なにか続報がないかと思ったのだ。だがどこも特に目ぼしいものは――いや、あった。
国営放送の番組で、上の方にテロップが流れている。内容はこれから三十分後に、予定を変更して官房長官が会見をするのを流すというものだった。もしかして、ダンジョンとやらについてだろうか。
部屋から台所にスマホを持って来て、会見を待つ。三十分という時間がこんなにも長いと思えたのは初めてだ。その間に友人達とSNSでやり取りをしていく。
『ダンジョンが出たってテレビで言っていたけど、本当だと思う?』
『なんか昨日の爺さんもそんな感じの事言っていないっけ』
『魔法の知識的に、普通にありそうぽいんだけど。逆にこっちがマジでと言いたい』
魚山君の言葉にぎょっとして、すぐに説明を求めるスタンプを送る。
『ダンジョンはその土地の龍脈から漏れ出た魔力が、大気中とか地中や水中の魔力と反応する事でうまれる、らしい。そんでその中には魔力で構成された存在も出現する……とか?』
『滅茶苦茶ふわっとしてんな、おい』
『こっちだって学んだ知識じゃなくって、突然頭の中にあったものなんだから仕方がないだろう』
熊井君のツッコミに魚山君が反論する。なんか、魔法使い系の異能を持っている人って大変だな。
『待った。その魔力で構成された存在って、いわゆるモンスターとか?』
そう質問すると、少しだけ間があってから返事がくる。
『たぶん』
「おぉ……」
思わず声が出た。
え、マジ?マジなの?
自分の心臓がドキドキと音をたてるのがわかる。異能とか覚醒者とかだけでもテンション上がっていたのに、そこにダンジョンとかモンスターとか。ファンタジー過ぎるだろう。
漫画とかなら不謹慎なモブみたいな感じだけど、しょうがないだろう。だってこんな事、今まで妄想の中でしかなかったんだから。
現実感がないのに、これは現実の出来事だと思うと、否応なしに口元が緩む。
男なら一度ぐらいは夢見るはずだ。モンスターを相手に大立ち回りして、ダンジョンで一攫千金してモテモテになる自分の姿というものを。
『えー、ではこれから西川官房長官より会見が――』
テレビから聞こえてきた声に、慌てて顔を上げる。いつの間にか母さんも洗い物を終え、椅子に座り興味深そうにテレビを見ていた。
画面に、西川官房長官が出てくる。あまりテレビで見ない人だけど、その顔がいつもより憔悴しているのはなんとなくわかった。それぐらい顔色が悪い。
『えー、今日の午後三時ごろ。アメリカのカルフォルニア州にて牧場主の男性が所有する牛舎の奥に謎の扉を発見しました』
* * *
内容を大雑把にまとめると、以下の通りである。
その男性は偶然にも覚醒者で、ついでにかなり好奇心の強いタイプだった。謎の扉を前に昨日と同じくファンタジーな出来事かと考えて、家に一度戻りカウボーイハットとショットガンを装備してから意気揚々と扉を開いたらしい。
するとそこには謎の黒い影だけが存在しており、男性はスマホのカメラとライトを起動して中へと進んでいった。
だが、中に入った途端背後の扉が消失。見知らぬ洞窟の中へと取り残されてしまっていたらしい。
更に言えば、カウボーイ全開だった服装が『魔装』――例のコスプレめいたアレになっていた。この男性の場合、大昔のバイキングみたいな感じだったとか。
その男性もかなり慌てたらしいが、スマホも圏外だったらしいのでそのまま探索する事にしたらしい。テキサスの人アグレッシブ過ぎない?
で、そこで出会ったのだ。『ゴブリン』に。
男性の持ち帰った映像は放送できないらしいが、官房長官曰く、『ファンタジーものの作品に出てくる様な、緑色の肌をした小鬼』だったらしい。
そのゴブリンたちは男性を見た途端、キィキィと奇怪な声を上げ剣や弓で攻撃を仕掛けて来たとか。
男性は驚きながらも銃で反撃。しかし、弾丸はゴブリンを素通りして岩肌にぶつかるだけだった。
銃撃を無視して突っ込んできたゴブリンに、男性はガムシャラに手足を振り回して抵抗。結果、ゴブリンを殴り倒す事に成功する。
何故銃弾は効かなかったのに素手による攻撃は有効だったのかは不明ながら、男性はショットガンを背負い再度探索を開始。ゴブリンの死体は粒子の様な光になって消えたらしい。
そうして何度か戦っていくうちに、銃はストックによる打撃でも効果はなく、素手や腰に提げていた剣でのそれはゴブリンにダメージを与える事が出来たと言う。
探索は二時間ほど続き、男性は最初に入って来たのと似た扉を発見。慌ててそれを開いて、元の牛舎に脱出する事ができたのだそうだ。
* * *
そんな話が官房長官の口からされている間、記者の人達もひたすらに黙って耳を傾けていた。それほどに衝撃的な内容だったのだ。
嘘の様な、本当の話。官房長官が写真を拡大した物をカメラに見えるように掲げる。
それは、白い両開きの扉だった。少し大きめだし、骨を連想させる色合い以外はそう珍しい物にも思えないデザインである。強いて言うなら、扉の中央で光る赤い宝石ぐらいしか目立つ所はない。
『このような扉を発見した場合、くれぐれも近寄らず警察への通報をお願いします。既に都内だけで二十四カ所、似た扉が目撃されております。十分に注意をしてください』
その発言で、ようやく聞きに徹していた記者たちも手をあげ質問を口にしていく。
『既に謎の門の存在を政府は知っていたんですか!?』
『門による行方不明者は出ていないんですか!政府の今後の対応は!』
『結局ダンジョンとはなんなんですか!政府はまだ何か隠しているんじゃないですか!』
次々と上げられる手と声に、進行役の人がどうにか抑えようとしているが上手くいっていない様だ。
そんな光景を見ながら、スマホを操作する。
『官房長官の会見、見た?』
『見た。今日って本当にエイプリルフールじゃないよな?』
だんだんエイプリルフールか確認するのがトレンドになりつつあるが、当然今日は四月一日ではない。
『もう四月も中旬だよ。それより、この知識がマジだったことに僕が一番驚いている』
『魚山君なんか他に知らない?ダンジョンってどんな所?』
『待って。色々頭の中ぐちゃぐちゃしてる。こう、いつの間にか入っていた知識の出し入れ?的なのがマジできつい。整理させて』
『なんかごめん。お大事に』
そう締めくくって、またテレビ画面へと視線を移す。
今もスーツを着た大人達が『ダンジョン』とか『ゴブリン』とか、ゲームやアニメでしか聞かない単語を至極真面目に話している。その映像が、一番現実感のない光景だった。
* * *
部屋に戻り、レイラさんを召喚して話しを聞いてみる事にした。
「あの、レイラさん」
「レイラで構いませんよ、主様。自らの一部に敬語を使うのもおかしな話ですから」
「あ、はい。じゃなくて、うん」
今日もニコニコと笑っている彼女に、椅子を勧めて自分はベッドに座る。そして、あの会見について軽くだが説明した。
「なるほど。ダンジョンが発見されたのですか」
「ああ。なんかレイラさ……レイラはダンジョンについて知らない?」
「そうですねー。私は『魔道具の作成』と『自然魔法』が専門ですので、空間に関する魔法は詳しくないのですが」
「え、待って。魔道具とか自然魔法って?」
「はい!私の異能です。守護精霊は主とは別に異能を有していますので」
「は、はぁ……」
なんというか、まだまだ聞かないといけない事はあるらしい。
「ですので、『アレ』の効果は受けません。主様と同じ状態ですので」
「あれ?」
彼女が視線を向けた先には、机に置きっぱなしの林檎がある。相変わらず銀色に輝いていた。
「え、なんか変な効果とかあの林檎にあるの?」
「恐らく、注目を引き付ける力があるかと。魔力のない人には無暗に見せない方が、荒事にはならないかと思います」
「え、そうなの」
「はい」
そう言って彼女がタンスからハンカチを取り出し、林檎を覆い隠す。
「これで大丈夫です。さあ、ご質問をどうぞ」
いや、大丈夫と言われても……林檎についても気になるが、それでも先ほどの光景が忘れられない。ダンジョンについて先に聞く事にした。
「とりあえず、ダンジョンってどういう所にあるの?」
「?入ってみたいのですか?」
「え、いや。それは……」
どう、なのだろう。
興味はあるし、そこで活躍してみたいとも思う。同時に、恐い場所なんじゃないかとも考えるのだ。
だって、例の男性はゴブリンと遭遇するなりすぐに襲われたらしい。剣や弓で攻撃されて、よく生きていたものだと思う。
恐怖と好奇心がないまぜで、明確に言いづらい。それに『行ってみたい』って口にするのは、ちょっと不謹慎な気もする。
「まあ、入るにせよ入らないにせよ、場所を知る事は有益ですね」
「そう!それ!こう、危険だから近寄らないとか、家族や友達にも警告できるし!」
少し慌てて彼女の言葉に頷いた。
「ダンジョンは基本的に、地球に流れる魔力……『龍脈』から溢れたものに、外の魔力が反応したものです」
それは魚山君から聞いたので、頷いて返す。
「まず、基本的にダンジョンは霊的に力のある場所には基本的に発生しません」
「え、そうなの?」
意外だ。てっきりその逆で、なんかパワースポットとかに出てきそうだなと思っていたのに。
「はい。霊的に力がある場所は、大昔に建てられた神社仏閣によりある程度制御されています。ダンジョンが発生する事はありません」
「はぇー……」
よく川の神様を鎮める~とかいう神社とか聞くけど、本当だったんだ、アレ。
「ですので、古い神社が取り壊されたりした場所。あるいは周囲にきちんとした神社仏閣がない場所はダンジョンが発生しやすくなっております」
「……ちなみにだけど、人があんまり寄り付かない神社とかって、まずい?」
頭に、昼間友人達と立ち寄った公園の傍にある神社が浮かぶ。
「そうですねー。神社はきちんと社などが整備され、人が出入りする事で魔力の流れが溜まってしまわないようにするので……ダンジョンが発生しやすくなるかもしれません」
薄桃色の唇に人差し指をあてながら、レイラが答えてくれる。
「人の出入りって重要なの?」
「はい。生物はそこにいるだけで、大気中や龍脈から溢れてきた魔力と相互に反応しますから。人が出入りすればダンジョンが作られる前に魔力は霧散します」
「じゃあ、人口密集地とかなら?」
「ああ、いえ。あくまで『龍脈が整備された土地』の場合です。龍脈の整備がされていない土地ですと、かえってダンジョンが出来易いでしょう」
「うーん……」
腕を組んで考え込む。
つまり、あの神社ってそこそこダンジョンが発生しやすいのかも?碌に人が来ない場所だし。けど、そもそもあの神社っていつからあるんだっけ?僕が産まれる前からはあるはずだけど。
……一応、あとで母さんと父さんには近寄らない方がいいって言っておこ。
「それとなんだけど、ダンジョンに『ゴブリン』が出たって話を聞いてさ。本当にいるの?」
「はい。いると思いますよ、ダンジョンですので」
あっさりとレイラが頷く。え、そんな当たり前みたいに言われましても。
「ダンジョンには魔力が溜まっていきますが、それは龍脈だけではなく大気中等のものも含まれます。そして、それらの構成は人を含めた動植物から無意識に漏れ出たものです」
「はぁ……」
「更に、無意識に人が放出する魔力には、微量ながら感情も乗せられている場合があります」
「感情も?」
「はい。精神と魂は魔力に大きく影響しますので。それはまた、別の機会にお話しさせて頂きますね?それはさておき、人が無意識に流した魔力には大抵負の感情が含まれています。そういったものが積み重なり、ダンジョンは人の集合無意識から怪物の姿を借りて実体化させます。破壊や敵意の象徴として」
「なんというか、わかったようなわからないような。とりあえず、負の感情ばっかりなの?」
「性悪説みたいになりますが、人の。というよりも生物の本質は『欲望』です。それがなければまず生き残ろうとも思えませんから」
まあ、自分みたいな凡人からしたら、性善説を説かれるよりは納得しやすいけども。
「勿論、正の感情も流れる時はあるでしょう。それでも、押し流されてしまう程度しかありません」
「なる、ほど……?」
「完璧に理解して頂く必要はありません。重要なのはここからですから」
「え?」
「『モンスターは人を襲います』。これが一番、主様にとって重要です」
心臓が、ドキリと跳ねる。
ずっと笑みを浮かべたままのレイラ。けれど、その瞳には真剣な光を帯びている気がする。
「肉体と精神と魂。これにより生物はこの世に存在しています。そして、肉体という殻があるからこそ、この世の生物は大気中の魔力に魂を溶かしてしまう事がないのです。しかし、モンスターは肉体という殻をもちません。『私もですが』」
「……え?」
今、私もって。
「ああ、いえ。私はモンスターではありませんよ?ケンタウロスとケイローンぐらいの違いがあります」
「……見た目だけが同じなだけって事?」
「はい。私は主様の魂が部分的に分離し、形をなしたものなので肉体を有しておりません。こちらから触れたりする事はできても、覚醒者でない方は存在を認識する事も難しいのです」
確かに、レイラの姿を最初母さんは見えていなかった。彼女の方から意識して見える様にしていた気がする。
「モンスターは魂がむき出しになった状態。私は主様より魔力の供給がありますし、いざとなれば御身の体に戻ればいいだけ。ですが、彼らは違います」
「空気中の魔力とやらに、溶けてしまうと?」
「はい。塩の塊が海に放り込まれたように。ですから、彼らは常に『補給』をしないとならないのです。肉体があればすぐに修復される魂も、魂のみであったら修復するにはよそからもってくるしかないですから」
わかった、気はする。なんとなくだけど。
つまり、モンスターはその生態?と言っていいのかわからないけど、とにかく他の生物を害さないと生きていけないわけだ。
……欲しい物が違うだけで、普通の生物と変わらない気もするけど。
「ただ、彼らは人間を積極的に狙います。これは効率の問題ですね。人間が一番補給しやすいので」
「そうなの?」
「はい。人間で言うと、栄養価が高いと表現すべきでしょうか」
「おぉう……」
なんか、そういう風に言われると微妙な気分になる。
「私が知るダンジョンとモンスターについてはこれぐらいです。お役に立てたでしょうか」
「あ、うん。ありがとう」
正直まだわからん事は多々あるが、一度に質問して受け止めきれる気がしない。脳がパンクする。
なんなら既に思考がグルグルしているのだ。とりあえず『神社仏閣が壊れた所や、龍脈の制御施設がない所はダンジョンができ易く』、『ダンジョンに出現するモンスターは人間を積極的に襲ってくる』って事がわかればOK……なのか?
「そういえば、神主さんとかお坊さんはこういうの知ってんの?」
「さあ、それまでは。大昔なら覚醒者もいたでしょうが、現代となるとわかりません。そもそも、私は主様の知る事以外だと魔法の知識しかありませんから」
「そっかー……待って?」
今、なんて言った?
「はい?」
「あの、僕の知る事って、どういう……?」
「……ああ。私達守護精霊は、主の一部というのはご説明しましたよね?顕現する際、大まかな記憶は共有する様になっています。そうでなければコミュニケーションに齟齬が出ますから」
ニッコリと微笑むレイラ。
どうしよう。美少女と部屋で二人っきりなのに、冷や汗が止まらない。
「大まかな記憶って、ど、どれぐらい?」
「ほとんどが意味記憶ですが、エピソード記憶も少々。今朝の朝御飯の献立や、昨夜の自慰行為の記憶もございます!」
何故かエッヘンと胸をはるレイラ。ぽよんと彼女の巨乳が揺れるが、それどころではない。
パクパクと口を動かす自分に、彼女は不思議そうに笑顔のまま首を傾げた。
「いかがなさいましたか?何か不都合が……ああ、なるほど!」
納得したように、彼女は手を打ち合わせる。
「異性に自分の性事情が知られたのを恥じていらっしゃるのですね?でしたらご安心を。私は貴方の魂から現れたもの。右手にそういった事情が知られた所で、なんの不都合がございましょうか!」
「こひゅっ」
喉から変な声が出てきた。
あかん。これマジできつい。美少女に自分が『巨乳美少女高校生、バニーガール催眠』とかそんなんスマホで読んでいた事がバレるとか、シャレにならない。
もう、あれだ。死のうかな。いや、ほんと……マジ辛い。泣きたい。
「もしも性欲が溜まっていらっしゃるなら、お手伝いしましょうか?」
死ぬなら、そう。いっそダンジョンとか探してそこで……。
「え?」
「ですから、私が自慰行為をお手伝いしますよ?」
相変わらずの笑みを浮かべたまま、レイラが小首をかしげて尋ねてくる。手を腰の後ろに回し、覗き込むような前傾姿勢で。
自然と、視線が彼女の体を滑る。
改造軍服みたいな恰好からでもわかる、豊満な胸。たぶんだけどFはある。それにノースリーブの華奢な肩やスラリとした綺麗な腕。ミニスカートから覗く美脚。
サラサラとした銀髪に、蒼と金のオッドアイ。すっと通った鼻筋に、柔らかそうな薄桃色の唇。黄金比とでも言えばいいのか、非現実的なまでに整った顔立ち。
ごくりと、そんな音が自分の喉から聞こえた。
『ピロリン♪』
「っ!!??」
自分の隣。ベッドの上に置いていたスマホから着信音が響く。
ばくばくと心臓を鳴らせながら、画面を見た。そこには魚山君から通知が来ている事を表示している。たぶん、さっきの続きだ。
「あ、え、えっと」
「ご友人とお話しがあるのですね。では、また私に聞きたい事等がありましたらいつでもお呼びください。それでは」
笑顔のままレイラが姿を消し、粒子となって自分に吸い込まれていく。
そんな彼女の見送って、スマホを持ったまま一分ほど動けずにいた。
ようやく動き出した視線は、机の上に。
……そう言えば、あの林檎について聞けなかった。
読んで頂きありがとうございます。
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Q.主人公いつになったらダンジョンに潜るの?
A.すみません、もう数話かかるかもしれません。