第三十話 変態去ってまた変態
第三十話 変態去ってまた変態
サイド 大川 京太朗
「んで、どうしたよ突然」
ルンルン気分で『巨木のダンジョン』から帰る途中、突然魚山君から『今から家に行っていいか』と連絡が来たのだ。
どうしたんだと聞けば、『安全の為落ち着ける場所で話したい』と言われてしまった。
こういう時、気の利いた返しとかできたらいいのだけど……何はともあれ、ただ事ではないと感じ了承したのだ。
自室に招き、普段は出さない座布団を出してきて二人で座っている。
向かい合い数秒の沈黙の後、魚山君が眼鏡の位置をなおしながら口を開いた。
「僕たちは友達だが、同時に冒険者だ」
「うん、まあ。そうだね」
「故に、冒険者として頼むなら対価を用意しなければならない」
「はぁ……?」
困惑するこちらをよそに、彼は真横に置いていたリュックから茶封筒を取り出してきた。
並べられたそれは、五つ。手紙を入れているにしては分厚い。
眼鏡の下、魚山君がその糸目を更に細めた気がした。いったい何を頼むつもりなのかと、硬い唾をのむ。
それと同時に、部屋のドアがガチャリと開けられた。
「お菓子とジュース持って――」
「これで一日、君を買わせてくれ」
「 」
「 」
神妙な面持ちでこちらを真っすぐ見つめる魚山君。彼と扉でゆっくり視線を移動させる僕。そしてこちらを見て硬直する母さん。
母さんは無言のまま、ジュースとお菓子の乗ったお盆を僕らの中間に置く。ちょうど茶封筒の隣だった。
「その、ごゆっくり……」
「ありがとうございます」
一切視線を合わせようとしない母さんに、魚山君が軽くお辞儀をする。
そしてそそくさと部屋を出ようとしたタイミングで、母さんが一度だけ振り返った。
「その……母さん、恋愛は自由だと思っているから」
ばたりと、扉が閉められた。
「さあ、答えを聞かせてくれ。京太朗」
「ころすぞ……」
「!?」
今までの人生で一番ドスのきいた声が出た気がする。
「……待って。あれだ、冒険者としての頼みって、なに?」
「理想的な触手が見つかったからその確保を手伝ってほしい」
「あー、そうね。そういうあれね……」
彼の言葉に、目元を手で覆ったまま頷く。
「五十万用意した。これで雇われてほしい」
「……随分、奮発したな」
「曲がりなりにも『B+』の覚醒者に依頼するんだ、これぐらいは用意する」
「別に、そんなのなくても……」
いくら冒険者は普通のバイトよりは儲かるとは言え、いつまでもそうとは限らない。つい最近結構な散財をした自分が言うのもなんだが、貯金とかすべきだろう。
それ以前に、友人に頼みごとをするのにこんな額普通持ち出すかね。
「これはケジメだ。そこを曲げたら関係性が変わりそうで嫌だ」
こちらの言葉に、しかし魚山君は揺らいだ様子もなくそう答えた。
思わずため息が出た。ほんともー、こいつは……。
「……不器用な奴」
「偶に言われるが、君ほどじゃない」
もう一度ため息をついて、目元を覆っていた手をどけた。
「その依頼、受けた」
「助かる。けど、まだなんのモンスターか言っていないけど、いいのか?」
「どんなのでも、君が選んだんならいいさ。けど『Bランク』のだったら無理だぞ?」
「わかっている。というか『Bランクダンジョン』だとそもそも一般人は入れないだろう」
そりゃそうだが、触手の為なら目の前の彼は法を破りかねないとは思っている。
なお、一般に公開されているダンジョンは『E~C』で、国の特別な許可を得た場合のみ『B・A』に入れる。普段そのランクは自衛隊が対応しているらしいが、よっぽど強かったり実績があったりすると一般の冒険者でも声がかかるらしい。
講習でそう教えられたし、駄騎士がそれに誘われたとも動画で聞いている。
「けどさ、もうちょっと言い方があったと思うんだよ……」
「と、言うと?」
コンコンと、控えめなノック音の後ドアが開いた。
「お母さん、ちょっと冷静に考えたんだけどね?いくらなんでもお金の関係ってどうかと思うの。そういうのは、あくまで二人の気持ちが大事というか……」
「……依頼は受けるから、一緒に説明してくれ。何故か僕は最近母さんたちに性癖の面で信用がされていない」
「残当では?」
うるせぇ。こっちは健全で一般的なオッパイストだよ。
* * *
翌日、魚山君に指定された駅で彼を待つ。
少し早く着き過ぎてしまった。ここは海の近い町らしいが、人通りが全然ない。暇を潰せる店もなさそうなので、壁を背にスマホで動画でも見る事にした。
イヤホンをつけて再生した動画は、『ゴールデンギター』さんのものだ。
『~♪』
やはりいい。涼やかだけど語尾に快活さを隠しきれていない歌声は、澄み切った青空を彷彿とさせる。
そして画面に映る飾り気のないTシャツに包まれた推定『E』の乳が、ちょうどいい大きさの御山を想像させる。
彼女はテンションが上がるとサビの辺りでギターを体で抱え込む様にする癖があるらしく。そうすると、こう。胸がギター本体に持ち上げられて強調され……。
何故これでエロコメが一切こないのか、不思議だ。もしかして不純な目で見ているのは僕だけ?
いやまさかそんな。ネットはもっと不純を通り越して色々と――。
魔眼が、細くしなやかな手に肩を掴まれる姿を幻視した。
「っ!?」
「あら?」
素早く右側に飛び退り、腕の主を睨みつける。
そこには、こちらを不思議そうに見ているシスター服の女性。
あの美貌と爆乳は!!
「花園、加恋……!」
「はい。お久しぶりですね、シルバー・リリィ。お元気そうで何よりです」
前と見た時と同じくシスター服を着た変質者。そして相変わらずなんというダイナマイトボディ。エロ漫画から飛び出してきたのかと言いたいが、自重する。
イヤホンを外し動画画面から電話画面へ。
警察に通報を――。
「ああ、待ってください!今日は『ゴールデンギター』さんについて語りたかっただけなのです!」
「……はぁ?」
どういう事だ?
疑問符を浮かべて胡乱気な目を向けるが、彼女は胸の前で懇願する様に指を組んでいた。
くっ、腕がシスター服に包まれたオッパイに埋もれかけている!そんな色仕掛けには屈しないぞ!
なのに視線が逸らせない。まさか、異能!?
……すみません、ただの本能です。
「私も彼女の大ファンでして、よろしければお話ししませんか?」
「………」
どうしよう。これがまた『百合女神』なる宗教の勧誘であれば誘惑を振り切って通報できたのだが、言っているのはただのアーティスト談義。
ここで通報するのは、少し違う気がする。
「……まあ、それでしたら」
「ああ、よかった!話を聞いてくれるのですね、シルバー!」
「いえシルバーでは……何でもないです」
本名知られたくないし、もうそれでいいかぁ。
「『ゴールデンギター』さんは三年前から『歌ってみた』動画をあげる投稿者。シルバーは『神代回帰』の前と後の動画、どちらが好きですか?」
「……まあ、強いて言うなら前の歌が好きですが」
その時期を名指しすると言う事は。
「おお!貴方もですか!流石は同士!『ゴールデンギター』……彼女は将来プロデビューを目指す中学生であったらしく、動画の投稿はその足掛かりだったらしいのです」
「はあ……」
……そんな情報どっかに書いてあったっけ?
まあ自分も全部の動画見たわけでもないし、知らないだけか。
「また、動画の広告収入も家計の足しにしたかったのでしょうね……お父上を亡くされた彼女の家は、少々苦しい様子でしたから」
「んん?」
いや、そんな事まで書くか?
「しかし覚醒者となったため、広告収入の関係はやめてしまった様ですね。万が一にも、覚醒者としての力が歌に影響を与えているのだとしたら、洗脳めいていて嫌だと」
「ああ、やっぱり覚醒してたんですね。あの人」
「その分苦しくなってしまう家の生活を助ける為、冒険者としてデビュー……それでも夢は捨てきれないのか、今も投稿だけは続けているのです……」
やっぱおかしいよな。流石にそういうのは書いてないはずだし。ブログとかの方に書いているのか……?
わからん。SNSの類は友達のグループチャットぐらいしかやっていないので。
「それを支える幼馴染の『伊藤胡桃』さんとの友情!歌手としてのデビューを諦めたと言いながら未練を残す彼女を!同じ冒険者となってまで傍にいるその姿勢!これは百合としか言いようがありません!!」
「ちょっと待って」
「あの二人の間には友情を超えた絆があります!動画の撮影をしている胡桃さんの手の汗が、画面越しにも伝わってくるよう!今はまだ『その先』には行っていませんが、しかし近いうちにこの二人はその思いに自覚する事でしょう!」
「その情報、どうやって入手しました?」
「まさしく、愛!!」
「変質者が愛を語るんじゃねぇ」
なんか物凄くキラキラとした目で虚空を見ていたかと思えば、花園加恋がこちらに手を差し伸べてきた。
「こうしてはいられません。二人の結婚式場を用意しなければ!しかも二人の周囲はこれだけでは……見逃せませんね、シルバー・リリィ!」
「見逃せないのは貴女の犯罪行為かなって」
お前それ特定班とかそういうの超えてんだろ、絶対。
そっと『110』と押そうとしたこちらに、流石にやばいと思ったのか花園加恋が冷や汗を流しながら両手を押し出してくる。
「お、落ち着いてくださいシルバー。現在、私たちの間には誤解があります」
「正しく分かり合えた時がある様な言い方はやめて頂きたい」
「まず、この情報を公開したのは貴方にだけです。他の同士やファンには語っていません。個人情報ですから」
「いや、そもそもなんでそれを貴女が知っているんですか」
「何やら遠方に行くという同士から聞かせてもらいました!」
つまり、犯人はその同士とやらか。
「彼は非常にいい耳を持っていました。どこかから色々な情報を持ってきてくれましたから……随分と濁った眼をしていましたが、今はどうしているのでしょう……」
「……ちなみに、その人の名前ってわかります?」
「さあ。いつもペンネームなのか、偽名を名乗っていましたから」
ペンネームねぇ……随分と後ろ暗い奴らしい。
「とりあえず、知り合いの公務員さんに電話するので、その人について教えてください。流石に見過ごすのもアレなので」
「あらまぁ」
世の中、マナーのなっていないファンというのは五万といる。だが実際にそういう情報まで集めている奴の存在を聞いては、なぁ。一ファンとして、見過ごせない。
とりあえず東郷さんに連絡して、また警察の方に話を繋げてもらうか。自分からだと、正直上手く説明できる気がしない。
『はい、こちら東郷』
ワンコールで出てきた彼に驚き、一瞬どもる。
「あ、お、大川です。すみません、また花園加恋さんが現れまして……」
『……そうか。どういう状況かな?必要なら近くの警察署に連絡するけど』
「あ、いえ。彼女に危害を加えられたわけではなく、不審な行動をするお知り合いがいると聞きまして」
『それは……穏やかな話じゃないね』
「はい。そうなんですよ」
電話越しに頷き、花園加恋の方へと視線を向ける。
「だから彼女から話……いねぇ!?」
いつの間にか、シスター服の変質者は姿を消していた。どうも自分がスマホを操作していた数秒の間に、音もなく走り去ったらしい。
油断し過ぎた。自分への攻撃なら魔眼が反応するからと、『逃亡』の二文字を失念するとは。
「すみません、どっかに行ってしまいました」
『いや、安心してくれ。前に勧誘を注意した時、担当の警察官が彼女の電話番号を知っていたはずだ。そちらから電話してみるよ』
「よろしくお願いします」
『その『不審な知り合い』とやらについてもこちらで調べるから、君は気にしなくていい。せっかくの休日だろう?』
「あー……すみませ、お言葉に甘えさせて頂きます」
正直、正義感で動いたものの面倒なのも事実。何が悲しくて休みの日を不審者と非マナーな輩に費やさないといけないのか。
役所で対応してくれるのならお任せしたい。少し申し訳ないけど。
「すみません、土曜日に電話したあげくこんな事……」
『いいや、君が気に病むことはないよ。元々、京太朗君には関係のない事が向こうから跳び込んで来た形だからね。こういうのは大人に任せて、君は高校生らしく青春を楽しみなさい。では、またね』
「あ、はい。また。失礼します」
通話が終わり、ほっと一息。
やっぱ東郷さん頼りになるわ~……けど流石に頼りっぱなしというのも、なぁ。
今度菓子折りの一つでも用意した方がいいかもしれない。
「お待たせ、京太朗……どうした?」
「お、魚山君おっす」
ちょうど来たらしい魚山君に軽く手をあげて返す。
「って、随分大荷物じゃん」
「ああ。今回の依頼に必要な物が入っているからな」
大きな布に覆われた、タワーシールドと思しき物。それとは別に登山用のリュックまで背負った彼を、思わず二度見する。
「絶対に失敗できない。頼んだぞ、京太朗」
「お、おう」
やけに強い気迫に顔が引きつる。いつになく『マジ』だ。
「さあ行こう。『戦場』が僕たちを待っている……!」
そう言ってバス停に向かう彼の背は、期待と不安に満ち溢れ、正しく冒険者の背中だった。
魚山君にとって、この探索こそが『はじめての冒険』となるのだろう。力強く大地を踏みしめる彼の姿に、こう思う。
その決意、もっとカッコイイ場面でしてほしかったな……。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.魔眼が発動したって事は攻撃されたの?
A.元々あの魔眼、鳥の糞でも反応するので。『明確に不利益になる』事ならだいたい発動します。
今回は『本気で掴まれたら振りほどけない力の不審者』だったから発動した感じですね。
Q.花園加恋に個人情報もらした奴って?
A.以前出てきた公安のルーキーです。東郷さんと話した後、自分なりに覚醒者に歩み寄ろうとした結果……飲まれて、しまいましたね。
青年が花園に吐いた事を吐かせた東郷さんは一人でこっそりトイレで吐きました。後の事は東郷さんが上手くやってくれる事でしょう。たぶん。メイビー。




