第二話 変わった世界の実感は
第二話 変わった世界の実感は
サイド 大川 京太朗
「本当に学校に行くの?今日ぐらいは休んだ方が……」
「いや、体調は本当に大丈夫だから」
翌朝、心配する母さんに見送られながら中学に向かう。
本音を言えば休みたかった。具合が悪いわけではない、というか、むしろいつもとは比べ物にならないぐらい調子がいい気がする。上手く言葉にできないが、体が軽いのだ。重力が減ったようにすら感じる。
そんな状態なのに、親の心配を利用してずる休みというのも申し訳ない気がする。いや、ステータスやら何やらと体に変化はあるからずる休みでもないのか?けどなぁ……。
体は万全なのに精神はモヤッとしている。
そうしてちょっとぼんやりしながら歩いていると、唐突に、一瞬だけ何かを幻視した。自分の頭に白い何かが、って!?
「はぁ!?」
慌てて横に飛び退くと、自分の斜め前……あのまま歩いていたら通っただろう箇所にカラスの糞が落ちてきたのだ。
特に鳴き声もなく飛び去って行くカラスを見送り、軽く目元をこする。今、たしかに自分の頭に糞が落ちたのが……。
「未来視……?」
ステータスに書かれていた異能とやら。その一つがそんな事を書いていた気がする。
「マジかぁ……マジかぁ……」
とりあえず車道に出てしまっていたので、歩道の白線の内側に戻りながら呟く。なんか、思わぬ所で自分が『覚醒者』であるという実感を覚えてしまった。
いや、『守護精霊』とかステータスとかもあったけど、こう……なんか『ザ・自分の力』的な?
けどそれを実感したタイミング、鳥の糞か……もっと劇的なタイミングがよかったかもしれない。まあ頭に爆撃が直撃するよりはマシだけど。
……守護精霊と言えば、結局名前を聞けてなかったな。あの銀髪の美少女。
つらつらとそんな事を考えていると、学校に到着した。
いつもと同じ校門に、同じ廊下。しかし、道行く生徒達の様子はやっぱり色々と違う様で、皆なんとなく浮足立っている感じがした。たぶん、自分も傍から見たらそうなんだと思う。
そうして何事もなく自分の教室、『2年A組』につき、小声で『おはよう』と言ってから入る。まあ、当然ながら特に返事はないし、あってもビビるけど。
やはりというか、いつもより賑やかな教室。聞こえてくる言葉は『異能』や『覚醒者』等々。
そんな中、友人の熊井信夫君が席でぼうっとしているのを見つけた。一端自分の席に荷物を置いて、彼の所に向かう。
「おはよう」
「オ゛ッ。おはよう」
「なに今の声」
なんか物凄く汚い声が出ていたが、いったいどうしたのか。
咄嗟に変な視線が向けられていないか周囲を軽く見回すが、誰もこちらを気にしていない様だ。ホッと安心する。
「わ、悪い。ちょっと考え事しててな」
「まあ、昨日あんな事あったしなぁ」
「だよな。あの爺さん本当に謎だよな」
「それな。というか謎しかないわ」
二人して頷き合っていると、こちらに近づいてくる生徒がいた。
もう一人の友人、魚山健吾君。なお、熊井君が老け顔のっぽで魚山君が眼鏡な感じだ。三人そろってモブっぽい顔である。
「おはよう」
「「おはよう」」
どこか心ここにあらずと言った様子の魚山君に返事をすると、彼はそのまま自分の席に荷物を置きに行こうとする。
その時だった。
「なあ、この中に『覚醒者』っているぅ!?」
「「「!?」」」
びくりと、自分の肩が跳ねたのがわかる。やばい、我ながらわかり易い反応を……!
冷や汗を流し、一瞬だけ声のした方向を見る。そこにはクラスのAグループ。そのお調子者枠な奴が教室中を見回している所だった。
すぐに顔を伏せて視線を合わせないようにする。
もしも……もしも自分が覚醒者であるとバレたとして。そうなったらどういう視線が向けられるだろうか。
自分みたいな日陰者が、他者が持っていない力を持っていたとして。どういう風に思われるか。正直その先は考えたくない。
教室内でお互いに『覚醒者』か確認する声がいくつか聞こえてきて、その中で一際通る声が響く。
「俺、覚醒者だぜ」
「え、マジで!?」
視線を向ければ、それは例のお調子者と同じAグループの奴だった。たしか、佐藤だっけ?サッカー部の。
大げさなまでに反応するお調子者の姿に、ああそういう流れかと納得する。
教室中の視線が集まる中、佐藤が右手の人差し指をたてた。
「『アイス』」
「「「おおっ!?」」」
その指先に、ピンポン玉大の氷が出現する。それに驚きの声が教室中から聞こえてきた。自分も例外ではない。
「すっげ、え、それが魔法ってやつ!?」
「ああ。ま、本気なら人間大の出せるけど、教室じゃ邪魔だろ?」
演技ではない様子で佐藤を凝視するお調子者に、彼はゆっくりと頷いて答える。たぶん、本人はニヒルに笑っているつもりなんだろうけど、小鼻がひくひくと動いていた。
教室中から、『すげぇ』や『どうやってるの!?』という声が次々出てくる。それに合わせて、慌てて自分も「凄い」と言っておく。誰も自分なんて気にしていないとは思うけど、それでもこういう時何も言わないでいると目を付けられる。
更に笑みを深める佐藤をよそに、隣の熊井君や魚山君が視線を彷徨わせている事に気づいた。
明らかに様子がおかしい。だが、二人もこっちに対して疑わし気な目を向けてきた。
もしかしたら、自分も同じような様子なのかもしれない。微妙な空気が三人の間に流れる。
「おーい、全員一度席につけー」
そうこうしていると、教室の前の扉から先生が入って来た。
「十分後に体育館で全校集会があるから、そのつもりでいろよー」
不満の声だったり疑問の声だったりが出たが、それを気にしている余裕はない。
もしかして………?
* * *
いつもと違い午前中だけで学校は終わり、帰り道。全校集会で校長の話とか色々あったけど、正直よく覚えていない。
途中までは同じ道のりなので三人で歩いていく。校門から出て行く生徒達は、やはりというかそれぞれ昨日の事というか、『覚醒者』について話しているようだ。
もうすぐ分かれ道という所で、不思議と会話がなかったところに魚山君が声をあげる。
「あ、あのさ。ちょっと寄り道しない?」
「え、どこに?」
「あーっと……神社の裏にある公園、とか?」
ぎこちなく返した自分に、魚山君が提示した場所。
この辺で神社に公園と言ったら、あの場所だろう。人通りが少なく、碌に手入れもされていない所だ。神社と言っても人が集まるのは年末年始と、一年に一回のお祭りぐらい。神主さんも余所の神社から偶にくるだけだとか。
一応夕方とかに当番制で町内会の人がくるとか聞いたけど、この時間帯なら誰もいないだろう。
子供は危ないから近寄るなと、よく大人達が言っている場所だ。自分達も基本的には立ち寄らない。
だけど。
「い、行ってもいいんじゃね?」
「だよね」
熊井君が頷き、自分も続く。
たぶん、そこに行こうと思った理由は全員同じだろうから。
十分程また無言で歩いて行き、目的の場所へと到着する。前に来た時よりも遊具が減った……というか、ベンチと小さい砂場しかなくなったせいで広々と感じる公園。
周囲の雑木林も相まって、どこか薄暗い印象がある。夜になったら本当に真っ暗になるだろうし、教師が近寄るなと言うのも納得だ。
だが、今はそんな事は気にならないし、むしろ人が寄り付かないのは好都合である。
「お前らさ、教室で覚醒者かって聞かれた時、ちょっと変な反応していたよな」
そう切り出したのは熊井君だった。その頬には汗が伝っている。きっと、それは疲れとかそういうのじゃない。
「そういう熊井君だって、露骨に目を逸らしていたじゃん」
「……全員、事情は同じなんじゃない?」
三人で頷き合い、ほぼ同時にそれぞれの体が一瞬だけ光に包まれる。
感覚は既に覚えた。例の少女に教えられた様に、ただ姿を思い浮かべて念じるだけ。それだけで、まるで手足を動かす様に自然と魔力が流れていく。
光が消えた頃には、それぞれの服装が変わっていた。
熊井君は黒い柔道着みたいな物を身に纏い、頭には赤い鉢巻。腕には同色のフィンガーグローブ。足元は時代劇でしか見ない草履が履かれている。
魚山君は全身をすっぽりと黒いローブで覆っていた。フードも目深にかぶられており、眼鏡が光に反射してキラリと光る。手に握っている長い杖もあって漫画に出てくる魔法使いそのものだ。
そして自分。バケツみたいな兜に、下に鎖帷子を仕込んだ黒のサーコート。胸の前を通る様にして分厚いベルトがあり、それによって背中に固定された『ツヴァイヘンダー』。鋼の籠手に分厚いブーツ。腰の方のベルトにはダガーも吊るされている。
なんというか、三人そろって色々と黒い。ついでになんか地味。
だが、僕たちの顔には喜色が浮かんでいた。興奮で口元が緩む。
「やっぱお前らも覚醒者だったのかよ!」
「よかったよ、これで違っていたら気まずいってもんじゃないし」
「いやというかなんで柔道着?あと魚山君魔法使えたりしない?」
口々に好き勝手言い合う。緊張の糸が緩んだのだ。
なんだかんだテレビやネットで自分以外の覚醒者の姿を見ていたし、今朝だって佐藤が魔法を使う所を見ている。けれども、どれもどこか遠い所のお話にしか思えなかったのだ。
それが、こうして身近な人が同じ状況にあるとわかると、こうも安心感がうまれるものなのか。
「ああ。実は魔法が使える」
「マジかよ!」
眼鏡の位置を直しながら魚山君が笑い、熊井君が目を見開く。
「見てろよ、『ウォーターウォール』!」
彼がそう言って杖を掲げると、目の前に高さ二メートル、幅一メートルぐらいの水で出来た壁が出現した。
「おー!すっげぇ!」
「それどうやってんだよ!なんだこれぇ!」
熊井君と二人壁の周りをぐるぐるとし、それを見て魚山君が大きく胸を張った。
「どうよ、凄いだろう」
「マジで魔法使えるのかー。俺そういうの全然ないんだよ。確かに小六まで空手やってたけど、まさかこういうのまでとかさぁ」
あ、それ柔道着じゃなくって空手のやつなんだ。見分けつかんけど。
「京太朗はそういうのねえの?こう、魔法とか」
「けど見た目的に京太朗は戦士って感じじゃない?こう、ゲームに出てくる兵士B」
「せめてAにしろよ魔法使いC」
確かにモブキャラっぽい自覚はあるけども。それを言ったら三人そろってモブだよどう見ても。
「だけどまあ、魔法じゃないけど守護精霊を呼び出せたりはする」
「「マジで!?」」
二人の声がハモる。そのリアクションにちょっと気を大きくしながら、例の少女を呼ぶことにした。
「で、出てきてくださーい……」
「なんで小声?」
「おい、なんか呼び方が幽霊とかそういうのに対してなんだけど」
うるせー僕だってよくわかっていなくって怖いんだよ。察しろ。
「はーい!」
元気な声と共に現れる、銀髪の少女。緩い三つ編みとミニスカートを揺らし、笑顔をこちらに向けてくる。
「なんのご用でしょうか主様。どうぞこの身になんなりと」
「「おー」」
驚きとも感嘆ともとれる声を出す二人。彼らをよそに、彼女はこちらの言葉を待っている様子で笑みを浮かべたままだ。
「えっと。こちらが僕の守護精霊なんだけど……名前って、聞いてもいい感じ?」
「いや今更名前かよ」
「普通最初に聞いておくべきでは?」
「うっさいなタイミングがなかったんだよ!」
外野に言い返し、少女に視線を戻した。しかし、彼女は眉を八の字にして困った様な笑みを浮かべている。
「申し訳ありません。私にはまだ名前がありません。主様が付けてくださいませんか?」
「え?名前、ないの?」
「はい。守護精霊は貴方の一部であり、強いて名乗るなら京太朗様自身となります。内臓に器官としての名前はあっても、個体名を表すものがない様に。私にも名乗るべき名前がないのです」
「あー……」
そう言えば、そんな事がネットにも書いてあったような。
「ほれ早くつけてやれよ京太ろー」
「名づけすらしてなかったとか魔法使い的にひくわー」
「ぬぅ……」
とりあえず急かしてくる二人を無視し、少女を見つめる。
突然名前を付けろと言われても、どうしたものか。なんにも浮かばない。ゲームとかでもキャラクターに名前を付ける時悩むタイプだ。それが、現実となると余計に困る。
その時、風で彼女の綺麗な銀髪がふわりと揺れる。キラキラと日の光を反射し、どこか幻想的な印象を覚えた。
光……レイ……。
「レイラ、さん、とか……?」
「はい!今後はレイラと名乗らせて頂きます!」
ニッコリと弾ける様な笑顔を浮かべる少女、改めレイラさん。
かわいい。
「ちなみに名前の由来は?」
「いや、こう……フィーリングで」
「かっー。そこはもっとこう、捻り出せよ。アイデアを」
「無茶言うなよ本当に」
ウザい絡み方してくる熊井君に辟易としているのをよそに、魚山君がレイラさんを不思議そうに見つめていた。
「なんというか。魔法の知識が何故か頭に流れ込んでいるんだけどさ。守護精霊って本人の魂の一部切り離して形をとるんじゃん」
「うん。まあそうらしい」
「え?それ大丈夫なのかよ」
「そこは、まあ。たぶん?」
「たぶんって……」
少し呆れた様な、心配を滲ませる熊井君。その横で魚山君が首を傾げた。
「京太朗に似ても似つかなくね?どうしてこんなモブ川モブ太郎から美少女が?」
「人の事を言えた顔かモブ山モブ吾」
「へっ、落ち着けよモブ二人」
「黙れ老け顔」
「顔面年齢五十二歳」
「酷くね?それは酷くね?」
そうして馬鹿どもと戯れていると、レイラさんが笑顔のままこちらを見ているのに気づく。
まずい。ついついいつものノリで、こう。他の誰かがいる状況に慣れていないから、距離感がわからない。
一瞬こちら三人に気まずい空気が流れるが、彼女は気にしていない様子で口を開いた。
「私と主様が似ていないのは当然です。守護精霊は基本的に、主が『傍にいてほしい』存在の姿を取りますから。主様の理想は美しい異性だった事になります」
「やめて」
恥ずかしい。そりゃあ美少女で巨乳とか好みドンピシャだったけども。
「なん、だと……!?」
「それは本当かい!?」
人の性癖が暴露されたのを聞き返すな、頼むから。
そう言おうかと思ったが、熊井君も魚山君も鬼気迫る勢いである。まあ、自分好みの美少女が出せるってなったら男子中学生がこうなるのも無理もない……かな?
いや、普通はもうちょっと取り繕わない?必死過ぎない?
「はい。そのようになっております」
「うおおおおおおおおおおお!出ろ、出てくれ俺の守護精霊!!」
「くそ!くそぅ!!肝心の守護精霊を作る知識だけ全然出てこない!!」
虚空に向かって何かを念じる様に手を伸ばす熊井君。頭を抱えてブツブツ呟く魚山君。
なんだろう、こう。人が欲しいものを持っている事に優越感もあるけど、それ以上に二人の必死さがなんか怖い。
ま、まあ。先にも言った通り男子中学生なんてこんなもんである。自分だって隣にレイラさんがいるだけで少しドキドキするし。
二人ともそれぞれ性欲に狂ってもおかしくは―――。
「筋肉こい!もりもりマッチョな女の子こい!腹筋6LDKな子こい!」
「触手ぅ!僕の身をつつみ込んでねちょねちょにしてくれる触手ぅ!かもーん!!」
「なんて?」
聞き間違えだろうか。なんかとんでもない要望が二人の口から溢れている気がする。
いや、まだ熊井君の方はいいんだよ。ちょっとビビったけど問題ないんだよ。
魚山君今なんつった?ねえ今なんつった?前から触手物のエロ本持っているのは知っていたけど、する側でも見る側でもないの?される側視点なの?
「胸筋が俺の二倍ぐらいある子出て来てくれ!二の腕が俺の首ぐらいあってくれぇ!」
「僕の『ピー』に二本で『ピー』して『ピー』して前の方も『ピー』に入ってきてくれる触手ぅ!!」
「 」
その日……世界が変わり始め、けれどどこか実感を持てなかった、今日と言う日に。
僕は友人達の性癖を知った。
いや知りたくなかったわそんなん。
* * *
夜、自室のベッドに寝転がりながらスマホを眺め自分の固有異能について考える。
どうにも、持っている人が少ないからか固有異能については全然情報が集まらない。そのうえ『固有』と銘打っているだけあってか、巨人化する人やら艦隊を召喚する人やら、嘘か真かどちらにせよ参考にならない。
……ものは試し、発動してみるか?
なんか説明文的に常時発動型っぽい気もするが、任意で外部にも出力できるっぽい。
家だし、万が一倒れても親が病院に運んでくれる……よな?もうすぐ晩御飯の時間だし、呼んでも来なければ母さんが様子を見に来るだろう。
少しだけ迷って、好奇心が勝つ。感覚は、何故か誰にも教えられていないのに理解していた。人が生まれながらに呼吸が出来る様に、当たり前の機能とでも言うかのように。
目を閉じて両手を胸の前に、皿を作る様にして揃える。そのまま集中し、そこに林檎が落ちてくる様をイメージした。
瞬間、体からどっと何かが抜けていく感覚。体力だけじゃない。これは、『魔力』?
スキルの影響か、感知できるようになったそれが流れていくのを感じる。その向かう先は、掌の上。
魔力と体力がゴッソリと削れた感覚を味わった後、ゆっくりと目を開けた。
「おおぅ」
変な声が出た。
両手の掌の上に、白銀の林檎が乗っているのだ。感触は少し硬めだけど普通の林檎と変わらない。ただ、少し匂いが強い気がする。
だがそれら以上に気になるのはその色だ。まるで最高品質の銀であるかのように、蛍光灯の明かりに照らされたそれは美しい。
それはそれとして、林檎として食欲がわくかと言われたら断じてNOである。美しいからと銀食器を食べたいと思う人がこの世にどれだけいると言うのか。
匂いも持った感触も普通の林檎と特筆して変わった点はないが、ひたすらに色が悪い。皮をむいたら美味しそうだったりしない……?
これ、不老とか回復とか以前に食べていいやつなのか不安になるな。
というか、なんか変なオーラ出てない?
「京太朗ー、ご飯よー」
「あ、はーい。今行くー」
とりあえず返事したが、林檎をどうしようかと迷う。
なんとなく魔力が出ている気がするし……一応、部屋に置いていこう。そう思い、机の上ティッシュを敷いてその上に置き台所へ向かった。
「ご飯よそってくれるー?」
「うん。ん?父さんまだ帰ってないんだ?」
「昨日早く帰ったから、今日は遅くなるみたい。先に食べていてって」
「あー……」
それ、僕のせいだよな。ちょっと罪悪感。
帰ってきたらお礼とか言わないとなーと思いつつ、茶碗にご飯をよそったりお茶をついだりして晩御飯の準備を終えていく。
「「頂きます」」
手を合わせてお茶を一口飲んでから箸をとる。
いつも通りの流れと、いつも通りの光景。
けれど、BGM代わりに流していたテレビからいつもとは違う言葉が聞こえてきた。
『え?あっ……速報です。アメリカで〈ダンジョン〉と呼ばれる物が発見されました』
「は?」
生姜焼きに伸ばしていた箸が止まる。今、なんて?
母さんと二人、呆然とテレビを眺める。よく見ているバラエティー番組は、今日だけ昨日の一件について色んな専門家が考察を述べるものになっていた。けれど生物学とか神話学とかの専門家さんもこの事態に対して明確な意見はないそうで、特に意味はないと聞き流していた。
だが、先ほどの言葉は不思議と耳の奥に響いたのだ。画面を注視していると、司会をしている局アナの男性が真面目な様子ながらも、困惑を隠しきれない顔でスタッフから渡された紙を読んでいた。
『普段見慣れない扉には近づかないでください。ダンジョンと呼ばれる謎の空間に取り込まれる可能性があります。繰り返しお伝えします。普段見慣れない扉には――』
テレビの向こう側でも出演者たちがざわついている。『ダンジョンってなんだ』とか『見慣れない扉ってどういう事だ』とか。
「マジかぁ」
思わずそんな気の抜けた声が出る。
世界の変化が、少しだけ表に出始めた瞬間だった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.自分ヒロインとかマジ?
A.その発想はなかった!いや本当に。
もしも期待して頂いた方がいたら申し訳ありませんが、レイラと京太朗は見た目や性別だけでなく人格面でもかなり違いますので、同一人物感は皆無だと思います。
Q.主人公、顔がほぼT字で構成されているってどうい事?
A.目や鼻の形がデフォルメすると『T』って感じです。モブらしい凄く簡単な顔を想像して頂ければ問題ありません。