第十七話 初めての魔法
第十七話 初めての魔法
サイド 大川 京太朗
『ご覧ください!京都には今、覚醒者になる為に多くの観光客が――』
『京都と奈良。ここが今の所日本で一番ダンジョンの発生が少なく――』
『ネットでこのお寺で修行すると覚醒者になれるって聞いて来たんですけど、修行が十年ぐらい必要って話でびっくりして――」
『覚醒者になるという事の意味を今一度考えた方がいい!そもそも人体に対する影響が――』
『続出する覚醒者による凶悪犯罪について犯罪心理学の専門家は米国の銃乱射事件との類似点を――』
『覚醒者を危険視しながら、しかし覚醒者になる事を望む。これは武器を持つ事への――』
『覚醒者を警察に採用するのは、過剰なんじゃないか?犯人逮捕の時に過剰な暴力を与える場合がある。それについて総理は――』
『有川ダンジョン対策大臣が冒険者の減税案と自衛隊、警察の装備についての一新を国会で求めた事で物議を――』
何の気なしにつけてみたテレビで、そんな感じの番組がやっている。
あ、今京都の映像でクラスメイトっぽい人いた。名前思い出せないけど。
それにしても、やっぱり何だかんだ覚醒者になりたいって人は多いらしい。けど、同じぐらい覚醒者を危険視する声もある。
専門家さん曰く、『銃を持って銃を持つ犯罪者に対応したい』という心理に近いそうな。まあ、言いたい事はわかる。
例えばの話だが、催眠系の異能もちがいたとする。が、そういう精神干渉系の能力は固有異能などの例外を除いて基本的に覚醒者やモンスターに大した効果を持たない。せいぜい数秒気を逸らせる程度。
だが、非覚醒者は違う。この前、詐欺グループの一人がそういう異能持ちで、三十人以上の老人からその異能でもって合計三億円ものお金を差し出させたとか。
その犯人は催眠しようとした老人が偶然にも覚醒者で、戦闘になっていた所を同じく覚醒者だったお孫さんが加勢して逮捕となったらしい。
催眠系の異能で窃盗や詐欺、強制猥褻などの事件は既に五十件以上あがっているそうな。たぶん、明るみになっていないだけで実際の数はもっと多いのだろう。
他にも、単純に『モンスター対策』というのもあるらしい。
ダンジョンの氾濫は大まかに分けて三段階。
第一段階。ダンジョン内のモンスターが異様な密度となり、間引きが困難になる。
第二段階。溢れたモンスターが一部ダンジョンの外へ出て、人を襲い始める。
第三段階。黒い天蓋がダンジョンを中心に出現し、周囲をダンジョンの一部として浸食し始める。
これらを経て、新宿のそれみたいにダンジョンは巨大化するのだそうだ。ちなみに、アレのせいで現在東京は土地の値段が三年前の半分ぐらいにまで下がっているとか。
で、その第二段階の所で出現するモンスターは、ダンジョン外だけあって非覚醒者にはその姿を認識する事も、攻撃する事も出来ない。頑丈な建物に入っても通り抜けられるから意味をなさないおまけつき。
これの対策として、覚醒者となり自衛能力が欲しいのだとか。『結界』つきの家やマンションも売られているらしいが……なんか、普通の三倍くらいに値上げされているとか。結界とかの施工も高額だし、詐欺も多いらしい。
有川大臣が覚醒者推進事業とか、ダンジョン氾濫時の避難所を作るとか言っているが……。
『そんな予算がどこにあると言うんだ!言えば出てくるもんじゃないんだぞ!増税なんて考えているんじゃぁないだろうな!』
『そもそも冒険者制度自体、必要でしょうか?自衛隊や警察内部の覚醒者数を明らかにされていない事について説明を――』
『ダンジョン内で冒険者が手に入れたドロップ品を個々人の物とした事はあまりにも危機意識欠けて――』
『やーめーろー!やーめーろー!ばーいーこーくーどー!!』
なんか、物凄い勢いで野党から批判の雨を受けていた。
それでものらりくらりと不敵な笑みで受け流し、野次をガン無視して理詰めで自分の意見を通しに向かう姿は凄いと思うが、逆風なのは変わりない。着実に彼の案は動いているらしいが、それでも年内にやるには厳しいそうな。
よくわからないけど頑張れ有川大臣。相変わらず胡散臭いけど。ぶっちゃけ『本当に人間かな』と疑いたくなるぐらい胡散臭いけど。
マイクを使って発言しているのに野次で声を全部かき消されている有川大臣に心の中で小さくエールを送った後、撮り溜めたアニメでも見ようとリモコンを手に取る。
「ん?」
ふと、画面にチラリと赤い物が映る。
妙に気になって眺めていると、ヤジを飛ばしている議員の一人が襟に小さな赤い汚れを付けているのが見てとれた。
と言っても映っていたのはほんの数秒。画面の端にチラッとだけだし、魔眼持ち動体視力だから気づけただけ。
そもそも、何故か気になりはしたが……国会議員だって昼飯ぐらい食べるだろう。
ケチャップか何かで襟が汚れたに違いない。
* * *
ゴールデンウイーク四日目。連休も折り返しとなった頃、自分はまた別のダンジョンへと向かっていた。
今回は少し遠めという事もあって電車に揺られていくのだが、ついた先は僕の町よりも田舎っぽい場所。
前に行ったスケルトンのダンジョンよりも更に人気のないここは、採掘跡地だったらしい。それが今はダンジョンが出現している。
ストアの人達も大変だなと思いながら、ゲートを潜り内部へ。
Dランクダンジョン。通称、『アリの迷宮』。
その名の通り、アリの巣めいたダンジョンである。だがそのサイズは部屋一つが小さめの体育館ほどもあり、ここに住むアリの異様さを告げてきていた。
更には奇妙な事に、天井や壁に奇妙な苔がある。ヒカリゴケ……ではない。もっと別の何かだ。そもそもヒカリゴケってこんな光らないらしいし。光を集めるとかなんとか。
レイラを傍に召喚し、剣を構える。そして、彼女の手には二本の杖が握られていた。
彼女が手ずから作り、なおかつメインの材料が僕由来だからこそ一緒に格納し取り出せるそれら。片方は、普段使っている一メートルほどの杖。
だがもう一方。こちらは今回が初となる、タクト型の杖。柄頭に取り付けられた赤い石が、ダンジョンの明かりに照らされている。
「じゃあ、行こう。事前に決めた通りに」
「はい!」
このダンジョンもまた、一人で剣を振り回す分にはそれほど問題のない広さをしている。更に言えば不思議な苔のおかげで光源も確保されているから、比較的戦い易いダンジョンだ。
それでも、油断はできないのがダンジョンという場所である。
「っと」
何もない部屋で踏み出した数歩。だが、右足が地面に触れた瞬間に魔眼が発動し、慌てて引っ込める。
ほぼ同時、地面を突き破って黒い何かが出てきた。それはとらばさみの様に閉まり、あと半瞬足を引くのが遅かったら挟まれていただろう。
「よい、しょっ!」
閉じられたそれを左手で掴み、一気に引き抜く。ズボリと砂をまき散らしながら放り投げられたのは、黒光りするアリのモンスター。
名は、『ミュルミドン』。どっかの神話に出てくる人の姿に化けたアリの兵士だそうだ。
しかし、数メートル先に着地したそれはどう見てもアリだ。二、三メートルはあろう巨体を丸めて人の様に前足二本をフリーにし、こちらを威嚇しているのか歯をガチガチと合わせている姿は、超常のそれだが。
そいつは尻の先から一本の槍を取り出すと、前足で構えて僕に向けてくる。あれ、どうやってしまっているのだろうか。
まあいい。こちらも両手で剣を構えて迎撃の体勢をとり、睨み合う。
本番はこれからだ。じりじりと、相手との距離をはかる。
「『ファイヤーボール』」
『ギィ!?』
そう、本番――テストである。
ミュルミドンの頭部をバスケットボール大の火球が襲う。見事直撃したそれは粘性の油でもかけたかの様に奴の頭に纏わりつき、甲殻を焼いていた。
異臭を感じながら、藻掻き暴れるミュルミドンを警戒し続ける。それから数秒ほどで奴は動かなくなり、粒子となって消えていった。
周囲にも他にモンスターはいない事を確認し、ホッと一息。
「杖は問題なさそう?」
「はい!無事に出来上がっていた様で何よりです!」
レイラが左手に掲げるタクト。それは取り付けられた赤い石からわかる通り、サラマンダーの魔石から作った魔道具である。
曰く、『赤魔法』……炎を扱う魔法を誰でも扱える杖なのだとか。誰でもと言っても、最低でも己の魔力を把握できる人じゃなきゃ無理だが。
ちなみに、赤魔法以外にも水の『青魔法』。風の『緑魔法』。土の『黄魔法』。それら四種に属さない光の『白魔法』と闇の『黒魔法』がある。
話を戻すが、レイラは自然魔法の使い手。本来ならこういった場所では地面を操るだけだが、この杖を使えば炎を出せる。これで戦える場所は大きく広がるのだ。
「ですが……やはりそこまでの威力はありませんね。想定内ではありますが」
「それでも、できる事の幅が増えるのはありがたいよ」
少し困った様に笑うレイラに、首を小さく横に振る。確かに今の威力はテレビで見る火炎瓶より少し強いぐらいだったけど、そんな単純な事でもないだろう。
極端な話、水辺だと水の魔法しか使えない彼女がそれ以外の攻撃手段をもつのはきっと大きな意味を持つと思う。具体的にどこがどうとは、流石にわからないけど。
それはそれとして。
「僕も使っていい?魔法ってどんな感じ?」
実は魔法というものに滅茶苦茶憧れていたりする。レイラや魚山君が魔法を使う度にいいなあ、カッコイイなぁと思っていたのだ。
「はい。杖の魔石に魔力を通して、杖先で形をなしてみてください」
ドキドキしながらタクトを受け取る。
杖先を少し離れた壁に向け、意識を集中。自分の魔力の流れを意識し、彼女の言う通り流し込む。
「そうそう、上手ですよ主様!」
まだこれでは不十分……練り上げ、形に。
そして、最後は『言霊』を紡げば……!
「『ファイヤーボール』!」
火球が発射され、壁に着弾。ボンッという破裂音をあげて飛び散り、周囲に炎をまき散らした。
「お、おおお……!」
感動……!圧倒的感動……!
すげぇ、僕杖から炎出しちゃったよ。魔法だよ魔法。マジかぁ……マジかぁ……。
「凄いですよ主様!うますぎます!以前どこかでやっておられましたか!?」
「……あの、お世辞がちょっとわざとらし過ぎて……」
「申し訳ありません」
まあ、それでも嬉しいものは嬉しい。
初めての魔法。道具頼りとは言え、それでも胸が打ち震え感動で涙が出そうだ。兜の下では笑みと汗で凄い顔になっている自覚がある!
「よっし!このまま魔法でこのダンジョンのモンスターを全滅だ!!」
「いえ、主様は魔法を使うより斬りかかった方がお強いので、杖はお返しください」
「……はい」
ですよねー。
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