最終章 エピローグ 前
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ロキとの戦い、世間では『新宿解放作戦』と呼ばれた事件から一カ月。
自分はいつもの喫茶店に来ていた。ただし、相手は東郷さんでも緒方さんでもない。
「ほう……こういうハイカラな所に来たのは初めてかもしれませんね」
「はいから……?」
花園加恋さん。自分の知る限り最強の変態である。
なんでこの人とここにいるかと言えば、相も変わらず突然来たので立ち話もなんだから馴染の店に案内しただけだ。
一応金髪爆乳美女シスターという、世の男子高校生からしたら垂涎ものの存在なのに……悲しきかな。微塵もそういう気配はないし、自分もこの人に恋愛感情は抱けそうにない。
「さて、突然シルバーのもとへ訪れたのは他でもありません。我らが信仰する百合花についてです」
「いや別に信仰はしていませんが」
「我らが信仰している百合花についてです」
聞いちゃいねぇ。
「私は自らの未熟さを痛感しました。郡凛様と伊藤胡桃様……彼女たちの間にあんなにも障害があったなど……それに気づかず一時期はイギリスの百合カップルを鑑賞しに行こうと考えていた始末……!」
「こちら、コーヒーとオレンジジュースです」
「あ、ありがとうございます」
マスターに軽く会釈して受け取る。はて、心なしかマスターの顔色が悪いような。十一月だし、寒くなってきたせいで風邪でもひいたのだろうか。
何やら東郷さんに連絡を、とも聞こえたが……気のせいかな?
「これからはより万全な態勢で百合カップルを陰ながらお守りするためにも、百合センサーの感度を上げていく必要があるのです!」
「そっすか」
それに比べて元気だなこの人。ロキの所までホームランされるまでは死んだんじゃないかと心配したほどだが、今は五体満足で百合について熱く語っている。
何がアレって、この人自力で治したんだよな。『白魔法』が使えたとは意外である。似非シスターなのに。
「これから私は聖書に描かれし聖地を巡礼する旅に出ます。そこで心身を鍛え直し、百合ニウムの摂取に励まなければ」
聖地巡礼(オタク的な意味で)ですねわかります。あんたが持っていた聖書って百合漫画だったでしょ。
だが百合ニウムってなんだ。わからん。いやわかりたくもないけど。
「で、僕にそれを伝えに来た意味は?」
「共に参りませんか?」
「絶対に嫌です」
こっちは人類なんだよ。あんたの修行って絶対に人が経験していいもんじゃないだろ心身ともに。
しかも真面目に修行とやらをしても一切強くならずにただ性癖の布教だけされる可能性が高い。
なんでわかるんだって?ゴリラと触手メガネと残念イケメンのせいだよ。
……交友関係見直そうかなぁ。
「そうですか……残念です。本当ならチャリオットの後ろに縛って引きずって行く所ですが、貴方はともすれば私以上の百合センサーを持っているかもしれない身。ここは引き下がりましょう」
否定したいけど否定したら本当に引きずられそうなジレンマ。力のある変態って怖いね。
落ち着こう。こういう時は現実逃避に限る。
アレから一カ月。世間では本当に色々とあった。
まず新宿のダンジョンが縮小し、ある程度だが街並みが戻ってきた事。通常の拡大したダンジョンでこういう事は起きないので、ロキが色々と仕組んでいた影響かもしれないと色んな研究チームが調査に乗り出している。
で、それに便乗して有川臨時総理は政治家生命を上手い事繋げたらしい。独断で自衛隊を動かした責任やら何やら、その辺の追及は国会がナイトメアのせいで大混乱な事もあってのらりくらりと避けて今も臨時総理の地位にいる。
まあ、他の政治家たちがこの混乱期に総理の椅子を嫌がったのもあるらしいが。
ついでに、世間では覚醒者の政治家が必要ではないかとドッペルゲンガーの一件で言われ始めている。その辺も追い風になってか、あの胡散臭い笑顔は健在だ。
あと、桜井自動車の方もあれだけの戦力を出したのに通常営業を続けている。やはり戦死者ゼロが大きいのかもしれない。ほんと、よく誰も死ななかったものだ。
諸々終わって一週間ぐらいしたら、口座に凄い額が振り込まれたのは本当にビックリしたけど……あそこ、本当にどっから報酬のお金出しているんだろう。知りたい様な、知りたくない様な。
ああ。報酬と言えば、参戦した者達になんか国から勲章がどうのと言われていた事もあったらしいが、その辺は色んな政治家がストップを叫んだとか。僕は正直貰ってもどうしろとって話だから別にいいけど、水無瀬三佐とか緒方さんには何かしらあげてほしいものだ。
「聞いていますか、シルバー」
「はいはい聞いていますよ」
「ハイは一回です!では問いましょう。百合カップルを見ながら食べるならどこのお米がいいかを」
「……好みの問題では?」
「むむむ。その返しをされると私も追及できませんね」
そもそも百合カップルを見ながら米を食うってなんだ。
花園さんの生態に疑問を抱いていると、彼女はコーヒーを飲みほした後に伝票を持って立ち上がった。
「あ、支払いなら僕が」
「いえいえ。私は騎士で貴方は我が愛馬。ここは私が払いましょう」
「人類ですが???」
そりゃ確かに偽名代わりにシルバー名乗りましたけども。
「ああ、それと」
花園さんが、どこかから出した綺麗にラッピングされた袋を眼の前に置いてきた。
「これは?」
「少し遅くなりましたが、ハロウィンのお菓子です」
黄色いかぼちゃの絵が描かれた袋は確かにハロウィンらしい物だった。薄っすらとクッキーの良い匂いもする。
ただ、本当に少し遅めだな。もう十一月の中旬だぞ。
「はあ、ありがとうございます……?」
「『あの時』は手持ちがなかったので、渡しそびれましたが。それでは、また百合の女神の導きのままにどこかでお会いしましょう」
本当に聖職者みたいな笑みを浮かべた後、彼女は支払いを済ませて出て行った。
……はて。あの笑い方、どこかで見た事があるような。
「大川様」
「え、あ、はい」
突然マスターに話しかけられ、慌てて意識をそちらに向ける。
彼は真剣な面持ちでこちらを見つめ、重々しく言葉を発した。
「先ほど騎士と愛馬と聞こえたのですが、そういうプレイでしょうか」
「違います」
本当に体調悪いんじゃねぇのかこの人。
* * *
サイド 東郷 美代吉───西園寺 康夫
某県某所。人里離れた寺の裏手には、隠れる様に墓地が存在している。
そこに続く長い階段を上っていると、下の方で車が止まった。チラリと振り返れば、運転手が開けたドアから胡散臭い笑みの男が出てくる。
そいつと軽く視線を合わせた後、また階段を上り始めた。
それから暫くして、革靴だというのに軽快な足取りで階段を上りきった男に話しかける。
「パパラッチの類はいない様だな、有川」
「当たり前だろう。私とてその辺は気にするさ」
スーツの襟を正し、有川が墓地を見回す。
「ここには、我が国の英雄達が眠っているんだ。あまり騒がしくしては失礼だろう」
「そうだな」
この墓地には公安や自衛隊の『S』を始めとした、公にはできない殉職者たちが眠っている。
奴と並んで歩いて向かうのは、当然ながら学生時代の友人の所だ。
成人したら一緒に煙草を吸おうと、ライターを渡してきた友達。彼が、ここで眠っている。
「最近どうだ、そちらは」
「なんだその父親みたいな聞き方は。独身の癖に」
「おいおい。結婚関係は最近デリケートな話題だぞ?そんな返しをしていたら選挙が心配だな」
「今はそういう視線がないと確認しただろう」
苦笑を浮かべあい、歩きながら有川は続ける。
「妻と娘は順調に回復しているよ。ただ、悪夢を視つづけた後遺症でまだ療養は必要だが」
「そうか……」
「それと、私自身の事に関しては大忙し、とだけ返そうか。なんせ議員も官僚もかなりの数消えてしまったからな。改ざんされていた書類も多いし、覚醒者の体でなければ倒れている程度には多忙だよ。今日のこの時間がとれたのは、臨時で官房長官を引き受けてくれている防衛大臣の好意ゆえだな」
「覚醒、ね」
有川が覚醒者になった事について、正直疑問がある。
だが、それを口に出す事はない。それはこいつも同じだ。恩人を売る様な真似はしたくない。何より、『彼』が敵対したり他国に流れてしまうリスクと比べれば『偶然覚醒した』で済ませるのがベターだ。
東郷美代吉としても、西園寺康夫としても。あの朴訥とした少年との縁を大事にしていきたいものである。
そこで、二人して足を止めた。友人の墓についたのだ。
「綺麗にされているな」
「ここの住職は仕事熱心だし、私も偶に信用できる者を雇って掃除に行ってもらっているからな」
有川に答えながら、鞄から墓地につく前に買っておいた物を取り出す。
墓前に供えたそれに、有川が少し呆れた顔をした。
「おいおい、奴が好きだったのはただのマシュマロじゃなく、焼きマシュマロじゃなかったか?」
「しょうがないだろう。ライターであぶってから置くわけにもいかないのだから」
ラッピングされたマシュマロの袋を置き、ならお前は何を持ってきたんだと有川に視線を向ける。
奴は懐から小さな箱を取り出し、マシュマロの横に置いた。
「煙草か」
「三人で吸うという約束を、果たせなかったからな」
小さく肩をすくめた後、有川は墓石を軽く睨む。
「まあ、それも誰かさんが勝手に死んだせいだがね。言い出した張本人が真っ先に約束を破るのだから、笑えん話だよ」
「それは心の底から同感だ」
どれ。嫌味も込めて墓前で一服させてもらうとしよう。幸い、他に人は誰もいない。
そう思って煙草を咥え、しかしライターに触れて壊れている事を思い出す。
「ん」
仕事用のがあったかと別のポケットに手をいれた所で、横から見覚えのあるライターがつき出された。
「お前、それ……」
「娘の枕元に置いてあったのを病院が回収していたらしい。ナイトメアに操られている間の事なので、記憶が曖昧だがな」
「そうか……」
誇るでも喜ぶでもなく、つまらなそうに言う有川。こいつらしいと思って、ありがたくその火を使わせてもらう事にした。
霊薬入りではないのを吸うのは、久しぶりだ。禁煙していた身としてはなんとも背徳感のある味である。
隣で有川も自分の煙草に火をつけ、眉間に深い皺をよせていた。
「………苦いな」
「そう言えば、お前は政治家になってからは吸っていないんだったな」
「時代に合わせるのがこの世界で生きていくコツさ」
数秒、墓石を見ながら無言のまま紫煙を燻ぶらせる。
「……私はもう行く」
「そうか。なら、私もそうするとしよう」
お互い、携帯灰皿に煙草をねじ込む。
最後に墓前で手を合わせた後、踵を返した。
あいつに……眠っているあの馬鹿に言いたい事は山ほどある。だが、自分も有川も忙しい身だ。なんせ、生きているのだから。
せいぜい、あの世で土産話を楽しみにしていろ。三人でまた馬鹿話に興じるのは……半世紀後でも遅くはない。
『紅 蓮』
奴が最後に使っていた偽名が刻まれた墓を背に、歩いて行く。
この道を進む事を、後悔した事がないと言えば嘘になる。だが、自分で選んだ道だ。
立ち止まるつもりはない。死ぬまで、な。
* * *
サイド 山崎二曹
「やはり……ビーム機能もつけるべきではないかね」
「いいですねぇ、それは!是非つけましょう!」
眼前で繰り広げられる会話に、内心でため息をつく。
片や防衛装備庁の部長職。片や警察に新設された『抜刀隊』の初代隊長。
十分に要人と言える立場にいるいい大人が二人そろって『目からビームを出す』事について熱く語っているのだから、頭も痛くなってくるというものだ。
「どぅわぁが!ビームはビームでも種類がある……!」
「わかります。単純に相手を焼くものもあれば、解析する類のもの。情報を送受信するものと色々ありますからね……」
「最後のはスマホでいいのでは?」
「「全然違う!!」」
思わず口を挟むと、馬鹿……失礼。お馬鹿様二名から猛反発をくらった。
「くぅ!これならその左腕を治す前にビーム兵器を仕込んでおくべきだった……!」
「私もそれについては悔やんでいます。しかし、国民を守る身としては戦闘に関わる所で妥協はできません……!」
目からビームはいいのか。
無駄に悔しそうにする矢島部長と緒方隊長に、そっと天井を見上げた。
金剛がエインヘルヤルとの戦闘で活躍した事について、関係各所から色々な声が上がっている。批判的なものから肯定的なものまでは当然として、『海外からのお客さん』からも怒声と猫なで声が同時にきている状態だ。
これでもまだ少なく済んでいるのは、ナイトメアが各国の情報機関や国内の団体にドッペルゲンガーを仕込んでいたおかげというのだから笑えない。どこもかしこも死人だらけだ。
当然この二人も忙しい身のはずなのだが。義眼の調整の合間に貴重な時間を使ってするのがこれって……。
「こうなれば京太朗くんを呼んで彼の意見を聞こう!きっといい感じに逆転の発想をくれるはずだ!」
「こんな事で呼ばないであげてください」
「ごっふぅ!」
「緒方隊長!?」
「失礼しました。彼の名前を聞いて過去の自分の情けなさに胃が苦しくなっただけです」
「は、はぁ」
血を吐いたかと思ったらコーヒーか、紛らわしい。
またああでもないこうでもないとビームとかドリルとか言い出したお馬鹿様達に、遂に口からため息がこぼれた。
……まあ、どちらも個人的には尊敬している。変な方向にいったら護衛のついでに修正してあげるため、話半分で内容を聞いておくか。
「はっ!これはもう本格的な人体改造しかないのでは?仮面ラ●ダー的な!」
「その手しか……ないようですね……!」
さっそく修正が必要らしい。
二人とも、ケツを出しなさい。緒方隊長の方は金剛を着てから蹴ります。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
長くなってしまったので、『前』と『後』にわけました。少し後に、『エピローグ 後』を投稿させて頂く予定です。




