第百五十一話 第二ラウンド
第百五十一話 第二ラウンド
サイド 郡 凛
「こ、のおおおおおおお!」
鷲と融合したエインヘルヤルの頭蓋を蹄で粉砕し、真上から奇襲を仕掛けてきた個体の槍を剣で防ぐ。
両足から羽を生やしたそのエインヘルヤルの突撃槍を剣の反りで受け流し、反転して再突撃をしようとした相手に愛馬の背から跳び、突貫。刀身のルーン文字を輝かせ、鎧もろとも両断した。
「はぁ……はぁ……っ!?」
駆けてきてくれた愛馬の背に着地してすぐ、汗が目に入った。まずいと思った瞬間、フォートヘクターが嘶く。
「まずっ」
ほとんど勘で剣をかざせば、魔力で編まれた鎖が巻き付いた。首狙いのそれを剣で受けたものの、別の鎖がフォートヘクターの右前脚に絡みつく。
咄嗟に剣を放棄し左手に再構築。愛馬に巻かれた鎖に刃を振り下ろそうとするも、一秒足りなかった。
エインヘルヤル三体がかりで引かれたそれは凄まじい力で抗う暇もない。湖面に向かって凄まじい勢いで振り回される。
「あ、ぐぅ……!?」
振りぬかれる直前に愛馬を霊体に戻し、自分は着水のショックに備える。あまりの落下速度にそれ以上の事ができない。
瞬間、全身がバラバラになった様な衝撃を受けた。内臓が浮き上がり、骨が弾けた様な感覚。
落下の勢いで湖の中を沈んでいくが、朦朧とする意識でフォートヘクターを再度実体化させ彼女に引き上げてもらった。陸に上がり呼吸ができるはずなのに、ぜぇぜぇと音がするだけで上手く息が吸えない。
「う、ぅぅ……!」
顔を滴るのが水なのか涙なのかわからない。……いいや、これは血か。左手で触れれば、指先にぬるりとした赤い物がつく。
痛みで逆に笑いそうになりながら剣を杖にしてどうにか立ち上がると、愛馬が心配そうにこちらの顔を舐めてきた。
『ブルル……』
「駄、目だよ……貴女にはまだ、やってほしい事があるの……」
何となく。愛馬が異能を、『精霊の献身』を使おうとしている気がした。だから、首を横に振る。
それだけで視界がぼやけるが、奥歯を強く食いしばって耐えた。
「まだ胡桃の所に辿りつけていない。お願い。私の足になって……」
先の墜落時、無意識に足を下に向けていたらしい。だからこそ生き延びる事ができたが、代わりに両足の骨が折れている。どれだけ踏ん張っても足の力だけで立っていられない。
『ブルル……!』
悲し気に鳴いた後、支える様にフォートヘクターが寄り添ってくれた。
温かい……こんな時だと言うのに、この温もりはまだ家族で暮らせていた頃の事を思い出させてくれる。
だが、感傷に浸るのは後だ。
当然の事だが、エインヘルヤル達は私が騎乗するのを待つつもりはないらしい。空を飛んでいた奴はだいたい倒したが、地上にいる者達がこちらに向かってきている。
急いで鞍に上がろうとするも、力が入らない。フォートヘクターが乗りやすい様に足を曲げてくれるが、彼女を支えにしていた事もあって私までへたり込んでしまった。
『ヒヒィン……!?』
「ああ、悔しいなぁ……」
どうやら、ここまでらしい。
持ち込んだポーションも何もかも使い果たした。魔力は尽きかけ、体力にいたっては見ての通りの有り様だ。
結局、何も成せない人生だったな……。
きっと、私はこのまま死ぬだろう。だがそれでも、あの場にいた誰かが胡桃を救ってくれる。それが物のついでだったりするかもだけど、彼女が助かるならそれでも良いい。
けど、私が死んだら胡桃は泣き虫だし優しい子だから暫くは落ち込むかも……支えてくれるご両親も亡くなっているし、後追いなんて考えてほしくないなぁ。
……なら、やっぱり死ねない。生きて、いたい。
剣に力をいれ、喉にこみ上げてきた血を飲み下す。左肘をフォートヘクターの鞍にかけ、転がる様に跨った。
「ふぅぅ……」
大丈夫。戦える。
是が非でも胡桃を、親友を助け出すのだ。泥水すすってでも生きて、彼女をこの手に……!
切っ先を迫るエインヘルヤル達に向ける。さあ、来い。私はまだ───。
ガァァン!!
「……え?」
何の音だ?ノロノロと振り返れば、自分の背後。数メートルほどの高さで、空間そのものにヒビが入っていた。
それの意味がわからず呆然と見上げてしまうが、気配でエインヘルヤル達も警戒した様に足を止めたのがわかった。
これはあちら側も意図しない事態?なら、本当になにが……。
何度も叩きつける様な音がする度に空間に刻まれたヒビが大きくなっていく。
そして、遂に打ち破られる時がやってきた。
「しゃぁ!でられたぁ!」
赤い髪をなびかせ、一人の女性が降ってくる。
「あ、赤城さん!?」
咄嗟に、『半信半疑ながら』彼女の名前を叫んだ。
「ん?ああ、凛ちゃんか。久しぶりだね」
なんて事のない様に、それこそ偶然道端で会ったとばかりに明るい声で応える女性。
だが、その姿を視れば誰だって目と口が限界まで開かれる事だろう。
全身余すとこなく血と痣にまみれ、着物はあちこちが破れて皮膚どころかその下の赤い血肉を晒していた。
無傷な箇所を探す方が難しい状態だが、一際目を引くのが肩から先を失った左腕だ。陣羽織を使って止血している様だが、明らかに致命傷である。
だと言うのに、血に汚れながらもサラサラと風に流れる赤い髪越しに彼女は笑って残った右腕で手まで振っているのだ。
失礼を承知で言うが、狂っている。
「いやぁ。メイクってあまりした事ないけど、すっぴんを見られるってこんな感じなのかな?少し恥ずかしいや」
「あ、あの。その怪我……今、治療を……」
「いいっていいって。君も見た感じ限界でしょ?左の肺が潰れて、右の肺にも骨が刺さっているんじゃない?」
そう同意を求められても、自分の内臓が今どうなっているかなど正確に把握するなんて事できないから答えようがない。
口をパクパクとさせる私の横を通り過ぎ、赤城さんは右手に握った小太刀を構える。
「ま、そこで少し休んでいなさい。お姉さん、もうちょっとだけ『遊んでいるから』」
「あ、あそんで……?」
「そ。あ、こう言うと流石に不謹慎か。いけないなぁ、テンション上がり過ぎちゃって」
本当になんなんだこの人。前に見た時はあんなに頼もしく見えたのに、今は狂人にしか思えない。
きっと怪我を負い過ぎて錯乱しているのだ。そうに違いない。
「ま、待ってください……!逃げ、て……!」
必死に声を絞り出す。既にエインヘルヤル達も進軍を再開しているのだ。
三百を超える影がこちらに迫っている。とても死にかけの彼女が敵うとは思えない。どうにか逃げる様に告げたが、彼女は笑顔のまま首だけ振り返った。
「や☆だ」
「……は?」
あまりにも明るい声で、まるで子供が駄々をこねる様に言いきった赤城さん。
直後、衝撃波が自分を襲う。
「え、え?」
いつの間にか彼女の姿は掻き消え、まさかと敵方に視線を向ければ凄まじい速度でエインヘルヤル達に突撃をしかけていた。
もはや接敵を止める事はできない。愛馬の手綱を振るい赤城さんを追いかける。
だが、私はまた目と口を大きく開く事になった。
「なっ」
雷速。そうとしか形容できない速度で駆けた赤城さんが、先頭にいたエインヘルヤルの首を一刀で刎ねた。
かと思えば次の獲物に狙いを定めたとばかりに別の個体へ肩から体当たりをしかけ、体勢が崩れた所に回り込んで背後から心臓を貫く。
ぐるりと刀身を捻って引き裂き、空中で逆手に持ち替えてまた別のエインヘルヤルへ。
槍が突きだされ迎撃されるも、それを紙一重で回避して彼女は駆け抜け様に脇腹を引き裂き返す刀で首を刎ねた。
だが、その時突然せき込んだかと思えば血を吐いて数瞬動きが止まる。その隙を逃すまいと、三体のエインヘルヤルが槍や斧を投擲した。
左の首筋に、右の脇腹に、そして頭部に直撃する武器。頭のだけは刺さらなかったものの、他二つは彼女の細い体に深々と食い込んでいる。斧の刃は首筋から胸の中央にかけて食い破り、槍は脇腹を貫通して背から飛び出していた。
「あはっ」
なのに、彼女は笑っている。
剣を逆手に持ったまま、赤城さんは再度の突撃をしかけた。やはり、速い。
剣閃が閃いた直後、武器を投擲したエインヘルヤル達が両断された。ある者は腰から上をなくし、ある物は首がごとりと落ちる。
勢いそのまま彼女は駆けて、下駄を履いた足で他の個体の顔面を粉砕。次の瞬間にはまた別のエインヘルヤルを貫いて引き裂いていた。
まるで猛獣だ。それも、『人間が編み出した人殺しの技術』を身に着けた肉食獣。本能のまま動いているのに、それは己の生存ではなく敵の殲滅にのみに注がれている。
このまま殺し尽くすまで剣を振るい続けるのかとさえ、彼女の動きを見ていて思った。だが、横から振りぬかれた大槌に赤城さんが吹き飛ばされる。
「赤城、さん……!」
地面を二回バウンドしながら飛んできた彼女をどうにかキャッチした。衝撃で落馬しそうになるも、気合で耐える。
慌ててエインヘルヤルと距離をとれば、槌をもった個体の両腕が突然ずれた。ぼとりと落ちた腕の断面はあまりにも綺麗で、それが切ったのは誰かを教えてくれた。
「ごぼっ……ふぅ……ごめん、迷惑かけちゃった」
「いえ、いいんです。それよりどこか傷の手当ができる場所を」
「いやいや。まだまだいけるから降ろしてくんない?」
「何を馬鹿な事を言っているんですか!?いっ……!」
叫んだ衝撃で胸が激しく痛む。というか全身が痛い。泣きそうだし吐きそう。
だがここで気を失うのだけは絶対にダメだ。奥歯を砕くつもりで食いしばる。
『無様だな、赤城萌恵』
今度はなに!!
突然響いた声に顔をしかめ、聞こえてきた方角に視線を向けた。
そこにあったのは、遠くに見える世界樹のみ。その根元には信じられない数のエインヘルヤルが微かに視えた。
ごくりと硬い唾を飲み込む。この声を自分は知っている。胡桃を攫った、神を名乗る怪物。
「ロキ……!」
『呼び捨てとは感心しないな、ブラギもどき。俺は神だよ?』
嘲笑の混じった声。剣を握る手に力を籠めながら、視界の端で先ほどまで赤城さんが戦っていたエインヘルヤルの方を見る。
何故か動きを止めているが、ロキがわざわざ話すためにそう指示を飛ばしたのだろうか。だとしたら随分と余裕のある事だな。
『ま、今はいいよ。それよりも、だ。赤城萌恵。随分とボロボロじゃぁないか。あとどれぐらいで死にそうかな?』
「うーん……五分は持ちこたえられそうかな?」
呑気な声音で答える赤城さんに、ロキが笑い声をあげる。
『ははっ!なるほど。精神まで神代の英雄じみているな、君は。気に入った。どうだろう。取引をしてみないかい?』
「……内容は」
するりと、赤城さんの眼が鋭くなる。前に視た『桜井自動車の部長さん』の顔だ。
『君を助けてあげよう。その代わり、お引き取り願えないかな。勿論、君の手勢もね』
「なにかなそれは。新手の命乞い?それとも過去の神代ではそういうのが流行っていたの?」
『まさか。命乞いをすべきは君の方だろう。あと五分もしないうちに死んでしまうのだから』
「少し、違うな。『まだ五分』あるんだ」
ゆっくりと私の腕の中から抜け出し、赤城さんが両足で地面に立つ。
『なに……?』
「見た所、樹の根元に随分と手下を集めているね。私の子飼い……だっけ?誰かがその辺りで暴れていて、困っているのかな?」
『しらばっくれる必要はないよ。あと、困っているという程でもないね。許容範囲内だ。雪女とゴーレム二体。三体とも平均以上の能力を持っている上に高いステルス性を持っている事は評価するけど……それだけだ。あと二分と経たずにすり潰せる』
「……へぇ」
小太刀を順手に握り直し、赤城さんは肩に峰を置いた。
「老いって、恐いねぇ。うちの化け物じいちゃん見ているから、その辺の感覚狂っていたや」
『……何が言いたい』
「貴方、神話ではトリックスターだったのに今では随分と交渉が下手になっているもの。そんな大事な情報を話しちゃうなんて」
ニヤニヤと、少し小馬鹿にした様に笑う彼女。
声だけしか聞こえていないのに、ロキが不愉快そうに眉をしかめたのがわかった。
『飼い犬の無事がそんなに嬉しいかい?だったらなおさら退くべきだな。今、あの三体を潰すための増援を送りんこんだ。それとも何かい?『奥』に誰か送り込めたとでも?だとしたら、そいつはもう死んでいるよ』
奥?なんの事だろうか。
『あそこは俺の眼すら拒絶する。神々であろうと奥の奥までは進めないのさ。ま、隠してあった入口に気づいたのは褒めてあげるよ』
露骨なまでの嘲笑が、どうにもわざとらしく思えてきた。
どうにも……最初に本性を現した時もそうだが、こいつの言動は全てに違和感がある。まるでそう。若手の俳優さんが必死に台本を思い出して、それをつっかえながら演じている様だ。
『今なら、奥に進んでしまった君の使い魔も生きて帰れるかもしれないよ?さあ、帰りなさい。傷だらけじゃぁないか。もう十分に頑張った。そんなに俺達の国が嫌いなら、外国にでも移住すればいい。君ならば簡単な事だろう?』
「言ったでしょ。私にはまだ五分の猶予がある」
ロキの言葉に対し、赤城さんは内容が耳に入っているのかどうかも怪しい程ふらふらな状態で口を開く。
『……だから何だって言うんだ。その五分で、この盤面をひっくり返す事ができるとでも?その身体でかい?』
「いやぁ、私には無理だね。流石に」
ケラケラと赤城さんは笑う。ただそれだけの動作で、彼女の全身から流れる血が増えた。
足元に血だまりを作りながら、やはり彼女は口元に笑みを浮かべている。
『なら、誰がこの状況を覆せる。有川琉璃雄か?花園加恋か?自衛隊か警察か。それとも外で戦っている君の部下達か?』
「さあ。その誰もが何かしら『仕出かす』可能性はあるけど。今はそうだなぁ……」
肩で刀を弾ませ、赤城さんはニッコリと満面の笑顔を世界樹に……その根元に向ける。
「やっぱ内緒。こういうのは秘密な方が面白いでしょ?」
『……そうかい。愚かな選択をしたよ、君は』
「っ!?」
魔力を感じ取って空を見上げれば、飛行タイプのエインヘルヤル達が戻ってきていた。
そんな、今の会話のうちに彼らを再び実体化させたの!?
冷や汗が背中を流れる。これは、流石に厳しいなんてものじゃない。下手をしたら、誰も胡桃の元までたどり着けないかもしれないのだ。
どうする……どうすれば……。
『時間稼ぎは十分だ。君を確実に殺す手段は整った。五分と言わず、一分以内に殺してあげよう。隣にいる欲張りな女もね』
「欲張り……」
初めて言われたかもしれない。むしろ、欲がないとよく言われる。
だが……そうだ。確かに自分は欲張りかもしれない。
この状況に至ってなお、私は胡桃を諦めていない。絶対に連れて帰る。また彼女に歌を聞いてほしいんだ。それ以外にも、一緒に行きたい所も、やりたい事もたくさんある。
だから、絶対に諦めない。何度だって走るし、戦ってやる。
『ヒヒン』
私の気持ちに答える様にフォートヘクターが鳴いてくれた。この子だって満身創痍なのに、それでもまだまだ走れるという意志が伝わってきた。
手綱を握る手に力が入る。首を曲げてこちらを見上げる愛馬に、ハッキリと頷く。
「時間稼ぎ、か。それは『悪手』が過ぎるねぇ……ちょっと可哀想だから、ヒントをあげる」
『なに……?』
訝し気なロキの声に、思わず同意してしまった。
可哀想?ロキが?
「貴方が言ったゴーレムと雪女ね。……それ、私の使い魔じゃないから」
『……は?』
信じられない様にロキが呟いたのと、世界樹の根元が弾けたのがほぼ同時。
凄まじい衝撃波が襲ってきて、落馬しかけるも顔を庇いながら細目で何が起きたのかと視線を向ける。
「黒い、柱……?」
呆然と呟く。
世界樹の根元。そこから伸びた黒い光という矛盾した何かが、柱となって伸びている。それは異界の頂上にまで届き、轟音をあげていた。
この距離でもそれが内包する魔力量に肌が泡立つ様な感覚を覚える。なんだ、あれは。まだこの異界にはこんな事をできる奴がいるのか。
呆然と黒い光を見つめていれば、数秒ほどでそれが細くなって消えていく。
『な、ぁぁ……!?』
ロキの狼狽した声と共に念話が打ち切られた。それに対し赤城さんが声を出して笑う。
「はっはっは!いやぁ、時代の転換点でとんでもない事を『仕出かす』のは英雄でも怪物でもなく、『ただの善良な市民』ってのはお約束だよねぇ!」
「え、えぇ……?」
「おっと。市民って言うには場慣れしすぎた『狩人』だけど。まあ彼の場合は似た様なものか」
彼女の言っている事の意味がわからない。ただ今は胡桃が心配だ。
黒い光は世界樹のすぐ横を通っていった。それを浴びた樹皮が遠目にも焼け焦げている。いいや、焦げているのではない。腐っているのだ。
生命を象徴する様に力に溢れた霊樹が、たった数瞬あの光を浴びただけでそうなっている。彼女が巻き込まれていないか気が気ではない。
「胡桃……!」
「ん?胡桃ちゃんの事ならそう慌てる必要はないと思うよ。どうせロキが全力で守っているから」
「け、けど……!」
「それより、まだもう少しだけ私の傍にいてね」
そう言って、彼女は空を見上げる。
「さぁて。今ので結界にヒビが入ったうえに、この異界を構成する根本が揺らいだようだけど……通じるかな」
呟く彼女の右耳。そこにつけられたイヤリングが、微かに光った。
どういう意味かと問いかけようとした時、世界樹の根元から何かが這い出てくる。
慌ててそちらを見て、その事に後悔した。状況の移り変わりが激しい今、情報の収集は大切である。だから、この行動は間違っていないはずなのに。
心の底から、『アレ』を見てしまった事を悔やむ。
「ひっ……!?」
「おっと……これはこれは」
思わず悲鳴をあげ、隣では赤城さんですら冷や汗を流す。
邪龍。そうとしか呼べない存在が、そこにいた。
遠くに見えるのに遠近感が狂いそうなほど巨大な体躯。鱗は艶のない漆黒であり、ぎょろりと金色の瞳を輝かせている。
その邪龍は巨大な両翼を広げ、咆哮をあげた。
まるで歓喜する様にも思えるそれは、しかし大気を震わせ空間を歪ませる。聞く者全てに本能的な恐怖を与える『死』を連想させるものだった。
空を飛んでいたはずのエインヘルヤルがいつの間にか姿を消し、地上にいた者達もその大半が靄の体を失っていく。
私もまた、意識を手放しそうになった。
アレは、駄目だ。何故あんな化け物が現れたのか見当もつかない。ただ本能的にわかるのは、あの龍を殺せる存在などこの場にいないという事だけ。
それこそ、仮にも神格であるロキでさえも。あの邪龍には敵わない。
「いやぁ、流石にあれは予想外。後で絶対に報告書を出させよ。面白そうだから。……けど、今のでビーコンも届きやすくなったかな」
「び、ビーコン……?」
「そ」
赤城さんが龍に視線を固定したまま、右耳のイヤリングを見せてくる。
「もうすぐ来るから、待っていて。治療を受けてから、胡桃ちゃんを迎えに行きなさい」
「そ、それって!」
『………えちゃ……ん』
遠くから、声が聞こえてくる。
世界樹とは反対側。後方を振り返れば、ガラガラと異界が部分的に崩れていく所だった。
赤城さんの時と同じ現象。しかし、その規模が違う。空間が割れるという異常な光景の中から、大量の人影が姿を見せる。
そこから現れるのは、ボロボロの戦士たち。
黒煙をあげる戦車。装甲を傷だらけにしたパワードスーツ。そして血まみれの覚醒者。
それらの先頭で、白馬に乗った桃色の髪をなびかせた女性が錫杖をぶんぶんと振っている。
「萌恵ちゃぁぁあんん!!」
桜井さんだ。それに、皆もいる。
「はいはい。全く、もう少し慎みを持ちなさいって言っているのに。私が言えた義理じゃないけどさぁ」
赤城さんが苦笑を浮かべて右手を軽く振って彼女に応えた後、こちらを見上げてくる。
「それで、どう?お姉さんと一分だけゆっくりしない?いい『白魔法』の使い手がいるんだけど」
揶揄う様にそう言った赤城さんに、自分は一も二もなく頷いた。
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