第十六話 常識の違い
第十六話 常識の違い
サイド 大川 京太朗
「えっと……」
困った。とりあえずこういう時って英語で喋りかければいいのだろうか。
『Who■■■■■……』
『Cre■ture……!』
『Jesus……!』
ジーザスだけ聞き取れた。あとフー……誰って言っているんだよな、たぶん。
「ま、マイネームイズ、キョウタロウオオカワ。アイキャンノットスピークイングリッシュ」
我ながらゴリゴリのカタカナ英語である。中学の頃発音がドヘタと授業で言われたのだが、中々改善できていない。
とりあえず名乗りながらダガーをしまい、敵意はないと両手を軽く上げる。
なんとなくだが……怖がられている気がするのだ。まあ先ほどまで理由はわからないが死にかけていたので、警戒心が強くなるのもわかるが。だからと言って助けたのに睨まれるのは面白くない。
敵意がないと伝わったのか、三人は顔を見合わせる。背負われている人は……呼吸はあるけど意識はないのか。
「初めまして。わたしは、アルトゥールって、いいます」
……日本語喋れんのかよ!?
先頭に出てきて、ヘルムのバイザーを上げる男性。フルプレートアーマーを着ていたせいでわからなかったが、黒人の青年っぽい。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「いえいえ。困った時はお互い様ですから」
背中に剣を再構成し、レイラに一端消えてもらってまた傍に召喚する。
驚いた様子で彼女を見るアルトゥールさんに、『僕の守護精霊です』と言うと警戒した様子ながらも頷いてくれた。
「貴方達も冒険者という事でいいんでしょうか」
「……はい。わたしたちは、ぼうけんしゃです」
「えっと……とりあえず、そちらの人は大丈夫ですか?怪我をしているようですが」
そう言って、後ろの方で長身の女性に背負われている少女を見やる。
背負っているのはスペイン人ぽい顔立ちの女性。軽鎧を身に着け、腰にはダガーと弓筒を下げている。
で、背負われている方はドイツ系でいいんだろうか……とりあえずヨーロッパ?歳は自分とそう変わらないか、ちょっと上か。よくわからん。服装は白いローブ姿。魔法使いか?
ついでに鎖帷子の白いサーコート。顔面だけ露出し、頭巾の様にこれまた鎖帷子を被った同じくヨーロッパ系の男性。口ひげが凄いけど、目元は若々しいし年齢がわからん。
「彼女は、脚に火をうけました。動けないから、せおって帰るところです」
……ところどころ聞き取りづらいが、まあ大体わかった。
「わかりました。ここで会ったのも何かの縁。ゲートを見つけるまで同行しましょう」
「いいんですか?」
「はい」
ここで『はいさようなら』で死なれたら寝覚めが悪い。それに、なんでそんな追い詰められているのかも知りたいし。
「……わたしたち、お金そんなありません」
「は?ああいや、別にそういうわけでは」
逆に警戒されてしまった。外人さんってギブアンドテイクな思考なんだっけ?いや現代人は基本そうか。ならストレートに言った方がいいかな?
「聞きたい事があります。何があってそんな怪我をしたのかとか、色々」
「………わかり、ました。よろしくお願いします」
「あ、はい。こちらこそ」
とりあえず、同行するって事でいいんだよね?
……どうしよう、マジでやりづらい。外人さんとまともに話した事なんて今までないぞ。
兜の下で冷や汗を流しながらレイラに視線をやるが、困った様な笑みで首を横に振られた。僕が対応しなきゃダメかー。
けど、先に『お客さん』の相手をした方がいいだろう。
抜剣しながら振り向き、魔眼が導くままに刀身を飛び出してきたサラマンダーの首へ。
下からすくい上げる様にして振るったそれは鱗の薄い部分を切り裂き、首を両断する。
飛び出してきた勢いそのまま転がるそいつも、なんか悲鳴を上げている四人組も無視して追加で溶岩から這い出てきた個体を蹴り上げた。
爪先が腹部の鱗を破壊し、肉にめり込む。蹴り上げられたそこに空中で剣を突き立て、薪割りの要領で地面に。腹から鼻先にかけてを切り裂く。
次。三体目がこちらに炎弾を撃ってきたので突貫。炎を突き破って接近し、上顎を掴む。
そのまま至近距離で右腕を振り上げ、相手の左目を狙って柄頭を勢いよく叩き込んだ。ごしゃりと異音を発しながら藻掻くサラマンダーの爪や牙が左手を襲うが、籠手に引っかき傷すらつけられない。
もう一回殴って絶命させる。さて……だめだ。やっぱドロップはない。
とりあえず敵は仕留めたので、剣を肩に担いでアルトゥールさんに振り返った。
「行きましょう。その人をすぐに病院へ連れて行かないと」
こちらを呆然と見てくる彼らに、はてと小首を傾げる。こんな事、覚醒者なら……いや、近接型でサラマンダーの炎を『抵抗』のステでかき消せるのは少ないか?
それにしてもこんなに驚くだろうか。まあ外人さんって表情が……。
外人さん?
「あー……」
ようやく、彼らがこんなにも追い詰められ、そして自分の動きに驚いている理由に思い至った。
もしかして……基準が違う?
* * *
自分が先頭、殿をレイラが勤めながら、アルトゥールさん一行を護衛する様にダンジョンを進んでいく。
「失礼ですが、その怪我はいったいどうして?何があったんですか?」
サラマンダーの襲撃を警戒しながら、背後に立つアルトゥールさんに問いかける。
自分とレイラだけだった時よりも、周囲への監視を強めていた。予想が正しいのなら、彼らにとってここは死地である。
「……サラマンダーに、襲われました」
ぽつぽつと、アルトゥールさんが語りだしてくれる。
「わたしたちは、自分達が強いと、思っていました。Eランクダンジョンを三日、生き延びたから。故郷の人達よりも、凄いって。日本でも、やっていけるって」
「なる……ほど」
言いたい事はあったが飲み込み、先を促す。
「でも、間違いでした。サラマンダー一体に、時間かかって。その間に、たくさん、きて。囲まれて。頑張って、逃げて」
「……そう、ですか。一応ですが、毒や呪いといった物を受けた覚えはないんですよね?」
「……はい。正面から、負けました」
自分が知らない未知の力がサラマンダーにあるとか、悪辣な罠があったわけでもない。
彼らがここまで追い詰められたのは、単純に能力不足。外国の人は日本やイギリスの覚醒者より弱いと聞いていたが、ここまでとは。
降って湧いた力でマウントをとるわけじゃないけど、無謀が過ぎる。ダンジョンに潜る前にもう少しダンジョンのランクと、それに関する動画なり市役所のホームページなりを……。
いや、これは今考えてもしょうがない。
「お話しして下さりありがとうございました。搦め手がないのなら、問題ありません。皆さんを絶対に外へお連れします」
「ありがとうございます……」
…………うん。
気まずっ!!??
ええ……なんか凄い失意のオーラ出してるんだけどこの人達。
というか背負われている女の子のうめき声がめっちゃ心抉ってくる。ぎりぎり魔装を維持するだけの気力は残っているようだけど、それだけに過ぎない。意識を失ってなお、それをやっているのは凄いと思う。
今は自分が持っていた包帯をレイラに巻いてもらっているが、右膝から下が完全に焼けただれていたのだ。正直、見ているだけでこっちが痛い。
皮膚も爪もって感じで……火傷跡どころか、後遺症も残るかもしれない。なんなら放置し過ぎれば命も危ないのではないか。
それを一発で治す手段が、僕にはある。それなのに、口に出して提案すらしない。
『白銀の林檎』
試した事などないけれど、その特殊性はレイラの杖やアイテム袋で十分に理解しているつもりだ。きっと書いてある通り、あらゆる傷も病も治すのだろう。
けれど、使えない。もしもこの人達の口からあの林檎の効果が広まったら?そう思うと、迂闊に口に出す事はできなかった。
レイラに振り返って問いかけたくなる首を、気合で前に向かせる。ここで彼女に意見を求めれば、間違いなく『出すな』と言うだろう。言って、くれるだろう。
それは駄目だ。人として、駄目過ぎる。レイラにそんな役を押し付けて、安心する様になったらおしまいだ。そこまで落ちぶれたつもりはないし、なりたくない。
なら、せめて一刻でも外に。病院に連れて行かないと。
足に大火傷を負った少女のうめき声を聞きながら、溶岩を睨みつける。
あー、もう!なんで初対面の知らない奴らの為に胃をキリキリさせなきゃならんのだ!
これもこの人達の迂闊さと、それ以上にダンジョンと言う存在が悪い。謝れ、僕に。
その苛立ちをぶつける様に襲ってくるサラマンダーを斬り殺していく。背後の方に出現した奴は、レイラが岩の槍で串刺しにしてくれていた。
まったく、これだけ出るならせめてドロップぐらいはしてほしいものだ。
そう思いながら歩く事、三十分。そろそろ本気で少女の呼吸が怪しくなってきた。いくら覚醒者の生命力でも、限界が近いのかもしれない。
これは、カメラを止めさせたうえで林檎を使うべきなのか?いやけど……。
洞窟めいた次のフロアへと続く道を通っていると、向こうの方に白い何かが見えた。
「あれは……!」
後ろの方でアルトゥールさんが声をあげ、自分を追い越して走り出す。自分も内心でホッと安堵の息を吐いた。
洞窟を抜けた先で、彼がこちらを振り返って手を振ってくる。
「こっち!こっち、です!はやく!」
あ゛ー。やっとこの気まずい空間を――。
魔眼が、反応する。
幻視した光景に、考えるよりも早く、全力で踏み込み肩に担いだ剣を振りかぶった。
「伏せて!!」
「へ?」
ざばりと、一際大きな音がたつ。そして、ほぼ同時に溶岩が弾けた。しぶきがアルトゥールさんにかからないよう間に入りながら、しかし視線は上へ。
魔装が溶岩で部分的に焼ける音が聞こえる。そして、自分達に大きな影が落ちてきた。
――あ、これ迎撃むりだわ。潰れる。
その巨体に剣をひき、代わりにアルトゥールさんの腰を抱えて後退。洞窟の中に跳び込んだ。
地響きと共に、『奴』が降り立った。その巨体に納得する。朽ち果てた商店街で、トラックが突っ込んだのかと思った大穴があった。それは、こいつがやったのだろう。
「■■■■■■!!??」
アルトゥールさんや後ろの人達の叫び声が響くが、もはや何を言っているのかわからない。せめて日本語で喋ってくれ。というか英語ですらない気がしたぞ。
彼をその辺に放り投げ、両手で剣を構える。それに対する様に、怪物は咆哮をあげた。
『サラマンダー・ジェネラル』
端的に言えば、サラマンダーを大きくしただけのモンスター。しかし、このサイズ差をそれだけの言葉で終えるには、あまりにもでか過ぎる。
頭の位置は自分の背を軽く超え、二メートルほど。横幅は道幅を埋め、尻尾を含めた全長はたしか、十メートルだったか?
ずらりと並んだ牙をむき出しにし、尻尾どころか背や四肢から炎をまき散らしながらこちらに吠えている。
すげぇ、怪獣みてぇ。怖いと思いながらも、それでもちょっとだけテンションが上がる。
「レイラ。アルトゥールさん達をお願い」
「かしこまりました」
このまま洞窟に突っ込まれては、彼らが危ない。前に出る。
瞬間、ジェネラルがその大口から特大の火球を放ってきた。人の胴体ほどはあろう直径のそれは、かなりの高熱を持っているのか眩い光を放っている。
だが、それでもこちらの『抵抗』のランクを上回る事はない。
炎は四散し、宙で消え失せる。最短ルートを真っすぐにジェネラルへ迫った。
それに対し奴は大口を開けたまま前進。こちらを嚙み殺すつもりなのだろうが、好都合である。地面を削る下顎を踏みつけ、勢いそのまま剣をジェネラルの上顎――脳みそを通るだろう角度で突き刺した。
刃は貫通し、切っ先が外気に晒される。それでもなお、ジェネラルは止まらない。その巨体ゆえか、あるいはモンスターという物理法則を無視した存在だからか。このままでは自分ごと洞窟に突っ込む。
まあ、レイラが魔法で受け止めるだろうけど、こっちとしては手早く終わらせたい。
『魔力開放』
突き刺したままの剣から、魔力の暴風が巻き荒れる。それはジェネラルの肉も骨を粉砕して吹き飛ばし、上顎もろとも脳を破壊し尽くした。
残るのは、踏みつけられていた下顎と頭の上半分を失った巨体のみ。それも、数秒ほどで消え失せた。
……なんというか、今更だけど生物っぽいモンスター殺してもあんまり罪悪感がないな。切った感触が少し特殊だからか、それとも自分は思ったより薄情な奴なのか。
なんにせよ、無事に倒せた。溶岩がかかった所が焦げてしまったが、ダメージはない。
ドロップアイテムがない事に落胆しつつも、レイラ達の方を振り返った。
「終わりました。脱出しましょう」
安心させるつもりで気持ち明るく言ったのだが、四人組には明らかにドン引きされている。レイラだけ拍手をしてくれていた。
……海外の覚醒者ってわかんねぇ。
こいつ、『D+』だから強いは強いけど、それでもネットで見た感じ『ソロで倒せたら一人前』ぐらいのランクだったのだけど。
……そう考えれば、僕もこれで一人前か。ちょっと嬉しいな。
* * *
サイド アルトゥール・サントス
手術室の前で、手を組んで祈る。
大切な仲間であり、魔法使いの少女。『エミリア』。ダンジョンで右足を負傷し、今治療を受けている。
気が付けば、恋人でありパーティーメンバーの『ジュリア』が俺の手に自分の手を重ねて来ていた。
それを握り返し、ちらりともう一人の仲間を視る。
メイス使いの『パウル』。エミリアの兄である彼は、神への祈りを口にしながら手術室を見つめ続けていた。
……自分達は、愚かな選択をした。
今日のダンジョン探索について考える。もしもあの時バケツの様な兜をかぶった化け物……いいや、少年に出会わなければどうなっていたか。
あのダンジョンに挑むまで、自分達は『特別』だと思っていた。
このパーティーは、『神代回帰』が起きる前からの付き合いだ。日本で暮らす外国人のコミュニティ。そこで知り合ったのが彼らである。
そして、世にモンスターやダンジョンというおとぎ話のそれが現れた時も、四人そろって覚醒した。
更には全員揃って、ステータスの平均は『E+』。これは俺の故郷のステータス平均よりも、若干だが高い。
その事実と、今まで積み重なって来たコンプレックスが組み合わさってしまった。
日本人にもなり切れないし、かといってそれぞれ祖国には帰りづらい理由がある。だからこそ、ここで冒険者として一旗あげようと今年からダンジョンへ潜る様になった。
Eランクダンジョンでは問題なく進む事ができたのだ。油断すれば命を落としかねない場所だったが、それでも講習を終え冒険者デビューもした。
そして……そして、自分達ならもっと上へ行けると、思ってしまったのだ。
両親が死に。まだ学生の弟妹を養う為と焦ったのは事実。しかしそれ以上に慢心が理由だったのだ。
その結果が、これ。悔やんでも悔やみきれない。
「これから、どうしよっか」
ポツリとジュリアが英語で呟く。まだ日本語が上手く喋れず、四人共通して会話できる英語が俺達のパーティーではよく使われていた。
「どうって……」
「治療費もあるし……これからの、探索とか」
「それは……」
今考える事かと言おうとして、飲み込む。
自分はパーティーリーダーだ。真っ先にその事を考える義務があった。それを失念していただけだ。
「エミリア次第、だな……」
「私達、これからもやっていけるの?」
「ジュリア?」
「あんな……あんな『化け物同士が殺し合う場所』に……生きて帰れたのは奇跡よ……!」
声を震わせながらこちらの手を強く握る彼女の背を、もう片方の手でゆっくりと撫でる。
「そんな風に言うもんじゃない。彼は命の恩人だぞ。どれだけ恐ろしくても……」
「けど……けどあれは、あれは人間じゃない……!」
その言葉を、自分は否定できなかった。
どこの世界に百メートルはあろう距離を跳び越えられる人間がいる。
どこの世界に大型の虎に匹敵する獣を片手で振り回す人間がいる。
どこの世界に、見上げるほどの怪物を一瞬で刈り取る人間がいる。
何よりも……それらの事を行ってなお、まるで何事もなかったかの様に振る舞う『アレ』は。どう考えてもこの世のものではない。
「……それは、違う」
祈りを口にしていたパウルが、視線を手術室に向けたまま呟く。
「彼は自然体だった。それに、度々聞く噂やダンジョンストアの空気も考えれば、彼が普通なんだ。この日本では」
「それは……」
「私達が、弱いだけなんだ。この日本の覚醒者達と比べて、あまりにも」
先ほどよりも重い空気が流れる。
認めるしかない。講習会を終えた他の受講生たち。Eランクダンジョンのストアにいた他の冒険者や職員たち。彼らの様子で、薄々は気づいていたのだ。
それでも認めたくなかった。自分達が『よそ者』であると、受け入れたくなかった。この地でも、結局は居場所がないのだと。
「……これからについてだったな。私は、エミリアの状態にもよるが、それでも冒険者を続けるつもりだ。ビザの件もある」
「そう、だな……俺も続けるよ。Eランクのダンジョンに通うがね」
覚醒者は引く手あまたと言っても、この国では微妙な所だ。
国内外で発生する覚醒者による凶悪犯罪に、偏見の眼は強まっている。その上……自分達はやはり『よそ者』だ。認めよう。彼らにとって、いつ刃物を振りかざしてくるかわからない危険人物扱いなのだ。実際、そういう同郷もいる。
まともな職につくのは、難しい。
「なら、私も残るわ。妹の学費も稼がないと」
「ジュリア、君は日本国籍のはずだろう。俺達に付き合う必要は」
「何言ってんの。あんたらだけで行ったら、今度こそ死んじゃうでしょ」
肩に軽く拳を当ててくるジュリアに、苦笑を浮かべる。まったく、彼女のこういう所にはいつも助けられるな。
「わかった……君達となら、この化け物だらけの国でも、きっと」
その時、カツカツという音が廊下に響いてきた。
手術室側では当然ない。なんだと思って振り返れば、二人の男が大股でこちらに向かってきている所だった。
片方は白衣姿に眼鏡。大きな腹をゆすりながら、暑くもないのに何度もハンカチで汗を拭う小柄な男。
一瞬医者かと思ったが、どうにもおかしい。それにあの男が連れている奴。
白衣の男とは対照的に、日本人にしては大柄でがっしりとした体格のしかめっ面をした男。自分にはわかる。あの歩き方は軍人……いいや、自衛隊か。
「やあやあやあ!いや、英語で話した方がいいかな?それともブラジル……いやポルトガル語?」
「……なにか、ようでしょうか」
「おお!日本語が喋れるとはありがたい!ますます『欲しい』!」
意気揚々と近寄って来た白衣の男は、俺達を観察する様に見回した。
それに警戒心を高めながら、ジュリアを隠す様に前へ出る。
「初めまして、ですよ、ね?」
「ああ、挨拶が遅れてしまったね。私は防衛装備庁『魔導装備研究部』部長の矢島孝太郎だ!よろしく!」
「どうも……」
差し出された手を一応とりながら、警戒心は解かない。
聞かない部署だが、防衛庁?そんな奴らが自分達にいったい何のようだ。
「単刀直入に言おう!君達、うちで働いてみないかね!?」
「……なぜ?」
本気で意味が分からず、咄嗟に英語が出そうになったがギリギリ日本語で返す。
「君達は覚醒者でありながら常人に毛が生えた程度の身体能力しか持たず、しかし覚醒者故にダンジョン内でも活動できる!そういう者達こそうちには必要なんだ!」
何やら力説を始めた矢島という男に、後ろの私服自衛官が眉間の皺を深め小さくため息をはく。
いや本当になんだこいつら。
「是非とも我が研究所に来てくれ!覚醒者でなくともダンジョンを――」
「矢島さん」
「おっと」
何か口走りかけた矢島を、自衛官が止める。
「とにかく、悪い様にはしないと約束しよう。書類やらなんやらはまた後日人をよこすが、どうかね?やってみないか!?」
「わたしたち、あまり、学校しらないですけど」
「ん?ああ、学がないと言いたいのか。問題ないよ、君達にはテスターになってもらいたい。いや、知識はあった方がいいが、元々『魔法』は今が黎明期みたいなものだからね。よくわかっていないのは皆一緒さ!」
……早口で聞き取りづらいが、こいつ今『よくわからない物のテスターになれ』って言わなかったか?
「さあ!さあさあ!うちで働いてくれるのならできるだけの便宜は払うとも!怪我をしたお仲間の治療も、うちがやろうじゃないか!」
「っ……」
こいつ、既に俺達の事を調べて。
いいや、それはそうか。こんな所を偶然通りがかるわけがない。そもそも最初に『ポルトガル語』と、俺の母国で使われている言葉を……。
迷いは、一瞬。これまでの事。そしてこれからの事を考え、口を開く。
「考えさせて、ください。前向きに、検討、します」
「そうかそうか!いやぁ、期待して待っているよ!けどなるべく早く決めてくれ!新しい技術はスタートダッシュが大事だからね!」
名刺を押し付ける様に渡してきた矢島がハンカチで額を拭う。
「それにしても、君達がDランクダンジョンに潜ったと聞いた時は肝が冷えたよ。よく無事に脱出できたね」
「それは、助けてくれた人、いましたから」
「なるほど。ならばその冒険者には感謝しなければな!」
「はい……」
あの化け物じみた強さの少年を頭に思い浮かべる。なにはともあれ、彼は自分達の恩人なのは変わりない。
……名前は、忘れてしまったが。日本人の名前は覚え辛い上に、他のインパクトが強すぎた。
バケツをひっくり返した様な兜だけは、妙に印象に残っているのに。
―――これが、後に『とある理由』で世界史にその名を遺す男、矢島孝太郎との出会いだった事を、自分達はまだ知らない。
* * *
サイド 大川 京太朗
「獲ったどぉおおおおおおおおお!」
「おめでとうございます、主様!」
ビー玉みたいな赤い石。サラマンダーの魔石を掲げ、吠える。
午前中はひたすら気まずいわ恐がられるわドロップもないわで散々だったが、午後の探索ではこれで『三つ目』のドロップである。
サラマンダーの魔石は二つに、牙が一つ。とんでもない儲けだ。魔石は一つ残すとしても、他二つだけで八十万ぐらいじゃないか!?
高校生が一日に八十万稼ぐとか、堅気じゃ普通無理だ。これぞ冒険者ドリーム!
なんかやたらたくさんサラマンダーが出てきたのもあって、午前午後合計で二百体近く戦い滅茶苦茶疲れたが、それでも余りある成果である。
「いやぁ、情けは人の為ならずって本当なんだなぁ!」
「はい!その通りですねぇ!」
溶岩がゴポゴポと鳴るダンジョンで、レイラと二人大笑いする。これも『徳』ってやつかな、知らんけど!
ふーっ!冒険者は最高だぜー!!
今日は色々あったけどそれも忘れ、ルンルン気分でダンジョンを後にするのであった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.あんな大ジャンプかまして暴れたら誰だって怖がるのでは?
A.京太郎
「だって日本の覚醒者ならあれぐらいできる人ばっかりでは?」
熊井
「たぶん二、三十人に一人ぐらいしかできねぇよ」
Q.京太郎が来なかった場合どうなっていたの?
A.あの四人は全滅+サラマンダーのダンジョンが数日後に氾濫していたと思います。作中の世界ではわりとよくある事ですね。
Q.あの四人組は結局なに?
A.海外うまれな覚醒者達ですね。Eランクはギリ踏破できましたが、Dは無謀だった感じです。
Q.ビザって?
A.作中では出てませんが、有川大臣が冒険者ビザを作ってくれています。
サラマンダー・ジェネラルへの感想
日・英の覚醒者
「強いは強いけどよっぽど相性が悪くなければソロでいける。瞬殺できる奴は少ないけど。どっちかというとスライムのが怖い」
それ以外の一般覚醒者
「レイドボスかな???1パーティーで挑んだら全員死ぬ。犠牲が1人で済む分スライムの方がまだマシ」