第百五十話 世界樹の地下に眠るモノ
先日は投稿を休ませていただきありがとうございました。再開させて頂きます。
第百五十話 世界樹の地下に眠るモノ
暗い通路を、魔法の明かりを頼りに進む。
元は新宿駅があった場所だろうに、内部に原型はない。ボロボロの石で組み上げられた壁や天井には苔や細い植物の根が生えている。ブーツで石畳を鳴らしながら、剣を肩に担いで走った。
慎重に、などと言っている暇はない。時間との勝負だ。入口を守っている雪音達に、恐らくどこかで戦っているだろう友人達。あとついでに郡さん。皆が心配だ。
通路の幅は二車線分、天井までの高さは三メートルちょっと。自分だけなら剣を振るうのに問題はない。
だが、できればそもそも戦闘などないのがベストだが……。
『主様』
まあ、そう上手い話はないか。
レイラの鋭い声に反応し剣をやや上段に構える。
魔法の明かりが照らす先。魔眼の視力もあってその存在の姿がハッキリと目に映った。
二足歩行し、手足がある。だが、それは紛れもなく『蛇』だった。
汚泥を固めたかのような艶のない黒い鱗。それらの隙間から赤黒い光を薄っすらと出し、無機質な金色の瞳をこちらに向けている。
赤い舌をちろちろと出し、鋭い爪を鳴らす姿はどう見ても友好的ではない。
直後、魔眼が発動した。
「っ!」
速い!?
蛇の様に地面を這いながら、しかし繰り出されたのは下からすくい上げる様な爪の一撃。
それを半歩下がって回避し、お返しとばかりにその鼻先へと柄頭を打ち込んだ。僅かに鱗が割れ、そこから赤い血が流れる。
『ギィァ!?』
短く悲鳴をあげて仰け反った黒蛇の腹を蹴って更に距離をあけさせ、上段から剣を振り下ろした。
先の打撃でも思ったが、鱗が硬い。一応脳天をかち割り胸辺りまで刀身が食い込んだが、こちらとしては両断するつもりで剣を振るったというのに。
念のためもう一回腹を蹴れば、剣が抜けると同時に黒蛇は仰向けに地面へと倒れた。
すると、黒蛇は黒い泥となって形を失っていく。残ったのは石畳の地面に残る泥だけ。
……いや、それはおかしい。粒子に変わらないのか?
「レイラ、これはモンスターじゃないのか?」
『……私にもよくわかりません。ですが強いて言うなら、何かの一部……なのかも?』
「何か、か。いや、今は考えている時間も惜しい。急ごう」
『はい』
これ一体とは思えない。警戒心を強め、駆け足に地下を進んだ。
随分と入り組んでおり、幾度も分かれ道にぶつかる。それも平面だけではなく上下の坂道も加わって、ここが三次元的な迷宮である事がすぐにわかった。
「急いでいるのに……!」
『ですが焦りは禁物です。冷静に、己の命を最優先に動きましょう。主様』
「ああ」
レイラにそう答え、兜の下で深呼吸を一回。鼻から吸って、腹に留めて口から吐き出す。いつものルーティーン。焦りと恐怖が胸の内を満たした時こそ、これが効く。
その時、妙な臭いがした気がした。
「……レイラ」
『はい。左の通路から何やら異臭が』
「行ってみよう」
この臭いを自分は知っている。四度経験し、その全てでこれと似た物を嗅いだ。
死臭だ。油の混じった鉄の臭い。そこに少し腐った様なものも感じるから、僕がよく知る『死にたて』のそれではなさそうだが。
それでも、予想通りの存在がいるのだとしたらこの臭いが無関係であるはずがない。
そうして進んで行けば、すぐに魔眼が反応した。
「ちっ」
咄嗟に横の道に跳び込めば、進路上の方角から黒い塊が高速で飛んできたのだ。
魔法の明かりでも届かない位置から、恐らく黒蛇どもが攻撃している。牽制のつもりか今も放たれる黒い塊は壁や床に当たってボコリと石材を削っていた。
ここの壁は魔力の影響か非常に頑丈な様に思える。それをこうもあっさりと傷つけるあたり、自分でも直撃すれば痛いではすまないな。
アイテム袋からレイラ特製の小さな筒を取り出し、軽く捻ってから通路に放り投げた。
飛び出した物に反応して放たれる黒い塊。だが標的が二十センチそこらだった事もあり、それらは外れて筒の傍を通り過ぎていった。
直後、筒の両端から眩い光が発せられる。閃光弾だが、白の魔石も混ぜてある特別製だ。モンスターにはよく効くだろう。
ついでに、その光量もかなり強い。半瞬遅れて駆けだし光を背にした自分には二体の黒蛇の姿がよく見えた。
魔力を放出して加速。一足で間合いを詰め左側の個体を袈裟懸けに斬り捨て、返す刀でもう一体の胴を引き裂く。
直後、魔眼が発動。
「と、ぉ!」
振り返りざまに一閃。天井のくぼみに潜んでいたらしいもう一体の黒蛇の右腕を斬り捨てる。
性格悪いな、こいつら!
短い悲鳴をあげながらバランスを崩して床に着地する黒蛇の顔面を蹴り飛ばし、壁に叩きつけてから剣を首に突き立てる。
切っ先を捻って横に引き裂いてから、転がった三体が視界に収まる様に後退。泥に変わるのを見届けた。
床に散らばった泥を踏みつけ、また駆ける。死臭を頼りに走って行けば、また黒蛇どもと遭遇した。
「っ、どけぇ!」
吠えるが、当然それで道を譲ってくれるはずもない。
二体の黒蛇が立ちふさがり、赤い口内を晒してきたかと思えばそこから黒い塊を吐き出してきた。
音速二歩手前で飛んでくる拳大の頑強な物体。常人どころか覚醒者でも直撃は致命傷になりえるそれらを、魔眼の予知を頼りに回避しながら減速せずに突っ込む。
左右のステップから壁に跳び、三歩壁を走った後は天井へと跳ねて三角を描く軌道で地面へ戻ってまた駆ける。そこから地を這うように重心を落として兜の上を黒い塊が通り過ぎるのを感じながら、黒蛇の腹へと剣を突き刺した。
そのまま力任せにもう一体にその個体ごと剣を叩きつけ、左の拳で二体まとめて壁に押し付ける。
『大地よ』
壁の一部が変形し、黒蛇共を貫いた。もはやその消滅を見届ける間も惜しいと、放置して進む。
左手でリカッソを掴み、槍の様にして腰だめに。その状態で全力疾走していけば、また黒蛇と接敵する。
今度は三体。前列二体が口を開き黒い塊を放ち、もう一体は壁に張り付いて蜥蜴みたいに接近してきた。
「レイラ!」
『大地よ』
黒い塊を避けるついでに柄頭を壁にぶつければ、彼女が魔法で石を操作し張り付いていた個体を叩き落とす。
そのまま正面から接近するが、比較的近くにいる黒蛇もあり下手な回避運動はできない。二射目は避けるのではなく防御を選択する。
放たれたそれらを魔眼で捉え、頭部に飛んできた方を刀身で、もう片方は脇腹狙いなので木製の鎧で受けた。
鈍い音が響くが、耐えられない程ではない。
『シャァッ!』
「邪魔だ!」
跳びかかってきた個体に合わせて姿勢を低くし、頭狙いの爪を回避しながら突き上げる様に胸へと刀身をねじ込んだ。
そのまま剣を捻りつつ突貫。三射目をそいつの体で受けるが、まだ生きているらしくこちらに絡みついてきた。
兜やマントで覆われた背中をガリガリと引っかかれながら、四射目を放とうとしている黒蛇どもを間合いにいれる。
左手をリカッソから離し、僅かにできたスペースに足を折り曲げて貫いていた個体の腹を思いっきり蹴り飛ばした。
右側の黒蛇にそいつをぶつけ、左側の個体が放った黒い塊には首を傾けて対処。
側頭部をかすめ火花を散らせたが、それだけ。素早く柄を両手で掴み爪を構えようとしたそいつの頭をかち割る。
その瞬間、叩きつけられた個体を押しのけた右側の黒蛇が組み付いて来た。
剣を引き抜く暇はないと柄から手を離し、右の籠手で牙を受け振りかぶられた右の爪を左手で掴んで止める。
だが、相手の左手はフリーだ。魔眼で予知するも対応しきれない。
「ぐぅ!?」
貫手の様に揃えられた爪が、鎧の隙間を突いてきた。鎖帷子を貫き横っ腹を抉る。
『主様!』
「うるぁああああああああ!」
痛みをかき消す様に雄叫びをあげ、魔力を放出。体勢をそのままに壁へと突っ込んだ。
当然間に挟まれた黒蛇は無事では済まない。背中から頑丈な壁に叩きつけられ、空気が抜けた様な悲鳴をあげる。
土煙をあげちょっとしたクレーターを作った壁と、その中央の黒蛇。顎が緩んだ瞬間に右手を引き抜き、ダガーを逆手に掴んで抜刀。奴の首元へと叩き込んだ。
びくりと痙攣するも、何かする前に横へと引き裂く。ついでに左の籠手で顔面を思いっきり殴っておいた。
「はぁ……はぁ……!」
『主様、負傷は私が引き受け──』
「いや、いい。もう治った。それより魔力の管理をお願い」
レイラの言葉を遮り、ダガーをしまって転がっていたツヴァイヘンダーを拾い上げる。痛みならもっときついのを経験してきた。彼女には他の事で助けてもらいたい。
そしてまた走り出し、どれだけ経ったか。
光源が魔法の光しかない場所で戦いながら進むというのは、時間感覚が狂いそうになる。
五分しか経っていないのか、それとも三十分、いいや一時間経ってしまったのか。
とにもかくにも、ようやく死臭の濃い場所にたどり着いた。
「これは……」
足を止めるつもりはなかったのに、本能的に急停止する。
足元を魔法の光で照らせば、そこには『闇』が広がっていた。
……いいや。それは大仰過ぎる例えだろう。これは、汚泥だ。
コールタールの様な黒い泥が、少しずつだが床を広がってきている。そこから人が腐り落ちて死んだ様な、そんな臭いがしているのだ。
まるで、嗅覚を通して誰かの悲鳴が聞こえてくるみたいで嗅いでいるだけで強い不快感を覚える。本能がこの泥に触れる事を拒否していた。
『主様。これは恐らく死の呪いそのものです』
「つまり?」
『触れたら死にます』
「……呪いなんだね?」
イメージする。自分がこの泥に踏み込んだ場合の姿を。
この魔眼が教えてくれる未来は、精々数秒先が限度。だが、こういう時ならば……。
「よし、行こう」
『あ、主様!?』
未来は視えた。
思い切って右足を突っ込む。ぐちゃりと、泥というよりも腐肉に触れた様な感触。それに頬が引きつりそうになるが、我慢して左足を踏み出す。
バチバチと足元で弾く感触があるが、レジストしているのか。何にせよ、臭いと感触が酷い以外は問題ない。
「大丈夫だよ、レイラ」
『……少しでも危険と判断したらお教えください。魔法で足場を作ります』
「ああ、頼む」
少しでも魔力を温存したいが、やばくなったら遠慮なく頼ろう。なんせ、予想が正しければこの先にいる相手は……。
汚泥をかき分けるようにして足を進めていく。不思議な事に黒蛇どもは見かけなくなっていた。どうやら、この泥は奴らにとっても耐えがたい呪詛であるらしい。
道中聞いたが、レイラ曰くこの泥は並みの覚醒者どころか、固有異能でそういった物への耐性を持つ者以外問答無用で殺すほどに凶悪だとか。保存できる容器があるのならロキの顔面にぶち当ててやるのだが、残念だ。
そうして五百メートルほど進む頃には、泥の深さは腰近くにまで達していた。覚醒者の膂力でなければ一歩も動けなくなる程にコレは絡みついてくる。
まるで、死者が生者をあの世へと引き込もうとしているかの様でさえある……というのは、考えすぎか。
何にせよ立ち止まるわけにはいかない。更に進んで行けば、唐突に開けた場所にたどり着く。
「レイラ。明かりを」
『はい』
複数の光球を出現させ、周囲に展開する。
大きさは、東京ドーム何個分になるのやら。まあ東京ドーム自体、行った事ないからあまりわからないけれど。
そんな少し間の抜けた考えが浮かぶほど、目の前の光景は非現実的だった。散々ファンタジーな存在と戦った身だというのに、呆気にとられる。
巨大な……それ以外に表現できないほど巨大な龍が眠っていた。
呼吸すらもしていないのか、瞳を閉じて微動だにしない。鱗一枚で人間何人分だという程に大きく、全てがこの泥と同じ色をしている。
物理的に巨大ではあるが、その纏う気配が桁外れだ。見ているだけで呼吸が苦しくなる様な感覚さえある。ファイアードレイクやミノタウロスが赤子に思えてくるほどの威容。本能がここからの逃走を必死に提案してくるのを理性でねじ伏せる。
四方を巨大な根で囲まれたその龍をじっと見上げていれば、キラリと光る物に気づいた。
糸だ。あの巨体と比べてあまりにも細い糸が龍の全身を縛り付けている。それらは周囲の根に繋がれており、龍とはまた別の魔力を放っていた。
直感でわかる。あれは、自分の剣ではどれだけ力を籠めようが切る事はできない。人間と比較してもタコ糸未満の細さをした糸なのに、タンカーを繋ぎ止める鎖より太く自分の眼には視えた。
まさか、フェンリルを縛り上げた『グレイプニル』?いや、だがそれなら……。
そう思って必死に龍の体に巻き付いた糸を観察する。例えどれだけの隠蔽がされていようと、『弱点』を見つけ出さねばならない。まともにこの糸を切れないのなら切れる所を探すのだ。
「……あった」
魔眼が見抜く、魔法で他と同じ色に見せかけられた赤い糸。
金色の糸を補う様に、所々赤い糸が使われている。継ぎ接ぎだらけだ。まさかと思って探したが的中したらしい。我ながら悪運が強いな。
フェンリルに引きちぎられた糸を再利用したのだろうが、切れた部分を補った箇所も強度は同じだろうか?
否。自分の魔眼が、練り上げられた魔力がまったく違うと告げている。ロキは神代のドワーフたちが作り出した技術を再現できなかったのだ。
黒い龍の体をよじ登る。触れただけで吐き気を覚え、背筋には悪寒が走った。ああ、わかっている。この怪物は、自分の知る中で間違いなく最強だ。関わる事すら憚られる。それこそ、神様だってこいつを仕留めるのは無理だろう。
しかし、だからこそ戦局をひっくり返すに足るのだ。
『主様、本当にやるのですか?』
「ああ。できれば嫌だけど、僕の脳みそじゃ他に手が浮かばない」
全く、これが花園さんだったら『殴ればだいたい解決します』とか言えたのかな。あの人でも流石に無理かも……いや、不可能を可能にしそうな人だ。自分の様な愚者とは違う。
しかし未だこの一件が解決しないあたり、花園さんはロキの策にでも嵌められたのだろう。彼女の助けは今の所期待できない。この場にいるのは僕とレイラだけだ。
だから、例え愚かと思える行動だろうと生き残るためならやってやる。
赤い糸の箇所へとたどり着き、ダガーを鱗と糸の隙間に挿し込んだ。
「さあ、目覚めてくれ。お前が背に乗せられなかったラグナロクの死にぞこないが、この地にいるぞ」
聞こえているかはわからない。それでも願掛けのつもりでそう呼びかけて、刃を引いた。
あっさりと、赤い糸が切れる。
「起きろ、『ニーズヘッグ』。今度こそ、神々の黄昏を終わらせてくれ」
龍の閉じられた黄金の瞳が開かれる。
そして、世界が揺れた。半瞬遅れて目の前の黒龍が吠えたのだと理性が判断する。鼓膜が破れた感触があったが、全身に打ち付けられる轟音が脳にこいつから発せられた音だと伝えてきた。
衝撃で鱗から弾き飛ばされ、宙を舞う。やけにスローに視える視界で、ニーズヘッグがその顎に信じられない魔力を収束させるのを目撃する。その狙う先は、真上。
……あ、そう言えばこの後どうしよう。あの巨体が通路を通れるわけなくて、じゃあどうするのかって言ったら。
「……やっべ」
どうやら、自覚できていなかっただけで滅茶苦茶焦っていたらしい。
『あ、主様ぁぁ!?』
黒の極光が、天に向かって放たれた。
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