第百四十七話 想定外
第百四十七話 想定外
サイド なし
「進めぇ!進めぇええええ!」
「ロキを殺せば終わる!雑兵に構うな!」
「負傷者はさがれ!破損した金剛は部位ごと交換だ!」
「勝てるぞ!押しつぶせ!」
「ははははははははははははは!!」
当初、ロキは苦戦こそすれど初戦にて終わらせるつもりだった。
一万を超えるエインヘルヤルの軍勢。更にはその後方に配備した千と少しの予備戦力。攻め込んでくるのは死にかけの郡凛と、十人にも満たない野良の覚醒者程度だろうと。
ナイトメアによって政治の中枢は混乱と疑心暗鬼の渦に飲まれ、国民は二転三転する状況についてこられないと考えた。マスコミの関係者にはドッペルゲンガーたちとロキが洗脳した人間をいれてあったので、なおの事。それもドッペルゲンガーが消えた事で政治家達同様に混乱が発生しているはずである。
だが、蓋を開ければむしろ人間側が圧倒する状況になっていた。
郡凛は全快し、その歌声を取り戻した。更には比較的少数とは言え自衛隊と警察その他の部隊が動き、その上龍脈から魔力を吸い上げる経路を乱されエインヘルヤルの数を大きく削られている。
失った端から再召喚をするものの、それを上回る速度で人間側は進撃。現代兵器の真骨頂とばかりにずらりと並んだ戦列に大砲を撃ち込み、突撃する勇士たちを機関銃による掃射で出迎えている。
現在は予備戦力に対し赤城萌恵率いるたった数人の集団が攻撃をしかけ、二方向から人間たちは世界樹に迫っていた。
天秤は誰が見ても人類に傾いている。あとほんの十数分ほどで彼らはロキのいる世界樹を射程に収めるだろう。
空戦部隊も花園加恋により粗方潰された。彼女は郡凛を狙う個体を優先的に叩き潰しながら、虎視眈々とロキの首を狙っている。
「正直、驚いたよ。本当に」
世界樹の中腹。その洞にて、囚われた伊藤胡桃を背にロキは呟く。
「認めよう。有川琉璃雄。君は俺の予想を上回った」
札を舞わせ、有川総理がエインヘルヤルの遠距離攻撃から機甲部隊や治療中の者達を護る。
彼は己が戦いの素人であると判断し、援護にのみ徹した。だが、そもそも自衛隊や警察を直接ここまで引っ張ってきたのも、龍脈からの供給を阻害しているのもこの人物であるとロキは見抜いている。
「認めよう。赤城萌恵、桜井一心。君達は俺の裏をかいた」
二刀でもって英雄豪傑の群れを蹴散らし、狂笑をあげながら暴れる赤毛の女剣士。そして、日本で最も重要な霊地に居座り他国の横槍に備える桜井一心をロキは思い浮かべる。
この混乱した状況では他国からの漁夫の利や妨害工作に備え、彼らは動けないはずだった。だが、実際は公安にそれらの大半を投げ桜井家が持つ戦力の八割以上をこの戦場に送り込んでいる。ロキが事前に集めた情報にない、まったく別の窓口を使ったのだ。
「認めよう。郡凛。君の執念と欲深さは、俺の理解の外だった」
ロキがその右目を向ける先。そこには空を守護精霊の馬に乗って駆け、白銀のチャリオットに守られながら歌い続ける少女がいる。
「まさか『黄金の林檎』を隠し持っていたとは思わなかったよ。君程度ではただ持っているだけで狂うはずだが、はなっから狂っていたか。そのうえもっと欲しいと、友情で誤魔化して林檎を求める浅ましさ。人間の醜さの象徴みたいな女だよ、君は」
苛立ちを隠す気もないと、ロキは長い金髪を掻き上げる。
だと言うのに、青い肌の美貌には何の感情も浮かんでいない。焦りも怒りもなく、まるで蟻の行列を見下ろしている様に無表情だった。
槍を肩に預け両手を打ち鳴らし拍手を送り、彼は頷く。
「よく頑張った。賞賛しよう、君達は間違いなく英雄だ。大英雄と言っていい。この場に集った戦士たちも、エインヘルヤルに劣らぬ豪傑ばかりだ」
乾いた拍手の音が、一際大きな音で止まる。
「だが──少々、神を侮り過ぎではないかね」
ぶわりと、世界樹を中心に風が吹き荒れた。
たった一瞬の衝撃。それだけで戦車さえも動きが止められ、それ以外は転がされて中央から遠ざけられる。
横転する巨大な怪異や黄瀬翠の入ったゴーレムが地響きをあげて周囲の建物を破壊し、先ほどまでの破竹の勢いは殺された。
だが、負傷者こそ出たものの死者は一人も出ていない。自衛隊を中心にすぐさま陣形を組みなおし再度の進撃を開始する。
だが、それは叶わない。
「なっ、なんだ!?」
「壁!?進めない!」
彼らの前にいつのまにか不可視の壁が出現していた。覚醒者が強引に突破しようとするも、武器をいくら叩きつけようが壊れる事はなく砲弾ですら小動もしない。
「いかん……」
自衛隊の指揮をとっていた水無瀬三佐が冷や汗を流す。
ここまで彼らが快進撃を続けられたのは現代兵器の活躍が大きい。だが、それには魔力を帯びた武器弾薬が不可欠である。
それらを湯水のように使っていたのは、短期決戦以外では勝利がないと踏んでいたから。他国への警戒もそうだが、何より異界中央にある巨大な樹。あれが、『いつ育ちきるかわからない』故に。
あの樹がもつ力がどの様なものか彼らには見当もつかないが、良くない事が起きるのだけはわかる。それ故に時間をかける事ができなかった。
だというのに、ここに来ての足止め。異界深くまで攻め込んだ為に左右後方にはエインヘルヤルが迫っており、囲まれた形になる。
更に───歌声が、なくなっていた。
空を見上げても郡凛どころか花園加恋すらいない。彼女らは、それぞれが別の所に……否、世界樹周辺の結界内側に引きずり込まれたのだ。
二人の支援を失った自衛隊と警察、そして桜井家の覚醒者部隊は、もはや退路すらもない。
この結界は『黄金の林檎』の魔力を流用されている。主であるロキの許しなしで入れるのはそれこそ林檎の所有者本人か、胡桃が本能的に受け入れているもののみ。この中にそれが適応される者などいない。
外からは万全の防壁。そして、その内側にわざわざ引き入れた強敵にロキが何もしないはずがなかった。
「この時代における最強格の戦士よ。俺の子らによる歓待を、どうか楽しんでくれ」
* * *
世界樹の周囲には、結界の外側からは見えないが九つの区分で分けられた別個の異界が存在する。
その一つにて、白銀のチャリオットは曇天の空を飛んでいた。
荒波が水しぶきをあげ、点在する陸地にぶつかっては天に届くのではないかと言うほどの水柱を上げている。
否。花園加恋は既にあれらが陸地ではない事を察知していた。
異界全体が揺らぐ。曇天の中からゆっくりと這い出てくるのは、人の眼では全容を捉える事すらできない巨体。
鱗の一枚一枚が島ほども大きく、黄金に輝く瞳は真っすぐと獲物である白銀の騎士を捉えている。
ほんの僅かな動きだけで大気がかき乱され、開かれた大口から漏れ出た息は暴風を異界全体に引き起こした。
それは、蛇の形をした終末である。
『ヨルムンガンド』
世界蛇と呼ばれる、北欧神話最大の怪物。そして、ロキがアングルボザという巨人との間につくりし子供の一体。
その巨体は世界すらも締め上げ、海さえ飲み干す最強の蛇。ラグナロクにて、雷神トールと相打ちとなった猛者でもある。
もしもかの蛇が本来の力を出せるのだとしたら、それこそ神格の中でも最上位の者しか太刀打ちできない正真正銘の『形をもった終末』だ。
だが今のその巨体はまがい物に過ぎない。大陸を締め上げる事もできない全長に、海を半分も飲み干せない胃袋。
それでもなお、これは国の一つや二つ日が傾くより早く平らげてしまう怪物だった。
だが、花園加恋の意識はヨルムンガンドのいる正面だけには向いていない。
ゆっくりとチャリオットを旋回させ、後方へと向き直る。
そこには、あまりも美しい狼がいた。
ヨルムンガンドには遠く及ばずとも、都市を丸のみにする巨体と顎。白銀の毛並みを風になびかせ、口の端から炎を吐きつつ白銀の騎士を赤い瞳で睨んでいる。
その圧力は、かの大蛇すら上回るかもしれない。
『フェンリル』
北欧神話の頂点である主神、オーディン。その死因こそがこの魔獣である。
太陽すら食らった狼。グレイプニールにて縛られ、しかしラグナロクにて拘束を引きちぎり神をその腹の内に飲み込んだ存在。
その最期こそオーディンの息子に討ち取られたが、主神を食らったという事実は変わらない。
間違いなく、北欧神話最強の魔物。
最大と最強。ただそこにいるだけで遠近感を狂わせる怪物達。それらがたった一人の人間を殺すために、仮初の肉体とは言え現代に蘇っていた。
* * *
それとはまた別の区画にある異界にて、『地獄』が再現されていた。
零下二百度前後の極寒の地。大地は凍り付き、風はあらゆる生命の温もりを奪い去る。
その地にて、一人の剣士が白い息を吐きながら笑みを浮かべていた。
「凄いな。まさか生きているうちに冥界に行けるなんて」
呑気にも聞こえるその様な事を呟くが、彼女。赤城萌恵に一切の余裕はない。
いかに覚醒者、その中でも最上位の肉体をもつ彼女とてこの環境はただ立っているだけで死に至りかねない魔境。
謎の疾風が襲ってきた瞬間、赤城は直感的に結界の一部を切り裂いて中に侵入した。そして、その先にあったのがここだ。
ニブルヘイム。北欧神話でそう語られる冥界を再現したここには、その主人さえも仮初の肉体で復活を遂げていた。
猛吹雪の中、赤城から見て数十キロ先の場所。そこに一人の女がいる。
ぞっとするほどに美しい顔をしていたが、その表情に生気はない。老婆の様な白髪から覗く垂れ目気味な目には濃いクマが刻まれ、肌は蝋人形の様であった。
華奢な体を喪服の様なドレスで包むその麗人は、腰から下がない。あるのは腐臭が漂う黒い霧のみだ。
半身を腐らせ、生命の気配を一切発さない女神。その存在を、赤城萌恵は伝承として知っている。
『ヘル』
フェンリル、ヨルムンガンドに続くロキの子。北欧神話における冥界の女主人。
エインヘルヤルとして選ばれなかった死者たちを迎え、そしてあの世に縛り付ける番人でもある。女神とさえ語られるその存在は、恐ろしいまでの殺意を赤城萌恵に向けていた。
それは己の領域に生者でありながら踏み込んだ不敬に対してか、あるいは英雄の魂と武勇をもつ存在への嫌悪か。
なんにせよ、その殺意は形となって現れる。
凍り付いた大地より溢れる黒い霧。それらが人の形をとっていき、ゆらりゆらりと不定ながらも二つの足で立ち上がった。
その者達に固有の名前などない。彼らは死者だ。神代にて何を残す事もなく、英雄や神々の戦いに巻き込まれただ死んだ。
彼らもまた、赤城萌恵に猛烈な殺意を抱く。
生きているその命が憎い。美しい顔が恨めしい。健康な肉体が羨ましい。己が剣のみで偉業をなす武勇が許せない。
この者らは英雄には届かない。されど、それでも神代の住民だ。その膂力はそこらの野獣程度なら容易く引き裂く。
それが、十万以上。なおも増え続け、赤城萌恵を包囲する。
ただそこにいるだけで死に至る環境で、亡者の群れに囲まれながらも赤城萌恵は笑みを深めた。
無言のまま犬歯をむき出しにするほど口元を歪め、赤い髪を振り乱しながら双刀を手に彼女は駆ける。
迎えうつ死者の軍勢。その壁を切り開き女神の首に刃を届かせるのが先か、あるいは体力が尽きるのが先か。
それは赤城萌恵にもわからない。だからこそ、彼女は笑みを浮かべるのだ。
* * *
「感謝するぞ、小山耕助。俺は君の名を再建した『アスガルド』を護る城壁に刻むと誓おう」
ロキが己の胸に左手をあて、祈る様に目を閉じる。
『神獣召喚』
賢者の会教祖『小山耕助』が有し、ロキによって吸収された固有異能。それは己が知るモンスターの顕現と使役。再現度は魔力量と対象への理解度によって大きく変わるが、この三体に関してロキ以上に詳しい者などいない。流石に全盛期の姿とは魔力の関係で不可能ながら、それぞれが『A+』以上の力を持つ。
人間側の軍勢は破壊に特化した大英雄でなければ突破不可の結界に阻まれ、袋の鼠。
花園加恋、赤城萌恵の特筆すべき戦力は隔離し、ロキがもちうる最高戦力とぶつけた。
そして、郡凛はたった一人で結界の内側に放り出した。内部にいるエインヘルヤルが彼女を殺すだろう。
ロキはそう試算するも、油断はしない。彼自身『余裕のある体ではない』うえに、これは神である彼ですら正確な時間を数える事を放棄するほど長い時をかけた計画なのだ。万が一にも失敗は許されない。
ラグナロクで死にぞこない、『あの邪龍』を抑え込んで、同胞の生き残りを探した。
だが、彼以外に神は地上におらず。他の神話を探しても同じ境遇の者は一柱もいない。
神代が終わりを告げ魔力が薄れた時代を、泥水をすする様な状態で生き残った。それでも限界を迎えた時、成功するという確証はないままに最後の望みをかけて龍脈を活性化させ計画を実行したのだ。
結果だけ言えば、彼は賭けに勝った。北欧とはなんの繫がりもないこの土地で、『黄金の林檎』は再誕したのだから。
他の神々の願いが背を押しているのだと、ロキは思う。かつての彼であれば嗤って蹴とばしたその妄想だが、しかし今の彼にとってこの世に顕現している唯一の理由となっていた。
故に、彼はこの状況さえも利用する。
「イドゥンもどき。自害は無駄だと忠告しておこう」
「っ……!」
振り返らずに告げられた言葉に、伊藤胡桃は小さく息をのむ。
「肉体の内側に障壁を展開させて内臓を引き裂いての自殺……その気概は認めてやるが、それよりも先にこの樹は育ちきる」
「……私は、この程度の痛みで魔力を流したりしない。凛ちゃんがそこにいるのなら、貴方が凛ちゃんを害するというのなら……!」
「ああ、そうだな。しかし、この場に集った現代の英雄達のおかげで『足りる』」
ロキは世界樹から人間たちを睥睨する。
物理的には繋がらぬ場所を、しかし彼の瞳なら見渡す事ができた。最も、各所で発生する戦闘のせいでその精度は落ちているものの……『華々しい彼ら、彼女ら』を見逃す事などない。
「過去と今の英雄同士が本気で殺し合う。それによって発生した魔力はそれだけで天変地異すら引き起こすのだ。それがこの異界の領域で発生している。養分としては十分だよ」
「……っ!?」
「人間が俺の想定を超える事など、想定内だ。どの様な形になったとしても、俺が勝つ」
体内で破壊と再生を繰り返し続ける胡桃が、眼と口の端から血を流しながらもロキの背中を睨む。
「この……!」
「睨みたければ好きなだけ睨め。罵りたければ喉が枯れようとも叫ぶといい。貴様が自害に成功する確率もゼロではないのだ。その可能性が少しでも下がるのであれば、会話に華でも咲かせようか?イドゥンもどき」
無表情のまま振り返るロキ。
だが、すぐにその顔に笑みが浮かぶ。この世全てを罵る様な嘲笑さえその瞳に滲ませて。だが、胡桃にはその顔さえも演技に思えてならなかった。彼女の想定以上にロキは壊れ、それ故に準備を整える事ができたのだ。
この地に全ての駒が出そろった。ロキと胡桃が知る手札は全て切られ、あとはただ順当に進むだけ。
赤城萌恵が、花園加恋が、あるいは有川琉璃雄が、ロキの想定を超え立ちはだかる全てを排し彼のもとに到達する可能性は存在する。
だが、その時彼らに神と戦うだけの力が残されていようか?
郡凛も共に駆け付けようとも、彼女の力では死にかけの三人が揃おうともロキには敵わない。
この盤面では、長すぎる時を生きた神を打ち落とす一手は存在しない。
彼らの知る、盤面には。
* * *
サイド 大川 京太朗
「待って、皆どこいった?」
新宿という土地のイメージとはかけ離れた湖が突然目の前に現れ、立ち止まって周囲を見回したら誰もいなかった。
「ワタクシ達が傍におります、旦那様。そう、たとえどの様な事があろうともお傍に!」
「うん、それはありがたいけど今はそうじゃない」
訂正。雪音もリーンフォースもセカンドもいる。だが、遠目にもわかる魚山君や自衛隊の戦車もいないのだ。
なんなら別方向で大暴れしていた黄瀬さんの気配も感じられなくなっている。
何かが押し寄せてきて回避不可と判断し防御態勢を全員でとったものの……目を開けてみれば全く知らない場所にいた。
「……え、本当にここどこ?」
湖の中央に生える巨大すぎる樹がある事から、戦場から離れてしまったわけではなさそうだが……。
『魔力反応多数。九時方向からこちらに向かってきます』
「くっ、考える時間もなしか!」
剣を構えなおし、リーンフォースの告げた方角に目を向ける。
郡さんの支援はなし。他の援護も期待できない。自分達だけで突破するしかないか!
何はともあれ、あの樹にさえたどり着けば何かしら好転するだろう。
「全員、駆け抜けるぞ!」
『はい!』
『了解』
「お任せください!」
魔力による加速を受けた脚で地面を踏み砕きながら、澄み渡った湖のほとりを駆けた。
読んで頂きありがとうございます。
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