第百四十六話 血狂い
第百四十六話 血狂い
ロキがさし向けたエインヘルヤルの軍勢。有川総理により約半数にまで減少するも、なお圧倒的な戦力である。
なるほど、神が待ち構えるダンジョンというだけはある難易度だ。しかし、こちらとて遊んで待っていたわけではない。どうせ期日を守らないだろうと、全速力で準備はしていたとも。
自分の持つ全ての人脈を動員して人と物を繋げ合わせた。お偉いさん同士の立場故に言い出せない事を『民衆の意見』という名目で相原君のコネも頼り署名を集めたり、話し合いの場に同席させられたりな。
そして、その恩恵は『材料』として自分にも適応される。
「ぶっ放せぇ!『リーンフォースセカンド』!!」
返事の声などありはしない。代わりに響く回転音。続けて、大気が焼ける異音が耳に届く。
異界の浸食を受けたアスファルトの地面に立つのは、二メートル二十センチの巨体。白銀の全身鎧に似た装甲を纏った『戦闘特化ゴーレム』。その名称は、リーンフォースセカンド。あまりにも安直なネーミングは、僅か数日で用意した弊害とも言える。
だが、こと性能に関しては文句のつけようなどない。
あの機体が右手に装備した一メートル越えの八本の杖を束ねた魔道具はガトリング砲に酷似した見た目をしていた。その先端に装着された赤い魔石が発光し、回転に合わせ一つずつ炎弾が放たれる。
一発一発がエインヘルヤルの体を焼き切り、流れ弾が当たった標識は千切れ飛んでビルの外壁は溶け落ちた。
法律ギリギリ。本来魔道具の飛び道具は禁止されているが、『魔法を使う事』は容認されている。
そう、あれはどれだけ見た目がガトリング砲とそっくりだろうが『杖』だ。
炎の弾幕から逃れ、物陰から魔法を使うエインヘルヤル達がセカンドを狙い呪文を唱えた。
迫る火球に対し、セカンドは左手に装備した直径一メートル半ほどの盾をかざす。楕円形のそれには四つの琥珀と中央に白い魔石が嵌めこまれ、魔法が直撃する瞬間輝き結界を展開した。
爆炎が一瞬だけ機体を包み込むも、黒煙を突き破り白銀の装甲が姿を現す。
煤すらついていないセカンドは建物もろともエインヘルヤル達をガトリング砲で薙ぎ払った。放置されたガスかガソリンにでも当たったのか所々で爆発が発生するが、緊急時につき無視する。
燃え盛る街に照らされた白銀のゴーレムがその翡翠色のカメラを輝かせた。
これこそが、自分が咄嗟に用意できた『備え』。一から何かを作り出すには何もかもが足りない。であれば、ある物を使うまで。
リーンフォースの予備パーツと取り寄せた出来合いのゴーレム部品を組み合わせ、足りない装甲は『白銀の林檎』産の木材と塗料で補った機体。そして、元のリーンフォースがファイアードレイクの逆鱗を使っているのに対しこちらは『ファフニールの心臓』を使用している。
北欧神話に伝わるファフニールは、その心臓を食べる事で誰よりも優れた知恵が宿ると語られていた。現代に蘇ったその心臓は、とても人が食える見た目も材質もしていない。
これの本来の効果は、『ゴーレムにあらゆる魔法を扱わせる事ができる』というもの。
無論、神話に伝わるシグルドの様に神格に匹敵する魔法までは扱えない。だがそれでも、魔法が扱えるという事実が大事だった。
全身と装甲、そして武装に林檎の樹をふんだんに使ったあの機体は、ただの魔石から繰り出す魔法を必殺の領域にまで高めるのだから。
もっとも、急造品の機体だ。リーンフォースと違い装甲の下には木製のフレームや人工筋肉が詰まっている。こちらの声を理解する事はできるが、喋る事はできない。
何故かレイラがその点を酷く悔やんでいたが、この場ではなくても別に構わないだろう。
「『乱れ白雪』!」
セカンドから少し離れた位置では、他にも頼れる仲間がその力を存分に発揮していた。
例の装備を纏った雪音が両手の扇子を振るいエインヘルヤル達の動きを止め、それをリーンフォースが両手剣で切り裂いていく。燃費の問題で炎は使えないが、それでなお多大な戦果をあげていた。彼女が振るう剣もまた、桜井会長から貰った『B+』相当のドロップ品である。
それにしても、暫く見ないうちに随分とあの二人も連携が上手くなったものだ。少しだけその事が嬉しくて、兜の下で小さく笑う。
だがすぐさま意識を戦闘に集中させた。ここは戦場であり、油断慢心が許される相手ではないのだから。
「レイラ」
『はい!』
既に『樹王』は発動している。
自分に迫る十二体のエインヘルヤル。どれもがそれぞれに得物を構える姿は、自分などよりも遥かに様になっていた。
純粋な技量という点では完敗だろう。人型の敵というのは、どうにも動きがわかりづらい。酒井先生曰く、自分の剣はあまりにも怪物を想定し過ぎているとか。
最低限の知能があるのか、既に雪音達の契約者は自分であると察しているのだろう。奴らにとって、この首さえ獲れれば終わるのだから殺到するのは当然である。
恐らく相打ち覚悟で斬りかかってくるだろう。伝説に名を遺した猛者たちが、己より遥かに上の殺人技術でもって。
ならば彼女らに戦闘を任せ、ここに棒立ちとなるか?それとも尻尾を巻いて逃げ出すか?
断じて否である。そんな選択肢を用意しておくのなら、最初からこの場にはいない。
成すべき事は単純だ。技量で負けているのなら、他で圧倒すればいい。
『魔力解放』
『風よ』
吹き荒れる魔力。刀身に束ねられる風の奔流。集約された魔力を朝日の様に煌めかせ、大きく振りかぶった。
内包する破壊の権化に両腕を持っていかれそうになるが、それもまた魔力の放出で強引に抑え込む。
龍の唸り声を彷彿とさせる刀身。それを、迫る敵集団目がけて振り下ろした。
轟音は、遅れてやってくる。
斬撃は刀身の長さを遥かに超え、破壊の範囲は前方数十メートル先まで伸びる。進路上……否、射線上にあった道路はアスファルトの地面が剥ぎ取られ土と配管が露出し、左右にあった街路樹もビルの壁もまとめて吹き飛ばされた。
一撃で蹴散らすのであれば、技量の差など関係ない。ただひたすらにぶっ飛ばす!
「凄いな、これは……!」
『はい!魔力が溢れてきます!』
チラリと、視線を空で歌い続ける郡さんに向ける。東郷さんから聞いた彼女の固有異能。もしやと思って林檎の果汁をポーションと偽って飲ませた甲斐があったというもの。
もしかしたら、この場において彼女の歌の恩恵を一番授かっているのは自分かもしれない。剣は羽の様に軽く、魔力は大海からくみ上げているかの様に尽きる気配がないのだから。常であれば二発も撃てれば上々と言える先の様な一撃も、既に五回も出している。
ふと、他の覚醒者達と戦っていたエインヘルヤル達の視線までもが自分に集中したのを感じた。なるほど、光栄な事によほど自分を脅威とみなしたらしい。普段であれば勘弁してくれと嘆くところだが、今だけはちょうどいい。存分に食らいつけ。
前方から直進してくる者。壁から壁へと跳ね三次元的に斬りかかってくる者。魔法による短距離転移で背後にまわる者。
四方八方から迫る敵に、レイラの『自然魔法』によって束ねられた風と魔力を纏わせたツヴァイヘンダーを振り回した。
技量の補正を受けないのであれば、この『樹王』にデメリットなどありはしない。彼女の繊細な魔力操作と魔法の支援を存分に受けられる。
イメージするのは、かつて戦った炎龍の猛威。圧倒的な破壊でもって技量の差を覆し、強者の権利とばかりに理不尽なまでの暴力でただ蹴散らす。
正面から来たエインヘルヤルは数体纏めて風の鉄槌で叩き潰し、上から迫る者達は回避のできないタイミングで薙ぎ払って、背後に立った者は魔力の加速を得て置き去りにする。
味方を巻き込んではならないとやや突出しつつも、未だ自分の仲間たちは無傷。それに危機感を覚えたのか、群がってくるエインヘルヤル達の数が更に増した。
既に五百以上を斬り伏せて、なおも絶える事のない敵軍に笑う。
あいにくと、どこぞの姉妹の様にバトルジャンキーのきらいはない。この笑みは、策が上手くいっているが故の事。
さあ、神様。こちらばかりに手勢を向けていていいのか?
* * *
サイド 黄瀬 薫子
「さて、皆。準備はいいかな?」
赤い長髪をポニーテールに纏めた萌恵が、首だけこちらに振り返る。
白い着物に紺の袴。黒の陣羽織をなびかせ、朱塗りの鞘に納められた刀を大小二対計四本提げた姿。彼女の魔装。
はて、五人揃っての出撃とはいつぶりだろうか。一カ月は間をおいていないはずなのに、ここ最近の忙しさで随分と久しぶりに思えてならない。
そんな事を考えて、今は関係ないかと頭の中から放り投げた。
この時、この瞬間に考えるべき事は他にある。それも一生のうちに一度あればそれは奇跡と言えるほどの大イベントが。
「もちろん」
『早くヤりましょう!!』
「私のデータでは全員準備は整っています」
「……うん。萌恵ちゃん。いつでもいけるよ」
全員の返事に萌恵は満足気に頷いて、二刀を引き抜く。
「北欧の神を相手に護国の戦。日本史上初めての殺し合いだ」
柄の感触を確かめる様に指を動かしながら、彼女は語る。
「私達は強い。それは間違いない。だけど相手だって強者だ。死ぬ可能性もある。それでもなお、ついてくる覚悟はある?」
「くどい」
短く答えた私に、萌恵の肩が小さく震えた。
怯え?驚き?いいや違う。あいつはそんな繊細な女じゃない。それはこの場にいる者達が誰よりも理解している。
なんせ、全員が全員過去に『やらかそうとして』萌恵に叩き潰されたのだから。
この中で誰が最も血の気が多く、残虐性と闘争本能の塊みたいな危険人物かと問われれば、全員一斉に同じ奴を指差すだろう。
「いいね。凄くいい」
隠す気もないとにじみ出る喜色。
私も大概いかれている自覚はあるし、愚妹も脳筋眼鏡も、そして桃花も現代社会からはズレた思考をもっている。『神代回帰』以前は産まれる時代を間違えたと何度も嘆いたほどだ。
だが、それはこの『狂戦士』ほどではないと断言できる。
「殺し合いの時間だ。神が率いるかつての英雄達の軍勢を相手どっての戦だ。悔いを残してここで死んでも、笑って逝ってやろうじゃないか。その価値がある」
驚くほど静かに語る彼女は、下駄を履いた足を一歩踏み出した。
直後、トップスピードに入る。さもこれから士気の上がる事を言うぞとばかりに前振りをしておいて、私らを置き去りに敵陣目掛けて突っ走ったのだ。
「っ──あの馬鹿フライングしやがった!」
そうだったあいつはそういう女だった!普段は理性と善性で覆い隠しているだけで、とち狂った大馬鹿だ!
『ずるい!ずるいですよ萌恵さん!!』
「私のデータではこうなる確率が六十%でした」
「だったら先に言いなさい」
「桃花、後ろ借りるわ!」
抜け駆けして突っ走る赤毛の馬鹿の背はみるみる小さくなっていく。慌てて桃花が跨るユニコーンの後ろに飛び乗り、ケツをひっぱたいた。
「ハイヨー、シルバー!」
「この子はそんな名前じゃないんだけどなぁ」
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛───!!』
「なんと。私が最後尾とは。データにはない事態です」
桃花の使い魔と共に突っ走る。視界の端では愚妹が入った四足獣のゴーレムが並走しており、たぶん後方では葵が弓を担いで追いかけてきているのだろう。
ああ、まったく。この瞬間は何物にも代えがたい。かつての事など忘れて、今は産まれた時代を嘆く瞬間などなくなっていた。
戦場の気配に狂う事が許される。それも恩人達の命という大義名分つき!なんとも良き時代に産まれたものだ!!
視線の先、異界中央にそびえる巨大な樹を目指して萌恵が走っている。ロキが予備兵力としてとっておいたのだろう敵集団に迷う事なく彼女は斬りかかった。
剣が閃いたのは、二回。こちらに飛んできた首は。四つ。
一刀で二つ以上のエインヘルヤルを斬り殺しながら、萌恵は笑みを浮かべたまま吠える。
「赤城家十二代目当主、赤城萌恵!押しとおぉぉぉおおおおおるっ!!」
その速度を一切緩めず進み、声を置き去りにして彼女は剣を振るう。
すぐさま迎撃しようとするエインヘルヤル達は、流石かつての英雄達と言ったところか。
脳天から心臓までを斬られながらも腕に組み付き動きを封じ、他の個体が槍を三方から突き出している。
一つ一つがライフル弾なみの刺突。全く同時に放たれたそれを、片手が塞がれた状況で捌けるはずがない。
赤城萌恵でなかったのなら。
「ふぅっ」
もう一度言おう。彼女は速度を一切緩めていない。腕に組み付かれたままエインヘルヤルを振り回し、左側からの刺突の盾に。そして右手の刀がぶれたかと思えば、次の瞬間には残り二体の両腕が斬り飛ばされていた。
引き裂くように捕らわれていた刃を振り抜き、独楽のように体を回転させ次の獲物を斬り殺す。踊る様なステップを踏んで刃を閃かせ並み居る英雄達を斬り殺す様は、彼女こそが神話の怪物にさえ思えた。
時折彼女と切り結ぶ事ができる個体も現れるが、次の瞬間には膝蹴りで体をくの字に曲げられほぼ同時に首を刎ねられる。その隙を狙った別の個体は顔面を柄頭で打ち抜かれ、やはり萌恵は止まることなく前進を続けた。
正面のエインヘルヤルを十字に切り裂いて、バラバラに散っていく身を突き破り更に前へ。
霊体ゆえに返り血などないはずなのに、彼女の赤い髪は血風の中を突き進んでいる様に見えた。
「さぁさぁさぁ!『あの修道女』との再戦を果たす前に、この首を獲る英雄は誰だ!一度は死んだ身であるのなら、二度も三度も同じと恐れずしてかかってこい!!」
振り下ろされた斧の柄を相手の首ごと両断し、もう片方の刃で別個体を縦に割り彼女は吠える。
「ああ、神よ!異国の神よ!戦場にて貴様を誘う女がここにいるぞ!臆す事なくかかってこい!殺し合おう、全力で!!」
焦燥に体の奥が包まれる。ふざけるな、お前一人で全部斬り殺す気か!?
「お、らぁああ!!」
萌恵を囲もうと動いていたエインヘルヤルの後頭部に剣を振り抜く。
私達にも殺らせろ!殺し合わせろ!敵と己の血で化粧して、戦場で死ぬ機会を与えないなら貴様から殺してやるぞ!
愚妹と眼鏡ゴリラも追いつき、思い思いに攻撃をしかける。桃花以外連携など度外視で、ひたすらに前進した。あの血狂いに獲物を全て刈り取られる前に、闘争本能を満たすために。
どこかから飛んできた矢が肩を抉る。衝撃に落馬しかけ、思わす声が出た。
「ははっ!!」
すっご。対物ライフルみてぇな威力!
骨が異音を発したかと思えば、血しぶきをあげて左肩に風穴があいた。いいねぇ、そうこなくっちゃ!
「もう少し、皆考えて戦ってください」
「ちゃんと考えているわよ?脳みそまで使って戦わないと失礼じゃない」
「そういう事ではないのですが……死ぬ事を許した憶えはありませんよ?」
仕事モードの桃花が魔法で傷を癒してくれる。代わりに彼女へ降ってくる投槍を切り払い、また視線を赤毛の馬鹿に向けた。
ああ、まったく……子供みたいに笑っちゃって。
私もあんな風に笑っているのだろうか。だとしたら嬉しい。死にたいわけではないが、ああいう顔で戦って死にたい。
さあ、英雄達よ。血に狂った悪鬼四人と、それを統べる魔女が一人。武勇を誇るのならばこの首を討ち取って掲げてみせてくれ。
肉が切れる音、骨が潰れる音、何かが崩壊する音、爆音。それらが響く中、狂笑は轟き続ける。
どうせ、あっちでも『狩人』が暴れているのだろう。ならば競争だ。後輩に負けるのは、流石に格好悪いからね。
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