第百四十四話 開戦
第百四十四話 開戦
サイド なし
双方の足音が近づく。
片や千に届くかどうかの小勢。だが開かれた黒の天蓋から迎えうつのは万を超える大軍勢。
ならば質はどうか。小勢はかの大軍勢と比べどれだけの強者を揃えたか。一騎当千の勇士たちにより、数の差など覆してしまうのか。
否である。迫る大軍勢こそ、それぞれが一騎当千の勇士なり。
『エインヘルヤル』
北欧神話に伝わりし『死した勇士たち』。怪物と、あるいは国と、あるいは災害と戦いその功績を認められし万夫不当の英傑たちがその死後ワルキューレ達によってヴァルハラへと導かれた。
来たるラグナロクに備え、人の身でありながら神々の大戦に参じる事を許可された存在。その身は白い靄を固めた様な霊体となろうとも、こと戦闘能力においては生前となんら遜色ない。あるいは上回る者すらいる
数で負け、質で劣る集団。この地に集まった現代の人間たちに勝ち目などない。
この場に、『大英雄』と呼ばれるべき者が複数いなかったのなら。
警察車両の後ろについていたトラック。その荷台が左右に開き、中のステージが真上にせり上がる。
そこに立つのは一人の男。舞台役者の様に整った顔に胡散臭い笑みを浮かべた彼こそが、有川琉璃雄。日本国臨時総理大臣である。
普段はスーツ姿の彼だが、今は全く異なる装いであった。
一言で表すなら陰陽師。白と紺の狩衣に紙烏帽子。手には何枚もの札を扇子の様に構え、高所から周囲を見下ろしている。
「ここに集まった自衛隊、及び警察の諸君。まずはその勇敢さに心からの敬意を払おう。そして、一般人の身でありながら協力してくれた方々には感謝を」
相も変わらぬ胡散臭い笑みを浮かべながら、彼は手に持っていた札をばら撒いた。和紙に血の様に赤い文字で何かを書かれたそれらは、地に落ちる前にひらひらとどこかへ飛んでいく。
「後ほど、どれだけの批判が我らに押し寄せるかわからない。どれだけ言い繕おうと、この戦闘行動は国会の承認を得ていないのだから。だが、だがしかし!!」
飛んでいった札は、しかし無秩序に風で舞ったのではない。
彼を、彼が乗る車両の周囲を五方向から囲う様に宙で固定。それらに込められた魔力が互いに繋がり、ここに五芒星が完成する。
それは起点であり、呼び水であった。これが何をする物なのかは、すぐにわかるだろう。
「この有川琉璃雄臨時総理の名のもとに、戦闘行動及び全ての武器使用を許可する!!捕らわれた国民を解放せよ!我らが国に土足で入り込んだ神を名乗る怪物の首級をあげるのだ!!」
「「「おぉぉおおおおおおおおおおお───!!!」」」
自衛隊が、警官が、この場にいる全ての人間が雄叫びをあげる。
それに答える様に、有川総理はその両手を打ち合わせた。
たったそれだけの行為。それだけの行為で、迫るエインヘルヤル達の動きが乱れた。進軍する英傑たちの身が崩れていくにつれ、有川総理の周囲にある札が光を増す。
「このダンジョンは随分と手が加えられている。龍脈から通常以上の魔力を引き出しているのだろう?だからこそのエインヘルヤルによる大軍。そして今なお成長している世界樹……だがな、ロキよ」
ここではない別の場所。日本各地の『霊地』に、有川総理がたった今展開した物と同じ五芒星が光り輝いていた。
「ナイトメアは私に憑りついただけあって、随分と用心深い奴だったらしい。起動キーは私特製の物に変えさせてもらったが……十分に効果は発揮できたようだぞ」
エインヘルヤルの一部が白い霊体を崩し、消滅。その数を瞬く間に半分まで減らした。
その光景をまだ育ちきっていない世界樹の中腹から見下ろすロキは、ギシリと歯を軋ませた。
「有川琉璃雄……!ありえない。ナイトメアは確かに日本中の龍脈を調べた。だが、その資料を残しているはずがない……!」
そう。ナイトメアとドッペルゲンガーはそのネットワークにより記録を残す必要がない。それ故に、大臣の権力で集めた資料は彼らが閲覧後に処分、あるいは改ざんが行われていた。
正しい情報があるのはもはや消え去ったあの怪物達の頭の中だけ。そこまで考え、ロキは気づく。
「まさか……ナイトメアに蝕まれながら意識を保っていたとでも!?それこそありえない。下級とは言え、二年間魔物と、それも悪夢を操る存在と一つの肉体にいて自我を保つなど……!」
「人間を舐めるなよ、ロキ。喜び、怒り、哀しみ。そして……何物にも代えがたい思い出があるのなら。悪夢の類など子守歌にもなりはしない。まあ、流石に全てを覚えているわけではないが……そこはそれ。友達は大切にするものだよ、独りぼっちの神よ」
互いに互いの声など聞こえない。その状況で、片やその姿を見下ろして、片やその姿を夢想して、視線のみで相手を射貫かんばかりにその瞳を輝かせた。
ナイトメアに憑りつかれながらも自我を残し続けた有川琉璃雄。そして彼のとぎれとぎれの記憶を元に改ざんされた資料を修正し、関係各所に共有してたった数日でロキの仕掛けを壊したその友人──東郷美代吉。
この段階で、ロキの思惑は外れている。それでもなお、覆せない戦力差はあった。たとえエインヘルヤルが半数になろうとも、未だ質も量も大差があるのだから。
しかし、この場にて吠える人間は彼だけではありはしない。圧倒的に不利な戦局でなお笑う『桁外れの馬鹿』は二人だけではないのだから。
* * *
「やあ、やあ、自衛隊の諸君!私だ、防衛装備庁の矢島だ」
臨時とは言え総理の号令があった直後だと言うのに、ズラリと並んだ隊員たちを自衛隊所有のトラックの屋根から見下ろす小太りな男が一人。
眼鏡に白衣。明らかに運動不足気味な中年の男は、しかしその瞳に狂気とさえ呼べる光を宿していた。
「所属は同じ防衛省だが、私は君達の様に戦う者ではない。戦う力を持ちえない。その仕事は、戦う者たちに武器を与える事だ」
ニンマリと、矢島部長は意地の悪い笑みを浮かべた。答えなどわかりきっているとばかりに、しかし直接聞かなければ満足できないとばかりに。
「私達が作った武器は、君達を戦場に送り出せる物かな?」
答えは、一糸乱れず行われた敬礼だった。
彼の周囲にいる自衛隊員五十名。その全員が、『高濃度魔力空間活動用外骨格兼外筋装置』……識別名、『金剛改二』を装着している。
試作品だった『金剛』の改良品を実戦レベルに引き上げた、非覚醒者用対モンスター装備の完成版だった。
その性能に『金剛改』と大きな差はない。だが、携帯する装備が格段に向上している。その総合戦闘能力は『C+覚醒者』を相手に部分的ではあるが上回るほどだ。
もっとも、虎の子の五十機であり予算度外視で作られた機体。ひと先ずの完成は迎えても、成功作かは別の話である。
だが、この場に間に合った。それが何よりも大きな意味を持つ。
「諸君!私は問いたい。我々の仕事は、国民を攫った自称神に傅く事か?」
「「「否ッ!」」」
「諸君!では我々の仕事はなんだ?大半が一般人の集団に戦いを任せ、後ろで震えている事か?」
「「「否ッ!!」」」
「諸ぉ君っ!!では聞かせてくれ!我々の、君達の仕事はなんだ!!」
「「「国民の命と財産を護る事です!!」」」
「よろしい!では行きなさい。行って、『バケモノ』を『ケモノ』に変えてこい!害獣退治の時間だ!!」
隊列を組んでいく金剛部隊。それを満足気に見ている矢島部長だったが、金剛を纏った山崎二曹に危ないからとトラックに蹴り込まれた。
それを横目に、獅子の耳と尻尾を持った自衛隊員が苦笑を浮かべる。
「まったく。階級的に今の演説をするのは三佐殿の役目だったのでは?」
「構わんさ。こういうのはノリと勢いが大事なんだ」
視線を向けられた水無瀬三佐が己の得物を手に、一瞬だけ楽しそうに笑う。
「おや、三佐殿もそうやって笑えたのですね」
「茶化すなよ、一尉。さあ、我々も仕事をしようじゃないか」
水無瀬三佐が刀を振り上げれば、彼の周囲にいた自衛隊の覚醒者部隊が一斉に動き出す。
「隊列を組め!あの世から戻ってきたロートルどもに、現代戦のイロハを教えてやるとしようじゃないか!」
「「「了解!!」」」
銃を構える金剛隊。それを護る様に武器を前方に揃える覚醒者隊。
更にその後方では金剛用のカメラと魔力装填弾を搭載した戦車と装甲車が待ち構える。
過去の神代ではありえない、新しい神代だからこその光景が広がっていた。
* * *
そして、馬鹿とは伝播するものだ。
眼帯をつけた女性警官が、腰に提げたレイピアの鞘を左手で握る。
緒方勇祢。成長し、歪み、傷を負い、捻じれていた。かつて目指したものを忘れていた彼女は、しかし今はその右目を爛々と輝かせている。
闘志を燃やし、緊張と恐怖を覆い隠して。口元には気合で笑みさえ浮かべている。
「私達はまだ結成したばかり。まともな連携も取れないでしょう」
背後にいる部下達に彼女は告げる。
「だから、難しい指示はしません。命じるのはたった三つです」
緒方勇祢は眼帯を取り払う。そこから現れたのは蒼穹の輝きをもつ作り物の瞳。
金剛のデータから実験的に作られた義眼であるそれは、彼女より格上の敵の動きさえ捉えてみせる。
問題は、それを扱う者の反射と技量。この日本において強者とは断言できない彼女は、それでも笑みを浮かべ続けた。
「一つ、私に続け!二つ、仲間の背を護れ!三つ、必ず生きて帰れ!以上!」
「「「了解ッ!!」」」
「抜っ刀ぉおおおおおお!!」
それぞれが剣を抜く。レイピアに日本刀、青龍刀にバスタードソード。纏まりなどないその得物を構え、警察に新設された覚醒者部隊。『抜刀隊』はその初陣を迎える。
少し遠くから緒方勇祢の姿を眺め、なんとも場違いな人物が満足気に頷いていた。
駄騎士。どこぞのバケツ頭とは少しだけ違うバケツみたいな兜を被ったビキニアーマーの女性。冗談みたいな恰好をしていながら、ユニコーンの鞍の上で一切重心を崩さないでいる。
「ふーん……ま、いいんじゃない」
「おや、今はオフの時の口調なのですね。騎士様」
そんな駄騎士の横に、同じくユニコーンに跨って並ぶ彼女の守護精霊。ノエル。
「ぬぅう……あの泥棒猫め」
更にもう一人、駄騎士の後ろに乗る幼女の姿をした雪女である千冬。
「カメラが回っていないし、周囲にはあんた達だけだからね。戦闘が始まったらいつものでいくわよ。あと千冬。あの子は泥棒を捕まえる立場」
「わかって言っているでしょ、おねぇちゃん」
「はいはい」
「……今晩の哺乳瓶はお預け」
「待って!?社会人にはバブみが必要なの!それだけはやめて!?」
「だったら、これからも私を愛してね」
「はい。肝にめいじまぁす」
「ははは……」
なんとも抜けた空気を出す三人。あまりにも場違いな彼女らは、しかし駄騎士が右手にハルバードを出した瞬間切り替わる。
普段の配信で、彼女は一度としてその全力を出した事がない。それは偏に、『つまらない』からだ。
通常通える『Cランク』ダンジョンでは、彼女の全力は圧倒的過ぎる故に。だが、今日は録画などしていない。
正真正銘、全力全開の駄騎士が戦闘態勢に入った。
「さて……騎士団諸君!今回の戦は我らが祖国の命運を左右する一大決戦!出し惜しみはなし。取れ高も無視でいこうではないか!」
「雪女の私には国とか別に」
「取れ高を普段気にしているのは騎士様だけですね」
「だまらっしゃい!さあさあ!駄目じゃない騎士だという事、この場で証明するとしましょうか!!」
自衛隊より覚醒者部隊四十人、金剛隊五十人。警察の『抜刀隊』が百人。そして一般人の覚醒者七人に、桜井自動車より貸し出された冒険者五百人。そしてオークを始めとした使い魔が三百前後。
約千騎の部隊。日本の命運をかけた戦いと考えれば、あまりにも少なすぎる数。
だが、これが今の日本がロキの起こした騒動に出せる最大戦力。これ以上は『別の所にいるたった五人』程度。
あまりにも結果が見えた戦力差。それでなお、両陣営の歩みは止まらない。千騎と五千を超えるエインヘルヤルが遂に相対する。
戦いの火ぶたは、今この時切られた。
神代回帰より二年六カ月。遂に、『神話』と呼べる戦いが始まった。
読んで頂きありがとうございます。
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