第十五話 パーティー
第十五話 パーティー
サイド 大川 京太朗
スマホを手に取り、返事を入力する。
『どうしても?』
『ああ。その方がお互いの為だと思う』
少し考えて、指を動かす。
『そうかもしれない。けど、今じゃなきゃいけない?』
『今じゃなきゃ、ダメだと思う』
『そっか……』
『ねえ、このカップルの別れ話みたいな掛け合いなに?』
『なんとなく』
『流れで』
いやぁ、無意識にこんな感じで返事してたわ。
『やっぱ駄騎士って人の動画見た感じさ、ランク差ってすげぇべ』
『京太朗の適正ダンジョンと僕らだと違い過ぎる。ランクが上がったら、寄生するみたいな状態になりかねない』
『けどさぁ、別にDに上がってすぐじゃなくってもよくない?まだ全員ルーキーなんだからさぁ、ベテランとはいかずとも中堅ぐらいになってからソロに切り替えればいいじゃん』
『いいや。お前に依存する形になってからじゃ遅い。今まで通りの関係でいられなくなる』
『僕らは君と友達でいたい。そこは譲れない』
「ぬぅ……」
スマホを前に唸り声をあげる。二人揃ってそう言われるとこっちも反論しづらい。
『けど僕がソロになる間君らは二人で行動するんだろ?』
『そりゃ俺らはランク差ないし。前衛後衛だし』
『除け者っぽくて寂しい』
『きめぇ』
『きっつっっっ』
『酷くない?』
『レイラさんがいるじゃん』
『それはそれこれはこれじゃん』
男友達と一緒に馬鹿やる時間と女の子といる時間は別物だと思うのだ。
……あれ、これ僕凄くリア充っぽくね?テンション上がってきた。
『安心してくれ。ウルトラ筋肉な美女モンスターを使い魔にできしだい合流する』
『パーフェクト触手ハーレムを待っていてくれ……!』
『いやそれはいいわ』
そんなこんなで、自分は結局押し切られてソロでの活動をする事になった。
どうでもいいけど、せめて熊井君は人間の彼女つくれよ。初手から諦めんなよ、恋愛を。
* * *
五月に入り、ゴールデンウイークに。今年は九連休である。
……なんか父さんが遠い目で出勤していったが、どうか頑張ってほしい。給料はいいって喜んでいたし。
それはそうと、自分も働きに。
向かう先は、前の父さんの職場を破壊したダンジョン。そのダンジョンが『Dランク』なのもあって、家から三キロぐらい離れた場所にあるそこへ、どうせだからと歩いてのんびり向かう。
ツナギやカメラを入れたリュックを背負い、歩いていく。その道中、碌に人影がない。こちら側は、一応商店街があった方角なのに。
畑は徐々に少なくなっていき、住宅や商店が見え始める。だが、元々シャッター街であったその場所は、通行人すらいない。
更に進んでいけば、景色は更に変わっていく。
全焼したのか、黒焦げて骨組みしか残っていない二階建ての家。トラックでも突っ込んだのかと聞きたくなる、大穴の開いた店。へし折れた電柱は脇に寄せられたまま放置され、汚れきった車もその傍でぽつんと置いてある。
人が住んでいたのに、今は誰もいない。ここだけ滅んだ世界みたいで薄ら寒いものを感じる。
「……レイラ」
「はい、なんでしょうか主様」
傍に、笑みを浮かべたレイラを召喚する。
「ごめん。なんとなく……」
「いいえ。構いません。どうぞ、お手を」
「……ありがとう」
少し気恥ずかしいと感じながら、彼女の手をとる。
どこか慈しむ様な笑みを深めて、レイラが僕の手をぎゅっと握りながら肩を寄せてきた。
「ご安心ください。主様は死にません。私が全力でお守りしますから」
「……なんか似た様なセリフをアニメで聞いたなぁ」
「それはもう。私は主様の知る事しか知りませんから」
クスクスと笑う彼女につられ、自分も笑いがこみあげてきた。
ダンジョンの氾濫による被害。
昨年の十月末に新宿をはじめ世界各地で発生したその光景をテレビ越しに眺めて、ただ恐いとしか……そんな漠然とした『感想』しか抱いていなかった。
その恐怖心が、ここにきて肉付けされる。実際に被害にあった場所。こんなに近い場所にあったのに、見に来る事は今までなかった。日本中で似た様な事が発生していたから、この規模だとテレビで報道される事もない。
それが今、こうして訪れる事でほんの少しだけ実感する。
「冒険者って、必要なんだな……」
「ええ。少なくとも現代は、間違いなく」
今の世の中、誰かがダンジョンを間引かないといけない。そうしなければ、またどこかでこんな事が起きる。
ガラにもない。ほんのちょっとだけ、使命感とでも呼べるものが胸に芽生えた。そんな気がした。
* * *
「冒険者なんてクソだよ」
なお、その使命感はそれから三十分もしないうちに消し飛んだが。
真っ黒な地面は蛇行し、時々鍾乳洞かと言いたくなる様な突起が生えている。更には何故か坂がいくつもありパッと見渡しただけでも、『溶岩』に囲まれているそれらは酷く歪な道を作り出していた。
そう、溶岩である。天井があり壁に囲まれたこの空間だが、ゴポゴポと音をたてるそれらによって煌々と照らされていた。
『溶岩のダンジョン』
仮の名前として市にそう名付けられたこのダンジョンは、正しくその通りの中身をしていた。
一つのフロアにつき体育館数個分はある広さをもち、それが壁で仕切られていくつも連なっている。こことて、その一部に過ぎないのだ。
端的に言おう熱い。めっちゃ熱い。
まだこれは物理的に存在する溶岩ではないから呼吸もカメラも無事だが、それでも熱い。これ、覚醒者じゃなかったら魔力濃度関係なく倒れるんじゃないだろうか。
「頑張りましょう主様!これも戦力増強のためです!」
「あい……」
兜の下で、汗をだらだらと流しながらレイラに応える。
そう、別にこのダンジョンを選んだのは『間引き』の為だけではない。一応比較的近いダンジョンだからというのもあるが、ここに出現するモンスターのドロップ品が目当てである。
「って、早速きたか」
前に出ながら、両手剣を構える。魔眼に従い、敵がくる方に向かって振りかぶった。
ざばりと、水しぶきならぬ溶岩しぶきをあげて一体の異形が勢いよく飛び出してくる。
その姿は、既存の生物に例えて一番近いのはコモドオオトカゲだろうか。だがそのシルエットはサンショウウオにも似ている気がする。
頭の位置が人の腰ほどまであり、尻尾を含めた全長は五メートル前後。全身を赤い鱗で覆い、尻尾の先には炎をつけている。
『サラマンダー』
このダンジョンに出てくる、モンスターの一種。
溶岩の中から飛び出した勢いは凄まじく、開かれた顎の位置は僕の頭より少し高い。このままいけば上から噛みつかれてしまうだろう。
だが、『視えて』いる。
「ど、りゃああ!」
このダンジョンは通路に壁なんてない。天井も壁も剣など絶対に届かない位置にあり、道幅は二車線分。このツヴァイヘンダーを振るうのに、これまでの様な制約は存在しない。
サラマンダーの横っ面に鈍い音と共に刀身が叩きつけられ、そのまま吹き飛ばす。三百キロはあるとされる巨体を、数メートル先までかっ飛ばした。
地面に叩きつけられるもすぐに四本の足で立ち上がるサラマンダー。しかし、顔の右半分が潰れだらだらと赤い血を流している。
そして奴の無機質な黄色い瞳がこちらに向けられたかと思うと、一目散に尻尾をまいて『逃げ出した』。
「はぁ!?」
「『大地よ』」
その姿に驚愕して動きが止まる僕の後ろで、レイラが魔法を発動。黒い地面からランスが飛び出し、サラマンダーを串刺しにした。
標本みたいになったサラマンダーは『クァー……』という奇妙な鳴き声と共に体を数秒くねらせた後、絶命し粒子となって消滅した。
「え、いや、え?モンスターって逃げるの?」
「はい。ある程度知能がある種族は、ですが。講習会で習った事ですよ?」
「ごめん。その辺は忘れてた」
困った様に笑うレイラに、兜ごしに頭をかく。
そっか……モンスターも危険を感じたら逃げるのか。
このダンジョン。やけに人がいないと思っていたが、その理由がよくわかった。最初は単に田舎一歩手前な立地だからと思っていたが、それだけではない。
『熱い』『溶岩恐い』『モンスターが逃げる』
この三拍子が原因である。そりゃ冒険者もこねぇわ。
熱さに関しては言わずもがな。溶岩も魔力で構成されたダンジョンの一部とは言え、正直跳び込んだらただではすまない。モンスターは逃げる上に、その行先がコレである。
うん。そりゃやってられんわこんな所の探索。
……やべぇ。マジで家近いんだから定期的に来ないと。地域の平和なんてものは考えていないが、それでも自分達家族の生活基盤がぶち壊されるのは勘弁だ。
「ドロップは……なさそうですね」
「だね」
「どうにか『魔石』が出現すればいいのですが」
『魔石』
ようは、魔力の結晶体である。スケルトンとかは落とさないのだが、サラマンダーを始め妖精や精霊っぽいモンスターが偶に落とすらしい。レイラはそれを望んでいるのである。
というのも、彼女の『自然魔法』は意外と自由度が低い。
環境によって色々な効果を出せるが、逆を言えば環境に縛られるともいう。例をあげれば、正にこのダンジョンがそれだ。
魔法で槍に変えた地面を戻すレイラだが、そうしないとこの足場では自分達の動ける範囲を極端に狭めてしまう。かといってこのダンジョンだと他に使えるのは『炎』だけ。
サラマンダーは魔法の抵抗力が低いが、例外として炎にだけは滅法強い。こういう時、彼女の自然魔法は最大限の力を発揮できないのだ。
……と、レイラが言っていた。だって魔法とか僕知らんし。
なので、そういうのを補える魔道具を作ろうとなったわけである。今回はその材料確保の為にやってきた。魔石って、買うと五、六十万普通にするからね……売ると三十万ぐらいなのに。
いや、三十万も十分大金……けど今後の投資と考えれば+なはず。
「それにしても、思ったより厄介かも。サラマンダー」
先の一撃。空中で衝撃が逃げてしまったとは言え、それでもいいのが入ったと思うのだ。
だというのに、一撃で仕留めきれなかった。
たぶん二発入れれば確実に殺せる。そうでなくとも、地面に立った状態のを全力でいけば一撃で済むかもしれない。
けれど、相手が逃げるという選択肢をとるとなると、途端に面倒になる。
スケルトンとはわけが違う。ランクが一つ違うだけでこうも変わるのか。
「いっそ、『魔力開放』使った方がいいかな?」
「いえ。あれは威力が大きすぎます。足場を破壊し過ぎるかもしれません」
「そっかぁ」
地道にやるしかないか。
剣を肩に担いで、自分が先頭となり歩いていく。それにしても本当に熱い。覚醒者になって気温の変化には強くなったはずなのに、汗が止まらない。
時々、目に汗が入りそうになる。僕の魔眼は目を閉じていても発動するタイプだが、それでも探索中に視覚が遮られるのは嫌だな。
兜も鎖帷子も籠手も熱い。ついでに言えばブーツも鉄板入りの為、こちらも熱がこもる。
幸い疲労感は薄いので、急な坂道を登っても体力的には問題なかった。けど後で水分補給はちゃんとしとこ。
そうして上っていると、横で滝の様に流れ落ちていた溶岩の中からまたサラマンダーが飛び出してきた。
「でぇい!」
直前で予知できていた事もあり、上から下に向かって剣を振り下ろす。切っ先が相手の頭に直撃し、鱗と肉を抉りながら地面に叩きつけた。
勢いよく地面へと押し付けられた奴は当然藻掻くが、剣の角度を調整して押し込む。そうすれば、頭蓋骨を割り開いて脳を破壊する事ができた。
魔力になって消滅するが、やはりドロップはなし。確率は百分の一って言われているし、二体目ならそりゃそうだが。この環境だと気が滅入りそうだ。
剣をまた肩に担いで坂を上っていく。レイラは探索中喋るタイプではないので、無言のまま先へ進んだ。
そこから十分ほど経ったのだが……多い。
次から次へとサラマンダーが飛び出してくる。一体仕留めたかと思えば次の個体が出てきて、未だダンジョンに入ってから五十メートル移動したかどうかだ。
たぶん、これで三十匹目と思しきサラマンダーの背を上から踏みつけて剣を突き刺す。押し込んでねじり、心臓を破壊。何も残さず消滅するのを見届けて、兜の下で小さくため息をついた。
……やけにモンスターが多い。なんでだ?まさか、氾濫一歩手前ぐらい魔力が溜まっているのか?
そんな事を考えていると、レイラがこちらの肩を叩いてくる。
「主様。今なにか声が……」
「声?」
はてと思いながら、周囲を見回してみる。兜ゆえ視界は狭いが、それでも魔眼が。遠くを見る分には問題ない。
そうしてキョロキョロと首を動かしていれば、百メートルほど先にある通路が目に留まった。
吊り橋みたいに通路を繋いで宙を通るそこには、四人分の人影がある。一瞬三人に見間違えたが……。
ぼけっと彼らの姿を眺めていて、すぐにその様子が尋常じゃない事に気づいた。四人のうちの一人がぐったりとした様子で他のメンバーに背負われている。一瞬三人しかいないと思えたのは、それが原因だった。
焦った様子で移動する一行だが、それを追いかける様にして三体のサラマンダーが地面をその四つ足で這っている。
追われている?このランクのダンジョンで?冒険者が?
咄嗟にわけがわからず呆然とする自分は、『外国人と思しき』四人組パーティーの撤退戦に兜の下で口をあんぐりと開けていた。
……え、これもしかしてマジでピンチ?
「いかがいたしましょう、主様」
「いや助けなきゃ!ちょ、これ、ええ!?」
レイラの声にどうにか再起動し、慌てて周囲の道を見回す。だが、残念ながら彼らのいる位置に繋がる通路は遠い。
道なりに走っていたら間に合わない。なんか知らんけど戦士っぽい人が切りかかって逆に剣を折られている!いや本当になんで!?
変な呪いかデバフでもかけられているのか!?あの人達やけに動きがとろいぞ!?
「助けるのですか?」
「そりゃあね!?けどどうしたら……レイラ!足場出して!跳ぶ!」
「お任せください」
いつも通りの笑みを浮かべた彼女に頼み、自分達のいる所から彼らに向かって坂になる様に道を出してもらう。
だが届かない。長さは二十メートルちょっと。これ以上はこちらの足場がなくなる。
けど――たぶん、これで十分。
「おおおおお!」
剣をしまっている時間も惜しいと、その辺にぶん投げて走り出す。一歩、二歩……三歩目。踏み切る瞬間、『魔力開放』を発動する。
やれる。不思議とそんな確信があった。手頃な柵を前にして咄嗟に跳び越えられるなと思うのと同じように、この百メートルはあろう溶岩の河を超えられると。
魔力を放出し、加速。体が砲弾の様に打ち出された。その衝撃に一瞬視界がぶれるが、問題ない。しっかりと着地点を目で捉える。
あとはあそこに………。
やっべ、跳び過ぎた。
「ぬおおおおおおおおおお!?」
あっびえほんぎゃぁ!?
おちちちつけ僕ぅ!冷静に『魔力開放』をもう一回!両足から放出したそれにより、空中で方向転換。真っすぐに地面へ向かって飛んでいく。
……今度は着地の事が頭からとんでたわ。
「あぎっ!」
「「「!?」」」
咄嗟に頭をかばうも肩から地面に衝突した。ちょっと痛い!
涙目になりながらも慌てて立ち上がる僕の眼前に、サラマンダーが口から放った炎の塊が飛んできていた。
「ひぇ」
それが自分の眼前で四散する様子に、小さく悲鳴をあげる。
『抵抗:B』
ステータスに存在するその表記。これは、魔法や異能に対抗する力を意味する。自分のそれとサラマンダーが放った炎で、こちらが競り勝ったのだ。
事前に『サラマンダーの攻撃じゃ傷つかない』と知った上でこのダンジョンに入っているのだから、当然である。
「おおおおお!」
それはそれとしてくっそ怖かったぞこんクソトカゲ!
剣を再構成している間も惜しい。右腰からダガーを逆手に引き抜き、突貫。おどれらなんぞこいつで十分じゃい!
三体揃ってこっちにもう一度炎弾を放ってくるが、問題ない。全て自分を覆う膜にでも当たったように、かき消されていく。
一番近い個体の頭に思いっきりダガーを振り下ろし、捻ってから引き抜く。そのまま上あごを左手で掴んで振り上げた。叩き下ろす先は、当然他の個体。
ごしゃりと音をたてて下敷きになったサラマンダーには目もくれず、残りの一体に向かう。
そいつは今更になって溶岩に向かおうとしていたので、飛びついて尻尾を掴み、また振り上げた。
上の個体が絶命し、粒子となって消えていくなか這い出ようとしたサラマンダー。そいつ目掛けて、もう一回。
両者の頭が衝突し、両方とも砕けた。尻尾を掴んでいる方はまだ息があったので、ひっくり返った状態のそいつにダガーで止めを刺す。
今気づいたが、こいつ腹というか下側は鱗脆いんだな。今度からそれも頭にいれて斬りかかろう。
とりあえず、敵はいない。魔眼の反応もないから、追加もないだろう。
「大丈夫ですか!?無事ですか!?」
そう四人組に顔を向け問いかける。間に合ったと思いたいが。
彼らはこちらを呆然と見ながら、何も返事をしてこない。日本語がわからないのだろうか?けど、立っている三人はちゃんと焦点がこちらに合っているし、背負われている人も苦しそうだが呼吸は出来ているようだ。
よかった……腹の奥からどっと息がもれる。一時はどうなるかと。
それはそうとなんか遠くない?着地地点もうちょい近くないっけ?
ぐったりしている人の様子を診ようと一歩近付いたら、何故か一歩分距離をとられた。
なんで???
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.主人公はちゃんと初報酬で家族にお寿司買ったの?コスプレ衣装に消えてない?
A.ご安心ください。コスプレ衣装は二回目のドロップアイテムの報酬で買いました。
なお、一人息子の親孝行に喜んだご両親ですが、レイラの存在と関係について聞かされついでに食後放たれた『孫は諦めてね!』発言で空気が凍りつきました。すぐに『そう言っているやつがなんだかんだ社会人になってすぐ結婚して子供つくるんだよな』と思ってくれましたが。