第百三十九話 名乗り
先日は休ませていただきありがとうございました。投稿を再開させて頂きます。
第百三十九話 名乗り
通帳を開く。また閉じる。通帳を開く。また閉じる。
それを五回ぐらい繰り返し、そして書かれている数字を十回以上読み返した。
「ぉぉ……」
ゼロがめっちゃ多い……。
桜井会長とお話して三日。寮の自室で椅子に座りながら貯金額を眺め続けていた。
テレビの中でしか見た事のない金額が自分の口座に振り込まれていれば、誰だってこうなる。
有川大臣の『救助依頼』への報酬と、諸々な事への口止め料。最初ケタを間違えたのかと赤城さんに確認の電話をしたら、『あ、もう一個増やす?』と聞かれてフリーズした。大企業ってすげぇ……いやどう考えても一企業がポンッと出せる額じゃねえよ。戦車買えんぞ。
なお、未成年であり学生である自分の口座は親の管理下にある。で、昨日銀行から凄まじい額の振り込みがあったと聞いたらしい父さんが確認してきて、自分同様フリーズした。
わかる……わかるよ父さん。僕も今でも偶に通帳を見てフリーズしているから。
というかこれ、税金とか諸々どうしよ……なんか赤城さんが後日税理士さんとか紹介してくれると言っていたけど。なんでも桜井自動車の魔導機器部門お抱えの人だとか。
ただ、その赤城さんから『現金でも金でもなく魔道具かその素材に変えておいた方がいい』とアドバイスもされた。
曰く、『錬金術で黄金が作れちゃった』との事。
……うん。思わずため口で『お前マジかよ』と言ってしまった僕は悪くないと思う。思いたい。思わせてほしい。すぐに謝ったし彼女は気にしていなかったけど冷や汗掻いた。
話を戻そう。なんでも、桜井自動車お抱えの工房が黄金錬成しちゃったらしい。
桜井自動車としては半導体とかレアメタルとかを錬金術でどうにかできないかなぁ、とやっていたそうなのだが、その過程で『なんか、できた』との事。しかもレシピもあるので再現可能。コストゼロとはいかないが、『できた』というのが重要である。
赤城さんとしては自分達ができたのだから他の誰かもできるはずと考えており、いずれそこら中で黄金錬成がされるのではと危惧していた。
混乱を防ぐためにまだこの情報は公表されていないし、政府により様々な規制がかかるはず。そう彼女は言っていたが、金の価値に必ず影響が出るとも言っていた。
今の日本は金本位制ではなく『管理通貨制度』という、金の保有量に関わらない通貨の流通をその国の中央銀行が管理する体制をとっている……らしい。しかし、それでも銀行では黄金を預かって投資やら何やら色々しているのだ。
そして、金が高価なのは他の金属より希少かつ採掘できる量に限りがあるからに過ぎない。では錬金術でその辺が崩れるとしたら……正直、どうなるか考えたくない。経済に疎い自分でも社会に大混乱が起きるのだけはわかる。事は通貨だけではなく世界中の貴金属店やそれに関わる事業者にも及ぶ。
そんな理由から、『現在は』高価で代えの効きにくい魔道具やその材料等に交換しておけと助言を貰ったわけだ。それも常に価値が保証されるかわからないから、適宜対応しろとも言われた。
現在会社や国のお偉いさん達は大慌てで法規制の整備について話し合っているらしい。昨日の夕方、政治の空白を避けるための臨時内閣が発表されたからその人達だ。戦後、これほど短い期間で臨時内閣がもう一回作られたのは異例である。
そして、その内閣のトップになったのは……。
何となく、テレビをつけてみる。案の定どこの報道機関も内容は『ドッペルゲンガー事件』に『都内にできた巨人が出現するAランクダンジョン』。そして、臨時総理についてで持ち切りだった。
『再び臨時総理に選ばれた有川琉璃雄大臣について、我々は独自の取材を――』
『二度も臨時総理に選ばれるなんて兼任していた人を除けば初じゃないですか?まあ、いい事じゃないですけどね』
『政府の脆弱性が今回の件で露呈したんですよ。二回も総理含め主要な大臣が全滅したなんて警察はいったい何をしていたんだって話です!』
『そもそも、有川大臣って信用していいんですかね?もしかしてまだ偽物なんじゃ───』
アナウンサーやコメンテイターが話し合うスタジオの中央にある画面。そこには、胡散臭い笑みを浮かべた男が映し出されている。
有川琉璃雄臨時総理。
日本で知らない人はいない胡散臭い政治家さん。とても信用のできる顔をしていないが、しかし覚醒者を中心に強い支持を受けている。
かくいう自分も、あの一件まではこの人に正式な総理大臣になって欲しいと思っていた。
ナイトメアに乗っ取られていると聞き、これまでの彼が化け物の演技だったのだと落胆したものだ。しかし、それでもこの人が死んだら困るとも思った。
なんせあの人は日本の覚醒者にとって唯一と言っていい『政治の場に立つ理解者』であり、『自分達の生活を良くしてくれる人』だったのだから。そうもなる。
そんな人物が死んだとなればどうなるか。第二の『賢者の会』ができるか、あるいは日本を見限り海外への移住者が増えるか。何にせよこの国は終わりである。
愛国心が豊かな方ではないが、それでもこの国がなくなるのは嫌だ。更に言えば、日本が滅べば自分や家族、友人達との平穏な生活も失われてしまう。
そこで、文化センターに突入した時雪音に『助けられると判断したなら彼に使って』と林檎を預けた。
結果、有川大臣は生き残った。それはいい。目出度い話だ。だが問題は、覚醒までしちゃった事。
その可能性は考えて、それでもリスクとリターンを見据えあの指示を出した。
でも後悔しちゃう……!だって人生かかってるから……!『白銀の林檎』がバレたら『京太朗果樹園』が開かれちゃう……!
有川大臣の顔を見る度に胃痛がしそうだ。今の所僕の名前をメディアに明かしてはいない様だけど、めっちゃ不安……胡散臭いんだもん。
けど東郷さんのお友達らしいし、今までと同じく親覚醒者派として動いてくれているしで、後悔と安堵を同時に感じている。
あ゛あ゛~……なんか上手い感じにこの人記憶喪失になんねぇかな。ついでに東郷さんもあの日僕と遭遇したの忘れてくれると嬉しい。それはそれとして喫茶店奢ってもらうけども。
そんな風にテレビを見ていると、壁際にある人工異界の出入り口からレイラ達が出て来た。
「あ、皆おつかれ様。そっちはどう?」
「はい。順調に進んでいますよ、主様」
ニッコリと笑みを浮かべるレイラ。彼女達には、『とある物』を作ってもらっていた。
というのも、例の鷹の件もあり嫌な予感が止まらないのである。
ダンジョンとなっていた文化センターから飛んでいった巨大な鷹が抱えていたクルミの中には、『伊藤胡桃』さんが入っていたと病院に搬送された『郡凛』さんから証言があったそうだ。
よりにもよって『ゴールデンギター』さんの幼馴染……どこぞの自称聖騎士が荒れていそうだ。あるいは攫った下手人を探しながら武器と腕を磨いているかも。怖いから今は近づきたくない。
何はともあれ、まだ解決していない事件がある。そしてその一部始終に間接的だが自分も関わった。となれば……何か、あるんだろうなぁ。
外れてほしい予感ほどよく当たる。その『備え』を、しておきたかった。
まあ僕はなんの手伝いもできないのだが。魔法からっきしでごめんね。
「雪音とリーンフォースもありがとうね、本当に。今度差し入れ買ってくるから」
「いえ!『正妻』として当然の事です。ワタクシにもーっと頼ってくださいまし!」
何故か元気いっぱいに胸を張る雪音。つき出された爆乳に視線を奪われてしまうが、それは仕方がないと思う。本人も嬉しそうだし。
「本機に感謝は必要ありません。この機能は全てマイスターの安全と健康の為にあります」
「あはは……」
リーンフォースの言葉に曖昧な笑みで答える。
「それはそうと旦那様」
「雪音?」
すすすと、静かな動きながらやけに素早い動きで傍に寄ってくる雪音に疑問符を浮かべる。
「ワタクシの正妻力……いいえ。『ひろいん力』なるものは天に届くほど高まっていると思うのですが」
「ヒロイン力……?」
「東郷何某にはできない事をワタクシは可能です。妖術の知識に日々のお世話。戦闘に夜の事まで。何よりこれまでの活躍具合、あの男とは比べようもないほど旦那様に貢献してきましたよ?」
「う、うん。本当にいつもありがとう。けどなんでそこで東郷さんが?」
「報告します。雪音は東郷を強くライバル視している様です。マイスターの貞操が奪われると叫んでいました」
「リーンフォースぅ!?」
「ぶふぉ」
誰が、誰の貞操を???
顔を引き攣らせながら雪音を見れば、彼女は両手をワタワタと動かしている。どうやら、リーンフォースの勘違いではないらしい。
「あ、あのですね旦那様?そういったご趣味をお持ちでないのは存じておりますが、それでも若いうちは性癖の自由度が高いと『いんたーねっと』なるもので聞きまして……」
「ないからね?いくら何でもそっちの方向には行かないからね?そもそも東郷さんとはそういうのじゃないし」
「本当ですか?逢引とかお見合いとか旅行とか約束していませんか?」
「いやしてないよ。……まあ喫茶店で奢ってもらう約束はしたけど、それだけだし」
「なっ!!??」
雷でも落ちた様に固まる雪音。
いや、同性の知り合いと食事に行くのは別に大した事ではなくない?そりゃあ男同士なら喫茶店よりラーメン屋とかの方が似合うかもしれないけど。
「しょ、しょ……」
「しょ?」
「正気にお戻りください旦那様ぁあああああ!」
突如、雪音が着物の胸元を大きくはだけた。
でっっっか!雪の様に白い肌に、柔らかな曲線。深すぎる谷間が露出し、そのまま僕の頭を胸に抱きしめてきた。
顔面全体で感じる爆乳の感触に口元がにやける。
だが何故雪音がここまで暴走しているのかわからない。これが女性との食事なら警戒するのはわかるが、相手は東郷さんである。言い方は悪いが中年のおじさんだ。
彼女を落ち着かせるためにも、冷静かつ理性的な言葉が必要である。
「ありがとうございます!!」
ごめん、理性は旅行中っぽい。
「よかった、いつもの旦那様です」
「質問します。一般的な価値観からするとむしろ正気を失った言動だと考えられますが」
「いいえ、リーンフォース。あれが主様の正常な状態です」
「了解、ドクター。あの言動がマイスターの正常な状態だと記録しました」
何やら聞こえるが、耳に入ってこない。ムニュムニュと押し付けられる乳肉に顔をうずめさせ、こちらからも頬ずりしていく。雪音の甘い声が耳を撫でた。
雪女特有のひんやりした肌がもっちりと吸い付いてくる。どこまでも沈んでいきそうな柔らかさながら、しっかりとした弾力も持ち合わせたオッパイ。
生きていてよかった……もう他の事が気になら───。
『こんばんはぁ、人類の皆さん』
瞬時に雪音の胸から顔を離し、声の聞こえた方向に向かう。寮の窓に駆け寄り、外を見上げた。
誰のものかはわからない。だが、直感と呼ぶべきものが働いた気がしたのだ。
「あれは……」
月の光が眩しい夜空。そこには、巨大な立方体が浮かんでいた。
世界中の誰もが見た事のある、その物体。きっと生涯忘れる事がないだろう浮遊物には、しかし初めて見た時とは別の人物が映っている。
いいや、それを『人物』と評していいのかは……まだわからない。
『お久しぶり、と言ってもこの顔ではわからないでしょうね』
どこか小馬鹿にした様な笑みを浮かべる青い肌の男。
黄金の様に輝く長髪から右目を覗かせ、ゾッとするほど整った顔には道化師の様なメイクを施している。黒い拘束着の様な物を一昔前のロック歌手の様に纏った体は細身に見えて内側に肉食獣の様な気配を感じさせた。
……人ではない。
あの肌も気配も仮装の類ではないと確信する。アレは───モンスターだ。
『こっちの顔ならピンとくる人もいるかもしれませんねぇ』
芝居がかった動きで左手を顔の間でスライドさせる青い肌の男。たった数秒その大きな手で彼の顔が隠れた次の瞬間、顔も服装も一変していた。
色素の薄い髪。皺だらけの顔。和装と洋装を混ぜ合わせた奇妙な格好で、その『老人』は嗤う。
『どうも皆さま。『神代回帰』と名付けられたあの日以来ですなぁ』
同じように寮の窓から顔を出していた生徒達が息をのむのがわかった。自分もまた目を見開く。
アレから二年と半年。世界中の国々がその行方を捜していた謎の人物が、『神代回帰』の時と同じように突如姿を現した。
その意味はなんだ。何を考えている。また、世界が変わるとでも……?
老人が指を鳴らすと、青い肌の青年に姿が戻る。
『あの時は名乗る事ができませんでしたが、今回はしぃっかりと自己紹介をしましょうとも』
慇懃無礼な態度の男は、姿勢だけは綺麗な一礼を見せた。
『北欧にて主神を務めし戦争と死を司る神、オーディンの義兄弟にして人の世を終わらせる者』
ゆっくりと顔を上げた男は、ようやく己の名を告げた。
『ロキ。この新たなる神代に残る、唯一の神にございます』
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