第百三十六話 対面
第百三十六話 対面
人生初のヘリに揺られる事およそ十分。その乗り心地は残念ながらお世辞にも安らげるものとは言えず、休息は不可能だった。
もしや自分の思考力を奪った状態で会話する為か、などと桜井さんを一瞬だけ疑う。しかしそれはないだろうとすぐに考え直す。
自分で言うのもアレだが、僕に対人系の技能はない。特にコミュ力。
正直、桜井さんや赤城さんの様な人なら簡単に騙せてしまうだろう。しかもこれから会うのは財界の大物、海千山千の猛者たちの中でさえ妖怪と呼ばれる超大物。彼女らですらかすむ程の話術を持っているのはほぼ確定の人物だ。
たとえ万全の状態だったとしても僕は騙され利用される自信がある。賭けてもいい。
……本当に自分で言う事ではないな。だが戦闘能力と経験は中々のものと自負しているものの、それ以外は本当にただの高校生なので。ガチの人と交渉とか無理ぞ。
疲労でぼーっとしている自分をよそに、ヘリは着陸。降りてすぐに車が出迎えてくれた。
そこで休めるかと思えば、五分ほどで東京だと言うのに山に囲まれた大きな武家屋敷に到着してしまったのでやはり心身共に疲れたままだ。
というか、今になって緊張が戻ってきた。どーしよ……手土産とか一切ないよ。『私自身がプレゼント☆』ができるのは美女だけだ。僕がやっても受け取り拒否されて終わるぞ。
落ち着け、落ち着くんだ大川京太朗。思考が変な方向にいっているぞ。素数だ、素数を数えれば落ち着けるってどっかで聞いた気がする。
0……2……4……6……いやこれ偶数だわ。こんな時にボケなくていいんだよマイ脳みそ。
「さ、上がって。大川君」
「あ、は、はい!」
桜井さんに促され、出迎えてくれたお手伝いさん……お手伝いさん!?初めて見た……。
そのお手伝いさんと思しき着物姿の女性に案内され奥へと進んで行く。廊下も時折見える庭園も綺麗なものだ。こんなのドラマとかでしか見た事がないので少しテンションがあがる。思わず『ほぇー……』と周囲を見回した。
……いやそれどころじゃねぇ!?
待って。どこかでシンキングタイム。作戦タイムを要求する。けど言えない。場の空気に飲まれて唇が動こうともしてくれない。
ど、どうする。そうだ。こういう時はコミュ力高い奴をエミュれば……!
頭に思い浮かべるのは相原君。頼んだぞ、我らがコミュ力番長!
『すまんな。お前のイメージする俺ではお前が考えつく事しか提案できん』
つっかえねぇなあの残念イケメン!
くっ、こうなれば熊井君でも魚山君でもいい!なんかアイデアをくれ!
『触手談義で盛り上がろう』
『いやいやここは筋肉について』
死ね。
「会長。桃花様と大川様がいらっしゃいました」
『ああ、入れ』
「失礼いたします」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?お手伝いさん待って!?あと五分ぐらい待って!?
だが悲しきかな。僕が心の中であげた絶叫など当然聞こえるはずもなく、無慈悲にも襖は開かれる。
綺麗に畳がしかれ、上座にてこちらを見つめてくる人物。その人と目が合った瞬間、呼吸が止まった。顔から血の気が引いていくのがわかる。
素人目にもわかる仕立ての良い藍色の着物。だがそれに着られるのではなく、着こなしている老人。
実年齢よりやや歳をとって見える顔立ちながら、『弱々しい』とは微塵も感じさせない鋭い眼光とピンと伸びた背筋をしている。
あの顔の皺は老いではなく勲章であると、自分は本能で確信していた。
白くなった髪を後頭部で纏め、猛禽類を彷彿とさせる瞳でこちらを見るこの屋敷の主。何度も桜井自動車のホームページで見た事がある。
桜井一心。日本有数の、いいや世界でも有数の大企業を牛耳る長。
そんな『人中の化け物』が、ここにいた。
「失礼します、お爺様」
「しぇ、失礼します……」
一度噛み、そして消え入りそうな声で桜井さんに続き部屋に入る。
は、はわわわ……この空間に自分がいて本当にいいのだろうか。突然無礼者とか言われて一族郎党斬首にされないといいのだが。
い、いや。今は令和の世の中。そんな事あるわけ……あるわけないけどありそうなぐらいこの人恐い!!
「ふむ……」
整えられた白い髭の生えた顎を撫でながら、桜井会長がこっちを見てくる。なんか座布団が敷かれていたし、桜井さんも座ったからそこに座ったんだけど、だ、駄目でしたか?
すみませんごめんなさい僕の様な虫けらがここに座るべきではありませんでした今すぐその辺の庭に正座しますいえもう敷地内にいる事すら不敬ですよね本当に申し訳ありませんでし───。
「………」
「っ!?」
桜井会長の全身を視界に捉えながら、正座を保ちつつ重心を少し動かす。
魔眼は反応しなかった。だが、自分の直感……いいや経験が警鐘を鳴らす。
いつでも立ち上がり、彼から距離を取れるように重心をずらした。魔装の展開はまだしない。彼が『仕掛ける』寸前までこちらの動きを予測される様な行動は避けたかった。
真っ向からの勝負は下策。自分が消耗しているのに加え、間違いなく彼は格上だ。地の利も向こうにある。積極的な戦闘は最初から除外。
逃走経路は逃げながらレイラと相談するしかないか。自分はできるだけ派手に動くとして、リーンフォースにも頑張ってもらわねば。雪音が魔力切れで限界だろう事が悔やまれる。
最悪桜井さんを人質に、駄目だ。この人も手練れ、安易な考えでリスクを抱えるわけにはいかない。
……いや。待て。仕掛けて、こない?
「かかっ」
突然桜井会長が笑いだす。
面白い玩具を見つけた子供の様な笑みを、ギラギラとした瞳で浮かべていた。なにあれ、こわぁ……。
だがわかった。この人、赤城さんが最初にしたみたいに試したな?
なんだよもぉ……桜井自動車だと初対面の相手に殺気一歩手前のものを送って反応を見るのが流行ってんの?どこの戦闘民族?
「すまんすまん。許せ。あまりにも緊張している様だったからな。これでは話もできんと、ちょっとした荒療治を試したまでのことよぉ」
「お爺様……あまりお戯れは」
「なに。その男がお前と赤城が言う通りの『狩人』か確かめるのも兼ねておったさ。だが、なるほど……これは中々の掘り出しものだ」
狩人ってなにぃ……黄瀬姉妹のお姉さんの方も言っていたけど、そんな中二あふれる名前を名乗った覚えないんですけど?
だが言わない。せっかく少し和やかな空気になったのを壊して、『は?こいつマジ空気読めねぇな……うっざ』という目で見られるのが怖いので。
蘇る小学校の頃の記憶……クラスで盛り上がっていたのに自分が何か言った瞬間『しん……』ってなって近くの席から舌打ちされたのは今でも偶に夢に見る。
あ、どうしよう。ちょっと死にたくなってきた。
「さて……改めて自己紹介といこうか、狩人よ」
「ひ、は、はい」
桜井会長の言葉に意識が現実に引き戻される。
先ほどの様な敵意はないが、それでも自分の眼の前にいる人物の肩書を思うだけで胃が痛くなってきた。
戦々恐々とする自分に対し楽しそうな笑みを浮かべたまま、桜井会長が続ける。
「儂は桜井一心。肩書は名乗るまでもあるまい。そこの馬鹿な孫にいつも振り回されておる哀れな爺だ」
「お爺様……」
「はっはっは!」
桜井さんが眉間に皺をよせ頭痛を堪え、それをしり目に会長が笑う。うん、どっちが振り回しているかはよくわかった。
この人も苦労していたんだな……てっきり色ボケ淫乱レズピンクだとばかり……。
「さあ、お主の番だぞ狩人。名乗ってみよ」
「あ、は、はい!お、大川京太朗です。冒険者専門学校に通っています……お、御社の魔導機器開発部門で専属冒険者として雇って頂いています」
「そうか。赤城の眼も順調に肥えているらしい。お主の様な猛者を囲えているとはな」
「は、はぁ……」
「まあ、お主の方からひょこひょこ寄ってきたと本人は言っていたがな!」
「は、ははは……」
ひょこひょこってなんだ……。そんな人を偶然目の前に出て来た猫とか鳥みたいに。
だが否定する気もなかった。自分から割と必死に売り込みにいったし。その方法で少しだけお説教もされたから、獣みたいに言われてもしょうがない。
それにしても、会長ほどの大物から『猛者』と評されるのは少し照れくさい。確かに戦歴は我ながら立派なものだとは思うが、こうして『大人』に褒められるのは東郷さん以外だとあまりない経験だ。
自分から獲った首を周囲に自慢していれば違ったのかもしれないけど、そういうのも少し恥ずかしい。
だから相手からこう言われると照れてしまう。でも嬉しくはあった。
「お爺様、そろそろ」
「うむ。本題に入るとしよう」
カラカラと笑っていた会長が、表情を引き締める。自然と部屋の空気が張り詰めた様な気がした。
息がつまる。硬い唾をごくりと飲み込み、どうにか呼吸を意識した。下手したら本気で息をするのを忘れてしまいそうな空間だ。
「既に知っておると思うが、この国の中枢はナイトメアによって食い荒らされた後だ。その上、覚醒者とそうでない者達の間で深い溝ができておる」
「『ユマニテ』を始め、非覚醒者を中心とした民間団体でも首のない死体が確認されています。国内は強い疑心暗鬼に包まれている状態です」
会長の言葉桜井さんが続く。
「多少の対策は用意しておったが、それでも混乱を治める決定打はない……はずだった」
ぱしりと、会長が己の膝を叩く。
それに応じる様に桜井さんがスマホを取り出し画面を操作したかと思えば、こちらに見せてきた。
画面を見た瞬間、自分の頬が引きつらなかったかどうか自信をもてない。
だって今、一番触れてほしくない人物が映っていたのだから。
『国民の皆さんこんにちは。お忙しい方もいらっしゃるでしょうが、どうか今はゆっくりと私の話をお聞きください』
キッチリとした高そうなスーツに、灰色のネクタイ。撫でつけられたオールバックの黒髪は艶やかであり、その肌の張りもあって実年齢よりも若々しい印象を覚える。それこそ三十代前半と言われれば信じてしまいそうな容姿の男性。
ただし『糸目』と『切れ長』の中間みたいな瞳は感情が読み取りづらく、薄い唇は張り付けた様な弧を描いていて物語に出てくる悪魔のようでもあった。
芝居がかった動きに、これまた胡散臭い笑みを浮かべたその政治家はカメラを前に言葉を続ける。
『どうも、有川琉璃雄ダンジョン対策大臣です。もちろん……本物、ですよ?』
百人が百人『嘘臭い』と思うセリフを吐いたその人物。
有川大臣が、優雅な一礼をしてからまたカメラに向かって笑いかけた。それはもう、胡散臭い笑みで。
画面を見る自分の顔に観察する様な目を向けてくる桜井会長に、自分の胃がキリキリと音をたてた気がした。
誰か助けて……。
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