第百三十五話 災厄は姿をくらませて
第百三十五話 災厄は姿をくらませて
「はぁ……はぁ……」
『もう少し頑張ってください、主様!』
脳内でレイラの声が響くが、融合は既に解除している。彼女を実体化させていないのは単純に魔力切れだからだ。
全身に残る幻痛に魔力の枯渇。今四つ頭に遭遇したら一も二もなく逃げるしかない。それすら、少し厳しいかもしれないが。
剣はいつでも振るえる様に肩に担ぎ、時折壁に手をつきながら進む。恐らく東郷さんと有川大臣擬きはこっちの方角にいる。雪音達の気配がその辺りで止まっているから、可能性は高いはずだ。
一刻も早く合流し、このダンジョンの氾濫を終わらせなければ。既に有川大臣に化けたモンスターは倒されているだろうに、未だダンジョンがそのままなのが気がかりだ。
通常の氾濫ならとうに収束しているほどにモンスターは倒した。だというのに建物内部の景色が変わらないのは、奴が何かをしている……はず。
なんにせよ、まずは合流だ。単独でいるよりはよほどいい。
そう思い、また一歩踏み出した時だった。
魔眼が発動する。だが、体が反応するよりも先に衝撃がやってきた。
「YUURRRYYYYYYY!!!」
「ぐわぁぁぁあ!?」
『あ、主様ぁぁ!?』
吹き飛ばされた壁に巻き込まれ、通路にべしゃりと叩きつけられる。痛い。
あの変質者感丸出しな掛け声と呼ぶには憚られる声を、自分は知っている。正直関わりたくないが、あんなんでも恩人だ。無視もできない。
というか物理的に今は無視できる気がしない。
「む、シルバー!ここにいたのですね!なんとっ、貴方が倒れ伏しているとは。随分と激戦だったのですね」
「ええ……今のが止めになりましたが」
「そう言いながら立ち上がるのだから素晴らしい信仰心です。共に美しき百合の花を守っていきましょう!」
もはやツッコム気力もねぇ。
こっちはずっと必死かつ真剣に命懸けで戦ってきたのである。突然の変質者のアホなテンションに付き合っている余裕はない。
生まれたての小鹿の様に足を震わせながら、頭に聞こえるレイラのエールを頼りに立ち上がった。
「貴女も来ていたんですね、花園さ……」
ようやく顔を彼女の方に向け、思わず絶句した。
自分の知る限り、花園加恋という人物は最強の存在である。
街を一瞬で火の海に沈めたファイアードレイクを誇張無しに瞬殺し、その氾濫を収束させた英雄。言動こそ頭のおかしい人だが、その善性も合わさり鉄火場では心から頼りになる存在だ。
そんな彼女が纏う白銀の鎧は、あまりにも傷だらけだった。
全身にヒビとへこみができ、左肩にいたっては欠けてその下の布が僅かに見えている。持っている鉄槌もまた、幾度振るったのかと問いたくなるほど破損していた。
兜の下で真顔になる。彼女が四つ頭どもにここまで苦戦するだろうか?ファフニール相手に死闘を演じるだろうか?
いいやありえない。この人はファフニールが千を超える数で挑もうと、無傷で蹂躙するだろう。
つまり、外か内かは知らないが……自分では一矢報いる事すらできない化け物がこの近くにいたという事だ。
「花園さん。いったい何と戦っていたんですか」
「そうです!私とした事が同志の無事に安堵している場合ではありませんでした!」
いや無事ではないです。あと同志でもないです。
「あの神敵に鉄槌を下さなければ!あと一歩という所で逃げられるとはこの花園加恋、一生の不覚!あの変幻自在な槍捌きと魔法の組み合わせは驚嘆すべきものでしたが、何故それを百合の間に挟まり暗躍する事に使うのか!!」
……つまり、彼女がロックオンしている百合カップルの近くに、その人達に良くない感情を抱いている奴がいると。そして、その槍と魔法を巧みに使う何者かは未だ逃亡中と。
よし、とりあえず槍持っている奴には近づかないでおこう。
「シルバー。私はこれからあの神敵に誅を下さなければなりません。貴方はどこかで身を休め、次なる戦いに備えなさい」
「はぁ……とりあえず仲間と合流します」
「ええ、そうしてください。それと、一応情報を共有しておきましょう。狙われた百合花は『ゴールデンギター』こと郡凛様とその幼馴染である伊藤胡桃様です。もしも貴方が見つけた場合は保護してください。私も必ず向かいますから」
「あー、わかりました」
正直自分の事で手一杯だが、『ゴールデンギター』さんの動画は好きだ。可能な範囲で助力はしよう。
ただし、この人がここまで苦戦した謎の槍使いが現れたらとんずらさせてもらうが。
「では失礼します。我らに百合の祝福があらん事を」
鉄槌を超高速でぶん回し壁を飴細工みたいに砕きながらダンジョン内をショートカットして進んで行く変質者を見送り、どっと疲労が押し寄せてきた。
次から次へと、とんでもない事が起きる一日だ。
「ん?」
その時、アイテム袋に何か反応があった気がした。違和感を確かめる為手を突っ込めば、念話の木板から魔力が出ている事に気づく。
まさかと思い引き抜いて見れば、すぐに女性の声が聞こえてきた。
『こちら桜井です。聞こえますか大川君。繰り返します。こちら――』
「桜井さん、大川です。出るのが遅れてしまい申し訳ありません」
壊されずに済んだ壁に背中を預けながら、周囲を警戒しつつ兜だけ解除する。
『何故そちらと通信が繋がったのかはわかりませんが、先に伝える事があります』
「はい」
確かダンジョンの外壁とかが壊れたら念話が繋がると桜井さんは言っていたな。順当に考えれば花園さんの破壊活動が原因だが……。
何故だか無性に、嫌な予感が止まらなかった。
『貴方のいるダンジョンの収束が始まったのが外側から観測されました。また、突然壁に穴が開いたかと思えば巨大な鷹が、人が丸ごと入りそうな胡桃を抱えて外に飛び出した瞬間をこちらで確認しています。あの鷹の所属はわかりますか?有川大臣の所在は?』
その時、自分の中で何かがカチリと嵌った気がした。自分でも無理筋な話だと思うのに、妙な確信と共に。
己の固有異能を知ってから、類似する『黄金の林檎』にまつわる伝承は出来る限り調べてきた。
その中には当然北欧神話もあり、それが今の状況と組み合わさっていく。
明らかに様子のおかしい巨人たち。改造されていた世界樹の皮を食べているという牡鹿と、伝説の邪龍ファフニール。
そして、『林檎』が関わっているとしか思えないダンジョン。
こじつけにも等しい、バラバラのピース。ただ北欧神話で語られる存在ばかりというだけで、それ以上の統一性はない。
だが、自分の口はそれらの思考をすっ飛ばして動いていた。
林檎にまつわるエピソードで、巨大な鷹がクルミを抱えて飛ぶ話を知っていたから。
「撃ち落してください!それを逃がしては駄目だ!」
ただの直感……とは言えない。今回の一件に遭遇してからずっと騒いでいた自分の奥底。『白銀の林檎』が最大級の警報を鳴らした気がした。
それを脳で理解するよりも先に、叫ぶ。
『ちょっ───』
『了解。全力で撃ちます』
返ってきたのは桜井さんの慌てた声と、どこかで聞いた事のある女性の声だった。
その直後に響いた爆音と衝撃。既にボロボロのこの建物が崩れるのではないかと思う程の攻撃が、外で行われたのだろう。
その頼もしく感じる攻撃の余波を受けながら、しかし胸のざわつきが止む事はなかった。
* * *
アレから三十分後。自分達は無事に合流し、ダンジョン化が解けた建物から脱出。すぐに桜井さん達とも遭遇『してしまい』、東郷さん達は自衛隊に回収されてしまった。
巨人どもがたむろしていた街は、たくさんの自衛隊や警察、そして救急の人達が駆けつけていた。そこら中で重機やトラックが行き来している。
だが、自分が突入する前すら酷い有り様だったのに今は原型すら周囲の建物には残っていない。ファイアードレイクの時ですら、ここまで酷い事になっていなかったというのに。
救助活動をしている方々には悪いが……生存者は、自分達と桜井さん達。それと氾濫の外延部で巨人ども相手に遅滞戦闘をしていた桜井家お抱えの覚醒者部隊ぐらい。
それ以外の人達が……非覚醒者が生きていられる空間ではなかった。
「とにかく、お互いに誰一人仲間が欠けなかった事を喜びましょう」
「そうですね」
自衛隊のテントの一角を貸してもらい、桜井さんと向かい合って座っている。正直作業の邪魔になるから移動した方がいいとも思うが、自分達の会話内容を考えると迷いどころだ。
お互い服装は魔装から私服に戻っているが、まだ戦闘の余韻が残っているのか魔力が少しざわついている。
……あるいは、『まだ終わっていない』と本能的に感じるからか。
「黄瀬さん達はどうですか?遠目に護符の様なものでグルグルにされた状態で搬送されるのが視えましたが」
「ええ、問題ありません。二人とも無事です。ただ、心身ともに限界な様なので絶対安静ですが。『色々』と話し合わないといけない事もあるのですが、それは暫く先になるでしょう」
「そうですか……」
黄瀬姉妹に心の中で小さく『お疲れ様です』と頭をさげる。
かなり変わった人達だったが、それでも助けられたのは事実。自分達だけでは、あの文化センターにたどり着く事すら難しかった。
「さて。少し遅れてしまいましたが、まず『仕事』を達成してくれた事にお礼を言わせて頂きます。後日、働きに見合った報酬を口座に振り込んでおきましょう。また、直接的な金銭以外のお礼も考えておきます」
そう言って、桜井さんが姿勢を正したかと思うと座ったまま深々と頭を下げてきた。
桃色の髪がサラサラと流れるのを見て、慌ててこちらも腰を曲げる。
「い、いえ。そんなそこまで……」
「いいえ。有川大臣に化けていた魔物、『ナイトメア』を放置すればこの国の存亡にかかわっていた事は確実です。色々と調査は終わっていませんが、私の頭一つでは足りない功績が貴方にはあります」
「そ、そう言われましても、仕留めたのは東郷さんですし、何より日本有数の大企業とは言え民間人の貴女が頭を下げるのは違う気が……」
「なるほど。総理や各省庁の大臣が首を垂れて感謝しに来いと」
「違いますよ!?」
誰が好き好んで大して知らないおっさんやおばさんに会わなきゃならんのだ。
……じゃなくて!そんなお偉いさんに頭を下げられたら凄く気まずいので勘弁願いたい。というか、色々と爆弾抱えている身としては関わりをもちたくない。権力者と不老の力は劇物以外のなにものでもないのだから。
「ですが、残念ながらそれは暫く不可能でしょう。総理以下十七名の大臣と副大臣の死体が確認されていますので」
だが、そんな思考も桜井さんがさらりと告げた言葉に吹き飛んだ。
あまりにも自然な口調で言われた内容に、一瞬脳が理解できなかった。思考が停止しかけるも強引に意識を集中させる。
「……あの官房長官みたいな事になっていた、と?」
「ええ。ナイトメアによる『ドッペルゲンガー』との入れ替え。国会では随分と進んでいた様ですね。現在、明確に無事と判断されているのは防衛大臣のみです。その彼も、暫くは本当に大丈夫なのか調査しなければなりませんが」
「それは、また……」
チラリと周囲に視線を向ける。
自衛隊の人達は一切こちらに近づいてくる様子が見えないし、それどころか目を合わせようともしない。
それはただ生存者の捜索で忙しいから……と、思う事にしよう。
なんとも胃の痛くなる情報だ。こっちはただでさえ脱出すぐにこの人と合流する『不運』に見舞われているのに。
あ゛あ゛あ゛……考えないといけない事、心配でそれどころじゃない事が多すぎて頭が纏まらない。ただでさえ今すぐベッドで横になりたいぐらい疲れているのに。
だが、ここで眠ってしまえば後で後悔する。状況に流されるのは慣れているが、せめて流れぐらいは知らなくては。でなければ辿り着く場所も選べない。
「現在、という事は、他の大臣達もご遺体で見つかる可能性があると」
「ええ。各省庁はその対応で大混乱です。そのうえ『ユマニテ』を始め、民間団体でも同じような報告が上がっています」
「なるほど……」
個人的には、それを当たり前とばかりに言う貴女が怖いがね。
桜井さんもご自分の態度が異常な事ぐらいわかっているだろうに、それを僕に見せるという事は『身内』判定しているという事か。今回ばかりは嬉しくない。
「……突然桜井会長とお会いする日取りが早まった事と、関係が?」
「はい。可能なら、今すぐにでも本家に来ていただきたいですね。構いませんか?」
「警察や自衛隊の人達への説明をそちらでして下さるのなら」
「わかりました。やっておきましょう」
「それと、本当に例の鷹は撃墜できなかったんですね……?」
「ええ。矢を放ったうちの荒川葵が『的に当たったが射貫いた感触がない』と言っていました」
桜井さん曰く、荒川さん……あの眼鏡をかけた黒豹の獣人さんが魔力を籠めた矢を例の巨大な鷹に放ったらしい。
その威力は最大出力だった事もあり戦艦を一撃で大破させられる程と先ほど聞いたが……それでも、撃ち落せなかったのか。
覚醒者の勘は馬鹿にできない。嫌な予感は増すばかりだ。
「そう、ですか……」
「その件に関しても、お爺様も交えてお話するとしましょう」
その時、何やら大きな回転音が聞こえてきた。
まさかと思いテントから出て外を見てみると、ヘリが一機降りてきている。自衛隊でも警察のものでもない。所属は不明だが、周囲の自衛隊は普通に着陸の誘導をしている。
桜井さんを振り返れば、彼女も立ち上がり頷いてきた。
……車なら、眠るまではいかずともゆっくりできたのだが。はたしてヘリって寛げる物なのだろうか。乗った事ないのでわからない。
思わず出てきそうなため息を飲み込み、覚悟を決める。
「若いうちの苦労は買ってでもしておけと言います。桜井家は働きへの報いはすると、次期当主としてお約束しましょう」
「……はい」
ぽんと、軽く叩かれる肩。だが『絶対に逃がさん』とばかりに圧を感じるのは、きっと気のせいだろう。
そう思わせてほしい。
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