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凡人高校生、バケツヘルムでダンジョンへ  作者: たろっぺ
最終章 新たなる神代で
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第百三十二話 イレギュラー

第百三十二話 イレギュラー



サイド なし



 床に広がった木々達が道をあける様に動き、そこをツカツカと靴を鳴らしながら進む男。


 有川琉璃雄――彼と融合した、『ナイトメア』。


 人に悪夢を見せその精気を吸う魔物として語られる存在。その姿は猿に似た悪魔とも黒い馬ともされてきた。現代に現れたそれは、あらゆるものに姿を変える力をもつ。そして、人に憑りつく事で寄生先から魔力を吸い上げる怪物であった。


 この個体の場合。心臓という人体で最も魔力をもった器官を奪い、その機能を補って宿主を生かす。ただし、憑かれた人間は精神をナイトメアに浸食され怪物の精神をもつ狂人へと変貌する。


 そんな彼は胡散臭い笑みを浮かべたまま、黄金の少女が……『黄金の林檎』が待つ階へと向かっていた。


 林檎を保護している柱があるのとは別の展望室へと出る。窓は全て樹に覆われ、点滅する照明だけが光源となっているためやや薄暗い。それも、彼が入ってきた事で窓こそ覆われたままだが蘇る様に明るさを取り戻す。


 その場所を足早に通り抜けようとする途中、突然彼の足が止まった。


『護らなければ』


「っ……!」


 ギシリと、有川大臣の身体が軋む様に震える。


『護らなければ。あいつが命を賭して護ったこの国を、私が……私が……』


「うるさいですね、本当に」


 胡散臭い笑みを浮かべ続けている顔には玉のような汗が浮かび上がり、右目だけが見開かれている。


 その歪な顔を押さえつける様に左手が覆い、ギリギリと力を籠めた。


貴方わたしは私だ。貴方わたしが私の邪魔をするな」


『あいつがあの世で安心できる様な国を……お爺様もお父様も関係ない。私は……』


 うわ言の様なか細い声。それはナイトメアの頭の中にだけ響く。


 悪夢にうなされる様に彼は身をよじり、胸元の顔は痛苦に歪む。右手に握ったままの銃のグリップが軋みをあげた。


「私はこの国を我々の住みやすい場所に変えなければならない」


『私はこの国を民草が安心して暮らせる場所にしなければならない』


「私は死ねない。死にたくない」


『私は死んでもいい。あいつに胸を張って会いにいける死に方なら』


「配下どもを利用し、人間を利用し、安全圏を作り上げる……!」


『妻と子にも、幸せになってほしい……この強欲な願いを、叶えてみせる……』


 ギシリ、ギシリと、銃を握る手と顔を覆う手から音が鳴る。


「その為に、『奴』の計画を奪わなければ……!」


『その為に、『奴』の計画を阻止しなければ』


「『この国を、日本を護るのだ』」


 ようやく、軋む音は止み身体の震えも消えた。


 折り曲がっていた背筋は伸び、有川大臣は汗一つない顔でまた歩き出す。


 彼は思案する。『どうやってこの国を支配しようか』、『どうやってこの国民を守ろうか』。


 矛盾する考えを同時に進め、ロジックエラーを起こす度に体を震わせながら。ドッペルゲンガーたちの脳も使って制御しているこのダンジョン内部に意識を向けた。


 監視カメラでも眺める様に、彼の脳内に映像が浮かび上がる。それらを眺め、ナイトメアは思考を巡らせた。


 最も警戒していた最悪の敵は、最も来てほしくなかった最強の敵と対峙している。


 郡凛が『声の力』を使ったからか、もはや余命いくばくかもなかった『老人』は白銀の騎士を相手に奮戦していた。もっとも、騎士側が道中でかなり消耗していた事も理由に入るだろうが。


 ここに来させない為に無茶な間引きを連続でさせ、それでもなお来た時に備え『スルト』を外に置いていた。結果こそ瞬殺であったが、無傷とはいかなかったらしい。チャリオットは使えず得意の剛腕も疲労ゆえに幾分か動きが遅い。


 このまま共倒れてくれれば一番だが、あの老人が馬鹿正直に戦い続けるはずがない。どこかで戦いを切り上げ、逃げおおせるだろう。


 次に、郡凛。奴は単独で馬の守護精霊に跨り通路を疾走している。随分と勘がいいのか、それともそういう運命なのか。『黄金の林檎』を飲み込んだ柱の部屋に向かっている。


 それでも満身創痍。あの老人によって施されていた隠形も消えさり、モンスターとの戦闘中にバリスタをいくつか展開してやればそれだけで死ぬはずだ。


 そして、赤城萌恵。桜井家が総力を挙げる事はないと踏んでいたが、あの女が来る可能性も考慮はしていた。


 念のため黄金の少女に疑心を抱くように軽い布石は打っておいたが……不要だったか。それならそれで越した事はない。


 そう考えるナイトメアだが、胸の顔は小さく歯ぎしりをした。


 イレギュラーがいる。


 バケツの様なヘルムを被った男。巧みに魔法を操る銀髪の守護精霊。異様に高性能な装備を身に着けた雪女。明らかに民生品の出力ではない戦闘用ゴーレム。


 どれ一つとってもナイトメアにとって想定外の存在だ。それでも努めて冷静に判断し、恐らくあのグレートヘルムの男は東郷の子飼いであると彼は当たりをつける。


 名前は思い出せないが、凄腕の冒険者だったはず。有川琉璃雄の記憶から東郷が民間人……それも未成年を今回の一件に関わらせるのは予想外だった。


 あの四騎が異様なペースでモンスターを駆逐しながらダンジョン内を進撃している。それによりナイトメアは異界の掌握に支障をきたしていた。


 元よりここは彼が作ったものではなく、『あの老人』が確保していたのを奪ったものである。


 大臣としてダンジョンの氾濫に対応するシェルターを作る……というお題目で行われた龍脈の調査。そして、その際に金で雇った覚醒者や海外からの力を利用してここを改造した。


 要は他人の家も同然。自由自在に扱うのは、非常に難しい。そこに想定外の戦力が投入されればなおの事。


 ダンジョンに張り巡らされた目はバケツ頭達の戦闘で発生した魔力の乱れによって一時的に機能を停止する事態が頻発し、他の者達に対応する為の罠やモンスターまでそちらに回さなければ足止めすらも困難。


 今もバケツ頭とその守護精霊を見失い、ナイトメアはダンジョン内の目を何度も切り替えていた。


 そう、周囲の警戒を疎かにして、全力で。



───タァンン……。



「……なに?」


 衝撃を受け、一歩ナイトメアは足をよろめかせた。


 視線を下にさげれば、背後から入った弾丸が前へ抜け胸の顔に風穴を一つ作っていた。


 そこから漏れ出るのは赤い血ではなく、黒い靄の様な魔力の塊。急速に魔力が失われていくのを感じながら、ナイトメアは体を動かした。


 わき目もふらず全力で物陰に走る彼の背後を二発の銃弾が通り過ぎていく。展望室の柱に隠れ、ナイトメアは発砲があった方向を確認した。


 ありえない。笑みの張り付いた彼の顔に、汗が一筋流れる。


 暗がりから姿を現した、一人の男。フレームのない眼鏡にスーツをきたその人物の名を、ナイトメアは呟いた。


「東郷、美代吉……!」


「やあ、さっきぶりだね。化け物」


 端正な顔に幾筋の汗を流しながら、東郷は笑みさえ浮かべてみせた。


「スーツの下に防弾チョッキを着ている可能性は考慮したが、この銃の弾は防げない性能だと思っていたんだがね」


 声に笑いを滲ませるが、ナイトメアは本気で疑問に思っていた。


 自分が使う拳銃の口径は12.7mm。レベルⅡの防弾チョッキだろうと貫通する。スーツの下に仕込める様なアーマーでは防ぎきれないはずだ。弾丸は正確に東郷の心臓に届く。


 はずだった。


「これは、自分でも信じられない事なんだがね」


 東郷の声にもまた、笑いが滲んでいた。こちらは、本心から。


 そう言いながら彼は近くの柱に身を隠し、己の胸元に、正確にはその下にある『壊れたジッポライター』に触れる。


 気に入った相手には例え敵として相対した者にもライターを送る、馬鹿な友人が遺した贈り物。


 それと防弾チョッキが重なる事で、弾丸から彼の心臓を守り抜いたのだ。


 漫画の様な奇妙な話。血の代わりに流れ出たオイルは、かつての友人が自分の身代わりとなってくれた様な錯覚を東郷に覚えさせた。


 それ故に、彼の覚悟は完全なものとなる。


「終わらせよう、有川。あいつの為にも、私はお前を殺す」


「友人を殺すのかね、西園寺……!」


「今の私は『東郷美代吉』だ。この国を護る、ただの公務員だよ」


 互いに、ほぼ同時に柱から銃をつき出して発砲。ナイトメアに制御された肉体は常人を超える膂力と反射神経、そして正確さをもつ。覚醒者には届かないまでも、それに近いパフォーマンスを発揮できた。


 だが、同時に放たれた弾丸は彼だけを傷つける。


「なに……!?」


 ナイトメアの放った銃弾は東郷の隣の柱に着弾し、東郷の放った弾はナイトメアの右肩を抉った。


 赤い血が流れる。それは彼の肉体が、寄生されている部分以外は人間のそれである証。


 その光景を見ながら、東郷は止まらない。続けざまに銃弾を放ち、ナイトメアの逃亡を阻止する。


「馬鹿な……!」


 胸元の顔を歪ませながら、ナイトメアは拳銃を左手に持ち替えた。だが、照準を合わせようとする度に腕が僅かに震える。


 まるで、何かが邪魔をする様に。


「人間、風情が!」


「そこにいるんだな、有川……!」


 いつの間にか射角を得ていた東郷が放った弾丸が、ナイトメアが操る有川大臣の脇腹を撃ち抜く。


 反撃の銃弾は僅かに精密さを取り戻し、東郷を柱の陰に追いやった。代償とばかりに、ナイトメアにつけられた銃傷が広がり流れ出る黒い靄もその量を増していた。


「……なるほど。どうやら私は君達を甘く見ていたらしい」


 ナイトメアはそう呟く、思考をダンジョンに集中させる。


 僅かにできたその隙を逃すまいと、東郷が柱から飛び出した。次の一発に賭けると、もはや防御を考えていない走り。


 それさえも無視して、ナイトメアは柱に触れて呪文を呟く。


 射線が通ろうとした、その瞬間。ビシリと床に巨大なヒビが入った。


「なっ」


 今度は東郷が驚愕の声をあげ、咄嗟に崩落していく床から逃れる。すぐにナイトメアの位置を探る彼の鼻が、異臭を嗅ぎとった。


 その瞬間、彼が『死なずに済んだ』のは事前に飲んだ魔力遮断の霊薬のおかげであった。


 それが必要以上に体内への魔力流入を防ぐものでなければ、東郷の身体は一秒と経たずに腐り落ちていた事だろう。


 本能的に危機を察知し、彼は腕で口元を覆いながら床に出来上がった穴から全力で離れた。


 僅かに見える緑色の霧。それを視界に入れているだけで眼球が侵されている様な痛みを感じ、東郷は思わず片膝をつく。


 どれだけの覚悟を決めようと、人間には限界が存在する。精神が肉体を凌駕するのはほんの一握りの存在にしか許されない領域なのだ。


 非覚醒者である彼は、この場での生存すら許されない。


「私にとっても危険だが、助っ人に君への対応は頼むとしよう。じっくりと楽しんでくれたまえ。我が友よ」


「ま、て……!」


 追いかけたいのに、東郷の身体はどこかへと駆けていくナイトメアの背中を見ている事しかできない。


 次第に緑色の霧がその濃さを増していく。それに触れていないというのに、東郷は呼吸すらままならなくなり始めた。


 息を詰まらせ、視界が歪む。何かが下の階からこのフロアに上ろうとしているのだろうが、恐らくその存在が到着する前に東郷は死ぬだろう。


 かつての神代においてさえ、強大な力を有すとされた龍。それがただ存在するだけで放つ呪詛は、人間を絶対に逃さない。己が財宝に手を出す慮外者を誰一人許さない強欲さの表れとでも言う様に。


 だが、彼にはそれが龍によるものどころか、呪詛である事すらも理解できない。何故なら、彼は常人に過ぎないのだから。


 東郷の身体から感覚が失われ始めた。それでも拳銃を握りしめたのは、偏に彼の執念と言えるだろう。


 しかし、それまでだ。


 友を奪った怪物を仕留められず、国を護るという誓いさえも果たせずに。なんの結果も出せずに死ぬ。


 それは神代において、いいやこの世界に人が生まれた時から、人類にとってありふれた最期だった。


 東郷の瞳が閉じられる。終わらせてやれなかった友人への謝罪を思い浮かべながら。



『──・────』



 だが、一陣の風が彼を包み込む。ほど同時に呟かれた呪文が、その身を蝕む呪詛を一掃した。


「か、はっ……!?」


 突然活動を再開した肺空気を取り込み、東郷は小さくむせる。いったい何が起きたのかと、慌てて彼は顔をあげた。


 そんな彼の眼前に、薄緑色の蔓が描かれた濃緑のマントがたなびく。


「お待たせしました、東郷さん」


 もはや聞き慣れた声が、ややくぐもって彼の耳朶を打つ。


 バケツの様なヘルムの両側頭部から木製の角を生やし、手には一振りのツヴァイヘンダーを握る騎士の……いいや、人外を討ち取る『狩人』の背中。


 その姿は視慣れぬものながら、その声は、立ち姿は、東郷にとってよく知る人物のものだった。


「京太朗、くん……?」


「はい。大川京太朗、仕事の都合で参上しました」


 振り返りもせず、しかしその声に隠しきれない喜色を浮かべて応える少年。


 大穴から這い上がる存在を迎えうつ様に、狩人は剣を構えた。




読んで頂きありがとうございます

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 危ない危ない京太郎が来なかったらてっきり東郷さんが主人公かと思うところだったよ
[良い点] くっ、なんて胸熱な展開❕ 可能性は低いけど、有川大臣も林檎を使えれば生き残れるチャンスが、ハッピーエンドならそれもあり。 ノーマルなら有川大臣死亡。 バッドならナイトメアの独り勝ち。 […
[一言] おかしいな、モブ顔バケツヘルムが主人公に見えるぞ? そして東郷さんのヒロイン力が圧倒的すぎて他が雑魚に見えますわ
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