第百三十一話 暗転
第百三十一話 暗転
迫る矢を切り払い、二射目は彼女が潰してくれると信じて眼前の敵に集中する。
『ブオ゛オ゛オ゛!!』
上からの振り下ろしに剣を斜めに傾けて受け流し、続くもう一方の手が放つ掬い上げる様な拳を足裏で受ける。
勢いを殺さずに体を縦回転させながら斜め後ろに。足首と膝が発する痛みを無視し、後方に逃れる。
床にブーツが擦れる音をたてながら視線を前に向ければ、両手の指を床に食い込ませた四つ頭の姿があった。ずらりと並んだ牡鹿の角が全てこちらに向けられている。さながら、こちらに槍の穂先を向ける騎兵の集団にも思えた。
通常の鹿でさえ成人男性を容易く殺める角が、神代の怪物の力で突き込まれた場合人間はどうなるか。想像に難くない。
『ゲゲゲゲゲゲ!!!』
笑い声にも似た咆哮をあげて突き進む四つ頭。それは戦車すら横転、いいや破壊しかねない突進力を持っていると直感で理解する。
引けそうになる腰を押しとどめる様に重心を深く落とし、床を踏み砕いて足首まで埋めて固定。更には体を捻った状態で剣は大上段に。正面からあの突進を迎え撃つ構えをとる。
それを察してかどうかは知らないが、一切減速せずに角の群れは突き進む。
『魔力解放』
刀身に纏った暴風。全身の力でもって振るわれた剣が中央二体の頭を角ごと叩き割り、胴体まで深く引き裂いた。
衝撃で吹き飛ぶ四つ頭。反動で自分も後ろに押しやられながら、しかし体を横回転。怪物どもと比べて人の身はあまりに小さく軽い。回転を使った遠心力でもってそれを強引に補う。
反動を殺しながら全力で床を蹴って接近。頭二つと心臓を失いふらつく敵に、左手側の壁に跳んで斜め上から斬りかかった。
左端の首を斬り落として床に着地するなり間髪入れずに跳躍し、V字の軌跡を描いて残る右端の首を斬り飛ばす。
念のため頭を全て失った体の肩を蹴り飛ばして距離をとれば、着地と同時に怪物が粒子に変わり始めた。
いつもなら八割以上消えるまで不用意に近づかないが、今だけは例外だ。
「レイラ!」
「はい!」
杖を振るい新たにできた振り子の大槌を破壊し、自分の斜め後ろにつくレイラに一度だけ視線を向ける。力強い頷きを受け、前に向き直り走り出した。
止まればバリスタやら落とし穴やらが延々繰り出され、そうしている間に四つ頭共がやってくる。その様な事態に遭遇すれば二度とこのダンジョンで慎重になどと言っていられなくなるのだから、これを仕掛けた輩は嫌らしい事この上ない。
そうして休まる事無く動き続けた者は、どう足掻いても必ず限界がくるものだ。故に、こちらは力尽きる前に全てを食い破る必要がある。相手の対応速度を超え、踏破するのだ。
もっと冴えた対処法があるのかもしれないが、あいにくと思いつかないし複雑な作戦を実行できる気もしない。
林檎のおかげで体力の回復は速い方だ。それはレイラも同じ事。今はそれに頼り、とにもかくにも足を動かす。
『ビャ゛ビャ゛ビャ゛ビャ゛!!』
耳障りなあの声がまた近づいてくる。今度は四体、十字路で合流し一列になって正面からこちらに駆けてきていた。
更に壁や天井からバリスタが現れ、矢を自分達に向けてくる。
「『大地よ』!」
レイラが壁を殴りつける様に杖で叩き、『自然魔法』でバリスタを次々破壊していく。一本も放たれる間もなく、自分と四つ頭どもが接敵した。
この数を一度に相手にするのなら出し惜しみはしていられない。魔力をまき散らし、四肢と刃を加速させる。
『ブィィィイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!!』
繰り出される右の拳に屈んだまま走る事で回避。脇を抜ける際に膝を断ち切り、次の相手が反応する前に跳んで空中にて横回転。一撃で二体の首全て、計八つを纏めて切断する。
『ギィアアアアアアアアア!!!』
三体目が金切り声をあげてこちらに腕を伸ばしてきた。足を掴もうというそれを、思いっきり蹴り飛ばして迎撃。反動でまた回転した身体で近づいた天井を蹴り飛ばし、加速を得て落下する。
着地地点は無論三体目の足元。落下の勢いをのせて袈裟懸けに分厚い胴体を叩き割った。
「っぅうう……!」
衝撃で手足が軋む。僅かに止まる動きを、四体目は見逃さなかった。
『ブオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!』
打ち下ろされる右拳。正確にこちらの頭を狙っているそれは、いかに兜を被っているとは言えただでは済まない力が籠められている。
「『フレイムチェイン』」
ギシリと、空中に浮かび上がったいくつもの魔法陣から伸びた赤熱する鎖が、四つ頭の腕に絡みついた。
奴の体毛が焼け焦げるが、切断どころか数秒ともたない拘束。しかし、そのほんの少しの間が今は値千金の効果をもつ。
「ぅおおおおお!」
縛られた拳を避ける様に跳び上がり、剣を鳩尾に突き刺す。そのまま捩じって刃を上に向け、肩口目掛けて振り抜いた。
大量の返り血を浴びながら脱力した四つ頭の腹を蹴り飛ばし、くの字に曲がって下がったその首を纏めて刎ねる。
「『大地よ』」
三体目はどうなったかと振り返れば、ちょうどそいつが下から突き上げた樹の槍に複数貫かれうち何本かが顎から頭頂部に抜けていた。
レイラと視線を合わせ、頷き合う。そうしてまた駆け出して、また戦い、蹴散らしてまた進む。
ひたすらにそれを繰り返しながら、このダンジョンの敵を殲滅するペースで走り続けた。
「はぁ……はぁ……!」
魔力の消耗を感じながら、脚は緩めない。本音を言えば今すぐ重力に負けて倒れたい身体にむち打って、剣を握りしめた。
既に三ケタ以上の四つ頭を斬り伏せ、二十階は上っている。いかにここが異界とは言え、そろそろ頂上につくはずだ。
きっとそこに有川大臣擬きが、そして東郷さんがいる。そう思う事で限界に近い心身を奮い立たせた。
ゴールが見えるのならまだ走れる。鉛を吸っているかの様な呼吸で、床を踏みしめた。
その時。
どこかから、銃声が聞こえた気がした。
* * *
サイド 東郷 美代吉──西園寺 康夫
煙幕の向こうへとスタンを投げ、突っ込む。耳のすぐ横を銃弾が通り過ぎたのを感じながら、一気に間合いを詰めた。
友人の顔をした怪物の顔面に二発叩き込み、腹を蹴り飛ばす。それの頭部が弾けたのを横目に、通路に放置された荷物に身を隠した。
……攻撃がこない。相手もそろそろ品切れか。
もっとも、それは自分にも言えた事だが。
マガジンを交換しながら、懐を探る。自分のカウントは正しかったらしく、弾はこれで最後でありスタンもスモークも使い果たした。
残っているのは魔力のないナイフ一本。相手の銃を奪っても込められているのは通常弾であり、モンスター戦では使えない。
これがダンジョン外ならば宿主の身体を破壊しただけでも時間経過で消滅が狙えるが、この魔力濃度では無理だろう。
「ふぅぅ……」
残されたチャンスは少ない。ならばそれを最大限に活かす。
気合を入れ直し、軋む心臓を動かして通路を駆けた。すぐに樹がまとわりついた両開きのドアを見つけ、迷いなく蹴破って中に入る。
中は文化センター内にある劇場。本来なら多くの人が集い、壇上で行われる事を見物していたのであろう。だが、今は無人であり何年も放置されたかのように草木が生い茂っていた。
それらの光景を無視し、一切止まらず勢いそのまま前転する様に座席の陰に隠れる。直後に頭上を銃弾が通り過ぎ轟音が劇場に響き渡った。
「驚いたな。まさか見つけられるとは思っていなかったよ」
よく通る有川の声。先ほどの銃弾のお返しとして中腰で移動しながら発砲すれば、相手も同じように動きながら撃ってきた。
その手元を見て、確信する。
「貴様が有川の思考を少しでもトレースしたのなら、こういう場所にいると思ったよ!」
疲労で足がもつれそうになりながら、座席の陰に隠れる。
「ようやく本体と会えたようだ。握手の一つもねだっていいかな?」
「握手をしながら殺し合うのが人間というものだと私も知っているよ。だが、どうやら本当に私と同胞を見分ける手段を持っているらしい。どんな手品か教えてくれないかな?」
「無駄に増やした頭で考えたまえ。正解したらハワイにでも連れて行ってやろう」
「ははっ。海外旅行か。それは楽しそうだね」
誰が教えてやるものか。地獄に行って閻魔様にでも聞いてみろ。
答えなど簡単だ。有川に化けた怪物だけ、『結婚指輪をしていない』。
奴に顔を変えた他のドッペルゲンガーどもは過去の有川の映像を元に演じているのだろう。わざわざそっくりな指輪を用意して、薬指に嵌めている。
だというのに、大本の個体だけは指輪をつけていなかった。
それだけ奴にとって……有川琉璃雄にとって、あのライターに並ぶほど家族の事が大切だったのだろう。
病院の地下で苦しんでいるあいつの妻子を考えれば、それだけで決着をつけなければならない覚悟が決まるというものだ。
いったいどれだけ、私の友を侮辱するつもりなのか……!
「ふむ……しかしそうだな。実は我々が戦う理由などない。友好のため、本当に旅行を計画してもいいかもしれない」
「なに……?」
意味不明の事を言って、奴が移動する気配を察知する。
向かう先は……誰もいない、どこからでもその姿を視認できる舞台の上。
「あの少女にも言ったのだが、いったい我らと君達にどれだけの違いがあるというのだ」
舞台の端、そこで壁をつたっていた木々が動き階段のような形をとり始めた。
その思惑は読めないが、いいだろう。奴が舞台に上った瞬間、銃弾を撃ち込んでやる。体のどこかに本体があるはずだ。頭に二発、胸に二発撃ちこんだ後全身を改めて探し出し、そこに止めをさしてやる……!
「我々には記憶がある。感情もある。顔かたちも元となった者と同じであり、君達人間とて大半が見抜く事ができなかった。違うかね」
「人を食い殺して成り代わる化け物がよく言ったものだな。入れ替わった存在が、本当に同じものだとでも?」
「同じものだよ。その者を表すのは人格だ。それが代わっていないのなら、いいじゃないか」
「いいものかよ。そもそも人格とは記憶と大きく結びつく。その記憶を欠損させ、代わりに人食いの欲を詰め込んだ貴様らが同一人物であるものか」
さあ、その姿を見せろ。刺し違えてでも殺してやる。
友人と、部下の仇。そして何よりこの国の為に。
「人とて、どれだけ大切に思っていたはずの記憶を忘れてしまう生き物だろうに……。そこも含めて考えてはくれないのかね」
「怪物のたわ言はいい加減にしてほしいな。これ以上の問答に意味を見出せない」
「おやおや、会話は知的生命体がもつ素晴らしいツールだ。疎かにするのはいただけないな。随分と感情的になっているらしい」
笑いさえ含んだ声に、自分の額に血管が浮かぶのがわかる。
それを、それを貴様が言うか。散々に人の大切なものを踏みにじった、貴様が。
「その感情の高ぶりは友人を殺されたから……だろう?なら、その誤解を今解こう」
シュルリと、小さく衣擦れの音が聞こえる。
その後に、有川に化けた怪物が階段を使い舞台へと上っていくのが見えた。その左手に指輪はない。
座席の裏から体を出し、銃口を向ける。確実に、仕留め―――。
「有川琉璃雄はまだ生きているよ。君達の価値観から見ても、ね」
「───は?」
怪物の開かれた胸元。ネクタイを捨て、シャツのボタンを開いた先。
そこには、『人の顔があった』。よく知っている、顔が。
「もう一度言おう。有川琉璃雄は、君の友人は生きている」
壇上に立つ怪物。その胸元に、灰色になった『有川琉璃雄』の顔が埋め込まれていた。
「ああ、勘違いしないでくれ。今見せている顔は『私』の方だ。本物の有川琉璃雄の頭はこっちだよ」
こつこつと、胡散臭い笑みを浮かべながら怪物が首の上にある方の頭を叩く。
「この灰色のは私そのもの……。あえて名乗るのなら、『ナイトメア』、かな」
あいつが……有川が生きている?馬鹿な。今更奴の言葉を信じられるはずがない。
だが、だが。
「こんな見た目だが入れ替わっているのは『心臓』とその周囲の血肉だけ。そこから彼の精神と融合し、こうして会話をしている」
垂らされた蜘蛛の糸に絡めとられて。
「こちらとしては既に有川琉璃雄と私は同じ存在なのだが、君の価値観だと寄生している様なものか。だが私がいなくなったその時、彼も死ぬだろうね。なんせ心臓がないのだから」
引き金にかけた指が、動いてくれない。
覚悟をしていた。どんな事をしても、この弾丸を撃ち込むと。仇をとり、国民を守るのだと。
その根っこが、揺らぐ。
もしかしたら、もしかしたらあいつを、助ける事が―――。
「君に友が殺せるか。西園寺」
「ぁ……」
銃声が響く。
衝撃に体が仰け反り、後ろの座席に叩きつけられた。そのまま座る様な体勢で、視界が黒く染まっていく。
僅かに残った意識が、自分の胸元で液体が広がっていく感覚を覚えた。
「……残念だよ、本当に」
足音が聞こえる。それが遠のくと共に、怪物の声も小さくなっていく。
「私はこの国を守るため、『奴』の計画を阻止しなければならない。その為に、君にも力を貸してほしかった」
そこから先の言葉は聞こえない。指から力が抜け、拳銃が手からこぼれ落ちた。
「あり、かわ……」
暗い闇の中に、意識が落ちていく。
読んで頂きありがとうございます
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。




