第百三十話 障害
第百三十話 障害
『ブア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』
繰り出された右フックを跳躍して回避し、四つ頭の背に回るように自由落下。勢いそのまま下に向かって半円を描くようにして魔力を纏った剣を振るい、全ての頭を一刀のもとに切り落とす。
「『大地よ』」
更に背後から迫っていた個体が木々により縫い付けられ、動きが止まった所に一閃。右膝から下を切断する。
絶叫を上げながら拘束を引きちぎり、本能的に後退しようとするその四つ頭の腹に前蹴りを叩き込んだ。自分から退こうとしていた分大きく吹き飛び、壁に背中から飛んでいく。
「『大地よ』」
衝突の寸前、奴がぶつかる壁に生えてきた巨大な木の杭が毛皮に覆われた巨体を貫いた。背から鳩尾にかけて貫通し、赤い血が飛び散る。
『ガ、ァァ……!?』
動きが止まった。魔力を噴かせて一気に間合いを詰め、その速度ものせて剣を振るう。
四つ纏めて首が飛び、返り血を頭から被った。
それを気にする余裕もないとすぐさま奴らから少し距離をとり、レイラの傍に戻り周囲を警戒する。
特に足音や鳴き声は聞こえず、首のない四つ頭達の粒子化が始まった頃。レイラがこちらの肩を軽く叩く。
「周囲に魔力の反応はありません。主様は?」
「こっちも特に何かが聞こえるわけでもない。とりあえずラッシュは終わったかな」
構えを解いて剣を肩に担ぎ、大きく息を吐く。流石に疲れてきた。
突入から十五分程度だと言うのに、既に三十近い四つ頭と交戦している。やり過ごそうにも相手の鼻は鋭く、逃げようにも足で負けている。『魔力解放』なら撒けるかもしれないが、そんな事をしていればあっという間にガス欠だ。
不幸中の幸いは、奴らの幅だとこの通路でも狭いという点か。二体並べば腕をまともに振るう事すらできない。
相手にステゴロ以外の攻撃手段がない事もあり、敵の数が多い時でも挟まれなければ二対一で有利に戦える。偶に四つ頭も壁や床の一部を投げてくるが、角が邪魔なのか単純に不器用なのかコントロールが悪くこちらにちゃんと届いた事はない。
「レイラ、魔力はあとどれぐらいある」
「およそ七割強です」
「わかった」
大技は使っていない分彼女の消耗は少ない。自分も、巨人相手に無茶をしていた反動もだいぶ治まってきた。
心身の疲労と焦り以外は問題なし。それが一番の問題と言われれば、それまでだが。
探索を再開し、慎重に進んで行く。十字路にぶつかり鏡で左右を確認してから、とりあえず左手側に曲がる。すると、壁に奇妙なマークが書かれているのに気づいた。
「レイラ、これ」
「はい。……これは、冒険者共通のマーキングですね」
やはりか。記号の形まで全部暗記していないからカンペを見る必要のある自分と違い、レイラは一目でわかった様だ。
「記号が三つ書いてあるけど、意味は?」
「『救援』『犯人』『直進』ですね。状況から見て、東郷様が書いたものかもしれません」
「そう、か……」
通路の先をよく見れば、これと似たような物が壁に見えた。
乱雑に書かれた記号が彼の焦り具合を表している様にも思える。当たり前と言えば当たり前だが、東郷さんはかなり危機的な状況にあるようだ。
「主様」
「……このマーキングを追って行けば有川大臣擬きを見つけられるかもしれない。けど、無理にペースを変えて追いかけるのはなしだ。あの人を信じよう」
「はい」
東郷さんは助けたいが、自分やレイラ達の命には代えられない。ここは彼ならば自分達との合流まで自力で生き延びていると信じよう。
そう自分に言い聞かせながら進んで行くと、次の角につきあたった。
鏡で確認をして四つ頭がいないのを確認し、曲がった直後。魔眼が発動する。
「っ!?」
「主様!?」
飛んできた巨大な木製の槍──否、『矢』。それを剣の腹で受け、衝撃によろめく。
続いて放たれた二撃目を元の道に逃げ込む事で回避。跳ね上がった心臓の鼓動を呼吸で落ち着かせる。
「主様、いったいなにが」
「突然でっかいクロスボウ……いやバリスタが床から生えてきた」
鏡でもう一度確認すれば、そこには床にがっしりと固定されたバリスタが鎮座していた。
今時漫画やアニメでしか見ない様な代物だが、装填された矢は一瞬槍と見間違える程に大きい。
また飛んできたのですぐに鏡を引っ込めれば、曲がり角を削ってその先の壁に突き刺さった。轟音と共に壁が割れ纏わりついていた樹が弾ける。
ただのバリスタではない。魔力で強化されている。いや、脅威なのはそこだけではない。
「主様、矢が装填される度に魔力の流れがあります」
「誰かが操っているって事?」
「はい。どうやってかはわかりませんが」
もしやと思い一番近くのマーキングに目を向ければ、その部分が今まさに腐り落ちていく所だった。
それがあった証を残さないとばかりに別の箇所が伸びて腐った箇所を覆ってしまい、アレでは初見で気づく事はできないだろう。思わず兜の下で舌打ちした。
誰かが自分達の歩みを察知し、妨害している。道しるべも破壊された。
「やはりこのダンジョンは誰かが弄ったって事か」
「その可能性が高いかと。その掌握度が現在上昇していると思われます」
だが、今のを見た限り東郷さんが進んでいるルートは犯人にとって知られたくない道。つまり彼は有川大臣擬きにかなり近づいているという事だ。
無事でいてほしいが、まずは目の前のこれをどうにかしなくては。
「レイラ、壊せる?」
「お任せください」
そう言ってレイラが杖を壁にあてて呪文を唱えれば、周囲の木々が槍となって伸びバリスタを破壊した。
それを確認するなり走り出せば、進行方向から獣の雄叫びが聞こえてくる。
『ビャ゛ビャ゛ビャ゛ビャ゛ビャ゛!!』
『ブオ゛、ブオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!』
複数の四つ頭がこちらに向かっている。ならばいっそ、その群れを食い破った先には……!
「レイラ、罠の類が作られたら頼んだ!」
「はい!」
剣を八双に近い形で構えたまま、走る。すぐに先頭を行く四つ頭の姿が見え、相手もこちらの視認したのか一際大きな咆哮をあげた。
「どぉけええええええ!!」
迫る拳と、振り下ろした刃が激突した。
* * *
サイド 郡 凛
「それでですね、私、偶然ネットで見つけた『ゴールデンギター』さんの歌った曲を聞いて、それ以来ファンになっちゃって」
「う、うん」
シズクちゃんに先導されながら、元は文化センターだった建物の中を行く。
天井も壁も樹で覆われ、所々に人工物が覗くだけの場所。ダンジョンはどこも不思議な所ばかりだが、ここは特に妙な内部をしていた。具体的にどこがおかしいとかは、わからないけど……。
そんな場所を、シズクちゃんの話を聞きながらゆっくり歩いて進んで行く。
彼女は日独のハーフだそうで、父親の仕事の都合で日本に移住したらしい。髪の色や顔立ちで周囲に馴染めない中、私の歌が心の支えになってくれたのだと言ってくれた。
……本来なら、たとえそんな話をされてもそこまで信用はしない。
自分が心の底から困っている時に、既知ならばともかく初対面の人が『ファンだから』と命懸けで助けてくれる。私はそんな状況を無条件に信じられるほど己の歌声に自信をもっていなかった。それに、彼女は高ランクの覚醒者でもあるようだし。『固有異能』に操られてしまったとは思えない。
ただ身振り手振りを交えて話す彼女の語り口には自然と耳を傾けてしまい、時折見せる憂いを帯びた顔はその孤独が真実だと告げているようだった。
気が付けば、警戒心はなくなってどちらかと言えば見ていて心配になるほど純真な子なのだと思うまでに。
この子はきっと嘘をつけないタイプだ。疑う必要はない。
「おっと……鹿頭が来ました。脇に寄りましょう」
「うん」
通路の先。そこからドスドスと大きな足音をたてて鹿の頭を四つ並べた様な怪物が走ってくる。
脇によった自分達には目もくれず、そいつはどこかに向かって行った。
「ふぅ、やり過ごせましたね」
「……ねえ、シズクちゃん。もう少し急いで移動とかできないかな」
茶色の毛皮に覆われた巨大な背中を見送り、また歩き出しながら彼女に問いかける。
「駄目ですよぉ!走ったり武器を振り回したりしたら、私の魔法なんて簡単に解けちゃいます!ここは慎重に向かいましょう!」
ふんすと鼻息荒く言う彼女は正しい。
ここを駆けまわるモンスター達は一体だけでも私と互角か、少し下ぐらい。それを既に十体以上見かけているのだ。まともに戦えばただでは済まない。よしんば力づくで突破できても、今以上に時間がかかるのはわかりきっていた。
「ごめん、我が儘言っちゃって」
「あ、いえ!『ゴールデンギター』さんが焦るお気持ちもよくわかります!大切な幼馴染さんが行方不明だなんて、心配で当たり前ですよ!」
「うん……ありがとう」
「わっぷ」
わたわたと手を振る彼女の頭を軽く撫でてやれば、少し照れたように笑ってくれた。
それに少しだけ心を癒されて、気合を入れ直す。
胡桃の事は心配だ。しかし、彼女の異能ならそう簡単に死ぬ事はない。『固有異能』の事も考えれば、それこそ前に戦った『B+モンスター』にだってまともに傷をつけられる事はないだろう。
だから、まずは確実に合流しないと。ご両親を守りながらだからか、彼女の攻撃力では探索に難儀しているからかはわからないが、未だにこのダンジョンに胡桃が囚われている気がする。
胡桃を死なせたくない。絶対に。もしも彼女まで私の傍からいなくなってしまったら、今度こそ……私は……。
「『ゴールデンギター』さん?」
シズクちゃんの声にハッと顔をあげる。
「どうしたんですか?」
「ううん、なんでもないの」
慌てて先ほど考えた思考を振り払い、先を進む。
すると、そこは今までの通路よりも開けた場所だった。元は絵画が並んでいたのか、樹の隙間からそれらしい物がチラチラと見えている。
そんな中で、上に続く階段が樹に少しだけ覆われた状態で存在していた。
アレを上れば次の階にいける。胡桃がどこにいるのかわからないけど、とにかく進んで行けば必ずどこかで巡り合えるはずだ。
もしも彼女が先に脱出をしていればそれはそれで構わない。彼女なら必ず誰か助けを送ってくれるはずだ。
そう思い階段に二人で向かおうとした、その時だった。
「っ、避けて!」
「えっ」
突然シズクちゃんに突き飛ばされ、たたらを踏む。
直後、天井が割れて大量の瓦礫が降ってきた。
「な!?」
咄嗟に更に後退し、剣を構えて衝撃に備える。巻き上がる砂塵。砕かれた瓦礫の中から、『なにか』が飛び出した。
「あれはっ」
天井諸共照明が破壊され、暗さの増したこの場でなお輝く白銀の鎧。全身をプレートアーマーで覆った二メートル以上の長身を誇るその騎士は、身の丈ほどもある鉄槌を構えて疾走していた。
一挙一動の速度は自分と互角か、下回っているかもしれない。だが、『早い』。あまりにも巧み過ぎる足さばき。その上で、一歩の踏み込みで異様な加速を得ているのだ。
もはや砲弾ですらない。あれは流星の類。
その先に立つ、華奢な少女を殺すためだけに駆ける一筋の星。
「シズクちゃん!!!」
「………」
彼女に迫る絶対の死。それを察知し駆けだすも間に合わない。何より、シズクちゃん本人が避けようとしていないのだ。
いつの間にか手に持っていた槍を緩く握っただけで、呆けているだけ。
一秒にも満たない彼女の余命が、鎧騎士の一撃で儚く散って───。
甲高い音だけが響いた。
ふわりと私の眼の前に着地する彼女の華奢な背中。その向こう側には鉄槌を振り下ろした姿勢の騎士だけがいる。
肉塊に変えられたと思った少女の無事に安堵するよりも先に、突然聞こえてきたピシリという音に疑問を抱いた。
直後、腹の奥底に響くほどの轟音が響き渡る。足元が揺れるほどの衝撃と共に騎士が得物を振り抜いた進路上にある物がことごとく砕け散り、バラバラに崩壊していっているのだ。
その信じられない光景を当たり前だと言う様に、白銀の騎士はこちらに向き直る。
「これは神罰である」
ぴくりと、くぐもった女性の声にシズクちゃんの肩が跳ねた。
「汝決して立ち入ってはならぬ花園に足を踏み入れし者なり。故に死なねばならぬ。その頭蓋を砕かれ、五体の一つも残さずこの世から消えねばならぬ」
朗々と語られるそこには、内容に反して悪意と呼べるものがなかった。
兜の下の顔は見えずとも、過去の経験からあの人が負の感情のもとに武器を持っていない事がわかる。
だと、言うのに。
「か、はっ……!?」
息が出来ない。
あれは本当に人なのだろうか。ただ前にしただけで、武器を向けられただけで。ただそれだけで視界が歪み喉は固まる。
勝てる勝てないの問題ではない。アレは、ただ破壊する為だけに神様が手ずから作ったのだ。
そう確信を抱くほどの、圧倒的なまでの死のイメージ。
心も肉体も通り越して、本能が己の生存を諦めていた。
「どいてください。そこにいては巻き込まれます。私は―――」
「黙れ」
かつりと、シズクちゃんが持つ槍の石突きが床を叩く。
瞬間、私と彼女らを遮る様にオレンジ色の半透明な壁が出現した。何かを言っていた騎士の声も聞こえなくなり、代わりにシズクちゃんの声だけが脳に直接響いてくる。
『ここは私に任せて、『ゴールデンギター』さんはお友達の所に行ってください』
聞こえて来た声に、しかし喉が相変わらず動かず思考だけで拒否する。
それだけでも通じたのか、シズクちゃんが念話を続けてきた。
『あの人はきっと、有川大臣の放送を見て貴女を殺しに来たんです。私だけなら、きっと殺されはしません』
駄目だ、だって……。
視線を、こちらに一切顔を向けず騎士と相対する彼女の左腕に向ける。
この世の何よりも美しかったはずの肌は青紫に腫れあがり、華奢な肩から先がぶらぶらと力なく垂れさがっている。
最初の一合。どうやって捌いたのかは見えなかったけど、それでもたった一度の衝突でこれだ。勝てるはずがない。
今は良心の呵責故か動きを止めているけど、その構えは私から見ても一切の隙がない。一瞬。いいや、半瞬も目を背ければ、気が付かぬ間に全てが終わる。そう確信させるものだった。
騎士の様子は無関係の少女の腕をへし折ったというのにまるで気にした様子もない。有川大臣に信仰心じみた感情さえ抱く覚醒者がいるとは知っていたけど、アレはその中でも飛びぬけている。
必要なら殺す。あの騎士はシズクちゃんがこれ以上立ちはだかるのなら、一切の迷いなくその頭蓋を叩き潰すのだろう。先ほども、彼女が防いでなければどうなっていた事か。
『やれます。やってみせます。だけど、少しだけ不安だから……貴女のエールを、私にください』
どこか茶化す様に告げる彼女の。その口調とは裏腹に今にも倒れてしまいそうな背中を前に、私は、動けなくて……。
違う。
ここで立ち止まっていていいはずがない。
『日本に来て一人ぼっちだった時、どこにも居場所がなかった時。貴女の声を聴いて励まされたんです』
「ぁ、ぁぁ……!」
今も胡桃が危ない目にあっているかもしれない。次の瞬間にはあの騎士がシズクちゃんも巻き込んで攻撃を仕掛けてくるかもしれない。そして、今もどこかで私を送り出してくれた友人達が戦っている。
ならここでただ、何もできずに立っているだけなんて。他の誰が許そうとも私が自分を許さない!!
胸の前で手を強く握り、掌を爪が突き破るほどに力を籠めた。
『だから、お願いします。貴女に応援して貰えるのなら、私は……!』
「あ、ぐぅぅ……!」
呼吸が戻る。心臓がうるさいぐらい音をたてて血を巡らせ、震えてむせそうな喉を強引に制御する。
私にできること。普段はやらない、全力全開での『声』の解放をするために。
『どんな敵だって、撃ち砕いてみせる!!』
「『勝って!』シズクちゃん!!」
舌に刻まれた金色の文字が輝く。
紡がれた言霊は力となり、条理も何も蹴散らして眼前の少女の背へと吸い込まれた。
瞬間、へし折れたはずの腕が元の純白を取り戻し両手でもって槍を握る。立っているだけで精一杯だったはずの足は力強く床を踏みしめ、半身となって騎士を前に構えてみせた。
『これは……想像以上です。これなら、私は……!』
「ごめん、シズクちゃん。ここは任せた。けど、絶対に助けに来るから!胡桃と!二人で!!」
そう叫び、階段に向かって全力で走る。
私が動いた瞬間、あの騎士が走り出した気配があった。しかし背にあの鉄槌が振り下ろされる事はない。無音のまま繰り広げられているだろう攻防に、決して振り返る事なく走った。
自分よりも年下だろう子に強敵を押し付け逃げ出す悔しさをバネに、速く。速く速く!
「『フォートへスター』!!」
『ヒィィィイイイイインンンン!!!』
回復した愛馬に跨り疾走する。もはや隠れて進む事はできない。眼前にあの怪物たちが立ちふさがろうとも、脚を止める事だけは絶対にしないと誓う。
一刻も早く胡桃を助け出して、そして戻ってくる。シズクちゃんと、三人で生きて帰るんだ!
彼女の献身を絶対に無駄にはしないし、死なせもしない。だから、待っていて!!
薄暗い階段を瞬く間に上り切り、更に前へ。
友達を死なせない。その一心を手綱に込めて、白馬を走らせ続けた。
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