第十三話 ドロップアイテム
第十三話 ドロップアイテム
サイド 大川 京太朗
四月も中旬となり、『神代回帰』から二年が経過した。世間では未だあの老人の正体について議論されているが、もはや自分からしたら遠い話である。
そんな事よりも重要な、ダンジョン探索二回目の日だ。前回……冒険者デビューしてから一週間が経過した。
電車に揺られ、たどり着いたのは前回と同じスケルトンのダンジョン。実入りがいいとされるのは『Dランクダンジョン』だが、ここに通う理由がある。
有川臨時総理が定めた『冒険者制度』。それの要綱に、『冒険者は次のランクのダンジョンに挑戦する前に、三日以上一つ下のランクで探索をしなければならない』とあるのだ。理由は単純。慣らしである。
最初っから『Cランクダンジョン』とかに突っ込んで、帰らぬ人となるのを防ぐためだ。カタログスペックは足りているのに、ダンジョンという異界でパニックになってしまう人もいる。
そういった事態を防ぐため、多少パニックになろうがどうとでもなるランクで慣れろという事である。最悪、助けに行く側も低ランクのダンジョンならどうとでもなるし。
ついでに言うと、ダンジョンへのソロ探索が許可されるのも『Eランクダンジョン』で三日間の探索を終えた後である。これさえ終われば、DやCでのソロは自己責任として許可される。
……これ、海外だと頭おかしい扱いされるらしい。なんか『Eランクダンジョン』の段階で命懸けの難易度なんだから、慣れろも何もないし、ソロとか自殺行為だろうと。
例の有川臨時総理……今は大臣だけど。彼の緊急会見から色々な情報がネットに出る様になった。
その中の一つが、海外と日本の『覚醒者格差』である。
なんでも、海外の覚醒者は一部の例外を除いて弱いという意見が多かった。なんか、龍脈の力や安定度でその土地に産まれる人間の素養が変わるとか。
確かに自分も『Eランクダンジョン』をおっかなびっくり進んでいるが、それは単純にダンジョンという空間に慣れていないからだ。戦闘能力的には、正直どうとでもなる。
慢心や傲慢と言われるかもしれないが、事実だ。出来る限り前の価値観というか、身体能力の基準は忘れない様にしているけど……事故が怖いし。
ただし、この『格差』の部分。もう一つ意味がある。それは『金銭や社会的地位』だ。
海外だと覚醒者の。特に強い覚醒者の待遇がすこぶる良いらしい。それこそ、米国ではステータス平均がB以上の覚醒者はメジャーリーガーなみの金額で企業と契約する場合もあるとか……それも、国籍問わず。浮浪者だろうが移民だろうが、外国人だろうが。
あくまでネット上の噂レベルだが、Cランクの覚醒者でも米軍がかなりの好待遇で勧誘をしているというのも耳にした事がある。最初から特務少尉とやらの職につけるとも。
こういった動きは米国だけではない。中国やドイツでも似た様な噂があるし、ヨーロッパ全体やアジアでもチラホラと。大々的に宣伝している所もある。
しかし、自衛隊や警察でも覚醒者の募集は行っているがそんな特例は存在しない。少なくとも表向きは、普通の自衛官や警官としての扱いだ。こういった理由から、海外に移住を決める覚醒者もいるそうな。
……だからか、有川大臣の『陰謀論』が真実ではないかと言う声も上がってきていた。ぶっちゃけ、自分はわりと信じている。そりゃこんだけ差がありゃぁ、ねぇ。
なんなら、僕も考える時がある。自分も、もしかしたら将来海外に行ったりするのかな、と。
閑話休題。とにかく、今日も含めてあと二日は『Eランクダンジョン』へ潜らないといけない。先週は入学したばかりで色々あったが、今回の土日で終えるつもりだ。
前回同様に準備を終え、ダンジョンへと入る。
やはりというか、前回とは違う場所に出現。陣形を組んで、自分を先頭に探索を始めた。
舗装も何もない洞窟は歩きづらくはあるが、この体なら問題なく歩いて行ける。
軽い坂道になっている所に差し掛かった瞬間、上の方からガチャガチャという音がし始めた。
「何かいる」
そう言って立ち止まり、切っ先を向ける。
同業者の可能性は低い。このダンジョンは講習会のそれよりも数倍は広い上に、潜っている人間も少ない。バッタリ顔を合わせる確率は低いだろう。
つまり、スケルトンで間違いな……。
「『スケルトンナイト』!?」
予想が外れ、現れたのはスケルトンナイトだった。
見た目は、普通のスケルトンと大差ない。だが身に纏う装備が明らかに上質な物へとなっている。
兜はいかつい角が左右から生え、胴体には鉄製の胸甲。金属製の盾に大型なシミター。いかにも強そうだ。たしか、ランクもスケルトンが『E』なのに対し、こいつは『E+』だったはず。
落ち着け……見た目がごつくなろうが、少し強くなろうともスケルトンはスケルトン。自分の敵じゃない。ない、はず……!
カタカタと口を鳴らし、スケルトンナイトが剣を大ぶりに構えながら突っ込んできた。それに対し、こちらからも接近して掲げられた盾を避けて奴の右眼窩へと突きを放つ。
速度差は圧倒的。相手が右腕を振り上げたままだと言うのに、こちらの攻撃は既に終えている。
我ながら焦ったか、狙いが少しずれて相手の盾に衝突。しかし厚さ一センチはあっただろうそれを抉り飛ばし、相手の下顎と首を粉砕した。
衝撃で吹き飛んだ相手を見送り、残心。バラバラになった盾と骨がガラガラと地面に転がる音が響く。
「ふぅ……」
「今のってスケルトンナイトだよな。大丈夫だったか?」
「まあ、一応」
後ろからの熊井君の声に答える。
頭では問題ないとわかっていても、やはり少し怖い。今までの人生、刃物を持った相手との戦いなんて講習会が初めてだ。慣れていかないと。
念のため周囲を警戒しながらスケルトンナイトの残骸を――。
「あっ」
「えっ」
「……わお」
自分、熊井君、魚山君の順で声を出す。三人の視線が、ある一点に集中した。
素人目に視ても、刃こぼれが所々見受けられる大ぶりなシミター。それが周りの骨が消える中、ライトの明かりに照らされて刀身を鈍く輝かせていた。
「おおっ!?ドロップアイテム!?」
「やったなおい!」
慌てて剣を拾い上げ、まじまじと見つめる。間違いない。実体となってそこにある。
それを手に三人ではしゃいでいると、レイラが杖を脇にはさんで軽く手を叩いた。
「お喜びの所申し訳ありませんが、ここはまだダンジョン。喜ぶのは後にしましょう」
「あ、はい」
すごすごと元の立ち位置に戻り、アイテム袋へとドロップアイテムをしまう。
彼女の言う通り、油断してはしゃぐ時ではないな。無事に脱出してからだ。
「……ちなみにだけどさ。スケルトンナイトのドロップアイテムってどんぐらい?」
「確か、十五万円だったはず」
「しゃぁ!」
魚山君の言葉に小さくガッツポーズをしてから、ツヴァイヘンダーを槍の様に構えて歩き出した。いやだって流石にそこは気になったし。
十五万。三人でわければ一人五万。一日の稼ぎとしては破格も破格。なお、これは税金が差っ引かれた後の数値である。
というか、有川大臣曰くドロップアイテムの売買はできるだけ税金をかけないそうな。少しでも冒険者の生活がよくなればとの事。
胡散臭いけどいい人だわ有川大臣。胡散臭いけど。
気持ち軽くなった足取りで坂道を上ると、視界の端に何かが光る。
「え、宝箱?」
「マジで?」
ギョッとしてそちらを見れば、確かに宝箱が鎮座していた。壁に張り付くようにして目立つ事もなく、ぽつんと置いてある。先ほどの光はライトの明かりに鍵穴が反射したのだ。
「聞いた事がある……スケルトンナイトの近くには宝箱が湧きやすいと」
「そうなの?」
魚山君の言葉にそうリアクションしながら、まじまじとその宝箱を観察した。
その噂が本当ならこれは本物という事になるが……いいや。今日はなんかついている気がする。宝箱に違いない!
やべぇ、これでポーションとか出てきたらどうしよう……今年一年分の運を使い果たしちゃったりしないだろうか。
ドキドキと胸を高鳴らせながら、宝箱に近づく。さて、何が出るかなっと。
魔眼が発動した。
「ミミックじゃねぇか!?」
『ギィ!?』
「あっるぇ?」
魚山君が首を傾げるが、踏み潰した宝箱からは甲殻類を潰した不快感と奇妙な断末魔が返って来た。
魔力の粒子になって消えていく宝箱……に、擬態したミミック。畜生ふざけやがって。
「ちなみにですが、ミミックの宝箱の中にアイテムが入っている可能性は?」
レイラの言葉に兜の下でピクリと耳を反応させる。
え、まさかここから貰えるアイテムが?
「いや、普通にミミックだけだよ」
「ですよねー」
そんな気はしていた。
ため息をつき、ダンジョンの探索を続けていく。
良くも悪くも、肩の力が抜けた。我ながら自然体でスケルトン達を倒していく。途中、熊井君とポジション変えたり魚山君がアタッカーをしたりもしておく。これよりも上のダンジョンに備えての練習だ。
慣れてくれば、Eランクダンジョンなんて鎧袖一触。冒険者の適正ダンジョンというのは、基本的に自分のステータス平均よりワンランク下なんだから、当然かもしれない。
午後の探索でもスケルトンナイトが二体でたが、ドロップなし。午前のシミターがドロップした事以外語る事もなく、脱出し終了となった。
* * *
ダンジョンストアの事務所にカメラを提出し、討伐報酬の計算がされるのを自販機で買ったジュースを飲みながら待つ。
空になった缶を自販機横のゴミ箱に入れながら、三人でどこにシミターを売るか話し合った。なお、レイラは既に戻ってもらっている。他の冒険者から注目を集めたくない。
力を隠すどうこうではなく、美人を連れているだけで恨みは買うものだ。特に自分達モブ顔どもは。
話し合いの結果、アメリカの刀剣を扱っている企業にした。ネットの口コミだと、ここが一番支払いも早く確実だ。
こういった販売先の仲介も、ダンジョンストアが行ってくれる。仲介料は冒険者税に含まれているそうだ。
『番号札四番の方、二番受付にお越しください』
自分達に配られた番号がアナウンスで呼ばれたので、受付に。
冒険者組合のおばちゃんが、営業スマイルで迎えてくれた。
「本日の討伐報酬はスケルトン四十七体。スケルトンナイト三体。ミミック一体で、合計15,450円となります。現金になさいますか、振り込みにいたしますか?」
「三等分で、それぞれの口座に振り込みでお願いします」
「かしこまりました」
免許証を提示し、振り込みの用紙を受け取る。
「ドロップアイテムのシミターはいかがしましょう」
「あ、この会社に売ろうかと……」
受付に備え付けられているタブレットを操作し、例のアメリカ企業を選択する。
「はい……こちらでよろしいか、ご確認ください」
「……はい、大丈夫です。郵送でお願いします」
「はい。こちらの企業ですと、送料はあちらの負担ですね。では、こちらの用紙にも記入をお願いします」
「はい、ありがとうございます」
計二枚の紙を三人それぞれ受け取り、受付近くにある記入スペースで書き込んでいく。
冒険者講習で学んだ事で、もしかしたら一番役に立っているのはこういう紙の書き方についてかもしれない。
記入が終わり間違いはないかをチェックした後、印鑑を押す。
……それにしても、冒険者になって最初にやる事が口座を作る事って聞いた時は目からうろこだったなぁ。言われてみればそりゃそうだともなったが。母さんについて来てもらって四苦八苦しながら銀行で作ったっけ。
他二人も書き終わったっぽいので、提出に向かった。
「……はい。確認しました。お疲れ様でした」
「はい、どうも」
お辞儀をする受付の人にこちらも頭を下げ返し、踵を返す。
それにしても、今日一日。というか午前午後合わせて二時間ぐらいで一人頭55,150円の稼ぎ。高校生のそれと考えれば破格である。
この金で何を買うか。正直欲しい物はたくさんあるが……初の儲けなんだし家族で食べるお寿司にする事にした。前回のは本当に交通費だけでほぼ飛んだし。
どうも、明日には口座に振り込まれるらしい。明日もこのダンジョンで探索をするから、その帰りにでもストアのATMでおろして買っていくか。
あんまり高いのを買うのもあれだから、スーパーのパック寿司になるだろうけど。せめてもの親孝行である。その時、レイラも交えて四人で食べたいな。
……なんか、こういう風に考えていると自分は大人になった様な錯覚を覚える。これが高校生ってやつか。この前まで中学生だった身としては、なんとも不思議な感じだ。
残りのお金はとりあえず貯金するとして、などと勘定をしながら駅へ向かうバスに乗る。
ダンジョン探索二日目。なんとなく迷宮の空気というものにも慣れ始めたと思う。来週の土日はどこのダンジョンに行くかと、友人達と軽いノリで話し合いながらチラリと窓の景色を眺めた。
まだ午後の三時という事もあって明るい空を眺め、ふと考える。
――次、ドロップがあったら絶対にレイラのエロコスプレを用意しよう。バニーかチアか。それが問題だ。
流れていく雲の白さに、『ミニスカナースも捨てがたいな』と迷いながら。冒険者としてのこれからに思いをはせた。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.猿がよぉ!
A.男子高校生だよぉ!
Q.スケルトン弱すぎぃ!?
A.日本の覚醒者からしたらチュートリアルの相手でしかないですからね。主人公一行は次のランクを見据え訓練もかねて警戒しながら進みましたが、京太朗のステならぶっちゃけ裸で走り回っても轢き殺せる相手です。
スケルトンナイトの強さは『剣と盾で武装した、軍人相当の身体能力を持った殺人鬼』ぐらいですね。ついでにスタミナがほぼ無尽蔵な上に痛覚がない状態。
Q.海外だとEランクダンジョンってやばい所なの?
A.日本やイギリス以外の覚醒者基準なら、はい。スケルトンナイトと同格ってぐらいの人ばかりなので。
だからこそ日本の覚醒者が高額で海外の企業や国に雇われるわけですが。徐々に日本の上位覚醒者は流出しています。
Q.カメラに映ったモンスターの討伐で報酬を計算するけど、精度は?それと撮れていない場合は?
A.精度に関してはAIも使っているので、ぼちぼちですね。撮れていない。あるいはカメラを途中で紛失した場合は受け取れません。
Q.このカメラ高いんじゃない?
A.冒険者になる人はライトとセットで最初の一回は安く購入できます。二回目以降は数万~十数万しますが。