第百十五話 言伝
先日は投稿を休ませて頂きありがとうございました。
第百十五話 言伝
ダンジョンに入ってから一時間ほど経過し、キマイラを約三十体討伐した頃。
周囲の気温が更に上昇し、元々歩いているだけで疲労感を覚えるそれが立っているだけで滝の様な汗が出る程になってきた。
原因は明白だ。ちらりと視線を左手側の岩壁、その上の方に向ければ、煌々と輝くマグマが見えている。
そう、何を隠そうこのダンジョンは火山の外周をぐるぐると回る様にして登っていく形状をしているのだ。マグマがどこへ流れていくのかは知らないが、暑いのは当たり前である。
ダンジョンの内部という魔力で構成された仮初のものだから、硫黄とかで目がやられる事はないのが救いだが。いや、そもそも覚醒者ってそういう場所での活動はどうなんだ?
そんな雑念が浮かぶも、軽く首を振って追い払う。ダンジョン内で考える内容ではない。命のやり取りをしているのである。
『魔力反応あり、数は一。十一時の方向からこちらに接近中。上から来ます』
「キマイラ?」
『魔力パターン……違います』
「なら『C+』の方か」
構えを八双に似たものへと切り替え、レイラと雪音に目配せする。彼女らも頷いてくれた。
数秒後、自分の耳にもマグマが流れる音以外の物が聞こえてきた。それは重々しくも素早いリズムで岩を踏みしめこちらに近づいてくる。
獣の足故本来ならここまでの音はしないのだろうが、『情報通りの巨体なら』こうもなろう。
ぶわりと、岩壁の上から巨大な影が現れる。それに向かって間髪入れずに雪音が両手の扇子を振るい、レイラがタクトを向けた。
「『氷牙・大槌』!」
「『アクアハンマー』」
氷の破城槌と水の塊。それらが空中でほとんど真下に近い位置から高速で迫る状態に、しかし巨大な影は動じない。
ぐるりと、器用に体を丸めて『二つある』頭を氷と水に向ける。
『『ゴオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛―――ッ!!!』』
二重に響く獣の咆哮。それと共に放たれた業火が氷を溶かし、水は一瞬で蒸発させたのだ。
空を漂う白い蒸気を突き破って降ってくる影。それにより一瞬見失うも、しかし魔眼の予知でもって落下地点を特定し駆ける。
着地の無防備な所を狙い、剣を振りかぶった。
『ガア゛ア゛ア゛ア゛!!』
『オ゛ウ゛ウ゛ウ゛!!』
その斬撃を左の頭が顎でもって受け止め、もう『一つの頭』がこちらの頭蓋を噛み砕かんと牙を剥く。
『オルトロス』
ギリシャ神話に伝わる双頭の怪物。犬に似たこの魔獣はかのエキドナより産まれた存在であり、キマイラの兄弟とも語られる。
あの『クレタ島』で牛の番犬をしていたのを英雄ヘラクレスに討たれたという伝説が残っている。
軽トラに匹敵する胴体。それに見合った四肢に、人間など一噛みで跡形もなく殺められるだろう巨大な頭と顎。全身を黒い体毛で覆い、頭部から背に流れる群青色の鬣と尾が奴の放つ熱気と魔力で蛇のように蠢く。
そんな怪物の片方の頭が自分に近づいてくる。剣を引こうにも、左側……自分から見て右側の頭が放しはしない。
であれば、押し込む。
『魔力解放』
迫る牙を無視し、前へ。魔力を纏った刃が内側からオルトロスの牙を削りながら押し開け、地面を砕きながら踏み込む。
後頭部を閉じられる牙が掠めていき、空を噛んだ。そしてもう一つの頭は、上顎と下顎を両断される。
『ギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!??』
重い。切断こそできたものの、振り抜くのが遅れた。残った頭で絶叫をあげるオルトロスの前脚が、体を捻りながら迫る。
魔眼で予知した位置に剣を置きながら、その腹に左腕を当てた。直後に凄まじい衝撃がやってくる。前足の力だけではなく、全身の筋肉を使って放たれた一撃は大型トラックに轢かれたのかと思うほどの威力を出した。
やや高い位置で剣を振り抜いた不安定な体勢だった事もあり、自分の体が派手に飛んでいく。一度バウンドしてから、地面に踵を打ち付ける様にして踏ん張った。
剣を構え直しながら岩の地面を削っていれば、一個だけになった頭が怒りとも悲しみともとれる雄叫びをあげて突っ込んでくるのが見える。
『ブオ゛オ゛オ゛オ゛―――ッ!!』
二つあった頭の一つが消えたと言うのに、その動きに一切の乱れはない。フェイントも無しに、最短最速で自分を殺すために走っていた。
だからか、彼女が間に割り込むのは比較的簡単だったと思う。
『ゴア゛ッ!?』
猛スピードで突っ込んでくる巨体を、リーンフォースが体ごと剣を当てて正面から受け止める。
体格差ゆえに彼女の足が地面にめり込むも、頑丈な岩の足場だ。しっかりと勢いを止めてみせた。衝撃波がビリビリと響き、大気を震わせる。
足が止まった。炎を吐く頭も半減。であれば。
「『氷牢』!」
「『アクアカーテン』」
間髪入れずに両者を囲う様に突き立つ氷の柱と、更に外周を覆う水の膜。
だがそれでは止まらない。
「『氷縛』!」
続けて氷の柱から伸びる氷の鎖。それらが次々とオルトロスの身に絡みつき動きを止める。
瞬時にリーンフォースが飛び退き、入れ替わりで周囲を覆っていた水の膜が狭まり魔獣の身体に覆いかぶさる。すると、氷の鎖が放つ冷気が瞬く間にそれを凍らせていった。
黒の魔獣は白く凍り付きながらも、それでなお赤い瞳でこちらを睨み続けている。奴はこれだけでは止まらない。
『ガ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』
口から炎を溢れさせながら不快気に吠えるオルトロス。奴の業火ならば、この拘束も一秒もたずに溶かしてしまうだろう。
だが、一秒あれば十分すぎる。
凍り付いた地面を駆けて、接近。鎖により持ち上げられた頭の、隙だらけな首に剣を叩きつけた。
『魔力解放』
同時に、全身を押し出す魔力の暴風。加速は力となって刀身を押し込み、大木の様なオルトロスの首を引き裂いた。
頭部を二つとも失った巨体から力が抜け、鎖に身を任せる様に脱力。斬り飛ばされた頭もすぐ傍に転がり地面と同化する様に凍り付いた。
体を反転させて構えなおしながら、氷の牢から数歩分出る。その位置から観察すれば、少ししてオルトロスの身体が粒子に変わり始めた。
それを確認し、ホッと息を吐く。周囲に他の気配もないし、とりあえず今は安全そうだ。
「皆、お疲れ様。無事?」
「はい、それよりも主様はご無事ですか?」
「うん。全く問題ない」
剣を担ぎながら、心配そうなレイラに頷いて返した。派手に殴り飛ばされはしたものの、ガードが間に合ったし地面を転がったのも軽い打撲程度。固有異能の治癒もあって今は無傷である。
まあ、この打撲も冒険者になったばかりの頃なら大騒ぎしていたと思うが。我ながら痛みに慣れたのは良い事なのか悪い事なのかわからない。鈍化したわけではないからいい……いや、偶にするな。鈍化。
そんな思考を脇においやり、視線をオルトロスの消えた辺りに戻す。残念ながらそこには何もない。
キマイラは魔道具や装備の材料になる『山羊の角』や『獅子の毛皮』を、オルトロスは『耐火の毛皮』とかいうのを落とすのだが、あいにくとまだドロップ品にはありつけていない。
まだまだ間引きに必要な数は揃っていないし、その間に落ちるのを祈るとしよう。特に毛皮の類は高く売れるのだ。
「全員大丈夫そうだし、探索を続けようか」
「「はい」」
『了解』
一応目視でも確認してから、探索を再開した。
* * *
それから二時間後にダンジョンから帰還し、一時間ストアで休憩をとってから午後の探索も二時間ほどかけて行った。
討伐数は求められていた数より三十弱上回ったし、これで問題ないだろう。オルトロスからはドロップはなかったものの、キマイラからは毛皮が二つとれたのは嬉しい収入だ。
元々の間引き依頼の報酬が二百五十万。毛皮二つと討伐報酬も合わされば四百万近く貰えるのだから凄まじい稼ぎだ。
……マジで、普通の職につける気がしなくなってきた。金銭感覚がバグるの確定である。というかもうバグっていると思う。
世界がこうなる前だったなら、『一日で四百万稼ぐ高校生です』と言われたらまず犯罪を疑う。いや、スポーツとかでそれぐらい稼ぐ同世代はいたか?
そんな事を考えていたら、中川さんがストアの駐車場にやってくる。連絡してからまだ五分経ってないのだが……もしかして、ストアからそう遠くない所にスタンバっていた?
満面の笑みで車から降りてくる中川さんに、ダンジョンでモンスターと戦うのとは別種のプレッシャーを感じる。いや、彼は全力で友好を示してくれているが、こっちが勝手に緊張するのだ。
ぽんぽん痛くなってきた……誰かたすけて……。
この場で幼児退行したら何かしら助けがこねぇかな。駄目だ、それでやってくるのは救急車かパトカーのどっちかだわ。
「お疲れ様です大川さん!まさかたった一日で依頼を達成なされるとは、噂通りの御活躍に年甲斐もなく興奮してしまいますな!」
「は、はい。あの、ありがとうございます」
「本当にお疲れ様でした。ささ、どうぞ」
「ど、どうも……」
彼が開けてくれたドアに頭を下げながら恐る恐る入り、運転手さんにも軽く会釈する。
行きの終わりでは打ち解けた感じもあったが、時間が空くと『いや、やっぱヤバくね?相手副社長ぞ?』という考えが強くなるものだ。
じっとりと背中に汗が流れるも、それをこの高級そうなシートにつけていいのかと全力で背筋を伸ばす。
音もなくドアが閉まり、中川さんも乗り込んで車が発進する。ここから駅につくまでの約三十分、耐久戦か……!
「そうだ。実は本社の赤城部長から先ほど電話があり、言伝を預かっております」
「赤城さんから?」
中川さんの言葉に首を傾げる。ダンジョン探索中は電話が繋がらなかっただろうけど、ストアでスマホを開いた時は着信なんてなかったが。
まさか、わざと中川さんに伝言を?なんで?
「『後日、桜井家本家にて桜井会長が直接会ってお話ししたいとの事です。空いている日を教えてください』との事でした」
「……はい?」
なんて?
さくらいけほんけ。さくらいかいちょう。
……嘘やん。
「いやぁ、流石ですなぁ!まさかその若さで本家に招かれるとは!私が十代の頃などとは比べようもありません!」
「あ、ありがとう、ございます……?」
えぇ……なんで僕そんな所に呼ばれてるの?おかしくない?何か、どこかで情報の齟齬が発生していると言われた方が納得いく。
だがそういう感じでもない。マジで呼ばれているのか。
……い、行きたくねぇ。怖い。
「大川さんのお噂を考えれば、この結果もある意味当然かもしれませんな。むしろ貴方ほどの益荒男が呼ばれずして誰に声がかかるのか!」
誰だよ益荒男って。そんな表現された事ねぇよ。
「あ、あの。噂って、なんなんでしょうか。心当たりが……」
き、聞けた!聞けたぞ!偉いぞ僕!頑張っているぞ僕!もうこれでゴールしたって事になんねぇかなマジで!
こちらの言葉に、中川さんが笑顔のまま答えてくれる。それはもう元気よく。
「それはもちろん、四度の氾濫に巻き込まれ、その全てで多大なる活躍をしたとか。特に『迷宮の主ミノタウロス』や『災害の化身ファイアードレイク』を討ち取った話が有名ですな!現代にて新たな神話を築き上げる若き英雄と、本社とは遠いこの地にも届いておりますとも」
「えぇ……」
誰だよそんな噂流しやがったやつ。聞いてないよ。
確かに事実ではあるが、自分のあずかり知らない所で噂になっているというのは思ったより恐いものだ。ちょっと背中がぞぞってした。ついでにファイアードレイクの一件は退路でしくじるというポカやっているので、あまり触れないでほしいのだが。
そんな事を考えていたら、ズイっと顔を近づけてくる中川さん。その瞳はギラギラと光っており、妙な威圧感を覚える。
「どうですかな。今度、一緒にお食事でも。よい店を知っているのです。勿論ノンアルコールで美味しい飲み物も出している場所でして」
「い、いえ。そういうのはちょっと……えっと、ダンジョン関係で忙しくって」
一瞬断ってもいいのかと迷ったが、それ以上にこの異様にぐいぐいくる感じに困惑して首を横に振った。
こちらの答えに中川さんは露骨に残念そうにするも、無理に誘う気はない様で引き下がってくれた。
「それは残念ですなぁ……しかし、日々ダンジョンにて戦ってくださる貴方の様な『戦士』がいらっしゃるからこそ、我々も安心して商いができるというもの。無理なお願いをしてしまい申し訳ありません」
「い、いえそんな!こ、こっちこそすみません……」
「……時に……話は変わりますが、大川さんはお付き合いしている女性などは?もしよければ私の孫――」
「あ、いえ。彼女はいます」
そこはきっぱりと断った。自分、モテモテなんで。モテ川モテ太朗なんで。
「そ、そうですか」
「はい。ラブラブです」
キラッと輝くレベルで爽やかな笑みを浮かべる(当社比)。
何やら中川さんから距離をとられた気がするが、きっと錯覚だな。
以降、中川さんの歯切れがやけに悪くなったが、そんなに食事の誘いを断ったのが響いたのだろうか。だとしたら悪い事をしたかもしれない。
でもなぁ。少しだけ冷静に考えると、露骨すぎる取り入り方というかなんというか。
行きの時はあんなに紳士的だったのに、赤城さんからの伝言とやらの後はこれだ。どれだけだよ、桜井本家。
食事の誘いに孫まで会わせようとしてきた。こんな若造に、だ。これは赤城さんに色々と聞かなくてはならないな。自分の『立ち位置』がわからなくては、何をどうしたらいいのかわからない。
……けどその時に『で、こっちにはいつ来れる?迎え送ろうか?』とか言われるよね、絶対。
桜井会長。テレビで偶に見るけど、凄く怖そうなお爺さんだったなぁ。遠い世界の人だと思ってのほほんと見ていたが、アレに呼び出されて顔を合わせるのか。
あ、どうしよう。またお腹痛くなってきた。
コネを求めたのは自分である。何かあった時の就職先を求めたのも、自分である。だがそれはそれとして、ここまでの大物は想定していない。誰だってタイを釣りにいってクジラが釣れたら白目をむくだろう。
桜井自動車の会長ともなれば、日本の財界で敵なしと言われる妖怪だ。彼に睨まれれば大物政治家だってこの国にはいられなくなると噂されている。もしもそんな人に失礼な事をしてしまったら……。
中川さんのする他愛無い話に相槌をうちながら、思わず遠い目をした。
どう考えても十五の小僧が悩む事じゃねえんだわ。泣くぞマジで。
「では大川さんの好みの女性はどの様な?」
「巨乳な美人さんですね」
「ほうほうなるほど。良いご趣味ですな」
……ん?今僕なんて答えた?というかどんな質問されたっけ?
何やらとんでもない失言をした様な気がするが、そこからまるで息を吹き返した様に活き活きと喋る中川さんに翻弄されて有耶無耶にされた。
マジでなんなのいったい?
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
中川さん
「会長に呼び出されて緊張している……好みが巨乳な美人と普通……これは、他の『刀』共と違って真っ当な感性の持ち主だなさては」




