第十二話 ダンジョンアタック
第十二話 ダンジョンアタック
サイド 大川 京太朗
『ダンジョンストア』
発見されたダンジョンを覆う、複合施設である。
内部にはコンビニやスポーツ用品店などに加え、小さいながらも宿泊所も経営。更に冒険者がダンジョン探索に備えて、着替えや荷物を置いていけるロッカールームも用意されている。
だが、この施設のメインは冒険者組合から送られてきた事務員達と、最低二人は配備される『覚醒者の』警察官だ。
事務員達は冒険者がダンジョンに出入りする際の受付、及びモンスター討伐の報酬計算を行い、ダンジョン内での行方不明や冒険者同士のトラブルには覚醒者の警官が対応する。
また、定期的に政府が抱える結界系の異能を持った覚醒者によるダンジョン拡大の抑制をする為、刻み込んだ『魔法陣』や持ち込んだ『マジックアイテム』の護衛と点検もこの警官達は役目としているのだ。
以上、講習会で学んだ事である。ぶっちゃけネットで拾える情報ぐらいだが、それ以外に教わったのは要約すると『もめ事は、やめようね☆』だけだし。
* * *
このストアの大きさは、ちょっと大きめなスーパーって所だろうか。これが難易度の高いダンジョンだと、結界や魔道具の大型化に伴い更に巨大になるそうな。
そんなダンジョンストアだが、休日だというのに人はあまりいない。自分達含めて冒険者らしき人達は十人ちょっと。年齢は上が四十前後、下は自分達と同じぐらいか。
まあ、Eランクダンジョンだし。それ以前にこの前の冒険者制度の改正が起きる前は糞見てぇな報酬しかなかったしなぁ。
ちなみに、ドロップアイテムを持ち帰る場合は事務の人から専用のケースを購入しないといけない。ただし、きちんと返却する場合お金は返ってくる。郵送の場合は普通に有料だけど。
そんなこんなで、ロッカールーム……というか更衣室に。ここは特段変わった事もない。
服装をツナギと登山靴。そして体にベルトを固定。
どうせ魔装に着替えるのに。とも思うが、これも安全の為である。というのも、万が一ダンジョン内で気絶した場合を想定しての事だ。
基本的に、魔装を展開・維持できないほどに衰弱。あるいは気絶した場合、他の人員がその人を運ばないといけない。そんな時担いだり引きずったりしにくい恰好だと困るからと、こういった服装が推奨されている。
高かったけどね!?特に登山靴!!
命には代えられないってわかるけどさー。やっぱさー。学生のお財布には深刻なダメージが……お年玉貯金がもう底をついている件について。
マジで稼がないとまずい。なんなら電車賃だけでも厳しいのである。
……いっそ、次から走ってこようかな。わりとありな気がしてきた。けど覚醒者が街中で全力疾走して人を轢いたって事故がニュースになっていたし、少し怖いな。
そんな事を考えながら、魔装を展開しカメラとライトを固定。三人でお互いにそれを確認し、出ようとする。
「あん?京太朗。お前、リュックとか持たなくていいのか?」
「そんな長居はする予定ないけど、ドロップアイテムもあるかもしれないのに」
そこに熊井君と魚山君のストップが入る。自分達は小型とは言えリュックを背負っているのに、自分は剣しか背負っていない事に疑問を覚えたのだろう。
「あー、ちょっと耳かして」
一応ロッカールームには人がいないが、念のため小声で伝えた方がいい内容だ。
「実はこれ、アイテム袋なんだわ」
「なっ」
「えぇ?」
そう言いながら、左腰にぶら下げた巾着を軽く見せる。
紫色の布で出来たそれは、銀色の紐で口を閉じられ吊るされていた。当然ながら、紐の素材は『白銀の林檎』の木をほぐし、更に果実の皮を使って染めた物である。
「そんな高価な物どうやって」
「つうか材料って売ってたっけ?」
「レイラが作ってくれた」
「マジかよ……」
熊井君が顔を引きつらせるのはもっともだ。
『アイテム袋』
名前から大体わかる通り、アイテムボックスの袋版である。性能はピンからキリまであるが、レイラが作ってくれたこれは百キロ以内なら余裕で入る代物だ。これさえあればリュックはいらない。
まあ、一応それとは別に大き目のポーチを付けて中にチョークやガムテープ、針金の類を入れているけど。
「そんなんありかよ……」
「いや、冒険者やるよりそれ売った方が儲けるじゃん」
「数はそう作れるもんじゃないし……」
二人からそっと目を逸らした。
本来、いかに『魔道具作成』の異能を持つレイラとは言えアイテム袋を作るにはそれ相応の材料と道具がいる。
が、それをどうにかできるインチキこそ『白銀の林檎』。うーん、これはチート。
ただし、これを販売しようものなら高確率で『あれ、この紐の部分変じゃね?え、どういう素材?』と疑われるので、完全に非売品である。回り回って僕の固有異能についてバレかねない。
家族も友達にも、固有異能の事は『超絶回復っていう自己治癒だよ!』と誤魔化しているのは、トラブル防止の為だ。『白銀の林檎』が公表されたら周りまで危ない。巻き添えなり人質なり、碌な事にならないだろう。
まあ、僕の考えすぎで世の中もっとすごい固有異能あるかもしれんけども!けどこういう『自分、秘密抱えてるんで……』って感じカッコイイから続けたい!!
「マジかぁ。じゃあ格安で俺らも作ってもらうとか無理?」
「ムリムリ。すまんが僕専用みたいなもんだから」
「……そういう制約つきか。なるほど」
なんか納得した顔で頷く魚山君。え、そういうもんなの?
「ゲッシュを始め、制約を設ける事で効力を増す魔法はあるからね。そういう類でしょ」
「はーん、そういうのがあんのか」
「ソウナンダヨー」
なんか誤魔化せた。
とにもかくにも、準備は終わったので受付へ。真新しい免許証を受付のおばさんに預けていく。ダンジョンから帰還後、返還される仕組みだ。
そして遂にダンジョンへ。
ゲートのある部屋は頑丈そうなコンクリートで四方を囲まれているが、拡大を押さえるのはその強度ではなく刻まれた魔法陣なのだろう。
蛍光灯もなく、四隅に配置されたランタン型のLED照明が室内を照らしていた。
「よし、じゃあ『いっせーの、せ』でいくぞ」
「わかった」
「OK」
開きっぱなしのゲートを前に、熊井君が一度だけこちらを振り返る。
「じゃ、いっせーの、せ!」
彼が掛け声と共に飛び込むのと同時に、自分も続く。背後で魚山君も飛び込んだ気配を感じながら、一瞬の暗転。
そして、岩がむき出しとなった洞窟へと降り立った。
周囲を確認。三人とも揃っているし、周囲に敵影はなし。岩肌がむき出しの洞窟の様子は、講習会のそれにそっくりだ。
「レイラ」
「はい!」
いつも通り元気な声をあげて、レイラがすぐ傍に出現する。
「じゃ、フォーメーションは事前に決めた通りでいいか?」
「わかった」
「うん」
「はい!」
熊井君の言葉に頷きながら抜剣する。
槍の様にツヴァイヘンダーを構えた自分が先頭。次に熊井君がつき、三番目に魚山君。最後尾にレイラだ。
このダンジョンでは二人並んで戦闘するのは難しいのは、市役所が公表しているダンジョンの映像でわかっている。基本的に一列になって行動し、先頭の一人が主に前衛。そいつが抜かれたら二番手が後衛の盾になる。
最後尾を熊井君かレイラで迷ったが……レイラの希望により、万が一不測の事態で背後から強襲を受けた際に、死んでも生き返れる彼女となった。
正直、複雑である。そんな事態にさせる気はないし、熊井君ならどうなってもいいというわけではないが……。
「京太朗、いけるか」
「ああ、大丈夫」
今になって悩む事じゃない。思考を切り替え、ダンジョンに集中する。
「とりあえず道なりに進んでいく。分岐点についたら左に。同業者と出会ったらできるだけ穏便にすれ違う。OK?」
「OK」
頷きが返って来たので、正面に向き直る。
ダンジョンとは悪意に満ちた物だ。そもそも成り立ちからしてその様になっている。左手法みたいな手段では踏破できない。それでも左手に行くのは、角で戦う時単純に剣でつきやすい側だからだ。
本当は左右で持ち替えるのが一番なんだろうが、あいにくと自分にそこまでの練度はない。
「じゃあ、行こうか」
「おう、先頭は任せた」
剣を構えながら、慎重に進んでいく。難易度は問題ないとわかりながらも、やはり警戒心は絶やせない。
極端な話、たとえ棒立ちしていても僕自身はスケルトンに殺される事はないと思う。政府が出しているデータが正しいなら、『耐久:B』はそれこそ拳銃をノーガードでくらっても無傷なはずだ。
それでもここはダンジョン。刃物を持った生物が攻撃してくる場所だ。緊張する。
細く、それでいて何度かカーブする道を進むこと五分。講習会のダンジョンはかなり小型だったのだと実感する。
そうしていくと、ついに曲がり角に到達した。予定通り左側に進んでいくと、遠くの方でカチャリと音がする。
「何かいる」
一度立ち止まりそう囁いた後、また前進を再開。すると、カシャカシャという音が近付いて来た。
ライトの明かりに照らされるスケルトン。白骨死体じみた姿のやつに、一足で間合いをつめて突きを放つ。
今回は狙い通り、顔面を捉えた。一撃で粉砕し、全身丸ごと数メートル先まで吹き飛ばす。
消えていくその残骸を視界の端に捉えながら、警戒。どうやら他に敵はいないらしい。
「クリア」
「やっぱ速いな、おい。それでまだ異能温存してんだろ?」
やや呆れた声で熊井君が近付いてくる。
「温存ってか、まあ燃費のいい異能じゃないし」
『魔力開放』
魔力を一時的に撒き散らして、加速したりする異能。一撃の威力を上げたりもできるけど、正直それに頼らないといけない相手とは戦いたくない。
「ドロップアイテムはなし、か」
「まあそう簡単に出るもんでもないし」
「講習会じゃなくってこういう時に出てくれればねぇ」
魚山君のぼやきに頷く。一説では、ドロップの確率って1%ぐらいじゃないかと言われるぐらいだ。どこのガチャだよと言いたい。
それでも一日で十万や二十万稼げるかもしれないのだ。浪漫がある。
「ひたすら倒して行けばそのうち出るでしょ」
「だな。まあ、初回なんだし焦らずいこう。疲れたら先頭変わるから、言えよ?」
「わかった」
再度探索を進めていく。
道中、槍を持ったスケルトン二体と交戦するも、相手が槍を突き出してくる前に一体の頭を吹き飛ばし、もう一体には槍の間合いの内側へと飛び込んで柄頭を叩き込んで粉砕した。
打ち込み練習の成果を実感する。講習会のそれとは違い、戦いに集中できるのもいい。
「主様、一つ提案が」
「うん?どうしたの」
倒したスケルトンが何も残さないのを見届けながら周囲を警戒していると、レイラが口を開いた。
「次のスケルトンは、一撃で仕留めるのではなく防御や回避の練習を挟んでから倒すのはどうでしょうか。ペルでの訓練時は、あまりそういった事はできなかったので」
「あー……」
言われてみれば。
攻撃の練習はしてきたが、安全面への考えでそういうのはほとんどやっていない。自分の攻撃では二人とも危ないし、かといって剣で拳や蹴りを受けたら怪我させかねない。
じゃあ魔法を受けるかと言われると勝手が違うしと、防御の練習はほとんど出来ていないのだ。
「いいんじゃないか?京太朗がそれやったら次は俺が交代する感じで練習したいし」
「僕も特に異論はない」
「……なら、やってみよう」
正直恐いが、やっておいて損はない……かも。
けど緊張するなぁ……理屈では大丈夫と思っていても、刃物が振るわれるのは想像するだけで変な汗が出る。
こんな事なら試験官のいる講習会のダンジョンで試すべきだったと後悔するが、時すでに遅し。なら、今やってしまうのもありか。
スケルトンなら大丈夫……スケルトンなら大丈夫。そう自分に言い聞かせ、進んでいく。
すると、新たなスケルトンがやってきた。数は一。武器は槍で、防具はどんぐりみたいな鉄兜。
それと相対する様にじりじりと距離を詰めていけば、容赦なく向こうから槍が突き出されてきた。
――魔眼系の異能は、その能力に関係なく『眼』に関する機能を引き上げる。
遠くを見ようと思えば二キロ先の人物を視認し、動体視力はプロ野球選手の剛速球だろうと止まって見える。
それ故にはっきりと相手の動きが追える中、『未来視』によってダブる様に軌道が読めた。
落ち着いて一歩下がる。自分の鼻先で槍の穂先が止まった。
続けてスケルトンは槍を振り上げる。天井に先端を僅かに触れさせて甲高い音を出し、勢いよく振り下ろしてきた。
これもまた動きが正確に視える。防御をしようとして剣を――。
「あっ」
勢いあまって、槍をへし折りそのままスケルトンの顎に刀身が直撃。下顎どころか首から上を吹き飛ばす。
衝撃で数歩後退した骨の怪物は、糸が切れた人形の様に崩れ落ちた。
「カウンター、なのか?」
「速過ぎてよくわからんかった」
「いえ、あれは防御しようとして勢い余っただけかと」
後ろからの評価が入る。流石レイラ、正解。けど嬉しくねぇ。
「ま、まあ勝てたし」
「いいえ主様。回避も防御も無駄な力や動きが入れば、それだけ相手の追撃に対応しづらくなります!注意しましょう!」
「はい……」
「いや素直だなおい」
レイラの言葉に頭を軽くさげる自分に、熊井君が少し意外そうな顔をする。
ふっ……これがこの前自分がクソ野郎であるという自覚をもった者の態度よぉ。反面教師とするがいい。
兜の下で自分でもよくわからないドヤ顔を浮かべる。まあ、それ以前に彼女の発言が正しいと思えたので、普通に受け入れただけだが。
「じゃ、次は俺だな」
「わかった。気を付けて」
「おう」
熊井君とポジションを交換し、二番目に立つ。
先頭になった彼が慎重に進んでいくのを視ていると、新たなスケルトンが二体現れた。
道幅的に同時攻撃は考えづらいが、それでも無理をすればできる。片方は槍、片方は盾と剣だ。
盾持ちが前に出て突っ込んでくる。それに対し、熊井君は蹴りを放った。
三日月蹴り、だったか。彼の左足が跳ねたかと思ったら、スケルトンの上半身が吹き飛んでいた。
速い……事はない。速度的には十分に目で追えた。しかし『鋭い』。流石僕らの中で唯一の武道経験者。
一体目が吹き飛ばされ、その後方にいた槍もちに残骸が降り注ぐ。それを受けてぐらつきながら動けずにいたそのスケルトンへと、熊井君が更に距離を詰めた。
槍の内側に跳び込んでからの、至近距離から正拳突きが顔面へと直撃。槍もちスケルトンが沈黙する。
「っし。いい感じだな」
「……いや回避と防御は?」
「あっ」
素で忘れていたな、あれは。
「わりぃ、ちょっと緊張していたっぽい」
「まあ、また別の機会でいいんじゃない?」
「だなぁ」
熊井君と二人軽く笑い合っていると、後ろからため息が聞こえた。
「やる事が、ない」
「あー……」
魚山君が眼鏡越しにこちらをジト目で見てくる。
「いや、だって後衛はいざって時にブッパしてもらわないと困るし」
「温存してもらいたいってのが本音だしなぁ」
「まあ低ランクダンジョンだと前衛しか働かないってのは講習で聞いたけど……使い魔をこっちに連れてこられればなぁ」
魚山君がぼやくのも、まあしょうがないだろう。自分も同じ立場ならそうなる。
「え、使い魔ってダンジョンに連れてこれねえの?」
「当たり前だろ。モンスターをテイムした場合ならともかく、普通の動物はダンジョンの魔力に耐えられないんだから」
熊井君の言葉に魚山君が小さく首を横に振る。
正直、魔力濃度による体調への悪影響ってのがよくわからないんだよなぁ。理屈では理解できるんだが、実感がない。
「ちなみに、使い魔ってどんなの?やっぱ鼠やカラス?」
「イソギンチャクとクラゲ」
「どう足掻いてもダンジョンは無理だろ」
聞いて損したわ。それが活躍できるダンジョンとか、逆に僕らが出来る事ねぇだろ。
「それにしても、今潜ってからどんぐらいよ」
「えー……三十分ぐらい」
「マジか。意外と経ってるな……」
腕時計を見る魚山君の言葉に、軽く目をしばたたかせる。
ダンジョンは暗いし、なにより非日常の塊だ。時間の感覚が狂いそうになる。
「出口のゲートを見つけたらそのまま帰るか」
「だね」
熊井君に頷いて、また先に進んでいく。
すると、噂をすればと言うやつか。教室二個分ぐらいの開けた場所に、隅の方でゲートが建っていた。
周囲を警戒しながら二列に切り替えて進んでいくと、ゲートの傍。それに隠れる様にして箱が一つ置いてあった。
暗めの朱色で塗装され、金メッキと思しき装飾がされた段ボール大の箱。それは、ゲームやアニメで見る様な『宝箱』の姿をしていた。
「「「おおっ!?」」」
思わず声が出る。
すげぇ、宝箱って生で初めて見た……!
「え、マジで?本物?」
「わからん。けど本物ならなんかアイテム入っているはず」
「Eランクダンジョンだと……たしか、ナイフとか『ポーション』とかだっけ?」
『ポーション』
ゲームお馴染みのアレである。端的に言うと魔法薬の一種であり、未だ公的に使用許可がおりていない。医者や化学者の人達が『えぇ……これ使って大丈夫なやつ?』と首を捻りながら調査中だとか。
一応、材料さえあれば異能で作成可能な代物。それでも中々の値段で取引されており、ここに来る前にネットで調べたところ一個につき二十万円で売れたはず。
効果はせいぜい切り傷や打撲を治す程度だが、それでも未知の薬液。調べたい人は五万といるそうだ。
「ま、待った。ミミックかもしれない。それを確認してからにしよう」
「お、おう。けどどうやって?」
「「……」」
どう、しよう。
叩いて確かめる?いや、けど中身がポーションならガラス瓶……それも現代日本で使われているのより脆いやつで保存されているはず。割ってしまいかねない。
かといって、ミミックの罠に引っかかるの前提で開けるのも怖い。理論上、自分や熊井君なら毒針が刺さる事はないけど……。
「主様の魔眼なら開ける直前でミミックかどうかわかるのでは?」
「それだぁ!」
流石レイラぁ!
「というか、出発前にそうお考えだったはずでは……」
「そうだったぁ!?」
馬鹿か僕はぁ!
「え、どういう事?」
「いや、僕の魔眼って未来視じゃん?」
「そういやそうだったな」
「だから開けるつもりで近づけば飛び出すミミックの姿を幻視できるな、と」
「すげぇじゃん!」
「と、いう作戦を興奮のあまり忘れていた」
「馬鹿じゃん!」
「うっせーわい!」
講習会の除いたら初ダンジョンな上に初宝箱だったんじゃい!頭んなか真っ白だわ!
「とりあえずやってみれば」
「よ、よし。あ、熊井君は周囲の警戒お願い」
「おう」
魚山君に頷き、宝箱に近づく。
これで本当に宝箱だったら入っているのはお宝。古ぼけたナイフでも魔力を帯びているからという理由で、十万近い値で売る事が出来る。
分け前は事前の取り決めで三等分。三万は手に入る。高校生にとっては十分大金だ。それも一日の稼ぎと考えれば破格である。
さあ、結果は―――。
箱を開けた瞬間、ヤドカリみたいなのが顔を飛び出させる姿を幻視した。
「ミミックじゃねぇか!」
『ギィ!?』
箱に触れる直前、思いっきりストンピングする。砕け散る宝箱に、その中に入っていたヤドカリみたいな生物――ミミック。
バキリという破砕音に、生物を踏み潰した異音が混じって不快である。畜生め!
「まあ、そんな上手い話はないかぁ」
「だね」
「くそう……」
そんななんとも味気ない幕引きをして、冒険者となって最初のダンジョン探索を終える。
冒険者……と名乗るには、あまりにも冒険していない探索だった。だが、それでいい。
この世界にはセーブ&ロードもないし、残機だって存在しない。そういう異能持ちがいるかもしれないが、少なくとも自分達にはないのだ。
石橋は叩いてから渡る。僕らみたいな冒険者にはそれぐらいでちょうどいい。
それがわかっただけでも、収穫だった。
「いや、まだ時間あるし昼休憩したら午後も潜らない?」
「午後は僕も魔法使うわ。流石になんもしてないのはきつい」
「のった」
それはそれとして金が欲しい。僕らみたいな冒険者は大体金欠なのである。
* * *
本日の稼ぎ、午前午後を合わせて三人で12,000円。分け前は一人4,000円。
……交通費は賄えた。そう思おう。
読んで頂きありがとうございます。
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