第百十話 蜘蛛の都
第百十話 蜘蛛の都
「皆、今日も頼む」
いつもの様に彼女らを出し、抜剣。周囲を警戒しながら構える。
道幅はおよそ二車線分。普通に剣を振るうには問題ない。明かりはダンジョンの上にある星々と赤い月……に、見える鉱石のみなので、少々悪いか。
「レイラ、明かりを」
「はい」
彼女がタクトを一振りすれば、白い光球が宙に浮かび上がる。『赤魔法』のそれではなく、『白魔法』の明かりだ。
タクトの柄頭とでも言えばいいのか、持ち手の先端に白い宝石。この取り付けられているのがユニコーンの角で作った魔石である。
その光を頼りに周囲を見回す。さて、この虫が駆ける音の主はどこにいるのやら。
『魔力反応有り。数は一、七時方向です』
「了解、雪音」
「『氷風壁』!」
振り向きざまに振るわれた扇子に従って、地面から氷の壁が斜めに出現。同時に雹の混ざった疾風が駆ける。
木製の塀を粉砕し、それらは古びた日本家屋に突き刺さった。
『ギィァァア!!』
破砕音に悲鳴が混ざる。見れば、塀の残骸と共に吹き飛ばされた影がもぞりと動いた。
ぬらりと伸びた二本角にぎょろりとした金色の眼。口から覗く鋭い牙と、どう見ても鬼の顔そのものだ。
しかしかつて戦ったそれとは明らかに異なるのが、首から下。
胴体があるべき場所には虎の身体が。そして四肢の代わりに生えそろった蜘蛛の足。
『土蜘蛛』
源頼光の伝説にも出てくる、日本では比較的メジャーな妖怪である。
土蜘蛛はこちらを睨みつけながら、全長一メートルと少しの身体に氷の礫を食い込ませている。少しずつ傷口から凍り付きながらも、牙を剥いて一直線に跳びかかって来た。
だがその速度は傷もあってか遅い。こちらから接近し空中で剣を上段から振り下ろして、脳天をかち割りながら地面に叩きつける。
ピクピクと蜘蛛の足を痙攣させる土蜘蛛の胴体に一刺ししてから後退。数秒ほどで粒子化が始まった。
ドロップはなし。それを確認し、剣を担ぎ直す。
「全員無事?」
「はい、大丈夫です」
「同じくです!」
『問題ありません』
「よし。ならこのまま探索をしていく。リーンフォース、引き続き索敵をお願い」
『了解』
壊れた塀から元の道に戻る。このまま家屋や庭を壊しながら進んでもいいのだが、その場合土蜘蛛の奇襲がわかりづらくなる。ついでに言えば自分やリーンフォースの武器は両手剣なので、少しだけ振りづらい。
塀に挟まれた道を進んでいけば、今度は長屋が並んだ所に出る。
それにしても不気味なダンジョンだ。怪談に出てきそうな空気である。そういうのは夏に……いや、そもそも怖い話はあんまり好きではないからいいや。
覚醒者というある意味オカルトな存在になった身だと言うのにそんな事を考えていれば、僅かに物音が聞こえた。ほぼ同時にリーンフォースが声をあげる。
『魔力反応、数二。十一時の方向から接近』
「攻撃開始」
「『大地よ』」
「『氷牙』!」
リーンフォースが示した方向に放たれる地面から生えた石の杭と空を切る氷の槍。長屋の一角を破壊し、その土煙と木片に赤い血が混ざる。
だが仕留めたのは一体だけか、脚を二本失いながらも突っ込んでくる個体がいた。
『ガアアアア!!』
金色の瞳が赤く光る。呪詛だ。
土蜘蛛伝説に呪いの類はつきものだが、現代に蘇った奴らは相手を重い風邪にかかった様な状態にする。それこそ非覚醒者なら数秒で死に至り、覚醒者でも立って動く事もままならないほどの病魔。
だが、こちらの面子は全員『抵抗』の値のみで防ぐ事ができるし、雪音以外はそもそもそういう類のものが効かない。
無視して斜めに剣を振り降ろし地面へと土蜘蛛を叩きつけて頭を割る。
残心。すぐに粒子化がはじまり、視線を壊れた長屋の方に。
「リーンフォース、敵は」
『反応消えていきます。消滅していっているもよう』
「わかった」
どうやらあちらも無事仕留められたらしい。
土蜘蛛の主な攻撃手段は三つ。『毒の牙』『呪い』『糸』だ。前二つはその名の通りであり、糸に関してはその大口から粘着性の強い糸を吐き出して相手を拘束するらしい。まあ、巣でも作るのか尻から粘着力のない糸も出すが。
個人的には口からの糸が一番厄介だ。ここの間引きは結構されているから動きを邪魔されているうちに続々と他のがやってきて……なんて事は早々起きないけども。それでも万に一つが自分の番で、などというのはごめんだ。
あと単純に蜘蛛嫌い。
自分が斬った方が完全に消滅したので、視線だけ周囲を警戒しながら長屋の方に。剣の切っ先で木片をどかしていけば、白い物を見つけた。
「おっ」
これは運がいい。まさかすぐに落ちるとは。前回は全然ドロップがなかったし、今回はその分の運がまわって来たか?
拾い上げたのは白い糸の塊。土蜘蛛のドロップアイテム『魔の糸玉』である。これを名付けた先駆者のネーミングセンスはどうかと思うが、それはそれとして。
これこそがこのダンジョンに来た理由である。『神代回帰』前も蜘蛛の糸で防弾チョッキを作るとかいう計画が噂されていたぐらい、蜘蛛の糸は強靭だ。
それが『Cランクモンスター』のドロップともなれば、然るべき方法で織った場合その強度は上位覚醒者でも容易には引き裂けない。
なお、そんな物がドロップするこのダンジョンが大人気でないのは難易度と土蜘蛛の見た目。そして『Dランクモンスター』の『シルキー』というのがおり、それと契約して機織りしてもらった『妖幻のシルク』というのが比較的安全かつ安定して供給が始まっているからである。
なお、それを主にやっているのが桜井自動車の子会社である桜呉服店。どんだけ手広くやってんだ。
まあ、シルキーの布よりは頑丈なのが『魔の糸玉』で作られた布だ。赤城さん経由でこれを桜呉服店に織ってもらえば頑強な衣服が手に入る。後は、レイラ次第。
捕らぬ狸の皮算用はここまでに、探索を再開する。まだまだ糸玉は足りないのだ。
それから一時間ほど、偽の京都を歩き回った。道中の土蜘蛛を倒し続けていれば、大きな武家屋敷が見えてくる。
ハンドサインで物陰に隠れてその様子を窺うも、自分には何も読み取れない。だが、こちらにはリーンフォースがいる。
『魔力反応三十一。三十は土蜘蛛の魔力パターンと一致しますが、残り一つは未確認です。冒険者ではありません』
「わかった。罠の類は?」
『門の裏側に魔力反応。糸が張り巡らされていると推測。また、屋敷内部にも似た反応が多数あります』
「ありがとう、リーンフォース」
剣を担ぎ、レイラと雪音に振り返る。
「じゃあ、手筈通りにお願い」
「はい」
「お任せください!」
物陰からレイラがタクトを突き出した。向ける先は無論、武家屋敷の門。
「『ウインドバレル』」
そして彼女と入れ替わりに雪音が扇子を構える。
「『氷牙・大槌』!」
扇子の一振りで生み出された破城槌。氷のそれは風の加速を得て、音の壁を突き破り門へと向かっていく。
ほぼ同時に凄まじい轟音と地響き、そして木片が振りまかれた。壁にしたその辺の家の塀にそれらが激しくぶつかる。
チラリと物陰から顔を出せば、武家屋敷を囲っていた立派な門はどこへやら。あるのは砲弾が降ってきたとしか思えないクレーターと、散らばる氷と木片だけである。
うん、やっぱこの手に限るな。
「突入する。リーンフォースは二人を」
『了解』
一番槍は自分が務める。度々レイラに苦言を呈されるも、これが一番効率的だ。
門の残骸を飛び越えた先にある日本庭園。そこも本来の優美な景色は乱されて、隠れていたのであろう土蜘蛛たちが慌てたようにあちこちから姿を現していた。
その中で進行方向上にいた個体だけ始末する。一体は踏み砕き、壁に張り付いていたのは斬り捨てて、跳びかかって来た奴は串刺しに。
リカッソを持って槍のように握り、屋敷内部に侵入。戸を蹴破って板張りの床を踏みしめて進む。
廊下のあちこちに張り巡らされた蜘蛛の糸は、壁や床を破壊する事で強引に撤去する。轟音と瓦礫を屋敷内にまき散らしながら、道中の土蜘蛛も蹴り殺して進んだ。
そして、一際大きな部屋に到達する。
体育館の半分ほどだろうか。そんな畳張りの空間は、しかし本来あるはずの開放感も厳かさもない。あるのはただ、糸ばかりだ。
『カカッ』
不快な、何かが擦れる音。そして自分の体表で何かを弾いた感触。魔法をレジストした時の感触だ。
部屋の中央。糸の張られていない一本道を通路との間に作った先にてこちらを待つ、一体の異形が放ったものだ。
体高二メートル以上の巨体。全長はそれよりもでかい。だが、その大半は蜘蛛の下半身で構成されている。
黒光りする光沢のある甲殻。それに覆われた巨大蜘蛛には眼球がなく、代わりに本来目がある位置から人に似た胴体が生えていた。
その胴体は着崩した着物を纏っており、人間の女性が着ればきっと胸元をむき出しにした煽情的なものだったのだろう。
だが、それを着ているのは蜘蛛の異形。人と虫を合わせた様な怪物であり、胸元には白い体毛が、それ以外は甲殻に包まれている。
その顔は蜘蛛そのもの。八つの赤い瞳を赤く輝かせながら、カリカリと口を動かせてこちらを見ている。
『絡新婦』
ジョロウグモという蜘蛛は『神代回帰』前より実在するが、それとはまた別の存在。
伝承では妖艶な女性として描かれる事もあるものの、現代に現れた『C+モンスター』のこれはただ幻影を纏っただけの化け物だ。声に聞こえているのは、ただ幻術を受けた者が勝手に妄想する閨への誘い文句に他ならない。
視覚と聴覚の両方にかける幻術というのは高度な事らしいが、自分には知った事ではない。剣を順手に持ち直し、八双に似た構えで突撃する。
『ギギッ!!』
不快気に鳴く絡新婦。接近するこちらに、異形の両腕を閉じるように動かした。
途端に開いていた道を閉じるようにして、部屋中に張り巡らされた糸が殺到する。更には引きちぎられた壁や天井までもが迫っており、こちらを圧殺する意図が読み取れる。
だが、それに対する応えはシンプルだ。
「おおおっ!!」
『魔力開放』
一切合切、全て蹴散らすのみ。
放出する魔力で加速しながら剣を振るう。暴風と化して刀身に触れる前に糸を風圧で吹き飛ばし、遅れて迫る瓦礫は置き去りにするか粉砕して、前へ。
駆け抜けた畳張りの床をズタズタにして散らせながら、絡新婦を間合いにいれる。
だが相手もそれに対応してみせた。
『ギィィ!!』
蜘蛛の八脚でもって後ろに跳躍しながら、その巨体を覆い隠す繭を作り出したのだ。
幾重にも重ねられ束ねられた絡新婦の糸の強度は土蜘蛛のそれを上回る。それこそ、対物ライフルに匹敵する攻撃さえも防いだとか。
だが、それがどうしたというのか。
「らぁあ!」
大上段から振り下ろす一刀。普段ならば半ばまで切って止められるそれは、今は魔力の加速を得ている。
あっさりと、障子紙でも相手にしたかの様に切り裂いた。
『ギェ――ッ!?』
蜘蛛の顔だというのに驚愕を顕にした絡新婦の纏う着物の襟を掴み、引き裂かれた蜘蛛糸の繭から引きずり出して床に叩きつけた。
胴体と巨蜘蛛のつなぎ目を左足で踏みしめながら、強靭な体毛に守られた胸を剣で貫く。そのまま柄を両手で握り思いっきり振り抜いた。
胸から蜘蛛の下半身まで切り裂かれた絡新婦が絶叫をあげ――念のためすぐさまその頭蓋を踏み砕いた。死に際の一撃など打たせはしない。
念のため蜘蛛の下半身も両断してから後退。赤い血がべったりとついた刀身をそのままに後退して距離をとる。
周囲を警戒しながら絡新婦を見ていれば、数秒ほどで粒子化が始まった。
「主様、ご無事ですか」
「あ、レイラ。大丈夫だよ」
他の土蜘蛛どもは排除できたらしい。レイラ達が駆けてきた。
「そっちこそ大丈夫?全員無事?」
「はい、問題ありません」
「同じくです!」
『機能に異常ありません」
「そっか、よかった」
彼女らの無事な姿を確認し、絡新婦がいた場所に視線を移す。
蜘蛛の糸は消えているが、代わりに天井や壁の残骸でボロボロの室内。残念ながら、ドロップはないらしい。奴が落とす『女郎の糸』は土蜘蛛の落とす物より質がいいのだが。
まあ出るまでやるのが基本。探索を続けるとしよう。
* * *
午前午後、合計五時間の探索の結果『魔の糸玉』は四つ。『女郎の糸』は一つ手に入った。
糸玉の方は一つだけ売ってしまうとして、残りはこちらで使わせてもらう。少し申し訳なさそうな雪音に、気にするなと言っておいた。
戦力の強化は急務である。いやマジで。こんなご時世だし。
ついでに、彼女とのデートが迫っているのだ。一応ルートは氾濫の可能性が低いものを想定しているが……なんとなく、不安である。
い、いや。気にする必要はない。お祓いは無事に済ませた。やってくれた神主さんもよくわからない横文字をたくさん使って保証してくれたではないか。
それはそうと、流石に雪音とのデートまでには『新装備』が完成する事はなさそうだな。それでもその少し後ぐらいにはできるだろうが。
まあ今は討伐報酬の25万と1,950円に、糸玉の80万で懐が大いに潤った事を喜ぶとしよう。
来週の雪音とのデート、楽しみだなぁ。
読んで頂きありがとうございます。
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Q.親の片方がエルフの家族とかもしかして大変な事にならない?
A.結論から言うと、残される側は心を強くもつ必要があります。
今作のエルフも人よりかなり寿命が長く、およそ十倍は生きます。ハーフエルフは常人の五倍ぐらいですね。
ですので、一家で覚醒し『父親だけエルフ』で『母親が人間、子供がハーフエルフ』って場合だと、そのままいったら父親は妻どころか子供さえ看取る事になります。場合によっては孫も。
現在は黎明期なのでその辺りが問題化していませんが、徐々に種族間での婚姻が難しくなってくるかもしれませんね。神代でも、『不老不死』とか『若返りの霊薬』は早々手に入らない、見つけるだけでも偉業となる事なので。
京太朗が将来、親や友人達が老いて死ぬ時にどうするのか。それはまだわかりません。
Q.まさか、京太朗が人外ハーレムを作っているのは将来の悲劇を見据えて?
A.いえ、単純にあいつの脳みそが下半身と直結しているだけです。男子中高生なんてそんなもんです。人間にはモテないから『守護精霊』と『使い魔』と『ゴーレム』に走った魔法使い目線だとかなりやべぇ奴です。




