第百一話 死霊術師の迷宮
第百一話 死霊術師の迷宮
サイド 大川 京太朗
ゲートを潜った先。そこには岩を掘り進めた様な洞窟があった。
左右に等間隔で並んだ松明には尋常ならざる青白い炎が灯っており、迷宮の中を照らしている。
その炎は見る者に本能的な恐怖心を与えてくるが、それ以上に気になるのが迷宮内を満たす悪臭だ。腐った肉の臭いがじっとりとした空気と共に鼻孔を襲ってくる。
レイラ達を出しながら、あまりの臭いに兜の下で顔をしかめながらも抜剣。リカッソを掴み槍の様に構える。
道幅は一車線道路ほど。天井の高さは三メートル前後。概ね情報通りか。
「うっ……」
「これは……嗅覚は使えないものと考えた方がよさそうですね」
「ああ。リーンフォース、いつも以上に警戒を厳に頼む」
『了解』
このダンジョンに出現するのは『ドラウグル』と『エルダーリッチ』。前者はかつての氾濫の時その接近を振りまく悪臭ですぐに気づけたが、これではさっぱりだ。
ただここにいるだけで死肉が全身にこびりつく様な不快感。ここもまた、不人気ダンジョンとなりそうだ。早めに来ておいてよかった。
いつもの順番で一列に並び探索を開始。気持ち慎重に進んでいく。
そうして進んでいけば、五分も経たないうちにリーンフォースが声をあげた。
『魔力反応。ここより直進二十メートル先の角、左側に曲がった先に二体。その場に留まっています』
「わかった。レイラ」
「はい」
右側に少しずれて射線をあければ、そこに彼女がタクトを構えた。
「『ファイヤーボール』」
放たれる人頭大の火球。時速百数十キロで進むそれが通り過ぎる度に薄暗い通路を明るく照らし、やがて壁に着弾した。
そして油でも撒かれた様に燃え広がる曲がり角。それにより人のものとは思えないうめき声が聞こえてきた。
ハンドサインで前進を指示し、駆け足で移動。角に到達するなりリーンフォースが斬り込んだ。
ボロ布を燃やしながら迎撃しようとうするドラウグル。だが前にいた槍持ちは構えた柄ごと脳天を叩き割られて倒れ伏し、その後ろにいた斧持ちには自分が剣を突き込んだ。
白濁した眼球を貫き、捩じる。そのまま胸を蹴り飛ばしてやりながら剣を上に振り抜いた。
沈黙する二体を警戒していれば、火球の炎が消えた辺りでドラウグル達も粒子に変わりだした。
その様子に小さくため息を吐く。倒した後に粒子に変わり始めるまでの時間が、個人的には一番緊張する。
ドロップ品がないのを確認し、探索を再開。このダンジョン、手で掘り進めた様な岩壁だというのにその道は鋭角であり道幅や天井までの高さまで一定だ。『そういうダンジョン』とは理性でわかっていても、なんだか気持ち悪い。
更に進んでいけばボロボロの木でできた扉に到達。一端止まってから、雪音が扇子を構えた。
「『氷牙』!」
扉を打ち砕いて突き進む氷の槍。それが通り過ぎるなり、部屋の中からドラウグル達が通路に出てこようとする。
だがそれに立ちふさがるリーンフォース。突き出された槍を籠手で受け流し、剣の振り下ろしを鍔で受け止める。
彼女の脇から体を滑り込ませ、槍持ちの胸を貫く。そのまま体当たりする様に部屋へと押し込んで、思いっきり蹴り飛ばした。
内部は崩壊寸前の家具が並んだ教室程の広さをしており、他に四体ほどドラウグルがいた。先ほど蹴り飛ばした個体が机にぶつかりその破片を散らばらせる。
それらが四方から向かってくるのに対し、即断で自分に一番速く到達する個体に狙いを定めた。
振り下ろされた斧にこちらから近寄って肘を肩に受けつつ、剣を腹にねじ込んで押し込みながら横一閃。胴体を引きちぎりながら体を回転させるようにそのドラウグルの背後に。ついでに両手を柄に移動させる。
「『大地よ』」
残り三体がこちらに接近しようとするも、二体が地面から生えた岩の槍に串刺しにされる。股から脳天まで貫かれた仲間たちに残り一体は狼狽えた様子はないが、進行方向にできたそれに足は止まる。
そこへ放たれた氷の槍が側頭部に直撃。首から上を失い胸辺りまで凍り付いたドラウグルは、力なく地面に横たわった。
念のため他に敵がいないかを警戒しつつ、倒れたドラウグル達から距離を取るようにしてレイラ達のもとへと移動する。
そうして壁沿いを移動している間に、奴らの身体が粒子へと変わりだした。
「よし、全員無事?」
「はい」
「大丈夫です」
『問題ありません』
「ならよかった」
改めて室内を見回す。ボロボロの本棚に壊れた机、同じような有り様の椅子が複数。
事前情報が正しいなら、運が良ければ『アレ』があるはずだが……ない、か。
ドロップ品もなさそうだし、また移動を再開する。それから三十分ほど道中のドラウグル達を蹴散らしながら進めば、また木製の扉を発見した。
これまで見た扉より幾分か新しく、立派な造りのそれに警戒心を高める。
『内部に魔力反応が三つ。ドラウグルが二、エルダーリッチが一と推測』
「そう、か……」
思わず言葉がつまり、レイラを見つめてしまう。
前に学校で氾濫が起きた時、自分は彼女を犠牲にしてしまった。エルダーリッチ達が作り出したドラウグルの融合体に、この身を裂かれた時に……。
こちらの視線に気づいたのだろう。彼女がいつもの笑みで力強く頷いてきた。
「大丈夫です主様。私はこうしてここにいます」
「……ああ。ごめん、余計な心配をかけた」
「いえ!」
満開の笑みを浮かべる彼女に頷いて返し、雪音に視線を移す。
「頼む」
「はい、お任せください」
雪音以外の面々が壁沿いに体をよせ、彼女が両手に持つ白銀の扇子を振りかぶった。
「『氷牙・大槌』!」
左右から閉じる様に振るわれた扇子に押し出される様にして、氷の破城槌が放たれる。派手な音を立てて吹き飛ばされる扉。それで破城槌が止まるはずもなく、突き進んだそれが部屋中央に着弾し巨大な破砕音と共に氷の破片を散らばらせた。
それに続いて室内に突入。内部は小さめの体育館ほどもあり、今までの通路や部屋と同じく壁も床も剥き出しの岩肌だ。だというのに、空っぽの本棚がずらりと並んでいるのは異様な光景である。
音に引き寄せられたか、二体のドラウグルが部屋中央に。そちらをリーンフォース達に任せ、自分はエルダーリッチを探す。
一足で二メートル半ほどの本棚の上に跳び、それらを足場に室内を駆けた。魔眼の副次効果として高められた視力でもって、部屋の奥にいた骨の魔術師を捕捉する。
すぐさま強襲をしかけるこちらに気づいたのか、歯を鳴らす様にして唱えていた人ならざる呪文を中断しエルダーリッチは逃げだそうとした。
だが遅い。本棚から跳び下りる勢いも利用してその背を一刀両断し、念のため頭蓋を返す刀で叩き割る。
ガラガラと転がる骨とその上に落ちるローブ。とりあえずローブの方を切っ先でどけながら、反撃を警戒して少しだけ距離をとる。
数秒ほどで骨が粒子になるのを確認してから視線をレイラ達の方へ。と言っても、本棚で視界が塞がられているが。
そうして首を向けたのとほぼ同時に、彼女たちが本棚の隙間からこちらに駆け脚で向かってきた。
「主様、ご無事ですか?」
「うん、そっちは?」
「全員問題ありません」
「そっか、良かった」
前の様な事にはならなかったらしい。理性ではアレが特殊ケースなだけだとわかっていても、精神的には別だ。
あの時のドラウグル融合体はここが氾濫するほどに魔力で満ちていたからこそ、エルダーリッチ達の黒魔法で生み出せたものである。通常ならそんな魔力も数も用意できない。そうわかってはいるのだが……。
やはり、自分の代わりに消えてしまったレイラの事が頭に浮かぶ。探索中だというのに、やはりこのダンジョン少し苦手かもしれない。
リカッソを持って槍の様に構えながら、レイラ達と室内を軽く見て回る。
空っぽの本棚ばかりだが、その中に一つだけ他とは違い本や物品が入っている棚を見つけた。
「おおっ」
題名が読めない本や何かの結晶に水晶玉、乾燥した薬草らしきものなどが乱雑に入れられている。
市のホームページが確かなら、これは『処刑街のダンジョン』にあった魔女の隠れ家と同じく、魔導書や魔法薬の材料のはずだ。
「レイラ、雪音。回収をお願い。罠には注意して」
「はい!」
二人が金目の物を漁っている間に自分とリーンフォースが周囲を警戒する。なんだかこう言うとコソ泥の様だが、『神代回帰』前にイメージしていた冒険者も似た様なものだ。
まだ一般開放されて間もないダンジョンだからいくらになるかわからないが……相場を考えれば百万前後はいくかもしれない。自分達で使えそうな物を抜けば少し落ちるかもしれないが、それでも大金だ。
なお、それでもここは不人気ダンジョンと呼ばれるだろうけど。難易度と臭い的に。
レイラ達が回収を終えたので、また移動を再開する。その後特に大きな問題はなく約二時間の探索を終えて帰還した。
校舎の内部を改造したらしいストアはコンビニやらスポーツ用品店やらが入っていて、なんだか不思議な感じだ。経験しなかった学祭とか、こんな感じだったのだろうか?
そう言えば、冒険者専門学校って文化祭どうするんだろう。なんの連絡もないし、ダンジョンの事も考えたらやらないのかもしれない。
漫画やアニメでしか知らない行事だけど……少しだけ寂しい。いや、実際なんかクラスでやれって言われたらまず『面倒くさい』って感想が出るだろうけど。
そんな事をぼんやりと考えながら昼休憩をとって、午後も二時間ほど探索。残念ながらそっちでは例の本棚を見つけられなかったものの、ドラウグルが槍を一本ドロップした。『Cランク』のドロップ武器だけあっていい値で売れた。
午前午後、討伐報酬も合わせれば150万と8,650円。更にレイラが後で加工してくれる魔法薬の材料と……やっぱ、冒険者って儲かるなぁ。一日というか、計四時間でこれだけ稼げるんだから。
もう冒険者になったばかりの頃とは金銭感覚が色々とバグっている気がする。え?じゃあゴリラに恋愛相談でラーメンたかんなって?他人に奢らせたラーメンは別だから……。
ストアにある元は運動部用だったシャワーを浴びて、外に。ダンジョンから出ればあの悪臭も消えるとわかっていても、気分の問題である。なんかまだ鼻の奥に死肉が詰まっている気がする……。
とりあえず帰るかと駐輪場に向かっていると、隣の駐車場に見覚えのある人物の姿が見えた。
何度も電話を試みるも、一向に繋がらずメールだけで簡単なやり取りをしていた相手。その顔に、思わず声をあげる。
「東郷さん!」
「やあ、京太朗君」
白い車に寄りかかって軽く手を挙げてくる、スーツと眼鏡が似合う男性。東郷美代吉さんが、目の下に薄っすらとクマを作りながらいつもの笑顔を浮かべていた。
読んで頂きありがとうございます。
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>前話に頂いた感想について
京太朗
「皆さま、たくさんの感想誠にありがとうございました。ですがこれだけは言わせて頂きたい」
「僕は!別に!人外フェチでは!ありません!!人外も守備範囲内なだけですし、そのうえで何故か人間の女子にはモテないだけです!!」




