第九十話 覚醒者不要論
第九十話 覚醒者不要論
サイド 大川 京太朗
『我々人類は、ダンジョンを克服できたのです』
何言ってんだこいつ。
朝、食堂にてつけられているテレビ。それを眺めて疑問符を浮かべる。というかテレビの方に視線を向けている生徒は全員自分と同じような顔をしていた。
いや。テレビをチラ見したけどすぐに性癖を朝から語り合う筋肉ゴリラと残念イケメンもいるが、今はスルーだ。
「え、誰この人」
「扇子純。『ユマニテ』っていう非覚醒者の互助組織のリーダー……らしい」
「ほーん。そうなんだ」
「昨日、海の生き物番組の後にやるニュースで視た」
「あ、うん」
眼鏡の位置を直しながら海の触手に関して話したそうな魚山君からそっと視線をそらし、テレビを眺める。
『皆さんも『賢者の会』のニュースは見たはずです。そこで行われていた非道について、私は何かを語るつもりはありません。人類が築き上げてきた司法制度に任せるだけです』
見た感じ本当に普通の人って感じの、中肉中背の二十代後半ぐらいの男性。
彼は感情を抑えるように目を強く閉じた後、力のこもった声で続けた。
『今語るべきは、『賢者の会』が秘匿していた『Bランクダンジョン』の氾濫を自衛隊と警察が協力して鎮静化させた事です』
連日言われているな、それ。というかこの人が何か語りだす前もテレビ局のスタジオで軍事評論家とか大学教授とかが語っていたし。
その番組でこの人の演説が報道されている、って感じらしい。左下にワイプで芸能人とかが神妙な顔で映っている。
『その際に参加した覚醒者は緒方勇祢警部と他四人の合計五人。たった五人です。それも、全員が『Bランク未満』だったと警察関係者が週刊誌に答えています』
何かの雑誌を手に、彼は続ける。
『この意味を皆さんもわかるでしょう。『賢者の会』に所属していた覚醒者達が何もできずにいたダンジョンを、自衛隊と警察が人類の英知により作り出した武器で解決したのだと!』
……いや、うん。
ぶっちゃけ『合計五人って絶対うそだろ。あの基地にいた人員送っていたろ』とか『そもそも本当に氾濫が起きているのなら『賢者の会』も戦っているはずだからそれも勘定にいれなきゃでは』とか色々考えた。
だが例の依頼に関するので口にご飯と生姜焼きを放り込んで黙っておく。
僕学生だからわっかんねー。知らねー。よくわかんないけど守秘義務ってあるからー。
自己保身に全力で走りながら、味噌汁を一口。うん、美味い。
『また、防衛装備庁に新設された魔導装備研究部で非覚醒者でもダンジョン内で活動し、戦闘できる装備が開発されたと関係者が証言してくれました』
「ぶほっ」
やっべぇ、みそ汁噴きそうになった。
矢島さん?なにやら変なのが漏れていましてよ?どういう事かご説明になって?とってもお排泄な事になっておりましてよ?
混乱のあまり内心でお嬢様言葉が出ているが、そんなこちらを当然ながらお構いなしに扇子とやらの話は続く。待ってまず関係者って誰さ。
『もう一度言いましょう。人類はその英知により、ダンジョンを抑える事が出来るようになったのです。だからこそ、今まで後回しにされ続けた復興について考える時がきたんです!』
……復興かぁ。
これまた否定しがたい話が出てきたものである。
『ダンジョンの氾濫により壊れた街を。それによって失われた命を忘れてはなりません。しかし政府は被災した者達の事よりも、冒険者制度を始めそちらにばかり力を入れてきました』
眉間に皺をよせる扇子。その眼がしらには薄っすらと涙も浮かんでいた。
『私もダンジョンの氾濫で故郷と職を失った者の一人です。だからこそ、それを防ぐために覚醒者を優遇する制度を作る事も仕方がないと受け入れてきました。ですが、もうそろそろ復興に力を入れるべきなんです。そうしなければ、日本の経済的な回復は不可能なのだから』
まあ、それも否定はできない。
ダンジョンの氾濫で失われた人命、土地、商業、畑、港。それらにより日本の経済は……いいや、世界中経済的にボロボロだ。
正直、その辺を詳しく報道される事はあんまりないからわからないけど、それでも物価とかの上昇が酷いのは知っている。
それを解決する為にも、ダンジョンの氾濫で被害にあった人や物に何かしらの対応が必要だ。それが回り回って日本にとってプラスになると思う。
ただなぁ。
『今まで冒険者制度に回していた予算を、今後は復興につぎ込むべきです!どうか皆さんの力を、私達被災者に貸してください!この国の民意でもって、日本の未来のための選択をお願いします!』
深くカメラに向かって頭を下げる扇子。
うん、そうなるよねやっぱり。
冒険者ってそこまで優遇されていたっけ、というのは少し思う。だが、それでもストアを始め色んな物に金がかかっているのも事実。そして、ダンジョン被害の復興も重要なのも事実。
だがそれで僕らに外れくじがきそうなのはなぁ。
そんな事を考えていたら、テレビのチャンネルが切り替えられた。視界の端で、食堂のおばちゃんが焦った様子でリモコンを持ってきた姿が見えたから、彼女が変えたのだろう。
テレビの画面が今日の天気予報に切り替わったのもあり、皆画面から視線を外して各々食事を続けたり隣の者と先の演説について話し合ったり。
自分も、視線を魚山君に向ける。
「なんか、『言いたい事はわかるけど』って人が出てきたな」
「だね。実際、復興に力を入れる必要があるのは本当にそう思う。いい加減その辺腰を据えてやらないといけない。ただ」
「冒険者への予算を減らすって……まさか討伐報酬の廃止とかないよね?」
「ストア自体の予算削減は氾濫の危険性に直結するからね。削れる所を探すのは難しいと思うけど。中抜きとか探すのかな?」
「つっても、討伐報酬もなんだかんだ馬鹿にならないからな。収入として」
特に『Eランクダンジョン』を主な狩場にしている人達からしたらきついだろう。
あのランクだとスケルトンやコボルトの出る所以外、討伐報酬ぐらいしかまともに稼ぐ手段がない。その討伐報酬だって元々決して高くはなかったのだ。だからこそ有川大臣……有川元臨時総理の『ドロップ品の自由販売許可』が冒険者にとってかなりの福音だったはず。
それすらも削られるとなると、マジで通う人はいなくなるのではないか?
もちろん、討伐報酬が削られると決まったわけではない。じゃあどこを削るってなると……この学校とか?
別に通う側としては、次の転入先を用意してくれるなら引越しが面倒とかの軽い不満しか……いや地元に居づらいのは別として。そこまでとやかく言うつもりはないけども。
じゃあこの地下にある不人気ダンジョンどうすんのって話になるわけで。あそこ、ドロップ品もアレなやつばっかりだからマジで人がこないぞ?
「だが、非覚醒者からしたら『非覚醒者でも武装しだいではモンスターを狩れる』なら、覚醒者不要論が勢いを増すのもわからなくもないよ。本来、日本はそういう国だ」
「まあ……冷静に考えたら一般人が『冒険者』名乗って武器ぶん回している方がおかしいしね」
武器を持つのは警察や自衛隊。それ以外では猟師さんぐらいで、『物理的に戦う』という行為自体スポーツの範囲外ではタブーである。
世界がこうなってまだ二年と数カ月。それまでの価値観とのギャップに、強い違和感を覚えている人は少なくないだろう。
「それに、『賢者の会』も氾濫縮小後は逮捕されたらしいし。つまり上位覚醒者を現代兵器で倒せるって事だ。緒方ってお巡りさんの異能がジャイアントキリングできる類なら、話も変わるけど」
「あー……まあ、そうだね」
……『金剛』、そこまで性能上がったのかな。自分の記憶では無理な気がするけど。
対覚醒者戦に限れば、意外といいとこ行くかもしれない。なんせ、大半の覚醒者は銃弾よりは速く動けないし、対物ライフルで鎧の隙間を撃たれれば重傷を負うだろう。無論、花園さんみたいな例外もいるし、そうでなくとも魔法による搦め手もあるだろうが。それでも重機関銃とか撃たれたら普通の覚醒者は死ぬ。
だが、相手がモンスターとなれば別だ。なんせ稼働時間が短すぎるし、ある程度の戦闘力を出そうと思ったらダンジョン産金属を使った銃弾を湯水のように消費する必要が出てくるはず。
自分が『金剛』を見てからもう少しで二カ月だ。まだ作り始めたばかりの時期だから伸びる時は伸びるだろうけど、はたして今はどの程度の性能なのやら。
どうにも、あの扇子って人が持っている情報が中途半端に思える。まあ、『金剛』は本来まだ秘密のはずだから一端だけでも知っている段階でびっくりなのだが。
口止めされているからそれらの事を言えないけど、曖昧なこちらの表情に魚山君も察したらしい。
「なるほど。そう言えば京太朗は防衛装備庁から依頼を受けた事があったね」
「ノーコメント。深くは聞かないで」
「わかった。代わりに触手の話をしよう」
「いや飯食えよ。遅刻すんぞ」
気が付けば時間に余裕はなくなっていた。時計の針はかなり進んでおり、どうものんびりし過ぎていた様だ。急いでご飯を味噌汁で流しこみながら、未だ性癖について討論する筋肉フェチとふくよかフェチの脛を蹴り飛ばした。
……お前らその話題を飯時に今後もするなら別のテーブルに行くからな?マジで。
* * *
そんな少し慌ただしい朝から、授業やら昼休みやらを挟んだ午後。
午前にあった英語と数学で脳みそが多大な疲労をし日本史で意識が落ちかけるも、昼食でそれを回復した中で。見覚えのある人物が学校内にある演習場にやってきていた。
「本日、特別授業を担当して下さる黄瀬翠さんだ」
「はーい!ご紹介にあずかりました黄瀬です!皆さんよろしくお願いしまーす!」
二つあるグラウンドの一つ。青空の下で体育着やジャージ姿で集る生徒達を前に、緑髪のエルフがにこやかに手を振っている。
白いワイシャツに首元を彩る青いリボン。そして紺のスカートをひらりと風に遊ばせるその姿は、まるで物語に出てくるヒロインの様でもある。
なお、自分の脳裏には鬼の形相でお姉さんと殴り合いしている姿が思い浮かんでいたが。
美しい少女に見える黄瀬妹さんの姿に、少しだけ周囲がどよめく。それは美しさに対してか、はたまた見た目年齢に対してか。
「桜井自動車の魔導機器部門で働いている冒険者の黄瀬さんは、自衛隊から間引きの依頼も受けている凄腕だ。敬意をもって接する様に」
「「「はーい」」」
「えへへ、なんだかそう言われると緊張しちゃいますね」
照れたように笑う黄瀬妹さん。その姿はとても愛らしいが自分の脳裏には以下略。
ああ、背中に冷や汗がダラダラと流れているのがわかる。なんせ酒井先生に紹介される直前、物凄い眼光でこちらを睨んできたのだ。アレは余計な事を言ったら潰すぞ、って意味に違いない。
というかそうでなくとも、あちらは部長である赤城さんの直属の部下。こっちは実質バイトの一人。普通に気まずい。
「では、まだまだ暑い日が続きますし手短に本題に入りましょう。私の特別授業の内容ですが……」
ぽんと、小さく柔らかそうな手を胸の前で合わせる黄瀬妹さん。その姿に、自分以外の面々が油断するのがわかる。
きっと自分達の動きを軽く見た後、自分の経験談でも語るのかなと思ったのだろう。だが、僕はそう思えなった。
だってこの人、絶対根っこ部分が蛮族だぞ?
「私のゴーレムと模擬戦をしてもらいたいと思いまーす!」
そして、ボコリと地面から立ち上がっていくゴーレム達。その数、およそ十体。
獣と人を混ぜた様なそれらは、青い瞳を輝かせながら生徒達を見やる。この場にいる者は直感で理解した。アレ、全部『C+』以上だと。
「黄瀬さん?最初から模擬戦というのは……」
「ご安心ください。ちゃんと加減はしますから、死なせたりしません」
怪我させないじゃなくって、生きるか死ぬかが判断基準になっているのがまずいと思うの。
酒井先生が更に止めようとするが、黄瀬妹さんは獰猛な笑みを生徒達に向けるだけで彼の方を見向きもしない。
「それに、死なない程度の傷で動けない様では本当に危ない時に死ぬだけです。命の保証がある場所で、多少の痛みは経験しておくべきですよ?」
「……もしも故意に怪我をさせようとするのなら、力づくで止めます」
「はい!その時はどうか手加減してくださいね?」
ニッコリと笑いながら酒井先生を見上げる黄瀬妹さん。わぁ、可憐だなぁ。蛮族と思えねぇや。
教育委員会が助走をつけて殴りに来そうな会話だが、この学校入学前にその辺書いた書類あったな、そう言えば。
「あ、そうそう。先生。この中で一番強い子って誰ですか?」
「……大川京太朗ですね。大川!返事!」
「あ、はい!」
少し慌てて返事をすれば、クラスメイト達や先生の視線がこっちに集中する。そんな中で、黄瀬妹さんが口角を歪にあげた。
やっぱ蛮族では?
「なるほど、やっぱり……貴方では普通のゴーレムでは足りないでしょうから、特別仕様を用意します。楽しみにしていてくださいね」
「はい……」
赤城さん、助けてください。おたくの部下の人、超恐いです。
いつの間にか『箸より重いものを持てません』って笑顔に戻っている黄瀬妹さんに、心の奥底から恐怖した。
強い弱いじゃない。この人、恐い。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.金剛の性能は大丈夫そう?
A.矢島さん
「むしろなんでイケると思っている奴がいるのだね???」
Q.賢者の会の一件、政府側の覚醒者五人で制圧ってどういうこと?
A.(自衛隊の覚醒者と花園をぬいて)五人ですね。
獅子の人
「だって俺らがあそこで作戦行動していたのが記録に残るとまずいし……」
花園
「外部の私はもっとまずいので。いなかった事にしてもらいました」
緒方警部
「だからってなんでこっちに全部丸投げを……どうして……?」




