プロローグ
よろしくお願いします。
凡人高校生、バケツヘルムでダンジョンへ
プロローグ
サイド 大川 京太朗
『グッモーニン、ニューワールド』
「……は?」
都会か田舎で言ったらやや田舎と答える、人通りのない中学からの帰り道。日が傾き空は赤くなり始めた頃、一瞬だけ眩暈を感じた瞬間不思議な声が聞こえた。耳で聞いたのではない。頭に直接響いた様な、そんな声。
更に言えば妙に視界がせまい。疑問の声をもらしながら咄嗟に目元へ手を伸ばせば、ガチャンと金属同士がぶつかる音がする。目の前にきた自分の指、というか前腕の半ばから先は中世の騎士がつけていそうな籠手で覆われていた。
「なん……え?は?」
『皆さまどうも混乱なさっている様子。さてさてその疑問にどれだけお答えできますか……まあ、わたくしは一方的に喋るだけでございますが。それでもよいというお方はどうぞ空をご覧くださいませ』
そう言われたからか、ほとんど反射で空を見上げる。
代わり映えないはずのあかね空には、謎の立方体が浮かんでいた。かなり上空にあるはずなのに随分とハッキリ見えるそれは、かなりのサイズである事がわかる。その立方体はゆっくりと横回転し、更には時々傾いてまでいる。まるで存在をアピールでもするかの様に。
だが、それよりも気になるのはそこに映し出された一人の老人。
液晶画面の様にそれぞれの面で映し出されたその顔は、いくつもの皺が刻まれながらも整っていると思えた。若い頃はさぞかしイケメンだった事だろう。
金髪の髪に白い肌と、北欧系の印象をうけるその老人は黒いマフラーに英国紳士が被っていそうな帽子。そして左目には武骨な眼帯をしている。
だが西洋丸出しの首から上とは反対に、まるで昔の文豪みたいなワイシャツと着物の組み合わせ。なんともちぐはぐな格好なのだが、妙にその姿が様になっていた。
老紳士然とした顔のその男はいたずら小僧の様に笑みを浮かべ、赤い右目で地上を睥睨している。薄い唇がやや早口気味に開かれた。
先ほど同様、そのしわがれた声は耳を通らずそのまま頭に響いてくる。どこか不思議な言い回しは、なんとなく外国人だからじゃなくてわざとなんだろうと感じた。
『お初にお目にかかります。わたくしはそう、ただの道化にございます。まあこんな死にぞこないの事などどうでもよいでしょう。気になるのはそう、一部の方々に起きている変化じゃぁございませんかな』
「っ……」
未だ状況は分からない。というか混乱している。
先ほどまで呆然と老人を見上げていたが、そもそも自分の恰好はどうなっているのか。
そう思い己の体を見下ろし両手でバタバタと触るのだが、いつの間にかコスプレとしか思えない物に僕の服は変わってしまっていた。
太ももの半ばまである黒いサーコートを纏っており、触ってみると硬い感触とジャラリとした音。手はやはり籠手で覆われているし、下は濃い緑のズボンに茶色のブーツ。
胸の前ではごついベルトが斜めにかけられており、右腰にはダガーまで吊るされている。
なんとなく何かを背負っている感じがして手を回せば、これまた硬い感触。一瞬なんだかわからなかったが、触れた感じ……まさか剣?
「なに、これ……」
ただ呆然と呟く。自分はさっきまで中学の学ランを着ていたはずだし、背負っていたのは学校指定の鞄だったはずだ。
これは夢?ああそうに違いない。そう気づくと少しだけ落ち着きも取り戻せた。
これが明晰夢というやつだろうか。前にも何度か見た覚えがあるが、こんなリアルなのは初めてだ。けど、どうせ夢なんだったらもっとこう……美女や美少女に無条件で愛される感じがいいなぁ。
『ああ。夢とお思いの方がいらっしゃるなら早めにお伝えいたしましょう。これは夢じゃあございやせん。嘘とお思いならサクッと自分の心臓を刺してみてはいかがでしょう』
意地の悪い笑みを浮かべる老人。その笑みが妙に怖いものに思えて、知らず硬い唾を飲み込む。
え、いや……夢だよね?いくらなんでもこんなのありえないし。
『まあすぐにこれが夢か現かわかるはず。現と前提してお話しを続けやしょう。端的に申しまして、この世界はある周期を迎えました』
どこか芝居がかった様子で老人は続ける。
『環境というやつはグルグルと回る事があるでしょう。それは目に見えるものだけじゃぁありやせん。魔力、あるいは霊力や妖力と呼ばれるものも同じ事』
魔力?霊力?これまたファンタジーな。
『龍脈の流れかはたまた大気中の魔力濃度が原因か。今の周期は人類の皆さまが言う所の神代というもんに大変ちこうございます。竜が空を舞い地下には恐ろしい怪物どもが手ぐすねひいて皆さんをお待ちする。常人には少々生きづらい世の中でございます』
神代?アマテラスとかスサノオとかそんな感じな?
普段なら胡乱な目を向ける話だが、あいにくとそもそも空に浮かぶ巨大な立方体の段階で大概ありえない光景だ。
……夢と思いつつも、どうにもあの老人から目が離せない。なんだか妙な胸騒ぎが続いている。
『姿が変わってしまった皆様方は適合者。あいや覚醒者とお呼びいたしましょうか。魂の力が表に出て来てしまった超人たち。ピンからキリまである神話の英雄に近い存在。おめでとうございます。力というのはあって困りはいたしやせん。なんせ力の有無に関わらず、この世界は試練を好き勝手与えてきますので』
大仰に両手を広げて嗤う老人。続けて彼は黙祷でも捧げる様に帽子を手に取り胸に当てた。
『そして目覚められなかった皆さんはご愁傷様。しかし諦めるこたぁありません。後からハッと目覚めるなんぞ、よくある事でありますから』
相変わらずなんとも信用できない笑みを浮かべながら、老人は帽子を手に持ったままおどけてみせる。
『さて爺の長話はこれにておしまい。英雄が迷宮にもぐり、怪物が人を襲い、民草はそれでも日々を生きていく。神話の時代がかえってきたのでありやしょう』
帽子を持つ手を真横に伸ばし、もう片方の手を胸に当てて舞台役者の様な一礼を老人はした。
『これにておさらば。またこの顔を見る時は、どうか笑ってくださいますように』
そうして、忽然と立方体は姿を消した。元々そこには何もなかったかのように、きれいさっぱりと。
しばらく呆然と空を眺めていた後、改めて自分の顔を触れようとする。そして金属同士の音を聞いて、そっと指先を動かせば頬ではなくそれを覆う硬い何かの感触だけ。
もしやと思って両手で挟めば、それが兜だと察する事が出来た。
……なんというか、頭が回らない。訳も分からないまま、左手で腰のダガーを抜いてみた。
勿論あの老人が言うみたいに自分で自分を刺すなんて真似はしないが、これが本物なのかは確かめたかった。
ギラリと夕日を反射するその刀身に、自分の姿が映る。バケツみたいな兜をかぶった、自分の姿が。
「本当になんなんだよ、これぇ……」
どう見ても本物だ。素人目に見ても切れ味の鋭そうなそれは模造刀の類には思えない。
と、とにかくこんな物を持っている所を見られたら警察に通報される。鞘にしまって……というか、この格好どうしよう。元々着ていた服はどこに?
そんな風に意識が散漫だったからか、手元が狂いダガーの切っ先が親指の付け根に刺さる。運の悪い事に籠手の隙間に当たった様だ。
「いっつぅ……」
咄嗟に声を出して右手を見る。血は出ていないが、今の痛みは本物だ。
そう、本物だったのだ。
「は、はは……」
はたして、どういう理由で笑いがこぼれたのかわからない。
ファンタジーな状況に喜んだのか、それとも笑うしかないぐらい混乱していただけか。
ただ、思わずダガーを持ったまま呆然と笑ってしまったのだ。その姿はどこからどう見ても不審者のそれだったと思う。
だから、突然後ろから肩を叩かれた時は心臓がとび出るかと思った。
「えっ!?」
慌てて後ろを振り返る。見られた!?
「ち、ちが、これは!」
咄嗟に弁明しようと口を開くが、その動きはすぐに止まる。
――それは、とても綺麗な少女だった。
白銀の美しい髪は腰まで伸ばされ、緩い三つ編みに結われている。左右で違う色の瞳は蒼と金で妖しい美しさを放っており、その人間離れした美貌を引き立てた。
アニメで見る様なノースリーブの白と金の軍服みたいな服に、ミニスカート。それらに覆われた、しかし隠しきれないスラリとしながらも豊満な体つき。
なんとも色んな意味で非現実的な少女が、こちらに微笑みかけていた。
「初めまして、主様。お怪我はありませんか?」
「……は?」
そんな美少女が、声まで綺麗なのか鈴を転がした様な美声で『主様』呼びしてきた。
……やっぱこれ夢では?
読んで頂きありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。