お嬢様の婚約者様は指導する
シオン様と約束していた場所は学園の校舎から比較的近く、開けた場所だった。休憩用のベンチや奥には白い花が沢山咲いた低い丘もあった。
だが彼の姿はまだなく、どうやら私たちの方が少し早く到着したようだった。
「カイル様、少し聞きたいことがあるのですが…」
私は疑問に思っていたことを、これを機に聞いてみることにした。クレアに魔法の素質があったこと、カイル様から頂いた蝶の髪飾りのこと…。
「…なるほど。クレア嬢は特殊な目を持っているんだね」
カイル様は顎に手を当て、目を細めて「そうか…」と独り言ちた。そしてゆっくりと私にわかるように説明してくれた。
「もしかしたらその子は鑑定の瞳を持っているのかもしれないね。見えたり見えなかったりしていたのは無意識に自分で魔法を使っていたのかもしれない。まだコントロール出来ないんだろう…」
魔力の強い者は精霊石の力がなくても魔法を使うことは可能だ。だが、安定さに欠ける為、精霊石を用いて力を調節したりする。または自身の精神を鍛えることでも、ある程度魔力をコントロールすることはできる。
しかし、クレアは魔術の知識も乏しく、精神を安定させるにはまだ少々未熟さがあったというところだろうか。
「そういうことなのですね。でもじゃあ髪飾りは…?」
「あれには魔法を込めていたんだよ」
カイル様は隠すこともなく、すんなりと答えた。
「僕が留学していた時に、留学先のコランダム国で作ったものなんだ。あちらの国はここよりも魔法の技術が発展していてね。そこで精霊石の性能技術を学んでいた時に、魔法が使える知人に協力してもらって作ったものだったんだ」
「『君を守る為の魔法』……かな」
「私を、…守る?」
「あぁ、そうだな……いわゆる『お守り』だよ。防御魔法を幾つか重ねがけしてあるんだ。外傷防御のバリアや、毒防御、それから…体力回復の魔法…かな」
「そんなに…。でもそのような高度な魔法を沢山重ね掛けしたらあの時のように爆発したりはしないのですか?」
新入生歓迎会で見た最後の魔法のことを思い出してそう尋ねる。魔法に対して、器の精霊石の方が耐え切れなくなったりしないのだろうか…と。
「使った精霊石の耐久値が違うから大丈夫だよ。効果持続は永久ではないから、掛けられた魔法もいつかは切れるようになっているんだ。でも不安になったよね、ごめん」
「カイル様…。でも、そんな価値あるものだったのならどうして言ってくださらなかったのですか?言ってくださっていたら…」
「そしたら必ずつけなきゃってティアラは思うだろう?いいんだ。…ただこっちが良かれと思ってやってたことだから」
私の頭を優しく撫でると、どこか悲しげな…、曖昧な笑みを浮かべながら目線を落とした。
蝶の髪飾りを頂いた時、とても綺麗で一目見てすぐに気に入ってしまった。毎日のように髪につけたり、付けない日は自分の机の上に飾ってもいた。だが、学園生活が始まり、付ける回数も以前に比べて減ってしまっていた。
けれど、髪飾り以上の価値と想いが籠っていたのだと知ってしまった今は…胸が締め付けられるような切ない痛みが走った。自分が想像していた以上にずっと前から沢山守られていたんだとわかったから…。
「ほら、そんな顔しないで」
…と宥めるように両手を私の頬に当てた。ふにふにと触られ、もどかしくなりその手を剝がそうとするが、カイル様はなかなか放してくれなかった。
「もぅ~!いい加減にっ…」
「あ、ほら、シオンも到着したみたいだ」
「え?」
カイル様の向いた方向に目線を移すと遠くからシオン様が歩いてくる姿が見えた。
◆
「僕は見てないよ?」
「えぇ?」
「あ、もしかしたらそれ、アスターかも。僕とアスターは双子なんだ」
せっかく会えたので、新入生歓迎会で見かけた話をしてみるとシオン様に否定されてしまった。と、いうか…
「双子!!!?」
「そうだよ、アスターも僕と同じクラスなんだ。だから、わからなかったのかも。…いや、ティアラ嬢ってあまり周り見てない…?双子なんて珍しいから結構無駄に見にくる子や話題にされることが多いんだけどな…」
(…うっ、痛いところを突かれた)
「ティアラはぽわぽわしてるからね」
カイル様が残念な子を見るような目で、だよねぇ…と肯定していた。
「そ、そんなことは…。でも、そしたらアスター様は剣術は一緒にやらないのですか?」
「あいつは魔術の素質が見つかったからね。そっちを伸ばしたいって言ってたよ」
「そうなのですね!すごいですね…」
「うん。うちの家は騎士の家だったから驚いたよ。アル兄さんも僕も魔力は全然だったし。だからなおさら僕は剣術の腕を伸ばしたいんだ」
「そうだったのですね。あ、あれ?でもそしたらお兄様に教えてもらうという方法もできたのでは?」
「あー…それね」
シオン様はとても残念そうな顔をされた。
「アル兄さんはね、強いんだけど教えることに関しては破壊的に下手くそなんだ…」
「そうそう…。アルは僕よりもっと強いんだよ。でもあの大雑把な性格、ティアラも知っているだろう?もう、あれは見て技術を盗み取るとか、体感で学ぶとかじゃないと無理だね」
そういえば…私もカイル様の研究室を教えてもらおうとした時、とてもわかりずらかった…。「なるほど…」、「でしょ?」と三人で深く納得しシオン様は深くため息をついた。
剣術科は、選択すると、三ヵ月後には三学年での剣術大会があるらしい。
「僕は跡継ぎじゃないから、剣術をもっと極めて騎士になりたいんだ。その為にも大会に向けて鍛えたくてさ」
「シオンは努力家だよね。ゆくゆくはアルも呼んで最終稽古をつけてあげるよ」
「…カイルさん、それかなりハードなやつなんですけど」
シオン様はサーッと青ざめていた。アルベルト様って、そんなにすごいのかしら…。
◆
「じゃあ、始めようか?ティアラは3周くらい歩いたら休憩するんだよ。くれぐれも無理はしないように」
「はい」
剣術の稽古は剣術科のお手本として披露してくれたクリス皇子の時と違って、木剣で行われた。まずは基礎の確認や、癖の修正、どれだけ動けるかが大事だからとカイル様が説明されていた。慣れてきたら剣でもやろうと話していた。シオン様の表情は少し緊張した様子だった。
カイル様の指導はとても丁寧でわかりやすそうだった。シオン様も入学前からエルスター家で日々鍛錬をしていたらしい。その為、基礎は充分できている。彼の一振りは早く、空を切る音は力強さを感じられる音だった。
「振り上げる時はもっと腕はこう振った方が無駄な力が入らなくていいよ」
「はい」
「じゃあ、そろそろちょっと打ち合わせてみよう」
シオン様が両手で構える。私が瞬きしている間に、前屈みにカイル様の懐に入るように突きを入れた。だが、それを予測していたように一歩すぐに引き、切っ先は空を切る。空振った剣は右に曲がり一回転し、その遠心力でもう一手打ち込む。カイル様は木剣を盾にし、一撃を受け止め、もう一度打ち込めと言うように剣を剣で押し返した。
「いいね。次はもっと早く来い。できるだろう?」
「…っ」
シオン様は、足に力を込め、俊敏な一撃を入れる。だが、カイル様が左に身体をずらしてかわし、シオン様の首めがけて攻めた。その切っ先が顎先ぎりぎりの空を切る。よけたと思ったらもう一手が反対側から瞬時に来て、咄嗟に剣で衝撃を受け止めた。
だがその一撃は強力でシオン様は思わず顔を歪め、体勢が一瞬崩れる。次に備え木剣を構えた瞬間、すでにカイル様は後ろに回り込み、シオン様の首元に木剣を近づけ終わりを告げた。
「ははっ……早っ…。まだ手が痺れてますよ」
「シオンも良かったよ。飲み込みもいいし、剣が素直だ。この速さについて来れるように頑張ろう」
先程まで二人の間には空気が張り詰め、シンッとしていたのに、今は打って変わって和やかな会話をされている。私は二人の活躍に痺れそこから動けずにいた。自分のことではないのに気迫に圧倒されてしまいこちらまで心臓がドクドクと高鳴るようだった。
「二人ともすごく早かったです。シュッ、パッと動いてかっこよかったです」
こんなに間近で素晴らしい剣技を見れるなんてと自然と拍手をしてしまった。
「ありがとう。…ところでティアラ、歩いてる?」
「はっ。つい見惚れてしまってました…」
拍手していた手がピタッと止まり、本来の目的を思い出す。
「ふふ…、じゃあ今度はティアラの指導をしてあげようか?」
とまたカイル様は茶化してくるので顔を左右に振ってお断りさせてもらった。