お嬢様とクレアの秘密
※魔法科→魔術科に変更しました。
※精霊の力→マナ(ルビあり)に変更しました。
この学園では最初に普通科で一ヶ月間、魔術や剣術の授業を受け、その後、素質のある者は魔術科と剣術科の専門のコースを選択することができる。
「この様に、私たち人間を初め、この世界に生きるもの、存在するものにはそれぞれ微量の精霊の力が宿るとされている。それらが集結し結晶化したものが皆もよく知る精霊石であり、我々にも微量の魔力が備わっている。人によって個体差があるが、それは血筋や環境、体内に取り入れる食物、体質などさまざまなものが関係していると言われている」
「そこで、これから君たちの魔力量について調べていく。手元にある精霊石を握ってみなさい。数分後に石が光るようだったら素質があるということだ」
魔術科のコーディエライト先生が教卓に立ち説明する。先生は青みがかった黒い髪の中年男性で、彼の横には白くて毛の長い大きな猫がちょこんと座っていた。
赤い瞳から、名前はルビーというらしい。使い魔なのか、ふわふわしていてとても可愛い。
私たちの机の上には手に収まるほどの大きさの鉱物が置いてあった。その緑のフローライトを手に取りぎゅっと握ってみるが、特に変化はなかった。
私には魔力がないようだ。先日あのようなすごい魔法を見た後だったので、自分も使えるようになれたら…と淡い期待を抱いていただけに少し残念だった…。
左右を見ると、クラスの生徒の内、数人の石が変化し始めた。石の奥が輝き、その発光の強さは様々だった。そして、その中でも特にクレアの石が強く光りを放っていた。
「君はなかなかの素質があるようだね。素晴らしい…。名前は何というのかね?」
「は、はい。クレア・レイアードです」
「基礎をしっかり学べば、特殊魔法の素質もあるかもしれない。頑張りなさい」
「はっ、…はいっ!」
クレアは緊張しながら頬を上気させ、ハキハキと答えた。
「クレアすごいじゃない!魔法の素質なんて持っていたのね。それって前から自分でも知っていたの?」
授業が終わり、フレジアは興奮しながら真っ先にクレアの元へと駆け寄った。彼女も石が熱くはなったが、魔術科で学べるほどの魔力はなかった。だが、仲の良い友の中から魔法が使える者が出たというのはやはり嬉しい。私も自分自身の事のように嬉しくて堪らなかった。
「えーと…。実はね、小さい頃から素質があるんじゃないかと言われてはいたの。うちは男爵家で二人のようにそこまで裕福なわけじゃないから、ここできちんと魔法を学んで帝都の魔術師として働けたらなって考えてたんだ…」
「クレア…すごい。きちんと将来のことを考えてて偉いなぁ」
「そんなことないわ。私の場合は必要に迫られてってだけだもん」
そう言うと俯き、気恥ずかしさを誤魔化すように艶やかなストロベリーブロンドの髪を耳にかけた。
「それとね…。私…、その…自分の魔力の影響なのか、人の魔力もたまに見えることが昔からあったの。まだ不安定で、見えたり見えなかったりするんだけど。それでね、ティアラの蝶の飾りにも一瞬強い光が見えたの…。でもティアラは魔力がないって判定だったからちょっと不思議で…」
「…え?」
「ごめんね。不安になるから今まで言わないでいたんだけど…」
「そうだったのね。でも大丈夫よ?特に何もなかったし。…なんだろう、魔法が込められてたってことかな…」
ふと浮かんだのは、新入生歓迎会の最後の魔法のことだった。カイル様は精霊石に魔法を込めると言っていた。もしかしたら、その類なのかしら…
「もし魔術科で勉強して、もっとわかることがあったらまた伝えるね」
◆
魔術の授業があるならば、今度は剣術の授業だ。とはいえ、ほとんどの女生徒は見学という形で参加している。女生徒は希望者のみなのだが、なんとその中にフレジアも混ざっていた。
実は彼女はアルメイナの伯爵令嬢で兄が二人いるのだが、アルメイナ家は代々皆王城の騎士として勤めているのだそうだ。彼女自身も兄達と共に幼い頃から剣術を習って育っていたそうだ。
ノヴァーリス学園は剣術、魔術、共に高く評価されており、ここから多くの者が王城へと配属されてもいる為、フレジア自身もこの学園での剣術に興味を持っていたそうだ。
剣術科に進み三年間自分の実力がどこまで通用するのかを試してみたかったそうなのだ。お父様に婚約を待ってもらっていると言っていたのは、ただ恋愛をしたいという理由だけではなかったようだ。
フレジアもフレジアでちゃんと自分のこと考えていてすごいな…。私もしっかりしなくちゃ…。二人に触発され、私もなにか自分にできることを探したいと思った。
今回の授業では、剣術科の技術力を披露、又新一年生の補助という意味で2,3年生の剣術科の生徒も数名参加していた。たぶん剣術科の中でもとても技術力の高い人達なのだろう。
「剣を構えたフレジア、すごくかっこいい…」
「本当ね。…でも、あそこにもやっぱり鷹の君はいないわね」
あれからソフィアにも聞いてみたのだが、情報が少なすぎて見つけることができずにいたのだ。
「そうなのね…。だけど、あれ?あそこにいるの会長…?」
そうこう話している間に、剣術の授業が始まったようだ。先生が剣の握り方、振り下ろし方、構、一つ一つ教えていく。一通り教えた後に二人のベテランな高学年の生徒が見本を見せてくれるようだった。その内の一人はクリス皇子だった。それに気づいた見学の生徒たちからは黄色い歓声が上がった。
「すごい人気ね…」
女生徒の熱気に圧倒されていると、本格的な打ち合いが始まった。二人は綺麗な舞を踊っているかのような剣舞を披露してくれているかのようだった。だが、皇子殿下の一撃一撃は重く俊敏で容赦がない。あっという間に、相手の剣は皇子の一撃により手元から離れ高く空を切るように回転し地面へ突き刺さった。周りの歓喜の声は大きく一気に盛り上がって見せた。その声に応じるかのように、皇子はこちらににっこり微笑み手を振った。
「……ねぇ、今、こっちに手を振っていなかった?」
「まさか…。きっと皆に向けて手を振ったのよ。ほら、タオルを持ってった人もいるし…」
幾人かの生徒が皇子にタオルを渡そうと群がっていた。授業も切りがよく終わりのチャイムがなる。それに従うように生徒たちもバラバラに剣術に参加した生徒のところや校舎へと散らばっていく。私達もフレジアのところへ行こうかとクレアの方を振り向くと…
「クレア…?」
ある方向をじっと見つめていた。その方向の先には生徒に囲まれたクリス皇子が立っていた。
「……あっ、ごめんね。行こうか」
それは一瞬のことで、ただ目線がそちらに行ってしまっただけかと、その時はさほど気にすることもない些細な出来事だと思っていた。
◆◆◆
「ティアラ、今日の放課後、シオンと剣術の稽古をするんだけど、よかったら来るかい?」
「え?」
ランチの後、カイル様からそう誘われた。
「いつも放課後歩いているだろう?シオンとは週に一回はやろうって言ってるからティアラも一緒にそばで運動したらいいんじゃないかと思ってね」
「本当ですか!是非ご一緒したいです!」
最近マリアと一緒に歩くコースも一定の場所ばかりで少し物足りなさと感じていたところだったのだ。
「そんなに喜んでくれるなんて思わなかったな。午後が楽しみだ」
トレーを戻しに行ったソフィアは「用事があるからまたね!」と言って反対側の廊下を歩いていく。振り向いて手を振るソフィアに手を振り返すと、カイル様が私の背中を軽く押すようにして、前を歩くよう促す仕草を見せた。
つられるまま歩き出すと、カイル様の手が指先へと伸び、握りしめられた。驚いて手を引っ込めようとするも、大きな手にしっかり掴まれてしまい、もがいても意味がない。あわあわしていると、頭上からクスクス笑うカイル様の声が聞こえ、思わずむぅっとしてしまった。
・もうちょっと書きたかったのですが切りが悪くなるので、いったんここで切ります。次はカイルの剣術ターンです。
※フローライトは暗いところで紫外線ランプを当てるとぼんやりと光るそうです。でもこの世界の人の魔力は紫外線というわけではないです。光る要素だけ一緒ってことで…