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制裁


・ブックマーク、評価、いいね、誤字報告ありがとうございます。


※文章が長くなってしまった為、今回は半分に分けてます。続きは8/20、12時に投稿予定となります)




「………嘲笑しにでも来たのか?魔塔当主とは存外暇なようだな」


 牢で悪態をつくのは、クリス皇子だった。しかし、彼の顔には覇気がなく、既にすべてを諦めたような様子だった。


「優秀な部下が揃っているからな。制裁の結末もじっくり見届けられそうだ」


 彼の処遇は皇位継承権剥奪と魔法を封じ、記憶抹消の後、帝国の北方にそびえる悠久の塔へ幽閉されることが決定された。同様に、陛下も過去の聖女の儀式を黙認していた罪により退位を余儀なくされ、地位をリアム皇太子に譲ることでその責任を果たすことになった。


「刑執行の日取りが決まった。これより数日後、神竜の聖堂に入り魔法封じの歌が施される。術者はティアラだ。またその数日後には、精神魔法をフォルティス侯爵が行い塔へ幽閉となる」

「…フッ、あの騒動で覚醒したっていうのか?勅命は白紙に戻されたというのにまた歌う羽目になるとはな」

「ティアラたっての希望だ。…要件は以上とする。執行の日まで静かに過ごすことだな」


 踵を返し牢を出ようとしたが、それをクリス皇子が引き止める。


「彼女に返してほしい。ずっと返しそびれていたものだ」


 手渡されたのは華麗なネモフィラの刺繍が施されたハンカチだった。しかし、無情にも手の中で炎が舞い上がり、瞬く間に灰となって消え去ってしまった。


「勘違いするな。ティアはお前を許したわけじゃない。彼女の記憶に傷を刻む行為は容認しない…」


 冷酷な眼差しで睨みつけるとそれ以上語ることなくその場を立ち去ったのだった。



 ◆◆◆



 帝国内部の聖堂にはリアム陛下やフォルティス侯爵、大賢者様、エルスター侯爵、そしてお父様とカイル様が揃い、周囲には結界魔法が敷かれていた。広間には魔封の拘束具を腕に付けたクリス皇子と、先帝も同席している。聖歌後の先帝は幾分落ち着き安定した様子だと聞く。


 私は、厳かな敬意を捧げた後、光の子の力を歌声に乗せて歌い始めた。それはフィローネ妃の愛したよろこびの歌。音は次第にクリス皇子の忘れられた幼き日々の記憶を揺さぶった。



-生まれたばかりの赤子を愛おしむ陛下とフィローネ妃。


-幼な子はすくすくと成長し、母は両手を広げ何度も抱きしめ愛を語っていた。


-微睡から覚め、ぐずる我が子に母は優しく囁いた。


-『母はここですよ、クリス。私の愛しい子、ずっと傍にいますからね』



 フィローネ妃がなぜ執拗に歌い続けたのか…。それは、心の崩壊が迫る中でも、陛下と子ども達への愛を忘れたくなかったからだ。


 そう語るのは、第一皇子(ルーカス)が健在だった頃、二人の子を深く愛する穏やかな女性だったことを知るリアム陛下だった。


 当時、実の兄のようにルーカス皇子を慕っていたリアム皇子は、仲睦まじい家族の様子をよく目にしていたという。厳格な母を持つ彼にとって、その穏やかな空間は密かな憧れでもあった。


 しかしその時間も義兄の死を境に一変する。きっかけは母の嫉妬だ。それは侍女達を操るように連鎖となり正妃の発言一つで死に追いやるほど強力な威力を帯びてしまった。犯人を突き止められなかったのは、毒を盛った侍女一人の問題ではなかったからだ。母は、正妃の発言力の威力に恐れ慄くも、その高みに溺れ、己を振り返ることはなかった。


 似たような状況に陥り認めざるを得ないとリアム陛下は感じたようだ。彼がクリス皇子に強く出れなかったのは、そのような背景があったからだった。


 聡明なルーカス皇子は、自身の脆弱な立場と周囲の様子に早急に気づき、幼いクリス皇子を心から気にかけていた。だからこそ、亡き義兄に代わって義弟を守ろうと試みたが、望んでいたような結果を得ることは叶わなかったとリアム陛下は哀しげに語っていた。


「やめろ……こんなもの知らない…、母上は兄上ばかり追っていたはずだ!!ずっと否定していたくせに……、クリスはいらなかったんだろう!!?……やめろ…やめろ…!こんなものを見せるな…ぁ…!!!」


「クリス……!!!」


 咄嗟にリアム陛下が駆け寄り、義弟の肩を支える。


「お前が自分を否定してどうするのだ!しっかりしろ!!」


「うぅ…グッ…アアァ……!!」


 声を荒げるクリス皇子の前に、一瞬の混乱が広がるも、それを断ち切るように堂々とした足音が響き渡り、周囲の注目を引き寄せた。そこには、先帝が落ち着いた態度で歩み寄る姿があった。


「すまなかった。全ては私の至らなさが招いた悲劇だ。クリス…長い間、辛い思いをさせてしまったな。リアムもだ。二人とも苦労をかけた。……本当に、すまなかった……」

「…なっ、何を言って…!!!!」

「父上、意識が戻ったのですか…?」


 怒りに震えるクリス皇子の横で、リアム陛下が驚きの声を上げた。


「わからぬ。だが、やけに頭がスッキリするのだ」


 先帝は首を傾げる素振りを見せるが、クリス王子は認められず憤りの声を震わせた。


「ふざけるな!!!!…もう遅い!お前が無能な皇帝だったから、ガーネットもガラナスも私が制裁を与えたのだ!!今更、謝ったところで何も戻らない!!お前のせいで母も兄も死んだんだ!!…私が味わった苦痛はそんな一言で消せるものかっ!!!」

「…左様、痛みは簡単には消せぬ。お前の憎しみは、責め苦の幻覚からも常に感じ取れた」

「だったらっ…!!!!!」

「だからもう逃げはしない。…父としての責任まで放棄してはならない。そうであろう?自分が招いた問題に子を巻き込むなど…その罪は重い。愚かな父を許せとは言わぬ。だが、お前が罰せられるというのならば、せめてその痛みを受け止め、共に償わせてほしいのだ」

「…なっ……!!!!」

「リアム、それからフォルティス卿。すまないが、精神魔法は私にさせてほしい。良いだろうか?……クリスもだ。その方がお前の無念も少しは晴らせるだろう」

「何を勝手なことを…!!!…ふざけるな…ふざける…な…!!」


 その場に異を唱える者はなかった。クリス皇子の怒りも、父の受け止める姿勢に徐々に変化が訪れ、彼の声は次第に弱まり、最終は静かな涙に変わっていったのだった。


 私はそれを静かに見届けた後、封印魔法を完了させた。彼は帝国によって生かされるが、魔力は消えゆく蝋燭のようにか細く、穏やかな余生しか過ごせぬ様になるだろう。



 ◆◆◆



 長い廊下を進み、刑執行の待機室に足を踏み入れると、そこには馴染み深い少女が佇んでいた。少女はあらかじめ陛下の了承を得ていたようで、兵士達は彼女を見ると扉の外へ出ていってしまった。


「ヴィー…」

「記憶がある内に伝えたいことがありましたの」

「最後だ…。遠慮せずになんでも言えばいい」

「元よりそのつもりでしたわ」

「ハッ……、ヴィーらし…」


 パシッ!!


「この馬鹿皇子ッ!!!」


 クリス皇子の頬を叩いたヴィオラ様は目の縁を赤くしてギッと睨みつけた。


「わたくしが…わたくしが…どんな思いでいたか。どれだけ迷惑をかけたかわかってますの?!」

「さっさと見限ればよかったんだ。こんな欠陥品の皇子にいつまでも付き合う必要なんてないだろう?」


 パシィィン!!!!!!!


「痛っ…。おい、…一体何回打つつもりだ」

「あなただって何度もわたくしの心を傷つけてきたじゃない!散々振り回したくせに、今度は勝手に死のうとして!何も言わずに去ろうとするなんてひどいですわっ!!!馬鹿!…馬鹿!…大馬鹿ものっ!!……こんなことされたら…一生引きずるじゃない……」


 罵倒を浴びせ、ボロボロ涙を流す姿に、なぜかクリス王子の心が大きく揺れ動いた。


(罰を受けるのは私なのに、どうしてそんな顔をする…)


 疑問を抱くが、答えはもう出ていた。彼女は忠義や義務でもなく、一人の人間として、自分を案じていたのだ。その事実が心をざわめかせ同時に胸に鋭い痛みをもたらしていた。


「……死んでない。無様に生き残り罰を受ける身だ。だが、ここまで騒動を起こせばクレバス侯爵も失望しただろう?ヴィオラ、君はもう自由だ。なのになぜ塔の守り人になんて名乗り出た?」

「…それは……」


 ヴィオラ様の父、クレバス侯爵は厳格な人柄で先帝の忠実な臣だったが、同時にフィローネ妃への深い想いを秘めていた。それゆえ娘を通じて自身の悲願を達成させようとするような陰湿な人物でもあったのだ。クリス皇子は嫌悪を抱きつつも、逃げ場のないヴィオラ様に対し、どこか思うところがあったのかもしれない。


「わたくし、もう疲れてしまったんですの。お父様の執念が解けたところで、どうせまた他の婚約者を当てがわれるだけ。寧ろ、献身的な娘だと褒めてくださいましたわ。ふふ…、『必要なものは()()()()言いなさい』ですって。自分がこれから利用される側になるなんて全然気づいてないんですのよ?…沢山豪遊してやりますわ!」


 そう言い、皮肉めいた笑みを浮かべる。


「それに、わたくしを歪ませたのはあなたですわ。記憶がなくなるなら、今度はわたくしが復讐する番でしょう?真っ白なクリスの心をわたくし好みの色に染めてあげますわ!!」


 目を吊り上げ高笑いするその姿はまさに悪役令嬢といった風貌だった。


「フッ…、ハハハッ。ヴィーにそんなことを言われる日が来ようとはな。……それで気が済むなら好きにすればいい。下僕でもなんでもなってやるさ」

「わかってませんわね。わたくしが主人になるんですのよ?その減らず口、よーく躾けてあげますわ!犬の一匹や二匹、容易いものですもの!」

「ルルに怯えていたやつがよく言う。精々噛まれないようにするんだな」

「…なっ、望むところですわ!」


 時が過ぎ、兵が定刻を告げる。二人に別れの言葉はない。部屋にはヴィオラ様だけが残されたのだった。


「…普通、犬と狼の違いなんて知らないことですのよ?」


 誰に言うわけでもなく、震える声でそう呟く。


 無関心で、捻くれ者の嫌な人。だけど、たまに見せる優しさは単なる気まぐれだったのか。問いただしたところで彼は何も言ってくれないのだろう。


(だからわたくしも…)


「貸しを返したかっただけだなんて、絶対言ってあげないんですからね…!!!」


扉を睨み付け、彼女は一筋の涙を流したのだった。



 ◆



 刑執行の間、目の前にはアウルム前皇帝陛下の姿があった。



「これより禁術を施す。クリス、今はその身を休め、更生の時を歩むように」

「どうせ全て忘れるのに、希望があるような言い方をするのですね…」

「記憶が失われても、お前は私の子だ。その瞳も髪色も、この身に流れる血も互いを繋ぐ証だ」


 クリス皇子は俯き、形の整った眉を微かに寄せた。


「記憶を操作しても、経験による知識は記憶とは異なる脳の部分に保存され失われることはない。人間の本質的な要素は持続する。優しさや思いやり、勇気、そのような特徴は変わらないものだ。お前の秘めた優しさが次に目覚めた時、存分に花開くことを望んでいる」

「……そんなもの…あるわけ……ない」


微かな声が、弱々しく床に沈む。


「どのように受け取っても良い。だが次にお前の記憶が戻りし時、私は既に亡くなっているだろう。その時こそ、最後の審判の時だ。お前はそこでフォルティス侯爵により禁術を受けるべきか再度、審議されるだろう。…だが、私は残りの命を持ってお前の荷を軽くできるよう努めるつもりだ」

「……どうしてそんなことを…」

「お前の父親だからだ。思い留まるだけでは何も伝わらない。残された子どもたちにも、私は同じように振る舞いたい…」


 先帝は亡き二人の妃を苦しめたことや皇子達を悔やむように、そうクリス皇子に告げた。


「さらばだ、クリス。愛しき我が息子よ…」


 詠唱が唱えられると次第に意識が霞み、過去の思い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡っていった。


 弱虫な少女のこと、いつも遠くから自分を心配そうに見つめる義兄、絵の中で優しく微笑む実の兄。そして幼き日の自分が、息を詰まらせるようにして涙を隠していた。


『お母様、クリスはここです…。ここにいます……!』


 誰かに自分を見つけて欲しかった。本当はずっと愛を欲していた。


 目の前に立つ()()()が、悲しげな顔を向けている。


 彼は……誰だっただろう。


 少しずつ記憶が薄れていく。それでも滲む水色の瞳が気になり、追いかけるように見つめていた。しかし瞼は重くなりついに閉じてしまう。


 微睡の中、誰かの囁く声が聞こえる気がした。温かくて、懐かしい声だ。


「あぁ…消えるな……、忘れ…たく…な…い…」


 確かな愛の温もりは、彼の手を掠めるように消えていく。歌声は意味をなくしても尚、彼を優しく包み込み忘却の眠りへと緩やかに誘っていくのだった。



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