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リュウの涙


・いいね、ブックマーク、評価、ありがとうございます!いつも励みになってます。

・今回ふりがな多めです。読みづらくてすみません。


※人によってはヒーローが情けないと思うかもしれないので、ちょっと注意です。



 


 暗闇の底に、一滴の滴が滑り落ちる。


 朝露のような儚い光は、落下の瞬間に誰かの哀愁の声を響かせた。


 ダレ……?


 分からない。けれど、その声に刻まれた悲しみが私の心にじわりと染み渡り、微睡からゆっくりと目を覚ました。





 頭がぼんやりする。とても、虚ろだった。


 けれど、手の中に何かがあることに気づき広げてみる。それは微かに輝く小さな石だった。その輝きは次第に強まり、鮮やかな虹色の景色を美しく映し出していった。


『暗いのはイヤ。怖いの』


『見えないから怖いんだよ。明るくすればいい。ほら、手繋ごう?』


 幼い子どもたちのさり気ない会話だ。


「暗イノハ……怖イ…」


 暗闇の奥を覗き込む。


 何も感じなかったはずなのに、少し心が騒めいた。


 周囲を見渡すと、奥に仄かな光が見える。気づけば自然と足が動いていた。



◇◇



 一つ、また一つ。


 光を宿した石を集めるごとに、私の心は徐々に満たされていく。


 それは私と大切な人の記憶の欠片だった。



『おや、ひどい怪我じゃのう?回復はどうしたんじゃ』

『先生、俺が回復苦手だって知ってるでしょう?』


 剣術の稽古で怪我を負った彼は、悪態をつきながら老師に回復を頼む。


『剣技と体術の合わせ技なんて聞いてなかった…』

『帝国とはまた異なるからのう。相手はユーリス王子か?』

『はい。殿下の剣は素早くて。でも剣術の先生が今度、二刀流技を教えてくれるって言ってたので、ついでに魔法剣の練習もやってこようと思います。負けっぱなしも癪ですしね」

『ほっほっほ、お前に負かされれば殿下もいい刺激を受けそうじゃな。魔術講義も、もう少し真剣に取り組んでくれたらのう…』

『たぶん無理だと思いますよ?「あれは子守唄だな」って言ってましたし』

『なんじゃと、あのバカ王子めっ!仮にも魔法王国の王子というのに自覚が足りん!!また説教しなければならんようじゃな』


 小石に宿った記憶は老師と語り合う少年の様子を映していた。



◇◇◇



『不思議じゃのう…。リボンの刺繍に微量の魔力が織り込まれておる。お前にとってはそこら辺の精霊石よりも精神安定が期待できそうじゃな』

『……でも、ただでさえ魔力が少ないはずなのにどうして…。ティアラに何かあったら…。先生…!』

『そう焦るでない。異変があれば手紙は途絶えていたはずじゃ。しかし、そうではないのであろう?』

『……手紙は…続いてます。よくソフィアと遊んでいるって…。レヴァン伯爵からも特に倒れたような知らせはありません…』

『ならば、ひとまず大丈夫じゃ』


 老師に嗜められるも、彼は納得できない様子だった。


『…俺はもうティアラから何も奪いたくないんです。穏やかに過ごしてほしいだけなのに…どうして…』

『奪ってなどおらんよ』

『でも…これでは何の為に、ここに来たのかわからない。せっかく離れたのに…何も意味ないじゃないですか!!』

『カイル…!!感情に飲まれてはならん。常に冷静であれといつも言っていたではないか。それにお前も不思議に感じたであろう?精神操作を受けつつも、このような偉業を成し遂げられる存在はそういない。彼女については、詳しく調べる必要がありそうじゃ…』

『…………』

『…何もわからんわけではないぞ?現時点で言えることといえば、少女の力は本能的なものであり、彼女の真の想いを表しているということじゃな』

『……ティアの…?』

『リボンに託された想いは消極的な「犠牲」ではない。ここには希望の生命が感じられる。きっと、共に生きる為の「支援」としてお前に贈られたものだったのであろう…』


 そう言い、老師はおもむろにその長い髭に手を当てた。


『お前自身が安定すれば、その膨大な魔力はいずれ未来を切り開く力となるであろう。少女はそれを願っておるのかもしれん。魔法の力は無限の可能性を秘めておる。少女の現状を変化させる術もお前なら可能にできるじゃろう』


 老師はリボンを少年の手に返すと、優しく肩を叩いた。


『カイル、お前がここに来た意味はちゃんとある。一人で悩むな。もっと頼りなさい』



◇◇◇◇



『メイナ、ティアラの状態は…?』

『良好です。自傷行為も落ち着いていますし、魔術知識もとても飲み込みが良いですね』

『そうか』

『ただ、カイル様と魔法が繋がるような会話をすると自然と避ける素振りがありますね。カイル様自身から魔法や魔塔のことは、もうしばらく控えるか、偽るしかないかと…』

『……わかった。考えておく。もう下がっていい』

『はい、失礼します』


 一人になった青年は執務室の椅子に深く腰を下ろし、静かに息を吐く。


『………約束したっていうのにな…』


 彼の声は重々しく、嘘を繰り返す罪悪感と自責の念が漂っていた。



◇◇◇◇◇



 手の中には、無数の思い出の欠片で溢れていた。


 抱えきれず一つこぼれ落ち、再び拾い上げるものの、その動作が過去の情景を思い起こさせる。



 幼い少女は、手にしたどんぐりをポロポロと落としてしまう。


 それを見た少年は半分、彼女のポケットに入れてやると、もう半分を器用に自分のポケットへとしまっていた。



「カイル…お兄さま」


 もはや石を拾い集めなくても、私は過去を思い出せるようになっていた。目線を落とし手の中の輝きを見つめる。するとその灯火は最後の記憶を映し始めた。


 それは少年の魔力暴走の記憶だった。


 ドクンッと心臓が飛び上がり、石が散らばってしまうも気に留める余裕は無い。恐怖から抗うように必死に頭を激しく振った。


 だって、私は知ってしまったんだ。


 カイル様の苦悩する姿を。


 時には自分の過ちから逃れたくて、老師に迷いや葛藤を吐露することもあった。けれど、彼は決して私を見捨てることはしなかった。


『ティアラ……』


 ハッとして前を見ると、光に包まれた幼い自分が立っている。


『大丈夫。もう、過去を受け止められる。そうでしょう?』


 少女は過去を指差した。


 カイルお兄さまの魔力暴走がティアに迫る光景が浮かび上がる。しかし不思議なことに幼いティアは両手を広げ、受け止めるように倒れ込んだのだ。貫通した魔力は黒龍の姿に変わり、ティアの光を飲み込むと消え去ってしまった。


「……あれは…」


 よく見ると光の糸が魔除けの結び紐のようにカイル様の心臓に結われていた。


『保護の飾り結び。肉体が崩壊しないようにおまじないをしたの』


 強すぎる魔力は、身体に負荷をかけ過ぎれば崩壊してしまう危険がある。でも……。


「どうしてそんなことができたの?私、魔法の知識なんてなかったのに」

『初めからわかってるわ。身体が覚えてる。わたし(あなた)は光の子だもの。……願ったでしょう?あの人を助けたいって』


 彼女は真っ直ぐな瞳で私を見つめた。


『強い力の衝突だったから、あなたも無傷ではいられなかったの。精神維持できなくなったあなたは思い出と一緒に光の子の能力(わたし)にも蓋をしてしまった。だから自分に秘められた魔力も、光の子としての自覚も気づけなかった』

「…あ……わ、私…」

『それでいいと思ったわ。強い力は争いの火種になるもの。…そうでしょう?』

「……っ……」


『大切な人が困った時、助けられる力があればそれでいい』


 これは()()()()()()が望んだこと。


『それに蓋をしても本能的な力を完全に封じることはできないわ。だから……、いずれ自分に対する違和感から、過去を振り返る時が必ず来るって…そう思ってた』


『だから、ずっと、ここで待ってたの』


「………!……私、今までずっと自分には力がないって思ってた。……ううん、本当は…知るのが怖かった。でも、……ごめん…なさい…。私…、…あなたのこともカイル様のことも全部…否定していた…」

『それでも、逃げずに自分の心と向き合おうとしてたわ…努力してたこと、わたし知ってる』


『だって、あなたとわたしはずっと一緒にいたんだもの』


「ごめん……、ごめんなさい……」


 それは、自己受容を拒んだことへの謝罪だった。


「あなたが沢山、道標を示してくれたから…ちゃんと、たどり着けた。私……やっと、受け止められる」


「『ありがとう…ティアラ(ティア)』」


 ぎゅっと手を取り合い、濡れた瞳で彼女を見ると、ティアは優しく微笑み私の中に溶けていった。胸にじんわりと切ない痛みが広がり、同時に暖かさが心を包み込んでいくようだった。


 地面に散らばった石英の光が魔法陣を描き、周囲を明るく真っ白な世界へと染めていく。そして、目線の先に現れたのは神々しい白竜神だった。





「白竜…様?」


 白竜の鱗は、まるで宝石が散りばめたような美しさを放ち、その影は多頭の黒竜のような威厳と絶対的な強さを湛えていた。背後には六属性を彩る精霊石が浮かび上がり、その光景は神々しさと謎めいた魅力に満ちていた。


『如何にも、我は白竜神である。されど我らは一つであり、全てでもある』

「全て……?」


 白竜神()を位格とし、他の五頭竜とは精霊で構成されそれらを合わせ一体と意味する。これは、神が同一の本質を共有しながらも、独自の位格を持つということでもあった。


(私の知っている神話と少し違う…)


『心理を正確に知ることは難しいことだ。時代()の統治者に真実を歪まされることも多い。…しかし、光の子としてのその本能(能力)は幾度となく時を超え、我らと共に歩んできた。其方が忘れていようと、その力に偽りはない』

「光の子…。それは、一体なんなのですか?私には、まだはっきりと理解できていなくて…」


 白竜様はその大きな瞳をこちらに向け静かに口を開いた。


『其方は既に充分な働きをした。何も臆することはない』

「……え?」

『光の子とは、世界を調律する神々()の使徒のことだ。世界に干渉し生きとし生けるもの達の導き手。自然の摂理や命の流れを尊重し、破壊と再生を司る存在である』


 破壊と再生……?


「では、もし光の子が争いや欲望の中心に君臨し、多くの犠牲者が出たとしても、それが神々()の望むところなのでしょうか…?」

『我らは人間の生き方を尊重し自由を与えるが、同時にその行いには責任を果たすことを求めている。決して人間の幸福だけを追い求める限りではないのだ』


『我らの目的は世界全体の秩序を保つこと、宇宙の摂理や命の流れが調和し続けることである。しかし「光の子は神々()の意思と人の心を併せ持つ特別な存在」でありその道は決して容易ではない。その力と加護は、使命に対する特別な恩寵と言えよう』


 私はもう一つ、疑問を投げ掛けた。


「魔力を宿す者が一定の法則に束縛されないのは何故ですか?それは神々()の導きによるものなのでしょうか?」

『左様。血筋による「魔術知識や技術」、突発的に魔力を宿した者の「創造力」、そして魔力のない者による「人間の発展」。これら全てに我らは深く関与している。光の子はそれらを調律する為に、変革が訪れる時に目を覚ます。其方に能力が宿ったのも同じ理由と言えよう』


 神々()による魔力の采配は、秩序と生命の調和を保つ為に必要な操作だ。人間が極端な自由を追求すると、世界は無秩序な混乱に陥りバランスが崩れる恐れがあるからだ。


 無制限な自由は、欲望と争いが激化し、共存が困難になる。少しの介入と光の子の調律は、調和を維持する為には必要不可欠ということなのだろう。


(でも、そしたら……)


「白竜様。私が目覚めたことと、カイルさ……、いえ、カイル・フォルティスの魔力は神々()による采配が関係していたのでしょうか?」

『なぜ、そう思う?』

「……カイル様の魔力が異質に思えたからです。彼が魔力過多になった原因は、神々()の采配と光の子の力が深く関わっていたのではありませんか?」


 私の疑問に対し、白竜様は静かに頷いた。


『確かに、光の子の目覚めに合わせて、我らはカイル・フォルティスの魔力を過剰に引き出した。いずれその者が光の子の力を食いそれをきっかけに魔力過多になることも予期していた』

「どうしてですか…。どうしてそんなことを?」

『それが最善であり、新たな変化への可能性があったからだ…』

「最善……?」


 こうなる未来もきっと知っていたはずなのに、これが最善だというの…?


『ティアラ・レヴァン、そしてカイル・フォルティス。元より其方らは血筋に宿る魔力を受け継ぐ星の子であった』


 フォルティス家は「闇」が無数の龍となり天地を創造した始まりの地、レヴァン家は「光」が天上から涙を落とし大地を潤した場所に由来する場所だった。そのような土地には、精霊の力が深く息づき、生命と密接に結びつくのだと白竜様は言われた。


『ティアラ…、其方は光の子の力が宿らなくても、いずれ権力の波に左右される運命の子であった。そしてカイル・フォルティスも特異な星の子だった。一つ間違えれば帝国だけでなく周辺諸国を戦火へ誘い、世界の均衡を揺るがす存在ともなり得た。…だがそれも、光の子が干渉することで、運命は大きく好転することができたのだ』


 魔塔設立への動きは、人間世界の発展へ移行すると白竜様は言われた。そんな脅威の可能性を秘めていたとは知らず、浅はかな考えを抱いてしまった自分を恥じて、私は謝罪の言葉を重々しく述べた。


『良い。それよりもティアラ、其方は優れた働きを成し遂げた。これを賞し、我らの元へ帰還し心安らかな休息を得よ。我らの領域へ還るならば、幸福と安らぎが汝を温かく迎えるだろう。其方と深く関わる至愛の者達にも、祝福を与えることを約束しよう』

「え…、あっ、ですが……」


 突然のことに狼狽えていると、白竜様の背後の水晶が輝き、無数の光が私の周りに集まってきた。


「わっ!な、なに……?」

『皆、其方に感謝を述べたいらしい…。その精霊の光は帝国で無惨な死を遂げた動物達の霊だ』

「…も、もしかして夢の……キャッ!!」


 どこからともなく一番強い光がピョンッと現れ戸惑っていると、その光は何かに気づいたのか、とてもよく知るふわふわの猫の姿に変わっていった。


『ティアラ!!ティアラ!!!やっと気づいてもらえた!!ずっといたんだよ?みんなも会えた!!一緒!!』

「…ルビーなの…?…でも、あなたどうしてここに……」


 わかっているのに、そう尋ねずにはいられなかった。ここにいるということはもうルビーも他の霊達と一緒だということだ。けれどルビーは変わらぬ様子で頭を擦り寄せてくる。ぎゅっと抱きしめれば、ふわふわでとても柔らかかった。


「こんなに温かいのに……どうして……」


 艶のある綺麗な毛並みに頬を寄せ、私は静かに涙を零した。





「では、白竜様…」

『良い。我らも力を貸そう』


 神々()の姿が六つの竜へと変貌し、魔法陣が煌めく陣形を成す。その中央で私は力強く声を響かせると、花の蕾が陣の中心で大胆に開き、優雅な花びらが勢いよく大地を祝福へと包み込んでいった。


 聖なる旋律が響く

 心の闇を浄めるために

 調和と平和の回復を求めて

 響き渡れ、聖なる歌声よ


 それは一度きりの奇跡の聖歌だった。「心の浄化と調和の回復」、「慈悲と救済への希望」の浄化魔法。その旋律は人々の心に深く響き渡り、善意と共感を喚起する。神秘の光景は人々の傷ついた心を癒し、新たな希望を抱かせる光となり、死者の魂には平穏と安息を与える歌となる。


『其方の祝福の花は下界に舞い降り、美しい情景とささやかな幸福をもたらすだろう。しかし、誤った思想や狂信に繋がらないように人々の記憶には残らず、後世に語り継がれることもない』

「構いません。それに、善行というより私的な願いのようなものなので」


 ルビー達のような無情な死を無くしたかった。けれど無情とは何を指すのか、その境界線は曖昧だ。クリス皇子の悲しみも、帝国に関わった者達の悲劇の連鎖も容易に断ち切ることはできない。だから私は、負の感情を鎮める歌を神々()に提案したのだ。


 歌への不安はあった。けれど白竜様が、その効果を正確なものにできるよう補助すると言ってくれたのだ。


『我らが関われる範囲で応えたまでのことだ。それに、その加護は光の子にとっても守りとなるだろう』

「はい…、お力を貸してくださりありがとうございました」


 一体に戻った白竜様は背後の水晶を輝かせ、壮麗な扉を出現させた。


『その扉の奥を進めば元いた場所に戻れるであろう』

「はい…」

『ティアラ…、其方の歌声は心地良い調べであった。我らは其方の幸多き未来を願っている』


 私は膝を折り、控えめに身を下げて敬意を示した後、静かに扉を開いたのだった。





 扉の先は真っ暗闇だった。しかし、そこに輝く光が灯火のように列を作り始めた。ルビー達が照らしてくれたのだ。


「わぁ……。皆、ありがとう!」

『ティアラ、帰り道、ちゃんとわかる?』

「…ルビーッ!」

『ふふふ…、指輪を見てごらん。その光の差す方へ真っ直ぐ進むんだ』


 ルビーは妖精のようにふわふわ飛び回り、左手の指輪にポンポンッと触れて小さな光を灯してくれた。


「これって…」


 指輪から、光の糸が暗闇の奥へと真っ直ぐ伸びている。


『さぁ、行こう?』


 ルビーが先頭に立ち、足取りは次第に早まっていく。長く続く暗闇を進む中、私は少し息を切らせながらルビーに声を掛けた。


「待ってルビー、皆の光がついて来ないわ。これ以上は行けないってことじゃないのかしら?あなたも、見送りはここまででいいのよ?引き返さないと、今度はルビーが帰れなくなっちゃうわ」

『平気だよ。まだ光は見えるもん』

「でも…」

『早く、早く!先行っちゃうよ〜』

「あっ!ま、待って!ルビー!」


 慌てて、ルビーの後を追おうとする。けれど不安に感じ、もう一度後ろを振り返った。見送ってくれた光は、今や星のように小さくなっていた。見えないとわかっていながらも手を振り、私は前を走り出した。


『ねえ、ティアラ。こうやって喋れるって、いいね。前はできなかった…』

「そうね。私もすごく嬉しいわ」

『それに、…実は、ずっと君に謝りたかったんだ…』

「…え?どうして?」

『初めて会った時のこと、覚えてる?…ティアラ寝込んじゃったでしょ。あれ、ルビーのせいなんだ。ティアラの魔力が綺麗で少しだけ食べちゃったんだ』

「食べた?…」

『ルビーはそういう風に作られていたから…。その後は、気をつけるようにしてたんだ。でも…ごめんね、ティアラ』

「……ルビー。もしかしてあまり会えなかったのはそのせい…?」

『うん。ティアラの魔力を持ち帰ったら、コーディエライト先生やシノンがご機嫌になってね。ルビーも嬉しかった…。でも宮廷魔術師がルビーのこと検査してから、少しずつ皆おかしくなっちゃって…。食べちゃいけなかったんだって、後から気づいたんだ』

「…そうだったのね。でも、私は大丈夫。少し眠ってしまっただけだから」

『ティアラ…』


 ルビーは私の頬に甘えるように触れると、また前を照らす灯りとなってくれた。


「…あら…?光の糸が、さっきよりも掠れてる…?」

『え…?!』

「これって…カイル様が危ないってこと…?」

『……そんな…』


 急がないと…。


「ルビー、もっとお話ししたかったけど……この先は、私だけで行くわ。ここまで来てくれてありがとう。あなたは皆の元へ戻ってね。迷わないように、気をつけて…」


 そっと抱きしめ別れを告げると私は走り出した。けれど、ルビーは私の後を追いかけて来てしまう。


『ティアラ、待って!待ってよ!』

「ルビー!来ちゃ駄目よ!!戻れなくなるわ!」

『でも、このままじゃ、間に合わない!!ルビーが…、ルビーが何とかするっ!!!』

「…キャアッ!!」


 パァッ!と強い光を放ち、ルビーが指輪の中へと滑り込むように中に入って来た。


「なっ!……ルビー!?何をしたの?!平気なの?!!ルビー!!?」


(大丈夫だよ。ティアラに魔力を返しただけだから…)


「…え……?」


 指輪から強い光の線が浮かび上がり、綺麗な道しるべになっていた。


(さぁ、行って!ティアラ!!)


「…う、うん…。でも本当に平気なの?ルビーは大丈夫なの?」


(ティアラは心配性だね…)


「だって……!!」


(ほら、走って!もうすぐだよ!会いに行くんでしょう?)


「うん……、うん……」


 涙を堪えつつ、精一杯足を動かした。


「はぁっ……はぁっ…、ルビー!あそこ!光が見えるわ!!」


(………)


「ルビー?…ねぇ…、返事して…?……ルビー!?」


 走りながら、声を張り上げていると、急に足元から宙を舞うような浮遊感が襲ってきた。


「キャッ!!…」


 精霊の海に飲まれ意識が薄れそうになる。けれど、微かにルビーの鳴き声が聞こえ、必死に手を伸ばした。



(あぁ……、そこにいたのね…よかった…)



◆◇



 急に手を掴まれ、その力強さに私の意識は徐々に彼の方へ引き寄せられていった。



「……ア」


「ティア…ティアラ…」


 水滴が頬を伝い、ゆっくりと瞳を開く。


「カイル…さ…ま…」


 彼の手を握り返すと、カイル様は瑠璃色の瞳を滲ませていた。世界は美しい情景が広がっているはずなのに、私の視界は大粒の雨が降っていた。


「やっと…会えた…」


 彼の頬を濡らす雫を指先で優しく拭い、「もう大丈夫だから」と微笑んでみせた。


「…ティア…。もう、戻せないかと…禁書のとおりになってしまうかと思った…」

「…約束……」

「……え?」

「傍にいるって…」

「………っ」


不意に彼の腕が私を緊く抱きしめた。掴んだその手は力強く、けれど密かに震えていた。


「……ごめん…」

「カイル様…?」

「俺は…嘘をついてばかりだ…。きちんと話すって言ったのに…守るって言ったのに…何もできなかった」


 掠れる声に、彼の後悔が痛いほど伝わって来る。


「…それ以上自分を責めないで。ちゃんと、わかってますから」

「……え…?」

「眠っていた時に、カイル様の過去を見たんです。光の糸で繋がっていたから見れたのかも…。心を修復する為にずっと記憶を辿っていたんです。だから、カイル様の魔法暴走のことも…」

「………っ!!……そんな…ティア、平気なのか?俺のこと…怖くないのか?」


 酷く心配そうな顔を向けられ、私は自分がどれだけ彼を傷つけていたのかを今になって痛感した。


「はい。だって()()()も…カイル様ですから」

「…ティア……」


涙が静かな雨となって頬を伝った。


「止まない雨はありません。だから…ね?」

「これは…ティアのせいだ……」

「ふふ…、そうですね。私のせい。私の泣き虫もきっと移ってしまったんですね」

「……言うようになったね」


 もう一度拭うと、彼は私の手を取り自分の頬に当て、その温もりから安堵の息を溢した。どちらが先だったかわからないくらい自然に、いつしか私達の間には微笑みが溢れていた。



 信じてもらえるかわからなかったけれど、自分に起こった出来事をありのままカイル様に伝えることにした。彼は戸惑いつつも、私の様子や聖歌の魔法陣を前に、納得するしかないといった様子だった。


「帰り道はルビーが案内してくれて……」

「ルビーが…?」


 手を開くとそこには虹色のオパールがあった。元は石英だったのにとカイル様は驚いていたが、私はもう一つ、その光に隠れた存在に注目していた。


「…ルビー、そこにいるんでしょう?顔を見せて?」

『みゃ〜』


 ひょこっと顔を出したのは、手の平に収まるほどの小さな子猫だった。大きさはだいぶ変わってしまったけれど、その瞳は赤く、毛並みは真っ白のままだった。


「だいぶ小さくなっちゃったのね…。でも無事でよかった」

「テア〜!」

「こうなることも白竜様はご存知だったのかしら…」


 ぴょんぴょん跳ねてアピールするも直ぐにコロンと転がってしまう。どうやら魔力を返したせいで、小さな精霊になってしまったらしい。姿が維持できているのはこのオパールに身を寄せたおかげだという。


「…本当にこの子猫がルビーなのか?」

『みゃみゃ〜!カイリュー!テア連れて来た!カイリュ!!テアラ〜!!』

「そうか…そうだったのか……本当に、よくやってくれた。ルビー、お前には礼を言わないといけないな」

『えへへ、リュビーえらい?…テア、またおしゃべりできりゅね!うれしいね!』

「うん……うん、嬉しい…。ルビーったら急にいなくなってしまうんだもの。すごく…びっくりしたわ。…でもあなたが光の糸を繋げてくれたから、私、戻って来れた。ルビー、ありがとう…」

『みゃあ〜』


 優しく撫でるとルビーはゴロゴロと大きく喉を鳴らして喜んでいた。その様子を見てカイル様は大きな腕を広げ、もう一度、私達を優しく包み込むように抱きしめてくれた。



「本当によかった……おかえり、ティア」








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