「憑依」「皇子」「聖女」
・ブクマ、評価、いいね、ありがとうございます。
・今回はカイル中心でのお話です。
「…揃いも揃ってこれはどういうことかな?私が招いたのはクレア嬢だけだったと思うんだが…」
皇宮の厳かな部屋にはリアム皇子が腰掛け、傍には宮廷鑑定士が控えている。対するカイル側には父フォルティス侯爵、エルスター侯爵、そしてクレア嬢がいる。
「あのっ、これには訳がって!私が同行をお願いしたようなもので、そのっ…」
「…クレア嬢、大事ない。詳しくはこちらから伝えよう」
クレア嬢が慌てて弁明しようとするが、父が遮る。そしてその目線はカイルの方へと移された。話せということだろう。
「クレア嬢との婚約のことで少々お尋ねしたいことがありまして同席させてもらいました。私共フォルティス家は彼女の保護役としての契約を結んでいる為、彼女から相談を受けたわけですが…、そのまま話を進めてよいものか些か疑問に思う点がございまして」
「……どういうことだ?」
「こちらに見覚えありませんか?」
一通の封筒を見せる。それはリアム皇子が東の教皇宛てに出した手紙だった。
「なぜこれがここに…。まさか読んだのか?!」
「いいえ、封は閉じたままです。ですが、開けずとも予想はつきます。大方、教皇と手を取り殿下の背後についてもらうような内容でしょう」
「……っ!」
「加えて聖女信仰を利用し、クレア嬢を光の聖女に仕立てるつもりだったのではありませんか?」
そう言うと、リアム皇子の顔色がサッと変わる。図星のようだ。
「……その様子では全て見抜かれているということか」
逃げ道はないと悟ったのだろう。リアム皇子は観念したように肩を落とす。聞けばこちらの指摘通り、教会側に手を回して協力を得る代わりに、クレア嬢を聖女に仕立て教会の教えを帝国の国教とするつもりだったらしい。
「後継者問題をあのままにしておくことはできなかった。お前達も気づいていただろう?貴族達の不満は限界にまで来ている。こちらが望まなくとも両派閥間の摩擦から皇位継承戦争に発展する可能性も高かった…。私にはそれを止める義務がある」
「だからこのような行動に…?」
「そうだ。…クリスは皇位を望んでいないようだが、陛下が皇位継承を匂わせるようなことを溢したせいでクリス派の一部が躍起立っている。内乱が起こる前に手を打ちたかった。……しかし少し前まで眠っていた『リアム』に加勢する者は僅か…」
今やグロシュラー家の名声は地に落ち、リアム皇子派は劣勢に立たされていた。皇帝陛下の許可なく皇位を継ぐのであれば、それ相応の理由が必要になるだろう。リアム皇子側としては、クレア嬢をフォルティス家の養女として迎え入れることに加え、彼女を聖女として扱い教皇と手を結ぶ。そして聖女信仰から民心を得られればクリス派の重臣達も納得せざるを得ないと考えたのだ。
彼は皇族の立場から帝国民とクレア嬢の犠牲を天秤にかけ犠牲の少ない方を選んだのだ。それがたとえ自分を救おうと奮闘した少女への裏切りだとしても……
「帝国の混乱を抑える為には仕方ないことだった…」
苦しげな表情を浮かべながら俯く彼を見て、少女はキュッと手を強く握りしめる。嵌めていたブレスレットが彼女の心を映すかのように小さく揺れた気がした。
「は、……初めから、…初めから利用するつもりだったのですか?帝都へ行くようにと…励ましてくれたことも…」
―全て偽りだったのですか?
震える声で問う。その声音からは怒りというよりも悲しみの方が強く感じられた。
「違う、そうではない。あの時は…、決してそういう意味で言ったわけではなかった……」
『だが、君が慕う『崇高な皇子』のままでは帝国を治められないと漸く気づいたのだ…』
――――――
皇帝陛下の体にいわば憑依したリアム皇子は、皇子の時には動かせなかった帝国の腐敗を正そうと奔走していた。行政上の秩序や刑罰、貴族の裁判権見直しなど法改善と規制を強めるも、複雑に絡みつく根を断つことは容易ではなかった。
いっそのこと帝国の基盤を一から作り直すべきか……
その意見には宰相であるグロシュラー卿も深く頷き同調していた。しかし、とある汚職問題に目を通していた時のこと。
『この報告を許していた役人も正さねばならぬな…』
宰相の前でそう話すと、数日後役人達が入れ替わっていることに気づく。不審に思い尋ねると彼はこう言う。
「正せと申されたではありませんか?」
「…何を言っているのだ」
「陛下の御手を煩わせることではございません。私の方で整えたまでのこと。彼らは我々の忠実な臣下です。より良い働きをしてくれるでしょう」
気づいた時には全てが遅かった。宰相にとって不都合な者は始末され、宰相の息のかかった者達に周囲を囲われる。改革は滞るようになり、いつしか身動きできない状態に陥っていた。
(あぁ…そうか。父が変革を渋ったのも、皇位継承権を決めなかったのも…)
―無駄な犠牲を出さない為の密かな抗いだったのだ。
――――――
◆
「私は陛下が成せなかった粛清を…。皇帝の威厳を回復させ先帝が築いた平和な帝国を安寧に導く。その為にはどのような方法を使ってでも皇帝に君臨せねばならない。……クレア嬢、私の思想は変わっていない。争いのない世界にする為にもどうか私の手を取って欲しい」
「リアム皇子…」
真剣な眼差しでクレア嬢を見つめる。その進撃な想いに偽りはない。だが……
「教会と手を結んだとして、…聖女信仰はどう証明するおつもりですか?」
「確か聖女の特徴は強力な光属性の魔力だけでなく、高度な浄化魔法や神竜召喚など神々との交信者…それとも召喚か。逸話も多いので多少の誤魔化しはできますが……浄化魔法を取得していないとなると…」
「問題ない。クレア嬢には既にその兆しが見えている。私とて理由なく彼女を巻き込むつもりはないさ。私に従ってくれるならば全力で彼女を守るつもりだ」
「兆し…ですか」
横目でチラリとクレア嬢を見ると、焦った表情で大きく頭を振る。全く身に覚えがないようだ。
「アクアスから聞いたのだ。違いあるまい」
「あぁ、なるほど。宮廷鑑定士殿でしたか。そのようなものも見えるのですね?」
「……その、彼女の魔力は日を追うごとに成長しておりますので…努力次第では可能性はあるかと…」
宮廷鑑定士の様子に父も眉を顰める。
「しかし教会と手を組むのは少々難があるのでは…?」
エルスター侯爵が言う通り、懸念材料は他にもあった。この帝国は複数の地域や民族を束ねた国家であり、同じ宗教でも教派の違いや、他宗教も存在している。教会の宗派は大きい勢力だが、西と東で教派が分かれ小競り合いが強まっている時期でもあった。
「東の教会を国教とすれば、西側との紛争も考えられます。東側はこれを機に東の教会の威厳獲得を強めるでしょうし、公認の宗教以外は異端、刑罰。迫害も起こるかと。今教会と手を組むことは更なる混乱と争いを引き起こすのではありませんか?」
一時的な緩和はできても、長期的な策には繋がらないだろう。
「それに……。もしクレア嬢が聖女として十分な働きができなかった場合、熱狂的な聖女信仰者が暴徒化する恐れもあります。もしそうなった時、殿下はどのようにクレア嬢を守り抜くおつもりですか?」
「…それは…………」
「それとも民衆からの糾弾を恐れ、彼女を偽者の聖女だったと切り捨てるおつもりですか?」
「そんなことは……!…違う、私はグロシュラー卿とは違うのだっ!!!もうあんなことは繰り返させない!!!」
リアム皇子は声を荒げ否定する。
(対抗策もないとは…。彼にとってクレア嬢はその程度の存在だったということだろう…)
小さく息をつき、頃合いだと父に目配せする。
俺達が同席したのはただリアム皇子を問い詰めることだけが目的だったのではない。皇族の不審点を暴く為だ。進行役を引き受けたのは自分のような若手が話せば侮りから口を滑らせると踏んでのことだった。
「失礼。少々出過ぎた真似をしました。実は他に手がないわけではないのです。私の方で以前から動かしていた案件なのですが……」
手を組み直し、漸く本題に移ることにする。温厚的な人とはいえ彼も皇族。気位の高い彼を真っ向から否定しても反発するだけだ。次の交渉を受け入れさせる為にも、共に話し合い自分の策では無理があることを自覚させる必要があったのだ。
◆
「……魔塔だと?」
「はい。ですが帝国魔法機関のような国内のでなく、世界規模での魔術研究、育成、保護の三つを念頭に置いたプロジェクトです」
最近ずっと近隣諸国に出掛けていたのはこれのせいだ。
「各国の魔法関連部門を支部として併用機能させ、魔術や精霊石の新技術の提供、生活水準の向上、新薬開発など幅広い分野の研究を主軸として進めていきます。そこには魔力異常者や光属性魔術者の保護も含まれております」
保護対象とはカイルやティアラも含まれている。それがカイルの真の目的でもあった。
「そちらを見てわかるように帝国との交渉が最後となります」
リアム皇子に署名リストや資料を見せ、各国から協力支援や投資も受けている状態だと説明する。
「…君と手を取れというのか?」
「教会よりは良好な関係を築けると思いますよ。あとはどこに本部を置こうか検討中ですが……。既に各国から誘いを受けている状態でもあります」
少しずつ、こちらの背後をちらつかせ負荷をかける。
「…しかし今はまだ帝国民だ。そのような勝手な真似が許されるわけが……、はっ、まさか宰相殿かっ!?」
「まぁ、そうなりますね。ですが父の許可では認められないというのであれば、私はこの帝国から出ても構わないと思っています」
「……っ!」
これはただの脅し文句だ。だが、本当に認めないと言うのであれば交渉はそこまでだ。
「だが、魔法技術を促進させればコランダム国のように魔力のない者達への差別や失業者が増えるのではないのか?それに魔力付与の精霊石の生産も簡単ではないはず。どう解決するというのだ」
「決め手はこちらの霊符です」
「霊符…?」
それは精霊石に魔力付与するよりも簡単に少量の魔力で生産可能の代物でカイルが独自に開発したものだった。ティアラの守り石を元に生まれたようなもので、魔法陣を描いた特別な護符に火や水、風などの魔法を込め用途に応じて使用することができる代物だ。
「規約違反対策用の魔法陣も重ね掛けしております。国内問題については各国に委ねますがこちらもそこは配慮しての取引となるでしょう。また規約違反した場合は契約解除。提供魔法の記録抹消を精神魔法で行います」
「なるほど……三賢者の二人が加わればそれも可能か。だが大賢者殿のサインが空白なのはどうしてだ?」
「それは……」
その時だった。慌てた様子の従者が殿下に耳打ちする。目を見開き直ぐに通すように言うと中に入って来たのは、今し方話題に上がっていた人物とアスターだった。思い掛けない人物達の登場にクレア嬢は驚きを隠せない様子だった。
「こ、これはようこそお越しくださいました」
「リアム皇子殿下であるな…?急な訪問ですまない。弟子に呼ばれたものでな…」
「老師、ご無沙汰しております。遠いところから御足労お掛けしました」
父が会釈し、カイルもそれに倣う。しかし……
(先生、遅いです。交渉終わるとこでしたよ)
と、目で訴える。
そう、この大賢者こそコランダム国の宮廷魔術師長であり、カイルの恩師アレクサンドロス・クリソベリルその人だったのだ。
「大型魔法を試してみようと思ったんじゃが少々耐久力がなかったようじゃ。ほれ、杖にヒビが入ってしまった。それで途中から馬車を使ったんじゃよ。……しかしお陰でなにやら魔力跡が見えるのう……?」
「……っ!!」
サッとリアム皇子の顔色が青くなる。
「おぉ…、これは失礼。覗くつもりはなかったのじゃが如何せん魔力のコントロール不足のようじゃ。鑑定の瞳が勝手に発動してしまったようでな…」
「あぁ、なるほど。先生もその瞳をお持ちでしたね。先生、こちらが以前手紙で相談した御令嬢です。なんでも聖女の素質である浄化魔法の兆しが見えると先ほどアクアス殿から言われて驚いていたところだったんです」
先生の瞳の奥が何か感づくように煌めく。自分の師匠なだけあって、察しがいい。
「ほぅ……。浄化魔法とな。名はなんと申す」
「は、はいっ!ク、クレア・レイアードですっ!!!おおおお会いできて光栄ですっ!」
「ほっほっほっ、そんなに緊張しなくても良い。ふむ…良き魔力の輝きじゃの。しかし…残念じゃが聖女となるには少々不十分じゃろうな」
「……え?」
「三賢者の会合でわかってきたことなのじゃが、浄化魔法は光属性魔法だけで構成される魔法ではないようなのじゃ。効果の度合いは神の祝福が関係しているのじゃろう」
「神の祝福…ですか?」
聞き慣れない言葉にクレア嬢が首を傾げる。
「さよう。いわば人類進化での突然変異のようなものじゃ。ごく稀に体内魔力の中心にもう一つ小さな光を持って生まれる者がおる。それが祝福じゃ。祝福の大きさは魔力と同様、個体差がある。そしてそれは本人の魔力と関係なく奇跡的な現象を起こすことができる…といえばいいかのう。お主の魔力は綺麗じゃが、その祝福は見えん。無理に浄化魔法を取得したとしてもその効力は低いじゃろうな」
「…先生、浄化魔法の兆しとは目に見えるものなのでしょうか?」
「ほっほっ……、そんなもの見えるわけなかろう?熟練した鑑定の瞳であっても未来を見る能力までは備わっておらんよ」
つまり宮廷鑑定士の見立ては間違っていたということだ。
「アクアス……どう言うことだ…。私を騙したのか?」
「ヒッ!も、申し訳ございません!!わわわ私は、逆らえなかったのです…!!クリス殿下にそう言えと脅されていたのです!!本当です!!」
「なっ……」
「嘘をつきたくてついたのではございません。本当です。信じてください!!」
リアム皇子に縋り付き懇願する姿に見かねた父が口を開く。
「もう諦めよ、アクアス・エメラルダ・グリンベリル。今更懇願したところでもう遅い。貴殿には後でゆっくり問い質させてもらおう」
「……グリンベリル?」
クレア嬢がそう呟きアスターも困惑の顔を向ける。
「彼はシノンの従兄弟にあたる人なんだ」
そっと小声で告げる。シノンのミドルネームはシノン・シリウス・グリンベリル。グリンベリル家は魔力の強い家柄だが、その強さに溺れ帝国に離反した過去があり、帝国から厳しい主従契約を結ばされていた一族でもあった。
「……なんということだ。これでは選択肢は無いも同然だな」
「殿下…。少々お伺いしたいことがあるのですが」
「なんだ?申してみよ」
そう切り出したのはエルスター侯爵だった。
「あの日…。剣術大会があった日、殿下は目覚められてすぐ封印の間への警備強化を私に伝えられましたね?」
そこではガラナス派の一派が宝珠の封印を解こうと秘密裏に動いていた。しかしそれをエルスター侯爵が見事阻止したのだ。
「ずっと不思議だったのです。伏せっていたと言うのに、なぜあのように的確な判断ができたのかと…」
「………」
リアム皇子は押し黙ったまま目を逸らす。その様子に父も確信を得たようだった。
「殿下、グロシュラー卿はもうおりません。その配下達もフォルティス家の前では強く出る者はいないでしょう。私は合議決議の日まで両派閥の均衡を保つ為、中立でいなければなりません。現時点では殿下に加担することはできません」
「……くっ」
「ですが、最善の助言はできましょう。エルスター侯爵や、大賢者殿も偏った意見はしません」
リアム皇子はグロシュラー卿のせいで宮廷鑑定士以外の臣下には警戒するようになっていた。絶対的信頼を寄せいていたアクアスやクリスに裏切られ、彼の心は揺らいでいることだろう。
「お互いの不信感を払う為にも、老師が見たものをどうか殿下ご自身から我らにお話頂けないでしょうか?それが決議の良い鍵となるかと思います」
「………わかった。だが、帝国の秘密については限られた者だけに話したい」
「御意」
父とエルスター侯爵以外は一度部屋の外へ出るようにと促される。だが、皆が扉を出ていく中、クレア嬢だけピタリと立ち止まる。
「あの…リアム皇子…。今日この日まで…、お会いできて光栄でした」
「……クレア嬢」
「…夢のような時間をありがとうございました」
「私は……いや、巻き込んですまなかった」
「………っ。私、皇帝陛下から言われたんです。『純粋さを忘れないように。それはいつの時代も誰かを救う力になるだろう』って。その言葉を忘れません…。どうか、良き皇帝となって民の前に立ってください」
帝国民を救いたいという彼の純粋な気持ちに嘘偽りはない。
彼は今後も幾多の困難に立ち向かわなくてはいけないだろう。でもその純粋な想いはどうか忘れないでほしいと願う。
クレアは綺麗に膝を曲げ頭を下げると二度と振り返ることなく扉の方へと消えていく。
「……クレア…」
二人を別つように思い扉が閉ざされていく。
リアム皇子は彼女に自分の光となって欲しいと望んでいたのだ。しかし皮肉にも過去に発した言葉が今の自分を苦しめる剣になるとは思っていなかったのだろう。光は掴めず、ただ拳を握りしめることしかできなかった。
◆
「…先生がなかなかサインしてくれないから交渉中、毎回説明しないといけなくて面倒だったんですけど?」
「わしは最後でいいんじゃ。魔塔当主はカイルなんじゃからな。ほれ、書けたぞ」
「はい、ありがとうございます。これで書類の方は完成です。はぁ……当主だって先生が一向に動こうとされなかったからなったのです。先生の方が当主に相応しい方だと思いますよ」
「ほっほっ…、買い被りすぎじゃ。それにお主と契約した者の方が信用できる。いつ死ぬか分からぬ老いぼれなんぞあてにするもんじゃないじゃぞ?」
さっきとは打って変わって緩い会話をする俺達を前にアスターは終始オロオロした様子でいたが、そこに遅れてクレア嬢が現れた。
「あっ!クレア…大丈夫か?」
「あ、う、うん……」
彼女の声は暗く悲しげだった。あんなことがあった後だ、そっとしておいた方がいいだろう。
「アスター、君も大役を引き受けてくれてありがとう。助かったよ。色々と大変だったんじゃないか?」
「あ、え、えーっと。実は大事な杖を折れって言われてその通りにしたらコランダム国で捕まりかけました…」
流石カイルさんのお師匠様ですねと言われ、少し複雑な気分になった。
「何してるんですか…先生」
「うむ……。ちょっとした仕掛けをじゃな?許可なくこの目で見てはならんじゃろう?」
鑑定の瞳をあの場で使ってほしいとは事前に言っていたが…そうじゃない。
「先生が裏工作しなくても、こちらでその流れは作るつもりでしたよ。それこそ任せてくれればいいものを」
なにやらアスターの魔力の素質が気になり好奇心から試してみたと言う。磨けば光るじゃろうと言われアスターはどこか照れ臭そうにしていた。
「あ、あの。フォルティス卿、それに大賢者様にアスターも…。今日は本当にありがとうございました。私一人ではきっと何もできなかったと思います。本当に守りきれるのかって聞いてくれたのも…」
「…あぁ、あれはティアラから頼まれたんだ。礼ならティアラに伝えておくよ」
「え…?」
「自分はこの場に来れないからってね。とても心配していたよ」
―『もし…聞けるようだったら。本当にクレアのこと、大切にできるのか追求して欲しいんです』
「自分はこの場に参加できないから、代わりに皇子の真意を探って欲しいって言われたんだ」
「ティアラが……」
くしゃりと顔が歪み瞳が潤んでいく。あぁ、これはまずい……
「アスター。俺達はまだやることがあるから、悪いんだがクレア嬢を先に送ってくれないか?」
「えっ、あ……はいっ!」
アスターも気づいたのだろう。手を取り、足早にその場を去っていった。
◆
揺れる馬車の中、クレアはポツポツと自分の気持ちを吐露する。
「私ったら馬鹿みたい。…あんなに皇子の為に尽くしたいって意気込んでたのに」
手を取ってくれと言われた時、自分は頷けなかった。
「あの人も、ある意味狂ってたのかもな」
「……え、……どうして?」
「あんな親族に囲まれてたんじゃ何がまともかわからなくなるんじゃないの?周りの非道や理不尽からの反発とかさ。自分はそうなりたくないって気持ちが正しさの過剰反応を起こしちゃったていうかさ。そういうのがあったのかもな…」
「………」
クレアを待っていた間、アスターは大体の内容をカイルから聞いていたようだ。
「来るとは思わなかった……」
「……大したことなんて何もしてないけどな」
「ううん、大賢者様を連れて来てくれたじゃない。あの方がいなかったら…私が聖女の素質がないって証明できなかったもの」
「…………助けを求めただろ?」
「……え?」
「だから皆協力したんだ。カイルさんも…俺も…。あんなに殿下に酔狂してたんだ。引き留めるべきか正直迷った。でも嫌な感じがしてたから……」
結果的に彼女は傷ついてしまった。だが、これでよかったのだとホッとしてる自分もいる。まだ上手く言い表せないその感情にアスターはそれ以上語れなくなってしまった。
「………そうだったんだ…。私、ちゃんと言ってよかった…」
笑ったつもりなのに大粒の涙が一つ、二つと溢れ落ちる。
「ほら……使えよ」
「ありがと…」
ハンカチを手渡され拭うも涙はなかなか止まらない。
「それ、前からそんなだったっけ?」
「あ…これ?大会終わってからティアラとフレジアと一緒に街で買ったの」
指摘されたブレスレットは以前のものにピンクサファイアとルビーそしてタンザナイトの宝石が追加され、小さなリボンが付いていた。
「三人ともお揃いなのよ。次でリアム皇子に会うのは最後かもって話したらフレジアがリボンを選んでそれにティアラが刺繍してくれたの。今日一日頑張れるようにって……」
込み上げる想いにまた泣きそうになる。
「……十分頑張ったよ」
「もう……終わったんだ」
「だから……我慢するなよ」
「…うん…、…うん……」
彼女の悲痛な声が馬車内に切なく響き渡る。けれど、誰もそれを咎める者はいなかった。
・皇帝と教皇の関係
正史では皇帝と教皇が手を取ることもあったり、対立こともあったり、上下関係が曖昧だったりのようなので、リアム皇子の策が悪いと言うわけではないのですが、この小説では手を取るには時期が悪いよ。デメリット多いからやめなよ〜みたいな感じで考えて頂けたらと思います。




