お嬢様はぽわぽわしている
新入生歓迎会が終わり、またいつもの穏やかな学園生活の日々へと戻る。ちょうど今はマナー授業の一環として、女子は刺繍の縫い方を学んでいた。
何個かの課題の後にゆくゆくは自由に自分の好きなデザインの刺繡入りハンカチを作るらしい。
「最後の魔法が本当に素敵でしたわぁ」
「わたくし初めてあんなに大規模の魔法を見ましたわ」
「皇子と皇女のあの気品溢れるお姿、とても素敵でしたわね……」
それぞれがまだあの日の余韻が抜けず、刺繍をしながら会話に花を咲かせていた。
「それでね、その時すごく素敵な方を見つけたの…」
「わぁ~。フレジアは声掛けたの?」
「それが目で追うことしかできなかったのよ。フレジアったら緊張しちゃって全然動かなくなっちゃうんだもん。あっという間に見失っちゃって残念だったわ…」
クレアはその時のことを思い出して、頬を膨らませていた。
「なにか特徴とかはないの?」
「アッシュグレーの髪で、確か制服だったわ!タイの色は二年生かしら…?」
「鋭い鷹のような目つきで…、見惚れているうちにすぐいなくなってしまったの…」
フレジアが両手を頬に当て顔を赤らめた。また恋する乙女モードになってしまったようだ。鋭い鷹の目って、どんな方だろう…。
怖そうなイメージしか浮かばない。クレアはあれこれ言いつつも、結局は彼女の想い人を探してあげようとしているようだった。私もソフィアに聞いてみよう。
「わたくし、皇子を見たくて、近くまで行ったのですけど人が多くて結局遠くから拝見するしかできなくて………」
クラス内では皇子皇女のお話も多く出ていた。大体は憧れの対象といった感じだ。
「……そういえば、フレジアの『鷹の君』を探しているときに皇子のことも耳にしたんだけど…」
いつの間にか二つ名が出来ている。
「クレア、鷹の君はちょっと捻りがないわ。せめて沈黙の鷹の君とか疾風の鷹とかもっとかっこいい名前にして」
すかさず催促をするフレジア。とりあえず鷹は入れたいのね。
「もう、そこはまた後で決めるわ。それよりもクリス皇子の方よ……」
「……なにかあったの?」
クレアは首だけ振って答える。その表情はあまりよくなさそうだった。そんな意味深な表情をされると、とても気になってしまう。焦らさないで教えて!と頼み込むと周囲を見渡した後に、……じゃあ耳を二人とも貸してと言われ、素直に従った。
『 』
ボンッツ!!!と音が鳴りそうなくらい一気に真っ赤になってしまった。
「あら?ティアラったら婚約者様がいらっしゃるのにそういうことはないの?」
「ダメよ、目が潤んでいるわ。ちょっと刺激が強すぎたのかも?ティアラごめんね…」
「ウウン、ダイジョウブ…」
「…………大丈夫じゃなさそうね」
フレジアはカチコチに固まってしまった私をあらあらと心配そうな顔で覗き込み、クレアはよしよしと頭を撫でてくれた。
◆
「ティアラ…?ティアラ~?」
「はっ」
「ティアラ大丈夫?」
「う、うん。平気だよ」
正面に座ってサンドイッチを食べていたソフィアが心配そうに聞いてきた。そう、今は授業が終わってソフィアとカイル様と一緒にランチをしていたところだった。
「新入生歓迎会の後から、いつもなんだかぽーっとしてる時があったけれど、なにかあったの?お兄様ティアラになにかしたの?」
「それ僕に聞くの?でも特に何もないよ」
「本当かしら。何もなかったらこんなにぼんやりしないと思うんだけど。ティアラ本当に大丈夫?」
「う、うん。本当に特に何もない…………、あっ!あったわ。これ、カイル様から頂いた指輪なの。それにね、よく見たら内側にサファイアが入っていたの」
にこにこしながら、『これ』と言って首元からチェーンを引っ張ってそこに架かった指輪を見せた。
「ああ…、気づいたんだね。実は、僕の方にはタンザナイトを内側に入れているんだ。お互いに相手の瞳の色の石を入れたんだよ」
付けていた指輪を外し私に見せてくれた。外側のデザインは私と同じだったが、内側を見ると薄紫の宝石が輝いていた。
私と同じ瞳の色がそこにあって、思わず頬が桃色に染まった。自分の指輪のサファイアをみつけた時もカイル様の色だと目を輝かせて一人喜んでいたのだが、こんな仕掛けをしていたなんて…。
「お守り…みたいですね。私の方にはカイル様が、カイル様の方にはいつも私がそばにいるみたい。素敵…。カイル様、ありがとうございます」
新しい発見ができて、嬉しくて顔が綻んでしまった。またぽわぽわしてしまう。
「幸せそうね…。平和でなによりだわ。…もしかして、本当になにもしてないの?」
「なにもしてないねぇ…。健全だよ?」
カイル様は食後の紅茶を優雅に飲みながら答える。
「でもまぁ…、ソフィアがそんなに気にするなら、そろそろ、そういう部分も慣れていくのもいいかもしれないね」
「え?」
「僕は大歓迎だけど。……ね、ティアラ?」
急に話を振られ、ほわほわした夢からパッと覚めたように跳ね上がってしまった。…え?…え?カイル様今またすごいこと言ったような?
◆
『クリス皇子って、確か婚約者の方がいたと思うんだけど、その方とは多分違う御令嬢の方とキスしてるところを見たって話を聞いたの。しかも深い方の』
キスって………
深いって…
「きゃあああーーーーーーーーー」
「ティアラ様、急にどうされたのですか?ご近所迷惑ですよ…」
「あぁ…うん。ごめんなさい……」
マリアは私が幼い頃からレヴァン家に仕えている侍女で、信頼のおける人だ。私とは数個、年が離れたお姉さんで、困ったことがあるとよく相談も聞いてくれる人でもあった。
今回の件も困りに困って自分の中で抱えきれなくて叫んでしまったのだが…。マリアになら言ってもいいかな…?小さく息を吐いた後、私は今日あった事を搔い摘んで説明することにした。
「マリアどうしよう。私そんなことまだできないわ…」
つい最近、カイル様に横抱きにされて、絵本のお姫様抱っこみたいだったな…とぽわぽわしていたところだというのに。『そういう部分も慣れていこうか』って、クリス皇子がやっていたような、キスとかってことよね…。あわわわわわわ…。
「はぁ…、かなりのお子様ですね…。ですが、カイル様だったらきっと急なアプローチはされませんわ。ティアラ様の方が全く恋愛のレベルに達していないんですから。ゆっくり足並みを揃えてくださると思いますよ?」
「でもでもでもでも、でも!!カイル様が言ってたのよ。い、いつかはそういうキキ、キスもするってことでしょ?」
「はいはいはい…。ティアラ様落ち着いてくださいませ。キスと言っても色々なキスがありますしね」
「いろいろ??!!」
きゃああああと顔を覆って、毛布に潜ってしまう。
「どんだけですか!しっかりなさってください」
「は、は…い」
顔だけちょこっと出してマリアの方を垣間見る。もうこれでは大きなミノムシだ。
「そうですね、ティアラ様、花には花言葉があるようにキスをする場所にも、それぞれ素敵な意味があるのですよ?」
「え?そうなの?」
毛布の中からもごもごと籠った声を出す。
「はい、例えば、手の甲ですと相手への尊敬と愛おしく思う敬愛の気持ちと言われていたりしますね。…他にも、髪だと恋しいという意味ですし、頬は親しみの表現とも言われています。なので、必ずしも唇だけというわけではないですし…、そうやって相手の気持ちを知ってお互いの仲を深めるというのも素敵なことだと思いますよ」
あの夜、カイル様にしてもらったキスの場所を思い出す。
ドキドキするけれど、カイル様の気持ちを知れるというのはとても嬉しい……。どこまで頑張れるかわからないけれど、少し前に進んでみたいとも思えた。
「あっ……!!!!」
「ティアラ様、声は小さく!!」
「は…はぁい」
(ソフィアに鷹の人のこと聞くの忘れちゃった…。また明日改めて聞こう……)
マリア(ティアラ様、キスの場所は、詳しく調べるとなかなかディープなんです…が、そこはまだ内緒にしておきますね)