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一緒に住もうと言われました★

・大変遅くなってすみません。ブックマーク、いいね、評価ありがとうございます!!

 

  朝日がカーテンの隙間から差し込み、小鳥のさえずりが聞こえる。目を覚ますとそこは自寮ではなく見覚えのない豪勢な部屋の一室だった。


「お嬢様っ、お目覚めになったのですね!!」

「マリ…ア……、ここは?」

「帝都にあるフォルティス家のタウンハウスです。カイル様のご意向でこちらに移されたんです」


 ガタッ!ゴッ!!!バンッ!!!


 突然隣の部屋から大きな物音が鳴ったかと思ったら、部屋との続き扉からカイル様が飛び出してきた。


「ティア!!起きたのか?!どこか具合悪いところは?」

「なに…も…」


 目立った異常がないことがわかるとホッと胸を撫で下ろし、近くの椅子に腰掛ける。彼の様子は普段と違い、着衣は乱れ髪も結っていない。きっと相当心配させてしまった。


「ごめんなさい、また迷惑かけてしまいました…」


 ぼんやりする頭で記憶を追ってみるも霧がかったように記憶は曖昧だ。


「私、どこで眠ってしまったのかしら…」

「帰りの馬車でだよ。でも気にしなくていい。元気ならそれでいいんだ」


 そう言うとカイル様は羽織を私の肩に掛けてくれた。


「あの、皇宮の方は……」

「昨日の今日だからまだ混乱してるよ。でもリアム皇子や父が取りまとめているから心配しなくても大丈夫だ。まだ朝も早いしティアラはもう少し休んだ方がいい」

「でも……」


 今度は毛布を深々と掛けられゆっくり眠るよう促されてしまう。けれど、昨日のことが気になりのんびり眠っている気分ではなかった。目で訴えるとカイル様は困ったような表情を浮かべられた。


「本当に平気なのかい?」

「はい、後でちゃんと休みますので…」

「……やれやれ仕方ない、少しだけだよ?」


 コクンと頷くと彼はマリアに何かを頼み、モゾモゾと上体を起こす私にもう一枚羽織を丁寧に掛けてくれた。


「皇妃陛下は皇族用の牢に収監されたらしい。皇帝陛下も魔法の治療を受けて今は休んでるところだよ」


 カイル様はフォルティス侯爵からの情報を淡々と話してくれた。だが私の精神状態を気遣いこの時点では宰相閣下が亡くなったことはまだ伏せられていた。知らされるのは数週間後、私の心が落ち着いてからのことだった。高度な魔法を使える者が揃う帝国といえど、心臓が止まってしまっては救うことはできないのだと教えられた。


「今回の件についても、多分クリス皇子が一枚噛んでいたんだと思う」


 私が歌った時、宰相以外の上層部はクリス皇子によって陛下の周囲から散らされるよう細工されていたようだ。フォルティス侯爵もその時間帯、兵に呼ばれやむなく席を外したらしい。


「帝国の方は父達が事態の収束に尽力しているが、ヒスイ王子のように他国からの来賓者も招いていたから他国全体に周知される前に性急な対応が求められるだろう」


 元々この時期、帝国と周辺他国との同盟会議が行われる為、各国の使節団が集結することになっていた。勲章授与式は帝国内の者達のみで構成されていたが、早々と到着した来賓者に対しては宴に参加することは可能だった。とはいえ他国の者には帝国の不祥事は巧妙に伏せられてのことだったが。


「クリス皇子はこの機会を有効活用しようとしたんだろう。皇妃と宰相が崩れた今、頼りない皇帝陛下を討ち取ろうと画策する国も出るだろうからね。だが、父が宰相代理として陣を敷いたから暴挙に出る輩は少ないだろう」


 フォルティス侯爵の名は次期宰相候補と噂されるほど帝国内外共にその才力は知れ渡っている。その為、帝国内部での混乱は予想よりもだいぶ少なかったらしい。


 けれど……、クリス皇子の復讐心は変わっていない。


「最小限に収められるなんて流石カイル様のお父様ですね。…でもクリス皇子ほどの方ならばお義父様が名乗り出ることも予測できそうな気もしますね」

「そうだね。又はそうだな、彼の目的は他に向けられていたとも考えられるね」

「他の目的、ですか?」

「ああ、殺害を企てていたとしたら計画が手ぬるいんだ。むしろあれでは悪趣味な遊びだね。特定対象者の反応をまるで楽しんでいるかのような…」

「遊びって…、そんなの歪んでます。特定の人って、クリス皇子のお母様に関連する人達ということですか?」

「そうなるかな。あの時のクリス皇子は狂乱する皇妃や陛下達を見て何処か楽しんでいたような目をしていたよ」

「……っ」


 失意から言葉が出せなかった。微かな希望を抱いていたのに…またも自分の想いとは違う方向に未来は動いてしまった。彼に降り注いだ一筋の光は中途半端な良心となり、狂気と織り混ざり一つの形を成す。自分で殺めるのではない。精神を弄ぶ、歪んだ遊びへと…。


「巻き込まれた僕らとしてはここで引き下がりたいところだが、どうやらそうもいかないらしい」

「…え?」

「クリス皇子はティアラのこともお気に召した様子でね。どうやらこの余興に付き合わせたいようなんだ」


 あの騒動の最中、私が取り乱す様子を見てクリス皇子は薄ら笑っていたそうだ。


「皇帝陛下がティアラの歌に対して異常な執着を見せているらしい。皇宮に呼ばれる日も遠くない。父からも対策を練るよう綴られていたよ」

「そんな…どうして。私……歌えません」


恐ろしくなり手先がスッと冷たくなるようだった。


「僕も同じだ。陛下の精神状態もいい状態とは言えないし、近づかせたくない。なによりこんな非道な余興でティアラの精神を砕かれたくないしね」

「カイル様…。ありがとうございます。対策、何かいい方法を考えないといけませんね」


 怖気付く私とは対照的にカイルの言葉は力強く揺るぎない。その声に励まされ、無理に笑顔を作ってみせた。


「うん。実はそのことなんだけど、………ティアラ、指輪を出せるかい?」

「えっ…あ、はい」


 なんだろう?急なお願いに若干不思議に思うも首元から取り外しカイル様に手渡すことにする。



 ー「僕らも変わなければいけないのかもしれないね…」ー



 整った眉を少しだけ寄せじっと指輪を見つめる。そして何かを決意し、再度口を開かれた。


「今更だが…。指輪の魔法付与のこと、知らせずにいてごめん。ずっと告げる機会を窺っていたんだ。でも、結局引き伸ばしすぎてこんなところまで来てしまった」


 躊躇いからゆっくりと、言葉を選ぶようにカイル様は話されていた。


「……不安だったんだ。僕はティアラのことになるとどうしても臆病になってしまう。君と向き合うのを恐れていたのは()の方だったのかもしれないな…」


 自嘲気味に微笑み視線を下げる。その瞳にはいつものような優しさだけではなく悲しみの色が混ざっていた。一瞬、幼い頃どこかで見た悲しげなカイルお兄さまの表情と重なるようだった。


「これはもう隠さなくていい。指に嵌めていて」


 大きな手から小さな私の指先へと指輪が嵌められる。


「少しずつ知って、受け止めてくれたらと思う」


「カイル様…」


「きっとわからないよね。でもそれでいい。教えていくのは少しずつだ…」

「少しずつ…?」

「ああ、そうだよ。怖いものも、正確な知識を身につけていけばきっと徐々に恐怖は弱まるから…」


 それはどこか小さい子に言い聞かせるような声色だった。



『怖がらなくてもいいんだよ?』


『夜は真っ暗闇でも、昼の景色を知っているだろう?人間って自分が知らないことや見えないものに対して怖いものを連想してしまうんだって。でもきちんとした知識をつければお化けなんかいないってティアもきっとわかるよ』


『それでも本当にお化けが出てしまったら、その時は僕を呼んでよ。捕まえて見せ物小屋に売ってくるから。きっと高値で売れるはずだ』


 お化けが怖いと泣いた時にカイルお兄さまがそう教えてくれた。お化けを売るなんてできっこないって言ったけれど、カイルお兄さまはすごく真面目に語るからなんだか可笑しくて笑ってしまった。


 カイル様が躊躇いながら喋ったことはとても曖昧だったけれど、きっとお化けと一緒なのかも知れない。指輪の魔法に対して私は無意識の内に恐怖していた。


「カイル様…、話してくださってありがとうございます。私も本当は知りたかった。でも…自分で言い出すのが怖くて聞けなかったんです。でも少しずつなら…」

「……うん」


 目を閉ざした恐怖とも、カイルお兄さまと一緒ならきっと……



 ◆



「……具体的な対策についてだけど、今後は今よりも精神的な攻撃を巧みな方法で仕掛けてくると思う。いざと言うときは国外逃亡でもなんでもできるけれど…」

「それは本当に最後の時で。他にいい方法を考えたいです」


 逃げるのは簡単だ。でもそれでは家門に傷がつくだけでなく残された者や後世にまで影響が出てしまう。


「実は一つ、いい方法を考えているんだ」

「えっ!どんな方法ですか?!」


 ガバッと身を乗り出しカイル様を見つめる。


「ティアラ」

「はいっ!」

「一緒に住もう」

「はいっ!…ん?え?…え!!えええーーーーっ!?」


 真剣だった気持ちが声と一緒に吹っ飛んでいく。え、え…、住むって言った?


「ティアラ、落ち着ついて」

「だ、だって」

「要は逆手に取るのさ。今回の事件で精神ショックを受けて寝込んでいるとか、トラウマとなって歌が歌えなくなったとかね」

「でもそれって帝国に対して嘘をつくってことじゃ…。ばれた時、罰が重くなりませんか?」

「大丈夫。皇帝陛下からの正式な書状はまだ届いていない。父が止めてるからね。この限られた時間の僕らの動きが重要ってことさ」

「は、はい……」


 それはとても危険な綱渡りをしているような気分だった。


「アリバイを作るんだ。ティアラには窮屈な思いをさせてしまうけれど、ここから出ないようにしてほしい。とりあえず数ヶ月。帝国から引き離せる。状況に合わせもっと引き離すのも視野に入れて…」

「で、でもその間、学園は?」

「当分休学になるけど学年末の試験に合格すれば進級できるし、問題ないよ」


 え、問題大ありです。私、不器用なのに…。


「勉強どうしよう…」

「大丈夫、僕が教えてあげるから」


 ニコッと微笑まれるが私は知っている。クレアへの課題が鬼の様だったことを。


(「いえ、大丈夫です」)「鬼教師だもん……」


「ん?」

「…はっ!!!わ、わわっ、なんでもないです!!間違えました!」

「ふぅん…?」


(わぁん!間違えて心の声が出ちゃった…)


「ふふ、大丈夫だよ。優しく教えてあげるから、ね?」

「あわわ…わ…」


 カイル様の美しい微笑みに半ば恐怖を感じ震えていると突然扉の方からノック音が聞こえてきた。


「ああ、来たようだ、入ってくれ」

「…え?」


 扉が開きマリアと共に一人の女性が現れる。亜麻色の髪を横に括り、どこか妖艶な雰囲気を醸し出すような人だった。そして何よりその豊満な胸にどうしても注目してしまう。だが互いに目があった瞬間、相手も少し驚いた様子を見せた。というか明らかにびっくりしている。


「あっ…」


 私の格好のせいだ。


 私は今、カイル様により羽織りや毛布やらで、もこもこのミノムシ状態になっていた。こんな格好、普通の人なら驚くだろう。対するカイル様は全く気にせず、むしろ「どうした、早く中に入れ」とでも言いたげな顔をしている。カイル様……。


「彼女はメイナ・アメジスだ。彼女はこの家の専属医を勤めているんだ」

「メイナ・アメジスです」

「は、初めまして」


 私はすっぽり覆われた羽織から顔を出して挨拶を交わす。


「こちらの邸宅にいらっしゃる間、ティアラ様の主治医を務めさせて頂きます。どうぞよろしくお願いしますね」

「何かあったら彼女を頼ってほしい」


 女性同士の方がいいだろうとカイル様が付け足して言われる。


「ティアラ、疲れてない?」

「あ、はい。まだ大丈夫です。何かお話があって呼ばれたんですよね?」

「いい機会だから少し話しておこうかと思ってね」


 よくわからず小首を傾げる。


「ティアラは自分の魔力が少ないことはもう知ってるね?」

「はい」

「実はその魔力のことだけど。ティアラは一般的な人よりも極端に魔力が少ないんだ。だから少しの間だけでもいい、これをつけていて欲しいんだ」


 差し出されたのは守り石だった。形はほぼ変わらないが、ペンダント用に少しだけ細工されている。


「プレゼントされたものだったのにごめん。でも今のティアラの方が必要だから。少しの間君に預けたい。詳しい話はメイナが説明するから」


 ニコッと優しくメイナ先生が微笑む。


「よろしくお願いします」

「メイナと気軽にお呼びください」

「あ…はい、メイナ…先生」


 少しウズウズしてしまい先生と呼ぶ。メイナ先生もではそれでと承知する。


「私が診るのは『魔力と精神』とでも言いましょうか。魔力は精神と深く関連するもので、精神状態が悪いと魔力が乱れ、時には暴走することもあるのです。ですが、一番危険なのは過度なストレスを外部から受ける時です」


 心身の負荷になる刺激や出来事、緊張状態、それらストレスから精神異常、精神疾患へと発展するケースは多い。


「魔力の多い者は外へ発散されますが、ティアラ様の場合、過度なストレスを受け暴走してしまうと最悪魔力を消失する危険もあるんです」

「なくなる…。それは危険なことなのですか…?」


 元々私は魔法が使えない。だからかそう言われてもあまりピンと来なかった。


「あ、でも精神と関連…精神異常を起こすとかですか?」

「はい、危険とはそのことです。魔力の消滅はティアラ様が仰る通り、精神崩壊にも繋がります。最悪の場合、生命の危険もあり得るかと。ただしこれは症例の一つ。必ずしも今すぐ起こるということではないのでまずはご安心ください」


 元より、人間は生まれながらに精霊の力(マナ)…魔力が体内に宿っているとされている。どんなに微弱でも簡単に消滅できるほどやわなものではない。


「魔力は成長と共に増え一定年齢、または体内の器に貯められる最高限界値に達すると一般的にそれ以上増えることは基本ありません。特に感情の乱れが大きい成長期に魔力の増強現象が起こり、魔術師は精神統一を強いられます」


その安定補助の為にクレアは精霊石のブレスレットをしていたことを思い出す。


「ですが逆を言えば、精神が乱れれば魔力も同時に乱れ増加傾向に持っていくことも可能とも言えるのです。ティアラ様のお父上であるレヴァン伯爵が学園を勧められたのもそのような意味合いもあったのだと思います」

「えっ、お父様が…?」

「団体生活からの刺激を受けることで様々な刺激を受けますから。それに何かあってもカイル様やソフィアお嬢様をご一緒であれば心強いですからね。その指輪も同じですわ。強い刺激を受けても指輪の精霊石がティアラ様を守ってくれますもの」

「…完全にとはいかないけどね。自分に適した石ではないから必ず守れるという自信はなかったんだ。でも何もないよりはマシだからね」


指輪にはダイヤとサファイヤが埋められている。ダイヤは誰もが適合しやすい石、サファイヤは蝶の髪飾りでティアラとの相性がある程度良い傾向だという結果を出していたから、という意味もあったらしい。


「他にも方法はございます。先ほどのペンダントですわ。その守り石はティアラ様との相性が最も良い状態でした。なので今はその中にカイル様の魔力を込めることにしました。その…、幸いなことにお二人の魔力は非常に似通っていまして。本来ならばそれを使って一般的な平均数値まで魔力を移せたらティアラ様の精神もより安定にさせることができるのすが…」

「もし魔力を移した後、万が一歌った時に魔法が発動してしまったら…と言われてね。ずっと魔力を移す機会を見定めていたんだ。学園でなら滅多なことがない限りはその指輪で守れると思っていたしね」

「指輪…」

「大抵の物理的な怪我は防御魔法と回復魔法が作動していたんだ。怪我するようないじめは受けなかっただろう?」

「え…、……あっ!」


 そうだ…。演奏会で足を捻った時も足の痛みはすぐに回復していた事を思い出す。


(あれは…魔法のおかげ…?)


「ティアラ様にとっては、少しくらいの感情の起伏や自分自身で考え行動に移すことは魔力増長への手助けにもなるんです。本当はカイル様も全てを打ち明けて手助けしたかったでしょうけども、そうすると伸びる可能性の魔力も減ってしまうかもしれませんからね。影でグッと堪えて我慢していたんだと思いますよ」

「…え、カイル様が?」

「メイナ…、変な補足はいいから」


 ピシャリとカイル様が注意するとメイナ先生はニヤニヤと笑っていた。


「あの、カイル様とメイナ先生はもしかしてとても親しいのですか?」

「親しいというか、メイナの父親が本邸の医師として働いているからその関連で、ってだけだよ。興味ないから安心して」

「ティアラ様、私達は単なる主従関係に過ぎませんわ!けしてやましい関係には全くなりませんし、今後もそんなことは起きないのでご安心くださいませ」


 二人共、こちらが疑う余地などないくらいバッサリ言い切る。


「まぁまぁ、それは一先ず置いておきまして先ほどの話に戻りますが…。魔力はまだ移せませんがこの守り石のペンダントをお持ちであれば、精神が乱れてもある程度は防げるかと思います。文字通りお守りとしてお持ちください」

「は…はい」

「それと同時にティアラ様にはこの邸宅で休まれる間、心のケアもご一緒できればと考えております」


 昨日の騒動のことをメイナ先生も聞いていたのだろう。先生は終始優しい表情を向けてくれていた。


「一先ずティアラは帝国から距離を取って心を穏やかに生活してくれたらと思ってるんだ」


 精神的ショックから寝込むようにしようと提案していたのは全くの嘘ではなかった。少し大げさに誇張しようということのようだ。


「ティアラはここでできることを。僕は外回りを固めようと思う。明日、皇宮へ行ってくるよ。ちょうど他国の使者が集まる時期だったんだ。これを好機と捉えようと思う」

「大丈夫なんですか…?」

「僕もいつまでも逃げ回っているわけにはいかないからね。そろそろ帝国での立ち位置をきちんと決めないとね」


 そう言うと、カイル様は私を安心させるように優しく手を握って微笑んでくれた。



 ◆



 少しで終わらせるはずだった話は予定より長くなってしまい、カイル達はティアラを休めた後、執務室へと場を移していた。そこにはメイナの他にジラルドの姿もあった。


「あれでよかったんですか?指示通りの内容は話せたかと思いますけど…」

「ああ、上出来だ。魔法に関することは少しずつでいいんだ。俺が話したらティアラは色んなことを関連づけて考えてしまうからね。『俺が魔法を使える』って答えにすぐに勘づかれるのは避けたかったし」


 椅子に深く腰掛け目を閉じる。カイルは昨日からほぼ寝ずに帝国の動向と今後の対策を練っていた。それにティアラのことも気がかりで碌に寝ていない。


(安定しているようだったし、当分は平気かな…)


 馬車でティアラが眠ったのは彼が魔法を使ったからだ。指輪のことも明確なことが言えなかったのはティアラがカイルの魔法によるものだと、どこで勘付くかわからなかったからだ。


 気づいてほしくもあるが、彼女が傷つかないよう丁寧に最後の記憶の誤差を修正しなければいけない。


「重要なのはティアラに自覚してもらうことだ。自分のことを知っていればまず危険な行動は避けるだろう?」

「まぁ、そうですけど。そもそも私、そんなに魔法得意じゃないんですけど。細かく聞かれたらきちんと答えられるかどうか……」


 何かあったらすぐ呼びますからね!と念を押す。


「メイナは主に精神面を診てくれたらそれでいいよ。魔法の知識は少しずつでね」

「ええ、ええ、そうしますとも。……というか私はカイル様も心配ですけどね?」

「は? どうしてだ」

「結婚前の想いあった若者達が隣同士の部屋にいるんですよ。何かあっても不思議ではないでしょ?」

「それ、自分も思ってました」


 合いの手を入れるようにジラルドがメイナの意見に賛同し、じっと目線がカイルの方に集中する。


「…………言うな」


 その一言で従者達は瞬時に何かを察する。


「これダメそうじゃないですか?」

「本当ね。これで数ヶ月とかやっていけるのかしら」



「………なんとかなる」



 ◆



 その日の夜。



 トントン



「カイル様…カイル様…」

「ティアラ、どうしたの?」


 部屋越しの扉の前でカイル様を呼ぶと部屋から返事が返ってくる。


「あの、おやすみの挨拶をしたくて…」


 そう告げるとカイル様側の方で「ガンッ」と物音がした。


「カ、カイル様!?大丈夫ですか!?」

「だっ、大丈夫……。大丈夫だからちょっと待って」


 思わず扉を開けようとするもストップがかかる。


「今開けるからティアラもガウンか何か上に羽織るんだよ…!朝晩はもう冷えるようになってきたし…!」

「あ、はい!ちゃんと着てます」

「そ…そうなんだ」


 ガチャッと扉が開き目の前にカイル様が現れる。


「カイル様!あの、さっきすごい音が聞こえましたけど」

「ああ、うん。それは…平気、大丈夫だから」

「そうですか?それならいいのですが…。あ!あの、早速ですが少ししゃがんでください」

「え…、あ、こう?」

「はいっ」


 膝をつき目線を私と同じ位置まで下ろしてもらうと、私は両手を伸ばしてカイル様に抱きついた。


「ティッ、ティアラ?!」

「ふふ…あったかい」

「………もしかしてこれが挨拶?」


 こくんと頷くとカイル様からも腕が伸び、私の背中に回される。お風呂上がりの石鹸の香りが鼻腔をくすぐりとても幸せな気持ちが広がるようだった。


「今日はずっと一緒でしたね」

「うん」

「…メイナ先生に教えてもらったんです。カイル様と私の魔力の波長はとてもいいから、手を繋いだり抱きしめるのは心の安らぎにも繋がりますよって。…だから」

「…なるほど、メイナのせいか」

「あの、駄目…でしたか?」

「いや、そんなことないよ」


 心地良さからこの時間をずっと堪能していたいと思ってしまう。けれど節度も考えねばと…、ゆっくりカイル様の体から離れることにする。


「今日はその…、ありがとうございました」

「………え?」

「指輪のこと。カイル様の気持ちが聞けたから…」


 俯きながらも手だけは繋げたまま自分の想いを言葉にしていく。


「……よかった。このまま聞けずにモヤモヤして、すれ違ってしまったらって思っていたので。お父様ともそう…。こんなにも大切に思ってくれているのに縋ることができなかった」

「ティアラ…」


 それはお祖母様と喧嘩して怒鳴っている姿が今でも記憶に残って怖かったから。見えない距離がそこにあって。いつの間にか男性の怒鳴り声がとても怖くて怯えるようになっていた。


「私、カイル様とは後悔…したくないんです」


 思わず握った手に力が篭る。


「カイル様は私が望むものを沢山叶えてくれました」

「望むもの?何かあったかな…」

「お兄さまになってくれました。それに沢山、話を聞いてくれました。…怒鳴って怒ることだってなかった。いつも優しくて、味方になってくれて…、今だって変わらない。それが…」


 感情が高まり、声が震えてしまう。でも、それでも伝えたい。


「…嬉しかった」


 そこまで告げると繋がれていた手が離され、代わりにカイル様の腕の中に包み込まれていた。


「カイル様…」

「……ん?」

「ありがとうございます」

「……うん」


 手繰り寄せるようにその広い胸に顔を埋める。


「私も自分にできることを探します」

「うん」

「どんなことを言われたって負けないようにします」

「うん。でも無理は駄目だよ?」


 こくんと頷き、微笑み合うと心がほかほかと満ちていくようだった。


「カイル様…」

「……なんだい?」

「毎日寝る時にこうやって挨拶してもいいですか?」

「いいよ」


その返事が嬉しくて再びぎゅっと強く抱きしめる。それが後々カイル様を悩ませることになるなんて、最高潮に浮かれていた私には全くわからないことだった。



・『ティアラのお茶会』(日常小話集)にて「婚約者様とお勉強」なお話を追加しました。勉強の様子はそちらでちょっと覗ける感じです。


・自分でタウンハウスに連れてきといてなんですが、眠れない日々となってしまったカイルな絵、置いておきます…。


挿絵(By みてみん)


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