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華やかな宴と混沌


・いいね、ブックマーク、評価、ありがとうございます。


※戦闘あり(血の描写はありませんがご注意ください)

※抑制シーンが少しあります。


 

「ヴィオラ、あなたはこの帝国の為に大変素晴らしい働きをしました。わたくしはあなたを誇りに思います」


 皇妃陛下の言葉にヴィオラはじわりと胸が熱くなった。今回の功績は父クレバス侯爵の命令ではなく、自分の意志で行動し獲得したものだ。…偉大なお方に褒められた。それはヴィオラにとってこの上ない喜びだった。


「恐れ多いことでございます。これからも皇后陛下のご期待に応えるべく粉骨砕身努力して参りたいと思います」

「ええ、頼りにしていますよ」



 ◆



 勲章授与式はつづがなく行われ、私の歌はヴィオラ様と一緒に賞賛されることになった。


 ルルの歌と掛け合わせ魔獣を引きつけたこと、それにより臨機応変に魔法攻撃を繰り広げたクレアやアスター様。彼らもまた表彰されたのだが、提案したヴィオラ様にも注目が集まったのだ。人命救助に貢献したことも高い評価に繋がったのだろう。その為、私の歌への関心は彼らの名声に隠れるものとなっていた。


 レヴァン家の光属性の血筋由来の力。そこへの注目を削ぐ為、カイル様の父、フォルティス侯爵がどうやら一枚噛んでいるようだった。その計らいには本当に頭が下がる思いだった。


「予想はしていたがまさかこのような結果になるとは…」

「宰相閣下…」


 フォルティス侯爵の隣で宰相がそう溢す。深く刻まれた皺を一層深くし訝し表情をしている。


「あれ以来陛下もガーネット皇妃もどこかおかしい」

「………おかしい、とは?」

「うむ…。きちんと皇妃としての役目は果たしているようだが、後宮へ戻ればすぐイカれたことを口走っておるそうだ。なんでも歌がどうとか。一体なんのことやら…」

「…ガラナス皇子が幽閉となったのです。本来であれば正気を保つのも難しいところでしょう。しかし勲章授与式であのような品位ある舞いを見せたのです。とてもお強い方だと思いますが?」

「ふっ…、そんなもの正妃であれば当然のこと。いや、むしろクリス皇子の婚約者にまで謝辞を述べるなど余計なことをしおって。ガラナスもだが、本当に使えないっ…!!」

「………ですがーー」


 フォルティス侯爵はスッと話題をそらす。全く、このような祝いの席でこの古狸はそんなことしか言えないのかと内心ため息をつく。


(なんと強欲な男だ……)


 自分の娘を正妃にするだけで飽き足りず、その子息達をも操ろうと画策していたのはわかっている。しかし事はそう上手く運ぶものでもない。リアム皇子を手懐けようとするも皇子はそれを拒み、宰相は煮え切らぬ思いからガラナス皇子へと目を向けるようになる。そして出た結果がこれだ。


(先帝の聡明な右腕と名高かった宰相も地に落ちたものだな)


 今や帝国の膿となり果てた老人を見つめ、フォルティス侯爵は、先帝との古き約束を思い出し眉を寄せた。



 ー先帝(陛下)…。あなたが危惧していた通りになるかもしれません。



 ◆



 宴の席では落ち着いた赤いドレスのソフィアとアルベルト様の姿があった。アルベルト様がヴィオラ様に渡した薬には薬草学の研究チームと共にソフィアも深く関わったものだった。その為、ソフィアも一緒に表彰されたのだ。アルベルト様にエスコートされたソフィアはとても綺麗で、二人は微笑み合い幸せそうな雰囲気に包まれていた。


「だから何度も言ってるでしょう?『ソフィアの薬』って強調するのはやめて」

「半分本当のことだろう?ソフィアがあれこれ混ぜで奇跡的にできた薬だったし」


 近寄ってみると実際にはソフィアは微笑みながらアルベルト様の指をつねっているところだった。和やかなようで和やかじゃない。


「おう、カイル、ティアラも!」

「ふふ、相変わらずだな。弟達は?」

「シオンはあっちの人だかりの中だ。アスターは左奥。一緒にいるのはティアラの友達だろう?」

「あ、クレア!」


 指さされた方向を見つめるとアスター様とクレアが食事を楽しんでいる姿が見えた。


「シオンは人気者だな」

「ああ、一年で優勝者にまで成り上がったわけだからな」


 アルベルト様は嬉しそうに微笑んでいた。今回の剣術大会は不正が発覚した為、シオン様やグレイス・ジディス卿、フレジアはそれぞれ順位が上がったのだ。更には魔獣退治の貢献も重なり彼らの周りには多くの人が集まっていた。


(すごい人だかり…)


 それは私達も同じようなものだったのだが、カイル様が上手に対応してくれたので今は少し小休憩をとっていたところだった。


『…先輩の気持ちは僕もわかるからさ。でも、いつかまた手合わせしたいなって思ってるよ』


 大会後、シオン様はそう呟いていた。最初こそ落胆した様子だったが、アルベルト様に駆り出されアスター様も稽古に加わるようになり、今は前向きに捉えているらしい。


「ほら、あそこの赤髪の…」

「ああ、本当だ。律儀に一人一人に挨拶してるね」


 え? どこだろう?


 カイル様の隣でちょっとだけ背伸びしてみるも全く見えない。


「ふふ、ティアラの位置からは見えないか」


 いつものように頭を撫でようと手を伸ばしたのだがピタッと止まる。


「あ、…つい癖で触れそうになってしまった」


 長いプラチナブロンドの髪は綺麗に編み込まれ、蝶や小花の装飾が添えられていた。髪型が崩れないようにそっと蝶にだけ触れると名残惜しそうにその手を下ろされた。


「…すみません」

「いや、全然。それよりも着てもらえて嬉しいよ。やっぱりとても似合ってる」


 ふわっと優しく微笑まれ、釣られてこちらも頬が緩む。この鮮やかな青空色のドレスはカイル様が以前プレゼントしてくれたものだった。カイル様と対になるデザインで、カイル様の衣装には紺に銀の刺繍が施されている。胸元には私の瞳の色の宝石も飾られていた。


「私もこんな記念となる日に着れるなんてとても嬉しいです」


 ほわほわと柔らかな空気に包まれ私達は少しばかりの談笑を楽しむことにした。けれど、ふとソフィアがとある異変に気づく。


「…あら?…リリアナ殿下だわ」

「少しずつこっちに近づいてきてるな。この前やっつけたんじゃなかったのか?」

「ちょっと言い方!」


 ソフィアがアルベルト様を小突く。


「はぁ…、何度倒しても復活してくるんだよ」

「雑草かよ」

「アルッ、お兄様もっ!」


 シッと小さい声でソフィアが二人を注意する。


「ど、どうしよう…」


 カイル様が言ったようにリリアナ皇女は半ば意地になっているかのように何度もアプローチを仕掛けてきていた。薔薇園も生徒会権限を発動させ今では封鎖されてしまったし…。


 私が以前にも増してカイル様の傍にピタッとくっついていたことも気に入らないのだろう。フレジア曰く「他人の物ほど良く見えて、欲しくなるタチなのかも?」と言っていたが、そんな人相手にどう対応したらいいのだろう……。


「そろそろ行こう。またな」

「ああ…」


 カイル様に手を引かれ、私達は人混みの中に紛れるようにしてその場を離れた。人の波を掻い潜り前に進むと対応に困っているシオン様とその元へ助け舟に入ろうとしているフレジアやジディス卿が見えた。しかし今は声を掛けている余裕はない。


(リリアナ殿下…、どこまでついてくるのかな)


 不安になりもう片方の手を彼の腕に添えると「大丈夫だよ」と手を握り返してくれた。私達は更に奥へ奥へと進んで行く。左の方ではクレアがリアム皇子と対面し緊張でカチコチになっている姿も横目で捉えた。けれど立ち止まることはできなかった。リリアナ殿下はまだ後ろをついてくる。


 そして一定の場所まで来ると、なぜかカイル様はぴたりと止まってしまった。


「カ、カイルさ……『お待ちになって、カイル様!!!!!』


 バーン!!!とホール内に大きな声が響き渡る。


「ヒッ!」


 その声に思わずカイル様の腕を強く握りしめる。後ろには少し呼吸を乱したリリアナ皇女の姿があった。


「どこへ行くおつもりですの?陛下への挨拶はまだ後でも宜しくてよ?ほら、演奏も始まりましたし。今はダンスを楽しむ時間ですわ」


 ギラギラとした目で…、いえ、眩しいのは胸元が大きく開いた扇状的な藍色のドレスに金の刺繍、更には幾つもの宝石を散りばめたようなドレスだったからかもしれない。あれはきっとカイル様の髪や瞳の色をイメージして作ったのだろう。リリアナ皇女は挑戦的な眼差しでカイル様を見つめていた。


 ー『そこの貧相な娘よりも美貌溢れるわたくしの方が魅惑的ではなくって?』


 ー『ふふん、魅了されてもいいんですのよ?ほら、今すぐわたくしの手を取ってダンスに誘ったらどうですの?』


 ………という圧がヒシヒシと伝わってくる。


「これはリリアナ殿下。まるで月夜の星々を手中にされたようなドレスに目が眩んでしまいそうですね」

(訳:ド派手で品のない服ですね。お陰で目が潰れそうです)


「ふふふ、そうでしょう。…まるで月夜の女神のように美しいだなんて!!当然ですわ!!」


 ……え、ええ。


「流石、帝国一のデザイナーが手掛けただけのことはありますね。私達は少し人に酔ってしまったのでテラスで休もうかと思っていたところだったのです」

(訳:聞き間違えるな。一流デザイナーも付き合わされて不憫ですね。それと貴女とダンスする気はさらさらありませんので)


「あら、そうでしたのね。ではあちらの場所がよろしくてよ?ティアラさん、こちらへ。案内させますわ」


 それってもしかして私だけ行けってこと…?


(な、何か言わなきゃ…!)


 ここで負けては駄目だ。


「あ、あの、私はカイル様と一緒に行きますので…」


 なけなしの勇気を振り絞って立ち向かう。貧弱だけど、私だってカイル様は渡せません。


「……は、なんですって?!!!!わたくしの善意がわからないんですの?」

「っ………!」


 ぜ、善意……?


 もやもやもやっと言いたいことが喉まで出かけるもぐっと堪える。ここは皇宮、軽率な発言をすれば最悪捕らえられる可能性だってあるのだ。変なことは言えない…。


「殿下、私の()()()は花のように脆くか弱いのです。()()()である私が付いていないと私も不安になります」

「……心配ご無用ですわっ!腕の立つ従者をつけて差し上げますもの。これなら心配いらないでしょう?ねぇ、ティアラさん?」


 カイル様は私の肩に手を添え、どこか挑発的な言葉遊びを交えてリリアナ皇女を刺激する。リリアナ皇女もその挑発に乗り、眉をひくつかせながらギロリとこちらを睨んできた。


(こ、こわい…)


「ふんっ!わたくしに手に入らないものなんてありませんのよ?」


 一歩、また一歩とリリアナ皇女がこちらに近づいて来る。


「全てを兼ね揃えたわたくしが目を留めたんですのよ?もっと光栄に思ってほしいものですわ」

「………」

「いつまでもわたくしが大人しいままだと思わない方がよろしくてよ?わたくしの一声でその小娘を学園から追放することだって、痛ぶって亡き者にすることだって容易いことですもの」


 ニコッと微笑みリリアナ皇女はどんどん傲慢な態度を露わにしていく。


「もっと利口に生きるべきではなくって?」


 自分の権利を持ってすれば全て叶えられる。傷つけられる前に服従しろと脅しをかけてきたのだ。


「…………その通りですね」


 暫しの沈黙の後カイル様は呟き、リリアナ皇女はそれを肯定と解釈する。


「ふふ、やっとわかって頂けたようですわね?さぁ早くしないと演奏が終わってしまいますわ。わたくしをダンスに誘って頂けませんこと?」


 催促するようにスッと手を前に出す。


「………………だそうですよ?ヒスイ王子」

「………へ?」


 カイル様はその手を取らずにスッと横へずれる。そこには黒髪で緑の瞳の男性が立っていた。


「リリアナ殿下、お久しぶりです。リリアナ殿下から催促されるとはなんとも光栄な限りですね」

「え、え…え、ヒスイ様……」


 切れ長の目をより一層細め不敵な笑みを浮かべるのはリリアナ皇女の婚約者でありコスモクロア国のヒスイ王子だった。コスモクロアは貴重な資源国であり、リリアナ皇女はその国の25番目の妃となる予定でもあった。


「たまには婚約者のことも気にかけないといけないと思いましてね。陛下から聞いていませんでしたか?」

「え、え、あ、ああ。そうでしたわね…ほほほっ」


 さらっと耳にしていたリリアナ皇女だったが、どうせ外交がメインで自分には関心ないだろう踏んでいたのだ。沢山の妃に囲われ婚約は形だけ、碌に会ったこともなかった。だから自分も好き放題させてもらおうと思っていたのだが…。


「ククッ、殿下の噂は以前から伺っていましたが友人に聞いて少し興味が湧きましてね」

「…友人?」

「カイル、なかなかの一興だった。付き合わせてすまない」

「いえ、こちらこそお会いでき光栄です」


 え…、王子と知り合い…?


「さぁ、参りましょう。リリアナ殿下」

「え、えっ!あ、えぇ…!!!?」


 ヒスイ王子は、リリアナ皇女の手を取ると優雅な足取りでホールへと歩き出した。その後ろ姿を見つめながら私はぽかんとしてしまった。


「あ、あの…、今のは」

「ああ、うん。以前、父の外交関連の仕事を手伝った時に知り合ったんだ。リリアナ皇女の近況を伝えたら見に行きたいって言われてね」


 どういう風に話したんだろう……。


「一興って…」

「自然な様子が見たいから『煽って』ってリクエストされたんだ。まぁ、妃も多いから()()じゃ保たないだろうしね。王子もなかなか癖のある人だからね」

「……え?」


 (癖ってなんだろう。実はとても厳しかったり、変な人なのかしら?)


 それってどういう意味なのかと尋ねようとしたその時だった。


「少しよろしいかな?フォルティス卿、そして…ティアラ嬢」


 背後から声を掛けられ振り返るとそこにはクリス皇子が立っていた。


 難去ってまた一難。


 表情の読めない無機質な淡い水色の瞳が私達を映し出す。その口元には薄い笑みを浮かべていたけれど、なぜかそれが恐ろしく感じてならなかった。



 ◆



 案内されたのは皇帝陛下とガーネット皇妃陛下がいる玉座の前。


「君にもう一度歌ってほしいとのことだ」


 クリス皇子がそう告げる。彼は皇帝陛下の隣に控え、半ば陛下の代弁者となっていた。それほどまでに衰弱し、今一番陛下の信頼を勝ち得てるのはクリス皇子だと物語っているかのようだった。今や大会の時に見かけた面影は全く残っていない。


「陛下は此度の件でとても心労を患われている。少しでもそのお心を癒すためにも是非お願いしたいのだ」


(………でも)



 歌っていいのだろうか…



 躊躇いと不安が混じり、どう答えるべきか考え倦ねていると隣から声が上がった。


「恐れながら申し上げます。魔獣の騒動後、学園では心的負荷から体調を崩す生徒も多く、ティアラもまたその一人にございます。この場でその大役は難しいことかと存じます」


 カイル様……!


「……ティアラ嬢、一曲披露するのも難しいのか?」


 私は深々と頭を下げカイル様の発言と同じだという意味を表す。


「クリス、無理強いするのは如何なものか。わたくしも今はそのような気分ではありません。下がらせなさい」


 眉を顰めガーネット皇妃が不機嫌な態度を見せた。ドキッとしたが皇妃の態度は今の自分にとってはありがたいものだった。しかしそこへ今まで自分で喋ろうとされなかった陛下がその重い口を開いた。


「……一曲で良い。亡きフィローネを彷彿させる安寧の歌を再度ここで歌ってみせよ」

「なっ!!」

「これは命令である!」


 衰えつつも威厳と凄みを感じられる声に会場の空気はガラッと変わってしまう。ガーネット皇妃でさえ口をつぐんでしまうほどの威圧感がそこにはあった。


「……畏まりました。陛下の仰せのままに」


陛下のご命令ともあればもはや誰も逆らうことはできない。私は深々と頭を下げ命に従うこととなった。



 ◆



 心を落ち着かせ、私はいつも通りに歌った。…歌ったつもりだった。けれど煌びやかな祝いの席でこんな悲劇が起こるなんて全く想像できなかった。


「きゃああああああ!!!!」


 どこからともなく誰かの悲鳴が上がり、会場は一気にざわめき立つ。


「陛下のせいでっ…、わたくしは………。…お前が全てを狂わせたのだっ!!」


 ガーネット皇妃の氷魔法が皇帝陛下の腹部を貫いていた。崩れ落ちる皇帝陛下をクリス皇子が支え、すぐさま近衛兵達が援護に入る。


「ガーネットッ!!なんてことをしたのだっ!!この役立たずめっ!!」

「うるさいっ!!黙れっーーー!!」


 ガーネット皇妃は近寄ってきた宰相を風圧で制し地面に叩きつける。


「がはっ!!」

「わたくしは…わたくしは……お前の道具ではないっ!!!」

「なっ、な、なんの真似だ!!やめろっ!!やめろおっ!!!」


 手には短剣が高々と掲げられていた。周囲の兵士達が止めに入ろうとするも、彼女の首元の精霊石が反応し近づく者達を麻痺させていく。


「邪魔するなっ!控えておれっ!!!」


 手を振り払い風魔法でそれらを一閃させる。


「…お前が言ったのだ。言う通りにすれば全て手に入る。必ず幸せになると!!だが、…何もかも満たされない…。すべて虚しいだけだった…。わたくしはもう疲れたのです…」

「よせっ!やめろっ!!!誰かっ!!!ひっ!!」

「全ての元凶はお前だ……お前のせいで…」



『お前さえいなければよかったのだっ!!!』



 憎悪に満ちた剣が振り下ろされる。


「ティアラ!!!」


 グッと強く引き寄せ胸の中に隠される。


「見ない方がいい!…何も聞くなっ!」

「カイル…さま…?」


 遠くから男性の叫び声が聞こえ恐怖で体が硬直する。


 何が起こったのかわからない。なぜこうなったのか理解できない。目の前で起きた惨劇を信じたくない。けれど起きてしまった。ドクンッ!ドクンッ!!と心臓の音が警告音のように強く鳴り響く。


「私の…せい?」

「違うっ!!」

「でも……でも…」


 カイル様の腕の中でガタガタと体が小刻みに揺れ、震えで声がかすれていく。カイル様はそんな私の体を強く抱きしめ宥めるように囁かれた。


「偶然が重なっただけだ。ティアラのせいじゃない」

「…でも…っ…」


 血まみれになった皇妃は動かなくなった宰相を見下ろし狂ったような高笑いを上げていた。リアム皇子はその光景に絶句し、見かねたクリス皇子が精霊石を魔法で打ち砕くと兵士達にガーネット皇妃を捕らえるように指示を出す。会場は混乱の声で溢れもう宴どころではなかった。



 ◆



 カイル様は私の異常を危惧し抱き抱えると、混沌と化した帝国から抜け出し急いで馬車へと乗り込んだ。揺れる馬車の中で私はあの場の光景と自責の念から意識が混濁し、精神が危うい方向へと傾きかけていた。視界はぼやけ涙が止まらない。


「歌わなければよかった……」

「ティアラ……」

「家族…が………壊れ…ちゃう」

「……ティアラのせいじゃない。大丈夫だ。もう帰ろう」

「う…、うぅ……」


 両手で肩を掻き抱き疼くまるも震えは止まらなかった。


「…ティアの、せい…」


 肩を抱く力が篭り爪が食い込んでいく。それをやめさせようとカイル様が両手を掴むも意識はどんどん深みにはまっていってしまう。



 ー『家族』はとても特別で大切なもの。


 ー『喧嘩』は嫌い。


 ー家族がバラバラになってしまうから。



 祖母の誕生日、華やかな宴の席で些細なことからその日もお父様とお祖母様が口論となってしまった。歪み合う声、お母様は震え、腕に抱かれた小さなクランが大声で泣いている。


(やめて……)


 どうしてお祖母様は喧嘩するの?みんな、みんな、泣いてるのに。どうしてわからないの?


(今更思い出したってしょうがないじゃない)


 お祖母様なんか…


「お祖母様なんか………!」


「いなくなっちゃえばいいのに!!!!」

『お前さえいなければ!!!』


 ガーネット皇妃の言葉重なり鋭く胸に突き刺さる。ずっと後悔していた言葉だった。お祖母様とはそれがきっかけで溝ができ上手く謝れぬまま亡くなってしまった。


 強い言葉は言霊になる。呪いになる。


 私が過去に吐いた言葉も、歌った歌も、もしかしたら誰かを救うと同時に誰かの呪いになっていたのかもしれない。


「……な…さい……」

「……ティア?」

「…ごめ……な……さい。…ごめんなさい…」

「ティア!大丈夫だ…。何も心配しなくていい」

「あ……あぁ、……ぁ…いや…いや…いやああ!!!」

「ティア!!!」


 暴走する私をカイル様は後ろから抱き上げ片手で私の両手を封じ込める。綺麗に結ったはずの髪も今や乱れ添えられていた花は儚く地面に散らばっていた。


「うーっ…、いや!!はなしてっ!!」

「ティア!!落ち着いて!」


頭を振るって強く抵抗する私にやむを得ず、頭部を固定しカイル様は自分の手で私の瞳も塞いでしまった。


「こわいっ!!やぁああっ!!」

「ごめん…!でも少しだけじっとして、絶対傷つけないから」

「う……、うぅ……!!!」

「耳を傾けて。こっちだ。僕の声を聞いて、大丈夫だから。誰も君を責めたりしないから…」


 耳元でそう囁かれ、頬からしきりに涙が流れ落ちる。視界を遮られ頼るものは耳からの情報だけ。離散した意識は少しずつ声の主に傾いていく。


 この声は私がよく知る人の声。いつも傍で守ってくれる…私の大切な人……


「…いなく…ならないで……。どこにも…行かないで……」

「行かないよ…。ずっと、ずっと一緒だ」

「……ほん…とう…?」

「うん、怖いことはしない。だから、今は少しだけ眠るんだ…」

「………う……ん…」


 背中から感じる体温はとても暖かくて、私の弱い部分を全て包んでくれるような心地の良いものだった。いつしか私はその温もりに安堵し、そのまま彼の腕の中で深い眠りについていた。





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